Das Tagebuch von Ferner

    新帝国暦3年 1月1日

 新年のパーティーが開かれ、その席でカイザーはフロイライン・マリーンドルフを皇妃にむかえると発表した。そして同時に、彼女の立后によって空席となる幕僚総監にはメックリンガー提督をあてることも発表された。この一件でも、好奇心丸出しの野次馬連中は、よく閣下が反対しなかったと囁き合っている。閣下は彼女がカイザーの子を宿しているから賛成したのではなくて、去年の夏ごろからフロイライン・マリーンドルフの立后を積極的に進めていたと言ってやりたいが、余計な騒ぎを巻き起こすことは閣下の望むところではないので、黙っているしかなかった。
 閣下は今年中に退役すると仰っている。俺も閣下と一緒に、シスコンカイザーに辞表を叩きつけてやる。



    新帝国暦3年 1月29日

 今日はカイザーの結婚式。だが、吉事は凶事と一緒にやってくるものらしい。ハイネセンで暴動が起こったのだ。閣下は結婚式の最中に、カイザーにそのことを報告するという、破天荒なことをやってのけたのだ。当然ビッテンフェルト提督とミッターマイヤー元帥が激発した。だが、カイザーは差し当たり、ハイネセンに駐留しているワーレン提督に一任した。だがこの事で、閣下はさらに帝国中から嫌われることになるだろう。
 それにしてもオレンジ猪と蜂蜜頭は閣下の言動に対して激発するしか能がないのだろうか・・・?



    新帝国暦3年 1月30日

 謀略戦情報戦で常勝不敗を誇る閣下が、今日もその記録を更新した。
 ことは今日、航路局のコンピューター内から航路データが全部デリートされてしまったのだ。これは新帝国に大きな打撃を与えるところだったが、閣下の命令で昨年末にデータのバックアップをすべて取っておいたおかげで、致命的な打撃を負わずにすんだ。



    新帝国暦3年 2月14日

 今日、俺は30歳になった。今年も誕生日に残業をしている。軍務省の面子の中で、彼女がいるのが俺だけで、しかも今は遠距離恋愛中ということもあって、みんな俺に残業を押し付けてコンパに参加している。去年はイルマが公爵に休暇をもらえたおかげで、官舎の前で彼女を待たせたものの一緒に過ごすことができた。だが今年は、公爵が去年ヴェスターラントの住民に襲撃されて大怪我をして、今も入院中ということもあって、イルマは彼女につきっきりだ。
 メックリンガー提督の話によると、公爵は4月中に退院できるらしい。そして、7月中にはフェザーンに来るという。そうしたらイルマも一緒についてくるが、あと5ヶ月。待ち遠しい。



    新帝国暦3年 2月25日

 今日、閣下がカイザーの名代としてハイネセンに派遣されることが決まった。同行者はミュラー提督とビッテンフェルト提督。さっそくオルラウ少将、オイゲン少将と互いの上官どうし衝突しあわないようにするためにも、打ち合わせを行った。とくに今回のハイネセン行では、ご自分の旗艦を持たない閣下はミュラー提督のパーツィヴァルに乗船することになっている。オルラウ少将とは綿密に話を詰め合わせた。本当はもっと時間が欲しいのだけど、明日には出立しろなどとは、病がちとはいえ、カイザーも何を考えているのだろうか。



    新帝国暦3年 2月27日

 今はパーツィヴァルの中だ。ミュラー提督が温厚な人柄なおかげで、いまのところさして問題はない。ハイネセンではワーレン提督とも合流することになる。そしたら、その配下の者達とも細かい打ち合わせをしなくてはならない。休息時間を確保できるのは、今だけかもしれない。今回のハイネセン行の同行者で、パーツィヴァルに乗りこんでるのはグスマンとシュルツ、ヴェストファル、ハウプトマンにエーリヒ。このメンバーだけで、あのフォーカスミュラーとも対峙しなくてはならない。ミュラー提督は温厚な人だが、ゴシップネタが絡むと人が変わってしまう。俺やオルラウ少将、グスマン艦長らの悩みの種をこれ以上増やすような真似をする必要はないのだから。



