嵐を越えて
by.エルダ・フォン・アースガルドさん
帝国暦487年、グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥の退役に伴
い、彼の副官だったエヴァ・マリア・フォン・ツィンマーマン大佐は准将への
昇進とともに、ローエングラム元帥府に転属となり、宇宙艦隊総参謀長オーベ
ルシュタイン中将の下に配された。この人事には、ツィンマーマンの前歴が深
く関わっている。ツィンマーマンはミュッケンベルガーが宇宙艦隊司令長官に
就任してからの副官で、彼の元帥府転属はミュッケンベルガーが軍務尚書エー
レンベルク元帥を動かして、半ば強引に行った人事だった。そのため、フリー
ドリヒ4世亡き今、門閥貴族との対立が深刻かつ、決定的なものとなったロー
エングラム陣営としては、彼女が門閥貴族のスパイである可能性を考慮に入れ
なくてはならなかった。そこでローエングラム侯は、幕僚たちとこの人事を討
議した結果、ツィンマーマンを一時期僚友であったオーベルシュタインのもと
に配し、彼とケスラーとでツィンマーマンの周囲および、背後を詳しくあたる
ことにした。


なぜ、自分の上司が退役に際して自分を天敵ともいえるローエングラム元帥府
に強引に転属させたのか、ツィンマーマンには推測しかねた。はっきりと自分
に内偵を命じるなり、ミュッケンベルガーがブラウンシュバイク公やリッテン
ハイム侯と接触を持っていれば、まだよかった。だが、ミュッケンベルガーは
退役後、彼らとコンタクトを取っていない。ツィンマーマンにも「新しい配属
先でも、帝国軍人としての心得を以って軍務に精励するように」と言い残した
だけで、それ以降、コンタクトを取っていなかった。
(勤務が終わってからでも、ミュッケンベルガー閣下と連絡を取ろう。)
 ふと、ツィンマーマンは思った。
 だが、結局はそれは実行には移されなかった。と、いうのも、ツィンマーマ
ンが、ミュッケンベルガーと連絡を取ろうと思い立ったその日、彼女は翌日か
ら1週間の出張を命じられ、オーディンを離れざるを得なかったのである。


 ローエングラム侯の執務室には、3人の人物が集まっていた。一人は部屋の
主。後の二人は、オーベルシュタイン中将とケスラー中将だった。
「ツィンマーマン准将について、卿らの報告を聞こうか。」
 部屋の主の言葉に、オーベルシュタインは報告書のページをめくった。

 ツィンマーマンは、帝国騎士の家に生まれているが、父親は子爵家の庶子だ
った。父親は本宅たる子爵家の顔色を窺がわなくてはならない立場だったた
め、下手に娘を嫁がせたり、大貴族の妾にさせるわけにはいかず、彼女の貞操
を守るために軍人にさせた。女性士官は銀河連邦時代から存在しており、自ら
も軍人だったルドルフ大帝も、その存在がもつ効果を熟知していたため、早く
から士官学校は女性にもその門戸が開かれていた。軍規によって軍内部での恋
愛が禁じられていたため、予備役でも軍の階級を有するものが、現役の女性士
官に手を出すことはサイオキシン麻薬並みのタブーだったことから、ゴールデ
ンバウム時代の女性士官の殆どは、ツィンマーマンと似たような家庭環境にあ
る女性だった。
 23のときに結婚して予備役に移ったが、ほどなく夫と死に別れ、子もなか
ったことから財産の細分化を嫌った婚家の思惑で、持参金と夫の保険金を持っ
て籍を抜いて実家に戻り、本宅の意向で軍務に復帰している。軍人としては、
主に副官や秘書など、補佐役としてのキャリアを積んでおり、ほぼ実力で准将
までになっている。特にミュッケンベルガーの副官として、女性ながら前線に
出たことは特筆に価するだろう。

「よく長いことミュッケンベルガーの副官が務まったものだな。」
 ラインハルトは感嘆した。今、この執務室には、1月ほどでミュッケンベル
ガーの副官の地位を更迭されたオーベルシュタインがいる。ツィンマーマンが
長いことミュッケンベルガーの副官が務まったのは、多くは本人の資質や才覚
に帰せられるだろうが、ある意味では怪談に近いものがある。
 オーベルシュタインとケスラーが更に詳しくツィンマーマンの周囲を調査し
た結果、彼女には再婚も視野に入れて交際している男性がいるものの、その人
物にも取り立てて不審な点はないと、双方の報告書に記載されている。
「別に准将には問題はないだろう。門閥貴族どものスパイの線も薄そうし。」
 そう言ってラインハルトは、話題を昨夜オーベルシュタインを通じて知らさ
れた案件に切り替えた。


 ツィンマーマンが出張から戻り、報告を済ませるために元帥府に向かったと
き、そこのエントランスで、彼女はかつての上司と再会した。
「ミ・・・ミュッケンベルガー閣下・・・。」
「元気そうだな。大佐・・・いや、今は准将だったな。」
「はい、おかげさまで。ですが、今日はどのような用件でここに来られたので
すか?」
 ツィンマーマンの問いにミュッケンベルガーが答えようとしたとき、受付が
ミュッケンベルガーにラインハルトが面会を了承したと告げた。
「准将。今夜は何か予定があるかね?」
「小官は報告を済ませたら、明後日まで休暇です。」
「そうか。あとで連絡する。」
 ツィンマーマンの返事を聞いたミュッケンベルガーは、案内役の士官に先導
されて、応接室に消えた。

