2時間10分の羽伸ばし
by.うさこさん
 宇宙歴791年(帝国歴482年)9月
 士官学校を卒業したマクシミリアン・ルビッチはイゼルローン要塞に赴任し、翌年、第5次イゼルローン要塞攻防戦で善戦して中尉に昇進した後、オーディンへ帰還し、当事、後方勤務だった、エーベルハルト・フォン・フォーゲル中将の副官となった。
 軍部でも気難しいと有名な中将の副官に平民がなるのは極めて珍しく、当事、かなり注目された。
 フォーゲル中将は30代後半で、自身が子爵家の嫡男という身分だった。
 軍では後方勤務が長かったが、子爵家の家名を継ぐのに相応しい役職を・・・という事で、明らかな箔付けで、経験も少ないのに艦隊司令官に抜擢されたのだ。
 フォーゲル中将の性格は寡黙と言えば聞こえがいいが、ひどく無口で暗くネチネチしている・・・というのが本当のところだ。何しろ、成り上がり者や平民の蔑み方がひどく、貴族の中でも凄い陰鬱さ。平民出身者が副官となった場合、大抵の者がストレス性の胃痛、その他で病院行きになる事が多い。
 ところがルビッチ中尉は副官から外れる事なく、大過なく任をこなした。口の悪い者達は、彼と上官が、色々な意味を含めて特別な関係ではないかと、聞こえよがしに揶揄したり、あらぬ噂を立てたが、彼は意に介さなかった。
 上官が気難しかろうが、着実に任をこなしたに過ぎない。媚を売る訳ではなかったが、慎重に、上官の気に入らぬ事をしなかったのだ。尤も中将の暗くて重苦しい性格に、息が詰まらなかった訳ではない。それでも病院行きにならなかったのは、ただ単に、ルビッチ中尉がタフな神経の持ち主だからだ。
 とにかく、それが評価に繋がったのか、中将には嫌われずに済んでいた。
 また、中将の親類が領主の辺境惑星に生を受け、領主の口利きと援助で士官学校に入学した経緯で、中将に嫌われるのを免れたのも事実だが、それを敢えて言って回るほど彼は馬鹿ではなかった。
 そして、宇宙歴796年(帝国歴487年)2月のアスターテ星域会戦・・・。
 開戦当初、帝国軍は同盟軍のほぼ半数。下手をすれば「戦死」で、中将は撤退を仄めかすシュターデン中将に賛成したが、結果的に帝国軍の圧勝で、中将もルビッチ中尉もホッと胸を撫で下ろした。
 その後、中将は除隊して家督を継ぎ、フォーゲル子爵として新たな一歩を踏み出す。それに伴いルビッチ中尉も大尉に昇格。晴れて、副官の任を解かれたのだ。
 ・・・その翌年に起こったのが、リップシュタット戦役である。
 多くの門閥貴族達はオーディンから脱出し、ガイエスブルク要塞に終結。しかし、フォーゲル子爵はタイミングを逃して脱出に失敗し、身柄をオーディン内に拘束される。反対にルビッチ大尉はフォーゲルの副官だった事を買われて貴族連合軍に招聘され、密かにオーディンを脱出。シュターデン中将の指揮下に入り、彼の副官として、何とか生きたままで終戦を迎える・・・。
 紆余曲折あったが、ルビッチ大尉は、宇宙歴798年(帝国歴489年)1月付けで、ローエングラム陣営に迎えられ、カール・グスタフ・ケンプ大将の副官となった・・・。


 このところの忙しさは尋常ではない。
