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通り過ぎる格子のために疲れた豹の目は もう何も捉えることが出来ない 彼には千もの格子があるかのようで 千の格子の背後に世界は見えない 彼は頭を振って余念を追い払い、詰め所に飛び込んだ。 「御座付近の構造を出せ」 「は!?」 「警備を増強する」 「前線の状況はそんなに悪いんですか?」 がたりと椅子を蹴って立ち上がりながら、緊迫の面持ちの部下が訊いた。 「わからん。だが会談になる可能性が出てきた」 「どうしてまた」 「上層部の意向だ」 「隊長、構造図でました」 「効率を考えると、3割増強が限界ですね」 「それでいい、布陣しろ。それから――この人物との会談を皇帝はご所望とのことだ」 「それじゃとっつかまえてくれば話は早くないですか?」 「自力でたどり着いたら、なんだと」 キスリングは肩をすくめ、コピーを取って配布するよう別の人間に命じた。振り返ると部下は口許を歪めており、 「まるでたちの悪いゲームですね」 口を慎め、と窘めるべきだったのかもしれないが、キスリングはそうする気になれず踵をかえした。ともかくこれでリスクを減じる手は講じたことになる。 「副隊長!」 部屋を出ながら通信を開くと、応答は雑音の向こうから得られた。 『JA』 「状況は」 『ポイントfozi−hrn6704で交戦中です』 「防衛ラインでどのレベルだ」 『+9です』 艦内地図に書き込まれたいびつな円は、12色の色鉛筆を2回ずつ使って24本。予想したよりはるかに早い侵攻スピードだ。 「これから私も向かう。人出以外で本部から出せる物はあるか?」 『いえ、補給ラインは生きていますから』 「分かった」 悪寒はまだ続いていた。これは本来ならば身を震わせる怒りであったはずだと、今や彼は理解している。(冗談じゃない――俺の部下を無駄死にさせてたまるか!!)だが彼には、服従以外の選択肢はない。忠誠以外の指標がないのと全く同じように。どうすることもできないのだ。 この上なく小さな円を描いて回る 豹のしなやかな硬い足並みの忍び行く歩みは 大きな意志が麻痺して佇む 中心を巡っての力の舞踏のようだ 彼は荒々しく角を曲がった。目の端にモスグリーンの軍装が2つ飛び込んできた。長銃を詰め所に忘れてきたことに気付いた。だがどのみちライフルに適した距離ではない。右腰のブラスターを抜いた。一人が指定の人物であることが見て取れた。どうして銃口をそちらに合わせてはならないだろう。キスリングは安全装置を外し、引き金に指をかけ直した。いまひとりと目があった。 |
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通り過ぎる格子のために疲れた豹の目は もう何も捉えることが出来ない 彼には千もの格子があるかのようで 千の格子の背後に世界は見えない 緑の目の男はまだ何かごちゃごちゃ言いながら足を跳ね上げた。咄嗟に身を離した彼の脇腹を、とぎすまされた踵がかすった。いっそ立ち上がってしまえば上背の分だけ有利になるか。敵兵の鎧はあちこち崩れていて、こちらから全くダメージを与えられないこともなさそうだった。だが相手はそれを許さなかった。斜めから彼の喉元に拳を叩き込み、再び馬乗りになる。息が詰まった。多少でも呼吸が楽になるのを待たずに、男の体へ交差させた腕をかける。両肩を開いて投げると、追突音のあとに呻き声が上がった。だが男は身を起こすが早いか、心臓への一撃と共にのしかかってくる。かしゃりと音を立てて、プレートが一枚床に残った。 それからどれほど優劣が入れ替わったか、キスリングはすぐ先の視界が壁面によって遮られているのを発見した。上位にあったのは親衛隊長その人。彼は遠慮会釈なしに、相手の頭を行き止まりへ打ち当てた。足許で金属が鳴った。ブラスターだ、と言葉にして思うより早く彼の手はそれを拾い上げていた。好機だ。ただ一度の。 身を起こしかけた男の目から切り札を隠し、上を取った。男は両手で彼の胸元を掴んだ。遠くで短い合成音が流れた。 『私は宇宙艦隊司令長官ミッターマイヤー元帥である。・・・・・・・・・。』 キスリングは銃を握った右手を大回りに振りかざした。侵入者が反応する。その左手を同じ側の手で押さえた。残りの手は肩でブロックできる。 『戦うのをやめよ』 彼は男の左こめかみに銃口を押し当てた。 『和平こそが陛下の御意である』 そのまま、動けなくなった。 この上なく小さな円を描いて回る 豹のしなやかな硬い足並みの忍び行く歩みは 大きな意志が麻痺して佇む 中心を巡っての力の舞踏のようだ 『戦うのをやめよ!和平こそが陛下の御意である』 男の視線を痛いほどに感じる。彼は銃口を地に落とし、身をもぎ離そうとした。とたん強烈な蹴りを腹に食らった。きれいに鳩尾に決まっている。体躯が折れた。膝をつき、こみ上げてきた物をこらえる。侵入者はまだ立ち上がっていなかった。 「ふざけるなッ」 キスリングは再び銃を掴み、今度は眉間にひたと据えた。男の背は壁だ。相手に立ち上がる意志のないことが見て取れた。怒りと嘲弄が緑の瞳の中に渦巻いていた。そうして、キスリングは――キスリングはもう一度、思い知らされる他なかった。忠誠と服従だけが己の選択肢なのだと。 ただ時折瞳の帳が音もなく上がると ――その時何かの影は入って 四肢の張りつめた静けさを巡り 心臓に至って存在を止める 彼は再びしずかに照準を外し、銃をホルスターに納めた。立ち上がると体中が痛みを訴えた。唇が濡れているのに気付き手の甲で拭った。血が白い手袋を汚した。面を上げると、己の物か相手の物かしれないが、廊下にも血の痕がひとかたならなかった。 「名前と職位階級を」 彼は肩で息をし、目を合わせぬまま男に訊いた。殺さないのは彼の選択だった。この混乱の中、抜け道や言い訳はいくらでもある。忠実であることは彼自身が己に課した義務だった。殺すこともできる。だが、他のあらゆる感情とあらゆる価値に優先する忠誠が、彼の拠って立つところだった。他の全てに逆らってもそれを守ることが、彼にとっての理性だった。 再び問おうかというほど彼を待たせてから、侵入者は応えた。 「オリビエ・ポプラン、空戦隊隊長中佐」 キスリングは吐息を答えに代え、踵を返した。 「おい、あんたは」 男が後背から声をかけてきた。 「俺は捕虜じゃないんだぜ?」 彼は立ち止まり、振り返った。 「ギュンター・キスリング准将、親衛隊長だ」 そうして音もなく、彼のあるべき場所へと歩を進めた。 |