 オーベルシュタインの執務室では、ツィンマーマンが今回の出張の報告を終
え、退出しようとしていた。
「准将・・・。」
 静謐という形容詞が当てはまる声がツィンマーマンを捕らえた。
「卿の動向しだいでは、とばっちりを食う人間が出るやもしれぬ。軽挙妄動は
慎むように。」
 この義眼のかつての僚友、現在の上司の言葉が持つ意味は現段階では理解で
きないものの、なぜか深くツィンマーマンの心に刺さった。


 翌日、ミュッケンベルガー邸は1人の客人を迎えた。
「昨日はだいぶ驚かせてしまったようだな。」
「いえ・・・。」
 だが、ツィンマーマンの表情は、出た言葉とは対極に位置するものだった。
「貴官も気になっているのだろう?私が昨日、ローエングラム侯に面会を求め
たことを。」
「はい。さらに言わせていただけば、小官をなぜ、ローエングラム元帥府に転
属させたかということもです。」
 コーヒーを飲み終えたミュッケンベルガ―は、何かを決断したようだった。
「確かに、貴官には話しておくべきかも知れぬな。」
 
 こうしてツィンマーマンがミュッケンベルガーから聞かされた話は、衝撃的
なもので、生涯忘れ去ることができなかった。


 帝国暦488年6月、リップシュタット戦役に際し、ローエングラム元帥府
事務長オーベルシュタイン中将が宇宙艦隊総参謀長としてラインハルトの傍に
あるため、ツィンマーマンが事務長代理として、オーベルシュタインが不在の
間、元帥府の事務を取り仕切ることになった。

(ついに来た・・・。)

 オーディンでの残留を命じられたが、変化という名の嵐が迫っていることは
事務の決済に追われているツィンマーマンにもひしと、感じられた。
 あの時、ミュッケンベルガーがローエングラム元帥府に赴いたのは、メルカ
ッツとのコンタクトをラインハルトに依頼するためだった。ミュッケンベルガ
ーとメルカッツは士官学校の同期で、私人としても友人といえるだけの交流が
あった。ところが、ミュッケンベルガーの退役後、メルカッツとコンタクトが
取れなくなり、不審に思ったミュッケンベルガーがラインハルトに頼んだとき
は既に、手遅れだった。娘を人質に取られたメルカッツは、リップシュタット
連盟の総司令官としてガイエスブルクに旅立ち、ミュッケンベルガーにできた
事は、残されたメルカッツの家族と自分の家族の保護をラインハルトに頼むこ
とだけだった。


「幕僚たちの身の振り方を考えるのも、上官の責務ではないか。」
 ミュッケンベルガーは苦笑しながら言った。ミュッケンベルガーの司令部で
は、ほとんどの者が退役し、彼の管轄にあった艦隊はすべてラインハルトの配
下に入った。ツィンマーマンを含めて、司令部の中で軍に残る者は人事局の思
惑ひとつで次の部署が決まる。
「それに、この帝国は大きな嵐に襲われる。あの金髪の若者によっな・・・。
この手の嵐をやり過ごすには、発生源のそばにいるのが、確実な方法だ。」
 ともすると、不敬罪に問われるような台詞を、ミュッケンベルガーはさらり
と洩らした。
「それに・・・私もその一員だが、彼らが拘る事柄が価値あるもの、未来を繋
ぐものだとは思えないのだ。」
「閣下、それは・・・。」
 ツィンマーマンも、門閥貴族によって己の人生を左右されてきている。軍人
になったことも、夫を亡くして実家に戻り、軍務に復帰したのも、すべては彼
女も、彼女の父も、父方の子爵家の顔色を窺わなくてはならないからだった。
だが、彼女はその門閥貴族に守られていた面もある。そういう面もあってか、
彼女から見た門閥貴族は、それほど反発を感じないものだった。
「最も、これは私の私見だ。彼らから見たら、納得しがたいだろが・・・。」
 そう言ったきり、ミュッケンベルガーは押し黙って、冷めたコーヒーを一気
に飲むと、新しいコーヒーを注ぎ、ツィンマーマンのカップにもコーヒーを淹
れた。結局その日は、それ以上の話題も出ず、新しく淹れられたコーヒーを飲
み干してから、ツィンマーマンはミュッケンベルガー邸を辞した。

 ツィンマーマンは最後にミュッケンベルガー邸を訪れたときのことを回想し
た。その日以来、ミュッケンベルガーとはコンタクトを取っていない。だが、
時代はかつての上官が予想したとおりに動いている。頭を軽く振って、ツィン
マーマンは現実に戻り、事務の決済を再開した。


 その後、公式記録に記載されているエヴァ・マリア・フォン・ツィンマーマ
ン准将の足取りは、次のとおりである。
 帝国暦489年2月、結婚のため退役、予備役に移る。
 同年5月、かつてオーベルシュタインとケスラーの調査報告書にあった人物
と再婚。

Ende


 旧体制下の人間の中で晩節をまっとうできた人間の目を通して、リップシュタット戦役時の混乱から、 ラインハルトの独裁体制への移行を書く、という腹案があったので、今回、 ミュッケンベルガーの副官ツィンマーマンでやろうとして、見事に失敗しました・・・(爆)

 やはり、素直に外伝3巻のころを書くべきだったかも^^;

 うちのツィンマーマンが女性なのは非難も承知の上です。これについては、 原作で性別不明なキャラの何人かを女にしても面白いな、ということと、 ゴールデンバウム時代の暗部を書くために張った伏線という、意味も兼ねてあります。

 しかし・・・これ以上は言わないでおきます。

 ごめん、ツィンマーマン・・・ごめん、陣内さん・・・ごめん、みんな・・・(脱兎)