 食事、睡眠、トイレ、シャワー等の生理的現象意外は殆ど軍務。何しろ、やるべき事は山積み。睡眠もタンクベッドのギリギリのライン。オーディンでも要塞の中の作業でも、とにかく、忙しさは激しくなる一方で、戦闘中のようだ。・・・いや、むしろ、戦闘の方が昂揚感があるだけマシかもしれない。
 食事も「かき込む」という表現がシックリくる凄まじさ。無駄な時間を作らない為、味気無い固形食糧を齧りながらの作業等は更に余裕が無く、さすがの私も驚いた。しかし、誰一人文句も言わない。
 どんな前線でも、貴族の上官ならとっくに怒り出し、自分だけでも豪華な食事を要求する・・・と、経験上知っている私は、閣下自身も皆と同じ食事をされているのを見て、今までの上官が如何に甘かったかを思い知らされた。
 今年1月、リップシュタット戦役後、次がどうなるか不安だった私も、漸く、カール・グスタフ・ケンプ大将閣下の副官を拝命した。閣下は艦隊司令官として、統率力も勇気も非凡で豪放で、公正明大な人格者だ。考えてみれば、初陣から後、貴族の上官ばかりだった私が、初めて仕える平民出身の将官だ。
 貴族連合軍から閣下の司令部に入り込んだ私は、実はどのような扱いを受けるか、内心かなり戦戦兢兢としていた。何しろ私は、あのシュターデン中将の副官だったのだ・・・。
 しかし、閣下はその事については一切触れず、他の幕僚も何も言わなかった為、私の杞憂に終わりそうだった。元々、空戦隊の出身で撃墜王だったというケンプ大将閣下は、実にさばさばした性格で、暗いところが微塵も無いのも、今までの上官には無かったもので、私には有り難かった。
 そもそも、この忙しさの発端は、シャフト技術大将が、ローエングラム元帥閣下に提出した作戦案が、素人では到底考え付かないような、とんでもないシロモノだったからだ。
 最初、閣下から作戦内容を聞いた時、集められた幕僚の誰もが質の悪い冗談だと思い、苦笑しかけたほどだ。だが、閣下は冗談はお嫌いではないが、このような席で軽口を叩かれる人では無いと、皆、理解していた。だからこそ、作戦計画書を前に水を打ったように静まり返り、互いに顔を見合わせた。
 リップシュタット戦役の貴族連合軍本拠地。元帥閣下を守り、キルヒアイス上級大将が暗殺者の手で斃れた、あの、血塗られ、不吉なガイエスブルク要塞。それを使う案自体は大した事はないが、元帥閣下はあの要塞を放置したかったのでは?と、私は愚考するが、本当のところはどうなのだろう?
 放棄された要塞を修復し、輪状に12個のワープ・エンジンを取り付けて同時作動させ、イゼルローン要塞の前面にワープさせる・・・。これが、シャフト技術大将が元帥閣下に提出した作戦案だった。
 叛徒共に占拠されたイゼルローンを取り戻せれば一番良いが、敵を動揺させ、これを一気に殲滅出来れば、味方の犠牲も少ない筈だ。そして、ガイエスブルクを、第二のイゼルローンとして登用する事も可能だと思われた。
 ガイエスブルク要塞の主砲「ガイエス・ハーケン」は、イゼルローン要塞の「雷神の槌<トゥール・ハンマー>」に匹敵する。だから、ガイエスブルクをイセルローンの後釜として、帝国軍の拠点としても何ら問題はないし、新しく要塞を造る莫大な費用と時間を短縮出来るので、確かに利点ではあった。
 それにしても、何と、荒唐無稽な作戦案であろう!