    新帝国暦3年 3月8日

 今年に入ってからおきた一連の事件に絡んで、アドリアン・ルビンスキーの捜索について閣下と打ち合わせをした。ルビンスキーの捜索はラグナロック作戦のころから行っているものの、いまだに見つからない。一連の事件がすべてルビンスキーが糸をひいていると考えた場合、黒狐と呼ばれたヤツにしては、いささか力任せの傾向が見られる。
 ただ、一連の事件に関して、フェザーンでもやっている不審人物の割り出しのために、いままでノーチェックだった医療機関のカルテ類の調査を、ハイネセンの医療機関でも行うことに決めた。
 ハイネセンは情報戦謀略戦の戦場になるに違いない。休息できるのは今のうちだろう。ハイネセンに着いたら、すべてのカタが着くまでは休みはないのだから。



    新帝国暦3年 3月20日

 ハイネセンに着いた。今日はもう抜け殻だ。明日から、ハイネセン及び宇宙には閣下の謀略の花が咲き、常勝不敗の記録を大幅に更新することになるに違いない。



    新帝国暦3年 3月28日

 今日までの1週間はまさに戦場だった。閣下の命令によって旧同盟の要人の拘束。医療カルテの洗い出し。ミュラー、ビッテンフェルト、ワーレン三提督の配下との打ち合わせ。だが、確実に言える事は、何がどうであれ全宇宙は閣下のペースに乗せられているということだ。閣下の謀略の凄いところは、時が来るまで閣下の策ということを誰にも気取らせない事、気づいたものがいたとしても、それに対抗する場合は相手が誰であれ、閣下の後手に廻らざるを得ないという、二つの点にあるだろう。
 すべては閣下の掌の上。相変わらず俺の想像をはるかに超える御方だ。



    新帝国暦3年 4月1日

 今日、信じられないものを見た。

信じられないものその1:元帥に掴み掛かって拘禁される羽目になった上級大将。
 閣下に掴み掛った馬鹿は、言うまでもなくビッテンフェルト提督。その現場には俺のほかにミュラー、ワーレン両提督もいたため、このバカ猪に報復することはかなわなかった。その2人さえいなければグスマン達も呼んで、みんなで猪を袋叩きにして半年ほど、病院に放り込んでやったのに!
信じられないものその2:マジ切れ寸前の閣下。
 閣下の表面だけしか見ない人には分からないだろうが、閣下は基本的には激情家である。軍人としての訓練の賜物か、感情を表に出さないを通り越して感情がないと言われるまでになっているが、閣下も人間である以上、笑ったり怒ったりもする。事実、過去に閣下のそういう姿も見たことがある。だが、今日の閣下は激発寸前だった。原因はカイザーを初めとする、高級士官の軍事ロマン主義にある。閣下はヤン・ウェンリーの生前から、彼に拘ってカイザーが軍を起こすのに不満を抱いていたが、今日のビッテンフェルト提督の言葉に我を忘れてしまわれたようだ。カイザー批判をしたかと思えば、その舌の根も乾かぬうちにカイザーの威を借りるような発言。確かにそれらは正論だったがミュラー、ワーレン両提督もあからさまに嫌悪感を感じ得なかったようだ。閣下が完全に激発なさらなかったのは、おそらくその場にはカイザーがいなかったからであろう。閣下のカイザー批判を真摯に受け止めなくてはならないのは、カイザーなのだから。
 でも、完全に激発した閣下も見てみたかったな。
信じられないものその3:三提督が引き取った後の閣下の言葉。
 3人が引き取った後、閣下は俺達の前で信じられないことを仰った。
「フェザーンに帰ったら、退役願を出すつもりだ。今回の不始末、よもや陛下もお引止めにはなるまい。そしたらオーディンに戻るか、故郷の領地に戻るか・・・。どうだ、卿らも来るか?」
 閣下の言葉に俺達は全員Jaと答えた。後任やら何やらでいろいろ問題もあるだろうが、そんなものはクソくらえだ。閣下が辞めてしまえば、閣下を悪く言いつづけた連中が名君になろうが、第2のルドルフに成り下がろうが、俺の知ったことではない。それに、そういう奴らにこれ以上仕える気もおきない。



    新帝国暦3年 4月6日

 早朝、ダウンディング街で閣下直属の憲兵隊が禁酒令を破った黒色槍騎兵艦隊の下士官グループを発見し、乱闘にまで発展してしまった。その事件は先日の軍務尚書つかみかかり事件で神経を尖らせていた、ミュラー、ワーレン両提督は対策に追われ、俺達も三提督の部下たちと協力して、事態の収集にあたった。この騒ぎの直接の遠因は、黒色槍騎兵艦隊が空の酒瓶に閣下の名前を書いて蹴飛ばしたことにある。それを知ったとき、俺は一瞬、事態を収めるために駆け回ったことを後悔した。



