キスリングキャンペーン
協賛作品

沈黙は金
ある日のカイザー・ラインハルト

カイザー・ラインハルトが軍事才能と行政能力が天才的なのは万人が知るところであるが、しばしば非常に子供っぽいことをしでかすことがあったことを知っているのは、親衛隊長キスリング准将だけであった。


 その日のカイザーは科学技術局の報告を得て、非常に上機嫌であった。
 キスリングは、以前単独で外出されたときと同じようなカイザーの挙動不審に胸騒ぎを覚えていたが、今度は抜け駆けをされないように慎重にカイザーの行動を見守った。
 だが、カイザーはキスリングの思いもよらぬ行動に出たのだった。
「キスリング!」
 はっと答えて敬礼をし、尊敬してやまないカイザーを見つめるキスリングは、カイザーの美しい蒼氷の瞳がいたずらっぽく光っているのを認めた。あたりには、マリーンドルフ伯爵令嬢も近侍のエミールも、シュトライト少将もいない。
「これからちょっとした実験をする。いや、悪戯かな。卿は付き合え」
「悪戯…と仰せられますと?」
「三元帥と上級大将たちの性格を変えてみるのだ」
「は!?」
 完全にキスリングは意表を突かれた。トパーズの瞳がわずかに見開かれた。
「簡単な催眠装置を作らせた。タンクベッドに仕込んであるので、あやしまれることもあるまい」
 華麗なカイザーは楽しくて仕方ないという表情を見せている。
 それは立派な犯罪です、とキスリングは言えなかった。
「先日、余が言ったことを覚えているか?」
 先日言ったこととは、臣下の個性をカイザーはこう評したのである。


『陰気で消極的なビッテンフェルト、女気なしのロイエンタール、饒舌なアイゼナッハ、浮気者のミッターマイヤー、無教養で粗野なメックリンガー、居丈高なミュラー、みな彼ららしくない。余は臣下の個性を認めている』


 そういったときのカイザーは群臣を統御するだけの度量が確かに存在していた。
 その時は…。
「はあ、覚えております」
「実際に見てみたくなったのだ。普段と違う彼らを」
 そんなことを考えて、実際に行動に移るのは宇宙で貴方だけです、とキスリングは言えなかった。
「しかし陛下、帝国軍の重鎮方をそんな罠に落とすようなことは…」
「罠」という言葉をかなり緊張して使ってみたが、カイザーは意に介さなかった。すでにこれから起こることで頭が一杯なのであろう。すごい集中力では、ある。
「いや、すぐにもとに戻るのだ。そう余が命じて、プログラムを作らせた」
 そもそも問題が違います、とキスリングは言えなかった。 
 科学技術局の困惑が目に浮かぶようだった。


 結局、キスリングは逆らえるはずもなく、せめて自分が制御しなくてはならないと考えカイザーに従って、問題のタンクベッドをおいてある実験室へ供をした。
 なにも知らない帝国軍の重鎮がすでに揃っていた。
 あいかわらずの美丈夫ロイエンタール元帥、明るい瞳をこちらに向けているミッターマイヤー元帥、姿勢のよい痩身が目立つオーベルシュタイン元帥、帝国軍三長官の後ろに居流れる在国している上級大将たち…。
 これからおきる悲劇と喜劇をしらずに帝国の重鎮たちは、カイザーに敬礼をした。
 たかがタンクベッドの改良実験で、重職にある身で立ち会わなければならない理由をカイザーに尋ねる者は、いなかった。うるさ型の軍務尚書でさえ、沈黙を守っている。あるいは、いい息抜きなのかもしれないと、キスリングは無表情な軍務尚書の顔を見やりながら考えていた。
「かねてよりの懸案だったタンクベッドの改良がなった。卿らもその身で試してみて欲しい」
 カイザーの簡単な説明後、三元帥、上級大将らは順にタンクベッドに入り、睡眠モードへと移行した。



 十数分後。
 次々に目覚めた重鎮達は、カイザーの希望通りの醜態をさらしていた。
 マシンガンのように繰り出されるアイゼナッハの饒舌、しかも内容はほとんど妻と子供の話題。究極のマイホームパパであったらしい。とにかく喋り捲る。

 ビッテンフェルトは尊大でゴシップ好きなミュラーに、その年齢での独身の理由をいいだけからかわれ、大きな体を竦めて涙ぐんでいた。大きな身体をして、背を丸めいかにも陰気で消極的な姿で、キスリングでさえからかいたくなるような趣だった。 

 ミュラーの舌鋒は火を吹くようにゴシップを撒き散らす。日頃彼がどんなに口が固かったかの証明のようなものだった。その情報の多さは、瞠目に値する。いったいどうやってそれだけの話題を見つけるのか、謎でさえある。

