In Your Confidence
by.仲田優希さん
「テオドール・アムスドルフ中尉です。本日より閣下の副官を勤めさせていただきます。よろしくお願い致します」
 そう言って敬礼した自分は、今思えば滑稽なほどに緊張していたはずだ。


 ウォルフガング・ミッターマイヤー少将と言えば、オスカー・フォン・ロイエンタール少将と並んで、輝くばかりの経歴と、それと同じだけ種種の噂話に彩られた人物だった。噂の大半が、実力の無い貴族共の、平民出身士官に対する嫉みや僻みに拠るものだとはわかっていても、戦場における苛烈な指揮や不正に対する徹底的な制裁など、どちらかと言えば怖い話を多く耳にしてきたのも事実だ。
 現に今朝、見事な偶然ですれ違った、かつてミッターマイヤー閣下の部下だったという士官学校の同期は、微妙な表情で忠告してくれた。
「あの人の部下になれるお前は、きっと運が良いんだ。でも、気をつけろよ。あの顔に騙されると痛い目に会うぞ」
 積み重ねられた噂話と降って湧いた忠告。どちらも、俺の見かけに比べて小さすぎる心臓を酷使するには非常に効果的だった。


「ウォルフガング・ミッターマイヤーだ。こちらこそよろしくな。俺の下で事務処理の仕事だなんて、運が悪かったんだと諦めてくれ」
 端正な答礼をユーモアで包み、閣下は俺の顔よりはるか下方でふわりと柔かな笑顔を作った。力強さを感じさせるグレイの瞳は、それでも優しく澄んでいて、噂に聞く激しさとの差に俺は内心びっくりし、上げた右手を下ろすことを一瞬忘れたぐらいだ。第一印象は、先入観を見事に裏切ってくれたのだ。


 2m近い身長とそれに合わせた横幅を持つ俺と、172cmという小柄な上司の組み合わせは、ミッターマイヤー少将に対する貴族達の嫌がらせではという話が無いわけでもなかった。しかし、いくらなんでも一少将の人事にそこまでの恣意が働くとは思い難い。単に書類上に表れた事柄を元に調整された結果なのだろう。更に「熊をつれた姫」などという揶揄があからさまに交わされたこともあったが、そちらの方は5日ともたずに消えていったので、閣下かその親友が――賭けるとしたら後者だ――何らかの手を打ったに違いない。

 いずれにせよ、俺と閣下の関係は、取り敢えず順調なスタートを切っていた。

* * * * *

「ロイエンタール少将副官のレッケンドルフです。そちらに少将はお邪魔していないでしょうか?」
 聞き慣れた質問と一緒に、見慣れた顔が通信端末の向こう側で困った顔をしていた。
 俺と同じ頃、ロイエンタール提督の副官となったレッケンドルフ中尉とは、最近同期だということが判明したが、士官学校時代にはまるで縁がなかった。言われてみて、試験の席次で大概自分の5番ぐらい前にそんな名前があったのを思い出したぐらいだ。
「いえ、今日はこちらにいらしていないようです」
「そうですか……困ったなぁ」
 同期という事を除いても、上司が親友同士で、軍務においても一緒に動くことが多いとなれば、自然と親しみがわいてくる。ましてその上司達がしょっちゅう行方不明になり、探すにはまず相手の所に居るかを確認するのが常となれば。
「何か急ぎの用事か?」
「昼前に決済しないとならない書類が入ってきてさ…まぁ中身は大した事ないけど、そんな書類で上から睨まれるのも馬鹿馬鹿しいだろ」
「わかった、見かけたら連絡入れるよ」
 ダンケ、の言葉と共に通信を切ろうとしたレッケンドルフ中尉が、ふと気になったように顔を上げた。
「ミッターマイヤー提督のご機嫌はどうだ?」
「いや、いつもどおりだけど…それがどうかしたのか?」
「あぁ、じゃあやっぱりまた女の人と何かあったのかなぁ。少将、今朝からちょっと機嫌悪くてさ」
「…卿も色々苦労するな、あの人の下だと」
 自分の上司とは無縁な厄介ごとに心を痛める彼に何気なく同情すると、返ってきたのは予想外に強い視線だった。
「でも、軍人としては最高だ」
 気圧されて頷く俺へ、一瞬後には人の良い笑顔を見せ、中尉はまたな、と通信を切る。灰色になった画面をしばし見つめ、俺は自己嫌悪の沼へ片足を突っ込んでいた。
 思慮に欠けたことを言ってしまったのに対しても勿論だが、そこでせめて気の利いた一言でも返せれば良かったのに。己の上司を誇りに思っているのは、自分だってそうなのだ。

* * * * *

「中尉…アムスドルフ…、テオドール、テーオ、テディ!」
「は…はいっ!!」

 『熊をつれた姫』という揶揄の名残は、閣下の方にこそ残っているのか、私的な場などではテオドールの愛称であるテディと呼ばれることもあった。大概周りに誰もいないときの呼称なので、多少気恥ずかしいものの、それ程悪い気はしない。もっとも「昔持っていたテディベアに似てるんだ」とにっこり笑って言われたときには、さすがにどんな表情をすればいいのか迷ったが…。

