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by.ましろさん |
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は、いずれも錚々たる貴族である。 いまだその異才を示すことのないラインハルト・フォン・ミューゼルが至尊の地位につく まで、平民出身の元帥など考えもよらないことではあったが。 宇宙艦隊司令長官グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥は、伯爵家の次男であ り士官学校を首席で卒業して以来35年の軍歴を誇り、軍人としての最高位まで順調に進 んできた。 半白の眉と頬髯が立派な、堂々たる体格の非の打ち所のない姿勢の持ち主である彼は、 見るからに軍人らしい容姿をしている。 実戦部隊最高指揮官としての、矜持と、自信と、風格。帝国の武人の姿を体現している かのようなミュッケンベルガーに、いかにもふさわしい姿だった。 威厳あふれる姿に萎縮する部下も多いが、ミュッケンベルガー自身はよほどの無能さを さらさない限り、いちいち部下のあら捜しなどはしない。貴族の鷹揚さでもあるが、もと もと彼の意に添わない人材が彼の身辺にいること自体が、いままでにはなかったことなの である。ただし、一面では貴族の癇症を突然あらわし、彼に常に従う副官などが不興を蒙 り、突然更迭されることなどもあった。副官、次席副官、秘書官などは、上官の職務の補 佐だけではなく、自身の言動にも充分留意する必要があった。 帝国歴486年4月 ミュッケンベルガー元帥のもとに、新任の次席副官が着任した。 長身だが痩せて青白い顔色の壮年の大佐は、やや冷たい視線で、ごく無難に上官に着任 の挨拶をしたが、ミュケンベルガーの関心をひくものはなにもなかった。 首席副官に後は任せて、ミュッケンベルガーはすぐにその次席副官のことなど忘れたよ うにデスクワークに専念した。 2月に行われた第三次ティアマト会戦の後始末とも言える諸処理や、3月に起こったク ロプシュトック事件の処理、そして、クロプシュトック討伐にまつわる不愉快な一事件に 対する考慮。 彼の決裁を待つ書類は山積だった。 首席副官と、新任の次席副官の息は合ったようだった。 秘書官とも連絡を密にし、ミュッケンベルガーの執務は円滑に流れていく。 次席副官はその痩身を元帥の執務室に静かに運び、未決裁の書類を持参するか、決裁を 得た書類を持ち出していった。 無駄なことは一切話さない。 顔の表情もないが、その眼がまったく感情をあらわさない。 冷たいまでの視線を投げかける次席副官に、ミュッケンベルガーがやや不快に感じるよ うになった頃、その次席副官の眼が義眼であることをようやく記憶の引き出しから取り出 した。 その視線さえ気にしなければ、次席副官はなかなか有能な副官だった。 しかし、どうもこの次席副官が気に入らない。理屈ではなかった。 貴族の出であるのに、顔色は悪く、痩せた身体は陰気くさい。寡黙なのも、度が過ぎる。 一度気になると、どうも眼がその陰気な姿を追ってしまう。 堂々たる体躯を誇る者にありがちなことであるが、ミュッケンベルガーは実に貴族らし く「弱いもの」「弱さを感じさせるもの」に対して容赦なかった。 戦傷のせいではなく、生まれながらにして義眼を必要とするこの壮年の大佐に対して、 違和感を持ったのも確かであった。 ミュッケンベルガーは、この次席副官がある程度自分の行動を先読みしていることに気 がついたとき、もっと不愉快になった。 なるほど、事務処理が円滑に行くはずだった。次席副官は、上官の行動形式を性格に読 み、上官が好みそうな書類から先に決裁を求めていたのだった。午後になって処理能力が やや低下する頃、簡単な決裁を仰ぐ書類を回す。難しいものは、タイミングを計って差し 出す。 これが、首席副官との連携で行われているのだが、主導権を持っているのはこの次席副 官であるらしいことはミュッケンベルガーも気がついた。 (出すぎた真似を…) しかし、事務処理が円滑に進むことを咎めるわけにはいかない。 (男の癖に、目端が利きすぎる) どうやら次席副官への嫌悪感は理屈ではなくなって来たようだった。 ミュッケンベルガーは、不快感をじっと抑えこんだ。 その不快感が爆発したのは、ミュッケンベルガーにとっても、次席副官にとっても、不 幸なことだったのか、あるいは僥倖であったのか。 次席副官が突然更迭されて、転任させられたのは着任後わずか一ヶ月であった。 その日、ミュッケンベルガーは軍務尚書エーレンベルグ元帥に軍務省へと呼ばれていた。 話題は当初、この秋に予定される出兵についての事前調整であったが、その艦隊編成につ いてエーレンベルグの次の言葉によって、一気に不機嫌になった。 エーレンベルグの発言の要旨はこうである。 「金髪の孺子を次回の出兵である程度の裁量を与える」 「近くローエングラム伯爵家の家名を継ぐにあたって、ふさわしい器量を戦場で証明し てもらう」 「彼が戦場で倒れれば、それは武運がなかったこと。勝利すれば、彼を使いこなした司 令長官の功績になる」 軍部において、ラインハルト・フォン・ミューゼルは、いささか目障りになっていた。 皇帝の寵妃である姉の七光りで出世したとしか、貴族たちは考えなかった。しかし、幾度 も戦場に出て、その度に、金髪の孺子・ラインハルトは生還した。勝利と共に。 ミュッケンベルガーも貴族社会の一員である。 最近宮廷を密かに騒がせた「クロプシュトック事件」の、隠れたもう一つの事件に関っ たのが、ブラウンシュヴァイク公爵と、平民の将官、そしてラインハルトであることはミ ュッケンベルガーも承知していた。 