 作戦の最高司令官がケンプ大将閣下で、副司令官を拝命したのが、同じ大将の中では席次が一番下の、年若い、ナイトハルト・ミュラー大将らしい。
 「大丈夫でしょうか・・・」
 不安そうな表情を貼り付けて閣下に質問したのは、幕僚の中でも一番生真面目な参謀長のフーセネガー中将だった。作戦案に全員が不安でいっぱいの中、中将閣下が、皆の声の代弁者だった。 
 「大丈夫だろう。使えない案なら、提出の段階で切られている筈だ。あの元帥閣下が許可されたのだから、それなりの・・・いや、かなりの効果があると思っていいのではないか?」
 「・・・まぁ、多少の効果はあるでしょうが・・・」
 「敵はヤン・ウエンリーだ。奴は難攻不落と謳われたイゼルローンをいとも簡単に落したのだぞ。それも我々の考えつかない方法で・・・だ。詭計の類は奴の十八番<おはこ>だから、我々もここは正攻法に拘らず、派手にやるのも手だ。それとも卿は、正面からあの要塞の奪還が可能だと思うか?」
 詭計の類が嫌いな閣下が、このような作戦に真剣になっているのが珍しいのだろう。フーセネガー中将は暫く思案していたが、溜息を付いてかぶりを振った。 
 「考えつきません。確かに派手にやるのも手です。まさか奴等も我々が要塞ごとワープすると思わないでしょうし・・・。やってみる価値はあります。しかし、ワープ自体が成功すれば・・・の話ですが」
 フーセネガー中将はあくまで慎重だった。
 「まぁ、シャフトの案なのが引っ掛からないでもないが、奴等にしても、我々がそこまでやるとは思うまい。適がパニックに陥ってくれれば、我々の思惑通りで攻撃も仕掛けやすいしな。幾ら、あのヤン・ウェンリーが凄かろうが、そこまでは予測出来まいよ。いずれにせよ、シャフトの話では、要塞の周りに12個程度の巨大ワープ・エンジンを取り付ければ、要塞を動かす事は理論的に可能らしい。後は指揮官の統率力と、作戦実施能力にかかるという事だが・・・」
 閣下は含み笑いを浮かべられた。
 作戦実施能力と統率力ある指揮官・・・。なるほど、それなら、閣下にぴったりだ。
 「・・・で、閣下が司令官で、副司令官がミュラー大将閣下なのですね。しかし、これだけ大規模な作戦案。我々でやるのは凄い事ですが、普通に考えると、ロイエンタール、ミッターマイヤーの両上級大将に回ってしまいそうな話ではないですか・・・」
 フーセネガー中将は首を捻っていたが、閣下はそれを咎め立てなさる事はなかった。
 「全くだ。・・・有り難い事に、元帥閣下ご自身のお考えの上でのご指名でな。それに上手く行けばお前達も昇進は間違いないぞ。・・・休暇も取れるだろうし」
 元帥閣下からの勅命だった事が閣下には大きな喜びのようだ。そう言われて我々幕僚も安堵し、やがて全員に笑みが広がった。このところ休暇が全く無かったので、それに反応したのは仕方がない。そして、その中でも、「休暇」という言葉に、一番、反応を示したのはフーセネガー中将閣下だった。
 大将閣下より3歳年下の中将閣下は昨年末に結婚されたそうだが、忙し過ぎて、新婚旅行はまだらしい。結婚式に列席した幕僚の話では、お相手の女性は中将閣下より10歳年下で、長い黒髪のエキゾチックな美人。大柄で髭面の中将と並ぶと、まるで「美女と野獣」にしか見えなかったらしい。
 ・・・休暇が出たら、きっと新婚ホヤホヤの奥方と旅行に行くのだろうか・・・。
 恋人どころか、片想いを募らせる相手もいない私には何とも羨ましい話だ。しかし、今、私に必要なのは、女性にうつつを抜かす事ではない。リップシュタット戦役での、貴族連合軍からの投降者という不本意なレッテルを外す最大の正念場なのだ。この作戦に賭ける上官に、私も付いて行くしかない。


 ガイエスブルク要塞のワープ実験を前に大将閣下はオーディンに帰還し、経過報告の為に帝国軍最高司令官、ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥閣下の元に出頭。閣下と共にオーディン入りしていた私は元帥府で地上車<ランド・カー>を借り、官舎に戻ると言う閣下を送って行った。