「どうした、珍しいな、卿がぼんやりしてるなんて。さすがの卿も疲れてるか?」
「いえ、そんなことは…申し訳ありませんでした」
 上官の呼びかけに一度で応えないなど、場合によっては鉄拳制裁ものだ。ミッターマイヤー少将の厳しさが発揮されるのが一体どんな時か、ある程度飲み込めてきていたが、閣下の寛容に甘えるべきではなかった。
「まぁ、疲れが倍増って言うのも、わからないでもないけどな」
 覇気溢れるグレイの瞳に苦笑をちらつかせ、少将が俺の肩を叩く。

 とある大貴族が所有する戦艦に割り当てられた小さな一室。ブラウンシュバイク公が主催したパーティーにおける爆発事件に端を発した今回の出兵で、少将は戦闘技術顧問などという実質的には何の権利も無い肩書きを押し付けられ、何の意義も意味も無い戦場へと駆り出される羽目になった。
 ただ家柄によって将官の地位を得た貴族達に、軍の管理能力など最初から期待できない。戦場で思うがまま大砲を撃っていれば、勝手に勝利が転がり込んでくるなどと考えているような奴らだ。まして、今度の出征はごく短期間に決定されたことであり、準備期間がほとんど無い。そういった不備のしわ寄せは総てこちらに降りかかり、協調性の無い貴族達をまとめ上げてなんとか軍隊としての様相を整えるため、閣下や他の顧問と呼ばれる将官たちは、昼夜の別なく仕事に励んでいた――こんな戦闘で命を落とすなど、それこそ馬鹿馬鹿しい。そうならないために、誰かが何とかしなければいけないのだ。

「取り敢えず少し休憩しよう。このまま続けても効率は落ちるばかりだ」
「はい、ではコーヒーを準備します」
「あぁ、ありがとう」

   コーヒーを入れて戻ると、少将は肉視窓から外を眺めていた。オーディンに合わせた艦内時計は既に深夜を過ぎている。

「もう少し頑張れば、艦隊編成も一段落する。そうしたら卿も8時間ぐらいは休憩が取れるぞ」
 コーヒーを置く音に振り向いて笑みを見せる閣下も、さすがに少し疲れているようだった。
「いえ、小官は閣下の後で…」
「そう言うな。部下に休憩を取らせるのも上司の仕事のうちだ」
「…はい……」
 ここで強く進言できない自分が恨めしい。特に少将の前だから萎縮するのではなく、生来の気の弱さが大事な時に邪魔をするのだ。己の不甲斐なさに思わず溜息をつくと、今度はそれも聞かれてしまった。
「どうした、溜息なんてついて。幸せが逃げるぞ」
 意外な物言いに驚いていると、少将は照れたように笑って、
「子供の頃言われなかったか?溜息をつくと幸せが逃げるって」
「あ、いえ、小官が育ったところではそういう話は…」
「ふぅん、でも、そうらしいから、溜息はつかないほうがいい」
「はぁ…」
 言われてみれば、ミッターマイヤー少将が溜息をついているのはほとんど見たことが無かった。おそらく部下からは見えない所でそういう気持ちを処理しているのだろう。今まで気が付かなかった事実に、自然と背筋が伸びる。
「もっとも、卿の顔を見てると、溜息も何処かに行くけどな」
「は?」
 またしても意外な言葉に、一度伸びた背ががくんと落ちた。
「いや、ほら卿はいつも穏やかだろ?卿の落ち着いた顔見てると、イライラだとか、溜息つきたい気分だとか、そういうのがこう、消えていくんだ」
 にこやかに紡がれる言葉に、顔が火照ってくるのがわかる。
「あの、小官の場合は別に落ち着いているとかそのような訳では…」
 ただ鈍いだけなのだ、自分は小心者で、いつも内心びくびくしている、そう続けようとしたが、閣下は笑ったまま片手を軽く上げて俺の言葉を止めた。
「俺はこれでも、人を見る目はあるつもりなんだがな。第一、俺はそんな頼りない副官を持った覚えは無い」
「…」
「今回の任務だって、卿がいなかったらどうなっていたか、想像すると結構怖いものだぞ。…まぁ、そんな訳だから、もう少し自分に自信を持ってくれ」
 思わぬところでかけられた最大級の賛辞に、俺は顔を真っ赤にして何度も頷くしかできなかった。上官の言葉に頷くだけなんて、鉄拳制裁ものだというのに…!

「とは言え、休憩が終われば、また溜息をつく暇も無いぐらい忙しくなりそうだがな」
 部下の非礼を咎めるでもなく、少将は肩を竦めて窓の外の宇宙へ目をやった。度し難い貴族達が、戦場でどんな行動に走るものか、想像するだけで頭が痛くなる。そして少将は剄烈な視線をこちらに戻すと、歯切れ良いはっきりとした発音で、俺にとって最高の台詞を言ってくれた。

「これからもよろしく頼む」



 実際それからは、溜息をつく余裕も無いほど様々なことが起こり……すべてが一通り解決した後、「悪くはない結果だな」などとミッターマイヤー少将は笑っていたし、俺も少将への忠誠心をより高める事にはなった。なったのだが、久し振りに戻った官舎で、俺が肺を空にするほどの溜息を零した事は、閣下へは絶対に秘密である。


DAS ENDE


うわ、長い上になんともまとまりの無い話で・・・;;しかも、タイトル関係ないですね;
ミッターマイヤーがちゃきちゃきしている分、少し大人しい弱気な感じの副官、っていうのをあわせてみたかったのですが・・・あ、アムスドルフが良い体格してるのは、貴族達の嫌がらせではなく、私の愛ですvv(蹴)

仲田優希さん@-der Himmel-