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by.グラさん |
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なぜ自分が寝ているのかとか、ここはどこなのかなどという疑問は全くわかなかった。記憶の中の眼前には、最近よく補佐をしてくれる若いスールズカリッター少佐の顔と彼が差し出す報告書。 ほとんど無意識に起き上がりかけ、「まだ起きないで」というやや硬質な女性の声に動きを止めた。 「いま先生をお呼びしますから。まだ寝ていてください」 目を向けると、白衣を着た中年の女性が背中を向けていた。周囲には素っ気無いほどの機械の壁。そこから幾本ものチューブが伸びて、私の体に貼り付いていた。 状況がわからなかった。ここはどう見ても病室だ。しかし、私は既に旗艦に乗込んでいたはずなのに・・・。 「私は、どうして・・・ここは・・?」 「あら、覚えてないんですか?無理もないかもしれないですね。心臓発作を起こして倒れたんですから」 「シンゾウホッサ?」 あまりにも耳慣れない言葉だった。 シンゾウホッサ?それは何だ?どういうことだ? 脳は、その言葉に正しい認識を与えようとはしなかった。無意識が正しい思考を妨げる。考えようとしても、何も心に浮かばない。真っ白な思考の闇は無限に続いているかのようだった。 脳裏に浮かぶのは、艦橋に漂う慌しさと緊張感。 帝国軍の大部隊が既に同盟領に侵攻してきている。それを迎え撃つには時間も軍備も不足していた。にもかかわらず、限られた時間の中で可能な限り多くの人的物的資源をかき集めて、情報を収集して、なんとしてでも勝たねばならない状況だった。それは限りなく絶望的な、しかし絶対の使命。そのために、ビュコック司令長官閣下をはじめ、軍部全体が不眠不休で決戦の準備に追われた。私だってそうだった。そうして、まがいなりにも艦隊発進を明日に控えて最終チェック作業に追われていて・・・ 普段はおしゃれな妻が化粧っけのまったくない顔に泣き笑いの表情を浮かべて私に抱き着いてきた時も、医者が満面の笑みを浮かべて入ってきた時も、私はただ呆然としていた。 「艦隊は?」 無意識に口をついたのはその問いだった。 妻の体がビクリと震えた。医者がわずかに目をしばたかせた。答えたのは、看護婦だった。 「一週間前に進発して行きましたよ」 間違えようのない無慈悲な言葉は、目を背けようとした現実に私を引きずり戻した。 「一週間前?」 それでも、その意味を飲み込むのに数分の時間が必要だった。 唐突に、脳裏にフラッシュバックする光景。不意に襲ってきた激痛と暗転する視界。驚いた表情のスールズカリッター少佐の顔。そうだ、私は報告を聞いている最中に心臓発作で倒れたのだ。 我知らず、呻き声が漏れる。心臓が、文字どおりきりきりと痛んだ。シーツを握り締め、私はその痛みに耐えた。 なぜこの時期に!! そう、私は同盟軍にとっての決戦に取り残されたのだ。のみならず、この上なく重要な戦で閣下のお役に立てないどころか戦場について行く事さえできなかったということだった。軍人として、これ以上の屈辱、無念はなかった。 「あなた・・・」 呼びかける妻の声も耳には入らなかった。 命が助かったことを喜ぶ気にはなれなかった。ただ、己の不甲斐なさが悔しく情けないだけだった。 その後、私が失意の内に療養生活を送るうちに歴史は奔流のようにすべてを押し流して行った。 閣下がランテマリオの敗戦から生還されたのは私にとって望外の喜びだった。しかし、それもほんの一時に過ぎなかった。帝国軍の強大さは既に太刀打ちできるようなものではなく、数ヶ月後、閣下は絶望的な状況で最後の戦に臨まれ・・・・そして、戦死なさった。 最後まで、民主主義の軍人たることに誇りを持っておいでだった閣下は、そのお人柄に相応しく潔く恬淡として散っていかれたのだろう。 その場にいることさえできなかったが、私にはその様子がまるで見てきたように分かるのだった。それでも、その予想された結果は私に何の慰めももたらしてはくれなかったし、閣下のお供をすることができなかったという無念さを消してもくれなかった。 止めることのできない涙を、恥だとは思わなかった。 私は、ビュコック閣下の副官を5年以上も務めてきた。 私が初めて閣下の副官に任命された時、閣下は一提督に過ぎず、私は大尉から少佐に昇進したばかりだった。元より部下には愛情をこめて接される方だったし、私が戦死なさったご子息と年齢が近いということで随分と目をかけてくださった。私が結婚した時も、子供が生まれた時も、随分と喜んで、個人的にとわざわざ断ってお祝いの品も下さった。