次回の出兵に金髪の孺子を出すこと自体、なにかこの件に関ることであることを察知し ないほうが鈍いであろう。 だが、ミュッケンベルガーは、老練なエーレンベルグにまんまと乗せられたのであった。 エーレンベルグとブラウンシュヴァイク公爵の暗黙の了解に利用された形のミュッケン ベルガーは、あらためて不愉快になった。 エーレンベルグが、故意に触れなかったことがあった。 金髪の孺子が敵の手で倒された場合のこと、である。 エーレンベルグは戦場に彼を送り出すだけでよかった。 だが、ミュッケンベルガーはそうはいかない。金髪の孺子が生還すればよいが―それは それで、何かと問題が残るが―戦死した場合は、もっと大変なことになる可能性がある。 姉たる寵妃グリューネワルト伯爵夫人の悲しみは激しいであろうし、責任者のミュッケ ンベルガーの責任を問うかもしれない。彼女を溺愛している皇帝がその言葉に耳を貸さな いわけがないのだ。 ミュッケンベルガーは、どちらにしても、厄介なことを押し付けられたことを知った。 そのことに気がついたのは、軍務省から宇宙艦隊司令部へ帰還する途中の地上車の中で あった。 エーレンベルグは机上で人事を動かしていれば、いい。 だが、ミュッケンベルガーはそうはいかない。 艦隊運用、勝利への責任、金髪の孺子に武勲を立てさせる課題、全てはミュッケンベル ガーの肩にかかっているのだ。 そのことをはっきりと認識したミュッケンベルガーは、低く唸った。 「あのくたばりぞこない……」 年長の軍務尚書をののしる低い声に、陪席していた次席副官が冷たい、例の視線を向け た。 「は、何かおっしゃいましたか、閣下」 「何も言ってはおらん。出しゃばるな」 ミュッケンベルガーの言葉は、職務にのっとり上官の意を問うた副官に対するものでは なかった。そのことはミュッケンベルガー自身が、よく知っていた。 次席副官の青白い顔を見るのも腹が立った。 血色の悪い顔色も、陰気そうな容姿も、まだ若いのに半白の頭髪も義眼も、なにもかも が気に食わなかった。 賢しらに問うてくる言葉も、気障りだった。 ここ数日の不愉快さが、一気に、噴出した。 一度耐えがたいと感じると、もう我慢ができない。 ミュッケンベルガーが宇宙艦隊司令部に到着してまず行ったことは、次席副官を更迭し て統帥本部の情報処理課へ転属させてしまうことだった。 大佐の任官先としては、閑職である。 突然の更迭に、僚友は驚いて理由を尋ねた。 「オーベルシュタイン大佐、いったいどうしたのだ」 寡黙な大佐が、失言をするはずがない。目立った失策もないはずだった。 パウル・フォン・オーベルシュタイン大佐は、薄く笑うだけだった。 「なにか、閣下の不興をかったのか…?」 心配した首席副官が問う。 デスクの周囲を整理しながら、オーベルシュタイン大佐は今日までの僚友のほうを見た。 冷たい義眼は、なんの感情を現してはいなかった。 「なにも。…これも、副官の心得でしょう。上官の意向には、従わなければなりません からな」 「しかし…」 「お気になさらずに。きっと私にはわからない、何か落ち度があったのでしょうから」 少しも殊勝に聞こえない言葉であった。 言葉の端に冷たい響きを漂わせて、オーベルシュタインは僚友の口を閉ざさせた。 自分がなぜ、急に更迭されたのか、オーベルシュタインは的確に察知していた。 ―とばっちり― こんなことをわざわざ、僚友に言うこともないだろう。 オーベルシュタインは、幾度も無能で癇症な上官に仕えてきた。今度も、そうした事例 のひとつに過ぎない。 こだわることは、何もない。 たかが大佐である自分ひとりくらい使いこなせない、おまけに不機嫌のとばっちりで更 迭するするような上官は、こちらからも願い下げだった。 オーベルシュタインは自分の能力を過大評価するつもりはなかった。 しかし、他人に安く見積もってもらっては困るのも確かだった。 オーベルシュタインは、ごく冷淡に命令を受領し、なんの未練も残さず職場を去ってい った。 淡々とした進退にミュッケンベルガーのほうが、自分の存在を軽視されたような気がし て、また不愉快になったがそんな些細なことに関わってはいられなかった。 上官の温情にすがるとか、泣き言をいうほうが、はるかに可愛げがある。 自分がなぜ更迭されるのかも、問いもしなかった、次席副官である。 上官が視界に入らないかのように規律正しい歩調で部屋を出るオーベルシュタイン大佐 の背中を見ながら、ミュッケンベルガーは口を歪めた。 言葉にはならない、言葉を飲み込んで、副官に書類を持ってくるように厳しい声で命じ た。 ミュッケンベルガーには、決裁するべき事務が山積なのである。 あの気に入らない次席副官が去ってから、事務処理の能率が落ちたのだけは、確かだっ た。 後年のローエングラム王朝初代軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥につ いての、ゴールデンバウム王朝時代の逸話は、ほとんど残っていない。 イゼルローンからの脱出者、という印象が強すぎるせいかもしれない。 この更迭も、遠い記憶に埋没していたものを掘り起こした当時の首席副官の証言によっ て、彼の人となりが語られたに過ぎない。 淡々と職場を去る長身が、流れていった時間に垣間見えるだけだった。 |
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パウラーもここまで行くと…(笑) ミュッケンベルガーもこんな副官持たされて、ちょっと気の毒でした。 外伝1をご存知ないと、ちょっとわかりにくいかもしれません。 OVAでも、この経過は描かれていません。 ちょっと反省してます。
ましろさん@架空の書斎 |