 その後、私は宿舎となったホテルの地下駐車場に車を入れ、部屋に戻って着替えると外に出た。実はまだ夕食を取っていなかったのだ。ホテル内にも幾つかのレストランが入っているが、どれも皆、モノのワリには高く、従業員も気位高くて気に入らない。
 「まだ・・・やっている時間だよな・・・」
 新米士官時代からの行きつけの小さなレストラン、「新灯台<ノイエ・ロイヒトトゥルム>」に顔を出す。元々は辺での経営だったが、息子が軍務に就いてから、住み慣れた海を離れて市中に出店したのだそうだ。小柄な親父さんと女将さんがやっており、午後9時半には閉店してしまうが、良心的な値段で、美味しい料理と酒が気軽に楽しめるのだ。
 「・・・おや、マックスじゃないか!」
 「親父さん、お久し振りです!」
 私は軽く手を振った。私服だから、敬礼する必要もない。
 「挨拶なんか・・・。ほら、こっちへ来い!最近の調子はどうだ?この間来た時、大変だと言ってたろ」
 「まぁまぁ・・・って言いたいけど、大変だよ。今日こっちに着いたのに、明日の午前中には発つんだ」
 「・・・やれやれ、急だな」
 親父さんは目を丸くして驚き、奥から顔を出した女将さんも呆れたようだ。
 「マックス、お前は本当に俺達の死んだ息子に似ているよ・・・。だから、こいつは、戦闘の度に心配で祈りっぱなしになるんだ。・・・正直言って今回はどうなんだ?」
 「作戦内容は言えないけど、大丈夫だよ。元帥閣下も大将閣下も勝算あるようだし・・・」
 「そうなの。・・・ならいいんだけど」
 女将さんはそう言って、私の顔をじっと見た。
 二人には息子がいた。生きていれば私と同年だ。彼等の息子は、私と同じ、第五次イゼルローン要塞攻防戦で戦死していた。私は面識は無かったが、高校を卒業してすぐ、一兵卒での従軍だったらしい。駆逐艦の砲手だったが、味方に犠牲を強いたイゼルローン要塞の主砲、「雷神の槌<トゥール・ハンマー>」で名誉の戦死を遂げていた。
 二人が言うには、彼等の息子、ゲルハルトと私は、驚くほど、面差しが似ていたそうだ。それ故、彼等は私を「マックス」と愛称で呼んでくれる。彼等に私は故郷が辺境惑星だと話していたし、息子同様に世話を焼いてくれるのだ。
 「本当は夜の内に発つ予定だったんだ。でも、泊まる事になって。で、ここで夕食を・・・と、思って」
 「ほう。・・・そいつは嬉しいね。・・・で、何か食べたいものは?何でも作ってやるよ」
 「・・・そうだなぁ。特にこれと言って無いけど・・・。何かオススメとかはあるの?」
 「それなら、とっておきのがある。・・・シュパーゲルだ」
 それを聞いた途端に、私は嬉しさのあまり、口笛を吹きかけた。
 「・・・あれ?でも、時期的に早いんじゃないの?」
 オーディンでシュパーゲルが美味しい旬の季節は4月から6月で、今は3月である。
 「オーディン産の早生種だ。他星のモノもいいが、やっぱり、オーディンにいたらオーディン産でなけりゃ美味くないよ。しかも、うちの契約農場のは、モノがいいんだ。さっき届いたばかりでね。明日出す予定だけど、お前は特別だよ。明日出発なら、今日の内に食って行け」
 「いいねぇ、俺、好物なんだ!旬にこいつを食えるなんて、何よりのご馳走だよな・・・」
 「そうだろう。・・・大体、宇宙<そら>の上じゃ、こういうモノは食えんだろ?」
 「貴族の上官は特別に食ってたけど、普通は新鮮な食材は食えないよ。冷凍と乾燥が主流で、これが凄く不味くて。下手すりゃ、毎日、固形食糧だよ。シュパーゲルが出ても缶詰で味気無いし・・・」
 あの辺境の故郷の惑星でも、水捌けの良い、肥沃な土地には最高のシュパーゲルが育つ。旬の時期は皆で、今年の無事を祝って食べるし、領主のディーゼル男爵も美味しいと賞賛している。旬の時期にこれを食べてこそ、真の帝国人と言えるだろう。
 「ソースはどうする?」