私も、閣下のご声望や実績はもちろん、そのお人柄に深い尊敬の念を持っていた。 その5年の間に歴史は加速度を増し、ビュコック閣下は様々な理由から宇宙艦隊司令長官になられた。一兵卒から宇宙艦隊司令長官にまでなった人は過去の同盟軍には存在しない。私は閣下の司令長官就任を誇りに思い、同時に自分が副官をはずされなかったことに安堵したものだった。 私は同盟の軍人だから、帝国軍人のように個人に忠誠を尽くすというほどの気持ちはない。それでも、ビュコック閣下の副官という仕事に誇りと喜びを見出していた。そして、こんな状況になったからには、どんな結果が出ようとも最後まで閣下のお供をしようと決めてもいたのだった。それなのに・・・ 私が閣下を思い出すとき、最初に浮かぶのはその少し肉厚の掌の感覚だった。閣下は親愛の情を表すときに、人の肩を2度叩く癖があった。間違いをたしなめる時、落ち込んでいる時に励ます時、どこかに誘う時などによく肩を叩かれた。闊達なしゃべり方と独特のジョークを交えて人の気持ちをほぐすのも得意だった。歳に似合わぬ悪童めいた笑みを浮かべながら際どい冗談をおっしゃってよく私を困惑させた。 「よいかね、少佐、若いうちに妻にサービスをしておくものだぞ。でないと、歳をとってから頭が上がらなくなる。わしのようにな」 私が結婚をした時に、冗談ともつかぬ口調でおっしゃったことを昨日のことのように覚えている。 軍人として国家のために戦死をするよりも長生きをして家族とともに幸せに暮らすことの方が人間としてはるかに立派なのだと、口癖のようにおっしゃっていた。多くの兵士の戦死を見つめ、ご自分の息子も戦争の中で亡くした閣下の言葉は随分と説得力があった。 だから、私が閣下のお供をできなくて嘆いていることを知ったら、苦笑してたしなめるだろう。「命があってよかったではないか。せっかく心臓発作を起こしながら助かったのに、わざわざ戦死を望むこともないだろう」と。 分かってはいるのだ。私がお供をしたところで、それは自己満足でしかないことを。わざわざ妻や子供を嘆かせる必要はないことを。 それでも、なお思わずにはいられない。ランテマリオにはついて行けなかった分、マル・アデッタにはお供をしたかった、と。 自由惑星同盟の滅亡後、私はハイネセンに残ることにした。妻は、私が元軍人しかもビュコック司令長官の副官を務めていたことで帝国軍に睨まれるのではないかということと、帝国の支配そのものに対する不安から彼女の実家がある惑星に移住することを主張した。しかし、私はそれを拒否した。ランテマリオの後に宇宙艦隊司令長官であったビュコック閣下でさえ何の責任も問われなかったのだ。帝国が今更強圧的に出てくるとは思えなかった。 本心を言えば、私はイゼルローンを再奪還したヤン提督の元に馳せ参じたかった。私が独身で身軽だったら、間違いなくそうしていただろう。しかし、私の身勝手に妻や子供を引きこむことはできなかった。妻も私の気持ちを知っていたのだろう。あえて自分の主張を通そうとはしなかった。それが彼女なりの妥協点だったのかもしれない。 それに、私がハイネセンを離れることをためらった理由はもう一つあった。身寄りもなく一人でハイネセンに残ることを選んだビュコック夫人を放っておくことが私にはできなかった。今後社会がどう変わって行くかもわからない。身寄りもない老婦人一人では苦労することも多いだろう。夫人を少しでも助けて差し上げることができれば、それが閣下に対する罪滅ぼしになる気がした。 自分が生き残ったことを私が罪と感じる必要はないことを、閣下が罪滅ぼしなど望んでいないことを、私は知っていた。しかし、それでも消すことのできない無念と後悔の念は、私の心に一生わだかまり続けるだろう。 そして、閣下に対する罪滅ぼしをしたいのならば、それは生き残ったからには最後まで生き続けることしかないということも私には分かっていた。閣下が望まれたのは、それだけだったのだから。 |
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軍人として、決戦の直前に心臓発作で倒れるって滅茶苦茶悔しいだろうなあ、と原作読んでからずっと思っていたのですよ。それに、ビュコックさんが死んだことを聞いたスール少佐が大泣きしたって書いてあって、数ヶ月副官を務めただけの彼がそうなら、何年もビュコックさんの副官を務めていたファイフェル少佐はもっともっと悲しんだだろうなあ、と。そのあたりのこと、1度書いてみたかったので、これを機会に書いてみました。 ちなみに、タイトルは「脱落者」の意味です。本当はもっと柔らかい表現が使いたかったのですが、私の語彙力ではこれが限界でした(--;)
グラさん |