    新帝国暦3年 4月10日

 閣下からイゼルローン共和政府に、出頭命令が発布された。丁と出るか半と出るか・・・。



    新帝国暦3年 4月18日

 今は病院のベッドの上。この二日間はとんでもない騒ぎだった。16日夜、旧同盟の要人を収監しているラグプール刑務所で暴動が発生し、その鎮圧に駆け回り、その際閣下直属の部隊と黒色槍騎兵艦隊の陸戦部隊が衝突し、何とか実力行使寸前でそれを抑えて、ハルバーシュタット大将らとラグプールへ向かい、鎮圧に廻ったが、その際、俺は何者かに誤射されてその日はそのまま意識をなくし、病院に運ばれてしまった。今回の負傷に加え、日ごろの激務がたたって過労が怪我の回復を遅らせることになり、1ヶ月の入院を宣告されてしまった。
 暴動そのものは17日の午前中に鎮圧されたそうだが、それに呼応するように市街各所で放火、爆発が起き、ワーレン提督がその鎮圧にあたった。パニックが市民レベルにまで発展するのは防げたものの、彼は何者かに襲撃されたそうだ。死傷を免れたのは幸いだった。
 夕方、詳しい報告を見たとき、俺は自己嫌悪に陥ってしまった。俺は医師団も出動させていたが、自分の怪我で指揮系統が混乱し、そのため大量出血による死者が100人単位で出てしまった。きちんとした手当てを受けられれば助かった人が、こんなにも死んでしまった。
 今回の傑作はグスマンとミュラー提督だろう。ミュラー提督が閣下に面会を求めたとき、グスマンは頑としてはねつけ、ミュラー提督に例の非常時用のマニュアルを渡した。その時のミュラー提督は、ややキレ気味だったらしい。そばで見たかった。



    新帝国暦3年 4月22日

 俺と入れ違いに、公爵が退院したそうだ。ワープの負荷が傷に与える影響を考えて、フェザーンに来るのは7月になるとの事。その間、リハビリやその他の雑事を片付けるためにイルマも忙しいらしい。



    新帝国暦3年 4月23日

 カルテのチェックから、ルビンスキーが見つかった。さっそくハウプトマンがヤツを拘束したそうだ。
 今回のルビンスキー逮捕は、まったくの偶然からだった。カルテのチェックをしているとき、既に死亡している人物が脳腫瘍で入院していることが判明し、さっそくその調査に向かったところ、その入院患者はあのルビンスキーだったのだ。ヤツの脳腫瘍は悪性のもので、長くてもあと1年しかもたないらしい。



    新帝国暦3年 4月29日

 今日、閣下の名前でルビンスキーの逮捕が発表された。さすがにこれには、他の提督達も驚いたらしく、ワーレン提督がグスマンにどうやってルビンスキーを捕まえたか尋ねたらしいが、閣下から知らぬ存ぜぬで通せと命じられていたため、グスマンは答えられなかったらしい。
 夕方、閣下から俺にだけ『三提督の誰かに聞かれたら、逮捕のいきさつを答えてもよい』という、指示が下った。



    新帝国暦3年 5月1日

 今日、フォーカスミュラーが俺の見舞いに来た。彼が来た理由はもちろん、どうやってルビンスキーを捕まえたかを尋ねるため。
 閣下から了解を得ていたから、例の指示を除く、これまでのいきさつを全て話した。