 「あれば、ホランデースがいいな。うちではこのソースを作ってたよ。新鮮な卵と白ワインがポイントって、お袋がよく言ってた」
 「そうか。じゃぁ、ホランデースにしよう」
 シュパーゲルは7、8本もあれば、じゅうぶんメインディッシュとして成り立つ。
 そのシュパーゲルが大皿に、何と12本!しかも皆、太くてしっかりしている。生ハムの付け合せもあって、ボリューム満点だ。思わず親父さんを見ると、片目を瞑って笑っている。私は有り難さに心打たれ、旬の味覚を堪能したのだった。
 食後にコーヒーを飲んでいると、女将さんが、明日は何時出発か聞いてきた。
 「閣下を迎えに行くのが朝八時だから、ホテルを7時半前に出る。昼過ぎには宇宙<そら>だな」
 「早いのね。じゃぁ、朝食はどうするの。ホテルで・・・?」
 「・・・そのつもりだけど、これが結構高くてね」
 「うちは昼からの営業だけど、うちの人ね、頑固に毎朝6時半には朝食を取るの。だから私も毎日、ツヴィーベルブロートを焼くのよ。・・・どうかしら、うちで食べて行ったら?」
 「え・・・でも・・・」
 幾らなんでも、朝早くから押しかけるのは、迷惑なんじゃ・・・という、思いの方が強かった。
 「何だ、遠慮するな。大したもんはないが、うちで食べる卵はいいヤツだし、こいつが焼くブロートは本当に美味いぞ。マックス、食わないと損だぞ」 
 ツヴィーベルブロートはブロートの中でも私の好物で、良く母が焼いてくれたものだ。
 プライベートの朝食への招待!私は二人の気持ちが嬉しかった。時計を見ると午後9時半だった。
 「・・・そろそろ閉店時間だね。明日は何時に行けばいいのかな・・・」
 「6時半に来りゃいいさ。その時間にはブロートも焼けて、卵も茹で上がっている」
 「・・・じゃぁ、その時間にお伺いします。実は家庭的な朝食って、ここ何年も食ってないから楽しみだなぁ。・・・じゃ、親父さん、会計頼むよ」
 「今日はいいよ」
 「・・・え!?」
 正直言って、何が起こったのか分からず、素っ頓狂な声を出してしまった。
 「・・・なに。お前は息子みたいだからな。今日は久々に楽しかったし、金はいいよ」
 「でも、シュパーゲルって・・・」
 「高いってか?遠慮しない。・・・な?」
 「マックス見てるとね、息子が戻って来たみたいで嬉しいのよ。だから遠慮しないでね」
 「済みません。じゃ、お言葉に甘えて・・・。じゃ、明日また宜しくお願いします・・・」
 二人に見送られて私は店を後にした。


 翌日、6時に起きた私は、時間的に戻って着替える余裕は無いので軍服に着替え、私服をボストンに押し込み、駐車場まで行って、トランクにそれを入れてから外に出た。昨日の夜半まで降っていた鬱陶しい雨はすっかり上がり、今日は済んだ空気で、良い一日になりそうな気配だ。
 そして、レストラン「新灯台<ノイエ・ロイヒトトゥルム>」に向かった。店の2、3階が居住スペースだ。
 「おはようございます!」
 「おはよう、マックス」
 優しい笑顔の二人。焼きたてのツヴィーベルブロートの香ばしい香りがキッチンから漂い、私の心はウキウキと弾んだ。ちょうど良く茹で上がった卵、温かいミルクは、まるで二人の心そのものだ。
 「マックス、チーズはどうかしら?」
 「ブロートと卵だけでいいよ。どちらかと言うと朝は少食で、うちにいた頃も、ブロートとミルクと卵だけで。じゃなかったら、丸茹でのジャガイモとか・・・」
 「まぁ、そうなの?口に合えばいいんだけどねぇ。・・・そうそう、卵は半熟で良かったのかしら?うちの人は半熟に拘るから・・・。茹で時間に煩くて面倒なのよ」
 女将さんの楽しそうな笑顔。
 「今日はね、ヘレ・ミルヒツェプフェも焼いたのよ」
 ミルクたっぷりの朝食用のヤツだ。これが凄く美味しくて、私は大食漢でもないのに、子供みたいに夢中で食べた。実際、こんなに美味しい朝食は久し振りだった。
 私が食べる姿を見て、親父さんは苦笑している。
 「息子もブロートが好きで良く食っていたよ。今のマックスみたいにな・・・」