 ミッターマイヤーは、眼だけでマリーンドルフ伯爵令嬢の姿を探し「残念だ。眼の保養をしたかったのに」と呟きながら、女無しの生活なんて考えられないとロイエンタールに訴えていた。「なんで帝国軍には女性兵士がいないのだ。戦艦に女っ気なしじゃ、士気が下がる!」あの、さわやかな口調で「彼にとっての正論」を力説している。

 ロイエンタールは反対に女なんてこの世にいらないと言いながら、ちゃっかりミッターマイヤーの手をにぎっている。ミッターマイヤーを見る眼がなんとなく色っぽい。

 「女気なしのロイエンタール」のイメージはカイザーの考えていた意味とかなり違っていたらしい。ミッターマイヤーの手を握るロイエンタールを、カイザーは不思議な目をして見つめていた。
 むろん、キスリングはその意味を説明する義務はないので黙っていた。カイザーが「やおい」とか「JUNE」とかいう単語を知っているわけがないだろうし、ことをこれ以上ややこしくはしたくなかった。カイザーは不審なロイエンタールの行動を、あとでグリューネワルト大公妃殿下かマリーンドルフ伯爵令嬢にでも聞くだろう、と考え、それなりに冷や汗を感じるキスリングだった。

 メックリンガーは乱暴な言葉使いと態度で他人の噂話を炸裂させているし、ひげを引っ張っているのかと思ったら、鼻毛を抜いているのだった。
 すさまじい光景だった。

 さすがのカイザーも自分が蒔いた種ながら、すっかり閉口し提督達にもう一度タンクベッドに入ることを命じた。
 帝国の重鎮たちは口々に騒ぎ立てながら、それでも素直にタンクベッドに戻った。



 さらに十数分後。
 カイザーの周りに端然とたたずむ帝国軍の重鎮は、先刻までの自分の醜態をまるでしらずに、タンクベッドの効用について話し合っていた。
「なんだか、かえって疲れたような気がいたしますな…」
 つぶやくように話すのは、メックリンガー。いつもの彼らしく、落ち着いた口調だった。
 ただし、妙に鼻を気にしている。毛を抜きすぎて痛いのだろう。
「なんで小官だけ、目が赤くて痛いのだ?」
 大きな声で言いながら、首をひねるのはビッテンフェルト。泣いたせいで目が赤い。先ほどとは全く違う、威風堂々とした武将に戻っている。
「なにか力説していたような気がするが…」
 ミッターマイヤーが考え込むと、ロイエンタールもうなずいた。
「妙な夢をみたような気がする…なんだか、手に感触が残っているような…」
 黙ったまま、のどを痛そうに押さえているのはアイゼナッハだった。
「私も妙に疲れました」
 ため息をつくミュラー。あれだけ騒げば疲れもするだろう。
 まったく態度がかわらないのはオーベルシュタインただ一人だった。彼は冷静にカイザーに進言した。
「陛下。このタンクベッドが実用には向かないかと存じますが…?」
 嫌味なほどの正論だった。カイザーは鷹揚にうなずいた。
「卿らの意見は確かに聞いた。技術局に命じて調節しなおさせそう」
 

 三元帥以下を解散させた後、カイザーは肩を竦めた。
「キスリング、とんだことになったな。想像以上だ」
 わかっているなら、最初からなさらないで下さい、とキスリングは言えなかった。
「卿も試してみるか?」
「とんでもございません!」
 キスリングの即答に、カイザーは心底がっかりした表情を見せた。
「そういえば、オーベルシュタインは変わったか?」
 キスリングは頭を振った。
「軍務尚書はあのままか…」
 さもつまらなさそうに言う敬愛する皇帝に、キスリングは心の中でがっくりと肩を落とした。
 


 一日の勤務を終えて、キスリングは宿舎に帰った。明日は久々の非番だった。真っ先にシャワーを浴びる。
 とんだ一日だった。あれから提督方の顔を見るたび、笑いそうになったのだ。
『軍務尚書はあのままか…』
 カイザーはつまらなさそうだったが、いわなくてもいいだろうさ、ギュンター。
 軍務尚書がずっと流行曲を鼻歌で歌っていたなんて…。しかも、すべてアイドル系…。
 手でリズムをとっていた。もしかしたら、踊りだしていたかも知れない。
「み、見なくてよかった…」
 キスリングは大きくため息をついた。

 親衛隊長ギュンター・キスリング准将。
 彼の口の硬さには定評がある。
 言ってはならないことが……多すぎる…。

(C)ましろさん

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