    新帝国暦3年 5月2日

 カイザーがハイネセンに到着。閣下とビッテンフェルト提督の衝突は、不問に付された。



    新帝国暦3年 5月18日

 明日には退院できることになった。今日の帝国軍は、3つの事件で湧き上がっている。
一つ、皇子誕生。14日に無事に皇子が生まれたらしい。ただ、柊館が地球教徒に襲撃されたという。フェザーンの地球教徒の地下組織は、ケスラー総監が壊滅させたそうだ。
一つ、あのアイゼナッハ提督が言葉を発したそうだ。「チェックメイト」と。言うまでもなく、この事件はフォーカスミュラーによって、帝国軍中に広まった。俺も、夕方見舞いに来たメックリンガー提督からこのスクープを聞い た。
一つ、閣下のある写真が帝国軍のみならず、ハイネセン中に出回っている。今日の昼、エーリヒが血相を変えて俺の病室に来た。
「フォーカスミュラーにとんでもない写真を撮られてしまいました。」
 エーリヒは半泣き状態だった。
 なんでも今日、朝一に入ってきた報告を読んだ閣下は、よほどいい報せを受けたらしく、コーヒーを運んできたエーリヒの手を取って、部屋中踊って周ったそうだ。ところがそれを、たまたま所用があって入室した、フォーカスミュラーに見られたそうだ。彼はいつもカメラを持ち歩いているが、このダンスシーンも言うまでもなくカメラに収められ、昼食時には帝国軍のみならず、ハイネセン中にその写真がばら撒かれることになった。カイザーもカイザーリンの土産にすると言って、その写真を数枚フォーカスミュラーから買ったそうだ。さらにフェザーンにいるケスラー総監および、彼を通じて公爵までもがその写真を欲しがり、メックリンガー提督が二人の分も買ったそうだ。



    新帝国暦3年 5月19日

 やっと退院できた。午後から再出仕して、ひさびさに軍務省の雰囲気にふれた。
 その日の夜、閣下やグスマンたちが『三月兎亭』という店で、俺の退院祝いをしてくれた。



    新帝国暦3年 6月10日

 イゼルローン勢力と講和のめどがつき、カイザーとヤン・ウェンリ−の後継者はハイネセンに戻ってきた。だが、 カイザーの病状は悪化の一途をたどっているらしい。



    新帝国暦3年 6月18日

 13日に、ルビンスキーが死亡し、ハイネセンは大火に見舞われた。このとき、ルビンスキーの愛人だったドミニク・サン・ピエールを拘禁した。彼女の処遇は、ハイネセンに残るビューロー大将と憲兵隊に任せることになった。



    新帝国暦3年 6月27日

 ハイネセン出立。やっとフェザーンに帰ることが出来る。公爵も7月1日に、フェザーンに到着するそうだ。



    新帝国暦3年 7月5日

 今日、閣下のもとに緊急の決裁を要する書類を持って、カイザーのもとに伺候したとき、ヤン・ウェンリ−の養子をはじめとする、イゼルローンの面々に紹介された。ヤン・ウェンリ−の後継者のユリアン・ミンツ、彼やヤンを補佐したダスティ・アッテンボロー、オリビエ・ポプラン、カーテローゼ・フォン・クロイツェル。なかなか面白そうな人達だった。特にアッテンボローという人とは、気が合いそうだ。公爵にも会わせてあげたいけど、向こうは草刈で閣下の見る目が最悪になっているだろうからな・・・。



    新帝国暦3年 7月12日

 今日、ブリュンヒルト内の廊下でユリアン・ミンツとすれ違ったとき、彼は俺に何か言いたそうだった。少し気になったので、さりげなく問いただしはしたものの、かわされて、結局はうやむやになってしまった。



    新帝国暦3年 7月18日

 フェザーン到着。カイザーの病状は悪化の一途をたどり、仮皇宮に向かうにも、医療用地上車を使うほどである。そして、閣下の様子もいささかおかしい。エルウィン・ヨーゼフ2世誘拐犯のレオポルド・シューマッハがもたらした、地球教徒の最後の残党がカイザー暗殺を図っているという情報を得てから、何かを深く考え込んでいることが多くなった。



    新帝国暦3年 7月21日

 昼休みに、公爵からヴィジフォンが入った。閣下が昨夜帰らなかったらしい。昨夜は10時ごろ、軍務省を出たはずなのだが、一体どこに行かれたのだろうか。



    新帝国暦3年 7月24日

 夜、オスマイヤ−尚書の私邸に、公爵、ケスラー総監と一緒に訪ね、ささやかだけど、再会を祝した。この4人が一同に会するきっかけとなった、ラングもすでに処刑されている。カイザーの病は明日をも知れぬほどだが、今日はそれも忘れて、祝杯をあげることになった。閣下もカイザーの崩御後、事態が落ち着いたら退役するようだし、公爵とメックリンガー提督の婚約発表はアレク大公の即位後になるらしい。

Ende

(C)エルダ・フォン・アースガルトさん

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