 私は食事をやめ、親父さんの顔を見た。一人息子を亡くした後、こうやって二人だけの食事を長い間続けているのか・・・。
 「どうした?」
 「・・・凄く美味しいから嬉しくて、ちょっと昔を思い出してね。うちも、こんな感じだったから」
 「そうか。マックスの故郷の惑星は何と言う所だったかな?」
 「・・・ディンケルスビュール。凄く辺鄙だし、多分、聞いた事ないよね。領主のディーゼル男爵はオーディンにも土地はあるのに辺境暮らし。・・・やっぱりちょっと変わり者だよな」
 辺境惑星の場合、自ら管理せず、信用のおける代理人を領主にする事が多いのだ。
 「でも、恩人なんだろう、マックス?」
 「・・・まぁね。軍人志望を見上げたモノだって、しがない農夫の息子にオーディンまでの旅費を出してくれたしね。そのお陰で、あの気難しい上官と上手くやれたんだし・・・。そうそう、今度の戦いの後で、俺、見合いをする事になったんだ・・・」
 「まぁ、そうなの!?」
 「う・・・女将さん、嬉しそうだね」
 「あら、あら・・・。マックスは息子同様だからとっても嬉しいわ。・・・ご両親も喜んだでしょ?」
 「うん。お見合いOKの時点で、もう、すっかり、婚約モード。・・・相手にまだ会ってもいないのに」
 「きっと離れている分、ご両親は心配なのよ。それに、お年を召しているのでしょ?マックス、あなた、いつも、お見合い断っていたでしょ。承諾だけでも嬉しいものよ。あなたと漸く接点が持てるんだし」
 「そうかなぁ。まぁ、一度くらいは言う事を聞いて見合いしてもいいかな・・・って。本当に喜んでね。あ・・・と、7時過ぎたな。大将閣下を迎えに行く時間なんだ・・・」
 すると女将さんは席を立ち、大きな袋いっぱいに、焼きたてのブロートを詰めてくれた。
 「・・・こんなに・・・」
 「今日のお昼には宇宙なんでしょう?お腹が空いたらこれを・・・ね。これだけあれば他の人にも分けてあげられるでしょ。・・・多少日持ちもするように作ったから」
 袋を受け取りながら、私はあまりの有り難さに、思わず、涙が出そうになった。焼きたての温かさ。それ以上に、女将さんの温かい人柄が感じられるブロートだった。


 私は久々に忙しさから解放されたような気分だった。親父さん達に会うと、凄く短い時間でも充実した時を過ごせる。そして、故郷の事、両親の事・・・色々な思いが走馬灯のように駆け巡る。
 だから、今回の戦いが終わったら、また、ここを訪ねよう。上手く行けば、多分、5月頃には戻れる筈だ。その時はまた、思いっきり、美味いシュパーゲルを食べよう・・・。
 さて、ホテルに戻るか・・・。
 ブルック少尉とはロビーに7時20分に待ち合わせだから、その前に車を駐車場から出さなきゃ・・・。


Das Ende


 ケンプの副官、ルビッチ大尉再登場です。・・・究極のマイナー。もう、趣味の世界です。
しかも、フォーゲルだの、シュターデンだの・・・。更にマイナーの度合いが増してゆく・・・。
 「シュパーゲル」はホワイトアスパラです。軟らかい「缶詰」のイメージ強いですが、ドイツではマジに旬の味覚。他からでも時期をずらせば入るのに、わざわざ「ドイツ産」。拘りですね。日本が、「国内産松茸」に拘るのと一緒・・・。因みにシュパーゲルで爆笑したのはハンブルクの品種名。日本で言うところの、米の「こしひかり」に該当するヤツです。その名もズバリ、「ブラウンシュヴァイクの誉れ」と言う・・・。どわわぁ〜!ワタクシ、思わず吹きました。凄く誇らしげな公爵の顔が見えた気が・・・。まるで、公爵御用達。笑えるぞ・・・と。しかも、公爵領でしか取れない高級珍品で、門閥貴族に大人気の品種・・・。(笑うのは銀英伝のファンだけだな・・・)
 最後に。タイトルの「2時間10分」は、ルビッチが、店に行っていた時間(夜と朝)の合計です・・・。                                        

うさこさん