PIECES ON HER WAY
by.甘藍さん

 書庫への渡り廊下でフロイライン・マリーンドルフを捕まえたのは親衛隊のユルゲンスだった。開口一番、「陛下を知りません?」ときた。
「え・・・」
 いやぁな予感に襲われて彼女は思わずあとずさった。ユルゲンスは短く刈り込んだ頭を掻いて、
「今日は何事もなく終わるかと思ったんですけどねー」
 彼女はかたく目を瞑り、開いた。
「いないんですね」
「いません」
 きっぱりと自信に満ちて、男は首肯した。
「執務室にも提督方の所にも、中庭にも屋上にもいません」
「・・・その割には動じてらっしゃいませんね」
「いやぁ、見つかる時は見つかるかなと」
 ユルゲンスはからりと笑って見せた。何とも知れない違和感を覚え、彼女はじっと男を見上げた。
「あ、小官ちゃんと真面目に働いてますからね!」
「ええ、それは存じ上げていますわ」
 彼女は急いで両手を上げ、くすりと笑った。不可解の理由が分かった。いつも同じ質問をしに来るキスリングは、ずっと真剣なのだ。匿ってやしないかと、彼女を疑うくらいの気合の入りようで。ユルゲンスは信じてないな、という不信を表情に出し、釈明を続けた。
「ほら、うちは隊長が率先して動く人間ですから。俺まで泡を食ってたら、下の連中がもたないだろうと思って、つい誤魔化しちゃうんです。大丈夫なはずだ、って・・・隊長が休みの時までこれじゃ、本当はマズイんですけどね」
 彼女は内心で頭を抱えた。ああ、それが余計に彼の隊長の苦労を生んでいるだなんて、己が言ってどうなるだろう。だが、この闊達な男にして、作為して楽観しているのだとは目新しい発見だった。何が起こっても不安を示さないのは、世界はパーフェクトに運行を続けると信じているからではなかったのか。
 動いていく銀河の中で、本当は誰もが不安を押し殺しているのかもしれないと、実に久しぶりに気付いた。背伸びし続けている己だけではなく。
「・・・これからどうします?」
「あ、フロイラインは」
「ちょっと調べ物があったので、書庫に。でも資料があるのを確認したら陛下を探します」
「書庫にいたりしないですかね」
「さぁ・・・」
 男の楽天的な声に、彼女は微苦笑で首を振った。
「まったく、隊長が一体どうやって見つけ出して来てたのか不思議ですよ」
と、彼は天をあおいだ。実は出てくるのを待つだけって事もかなりの割合であったのだけれど、上官の面子もあるだろうから、ヒルダは黙っておいた。


 書庫を出たところでユルゲンスと別れた彼女は、ひとまず幾つかの居るべきところを覗いてから探索の旅にでようと、いつものルートを巡回する事にした。期待なき確認を終え執務室を出たところで、声をかけられた。
「フロイライン・マリーンドルフ!」
 突き当たりの角をちょうど曲がり終えたシュルツだった。
「定刻間際にすいません。ちょっと込み入った話でうちの閣下がお目通り願いたいそうなんですけど、陛下の予定は大丈夫ですか?」
 男はにこやかに言いながら、足早に近づいてきた。彼女の気乗りのしない表情を素早く読んで続けることには、
「何でしたら陛下への交渉は直接当方に任せて下さってもかまいませんが・・・・・・あの、フロイライン?」
 彼女は溜息を押し殺した。
「それが、先刻から陛下のお姿が見当たらないんです」
 シュルツはぴくりと肩を引いた。姿勢を正したときには笑みは失せており、身を乗り出したときには真顔だった。
「軍務尚書には内密に」
と、彼はスパイのような小声で囁いた。
「ええ、そうして頂けると助かりますわ」
 安堵を露にした彼女へは肩を竦め、
「なに、不機嫌のとばっちりを食らうのは我々ですからね」
と、本気なのか冗談なのか、読ませない洒脱な口ぶりになった。
 たとえそれが不機嫌であっても、感情という物を軍務尚書が表出するというのは彼女にとって信じがたい事であったし、彼の御仁はそういう私心を交えない人であるとも聞く。本当にしろでまかせにしろ、そういう峻刻な人を軽く口に上らせる男を、彼女は遠く見はるかすような気持ちで眺めた。豪胆というわけではない。ふわりと、どこかに余裕を残す。そんな人柄だ。で、勿論容赦なく現実を突きつけるのだが。
「少しなら足止めできます。早急に探し出してください」
 彼女は仕方なく、こそこそと囁き返した。
「直接中佐に連絡した方がいいですよね」
 ああ、こんな案件で深刻な眼差しを見交わし、働いている自分を実感するだなんて、情けないにも程がある。なのに習慣になればさほど疑問にも思わなくなってしまうもので、はたと我に返った彼女は頭が重くなるのを感じた。
 それに考えてみれば、確認を取りにきたという事はダメならダメでという腹積もりもあったはずで、どさくさ紛れに面会の予定を決定に挿げ替えてしまうのはずるい気もしたが。
「その方が安全でしょうね。小官の机に回してください」
 問うような微妙なイントネーションで言うから、つい恨めなくなった。


 彼女は高い門を出て、夕暮れの街に入った。夕陽は覆い被さるように街を照らしていた。最後の活気がしんとした空気の間を駆け抜けていく。全ての曲がり角は覗き込むべき秘密を隠しているようで、通りは長く、永遠を思わせるほどに続いた。
 残照を弾く街路樹が、細かな影を濃くする石畳が、濡れたように光る街灯が、その眩しさで陰謀のように彼女の足を止めさせた。探し出して見せると握った拳が、虚しくほどけていった。
 己が身を投じたのは、こんな不条理な世界ではないはずだった。家門を守るために、胸を張って戦うのだと思った。やっと自分らしく振舞える場所を見つけたのだと信じた。
 探し出してみせる。それが何ほどのことだろう。大丈夫、大丈夫、きっと上手くいく。唱えつづけなければ安心できないという状況自体が強迫的ではないか。大丈夫、私は有能だ。自身に確認を取らずにいられないなんて、惨め以外の何物でもない。
 己は、その人を通してしか自己実現をできないのだ。それは、歯を食いしばって直視すべき現実だった。しかも悔しいと言ってしまったら、彼女の職業生活が成り立たない。泣きたいような気もしたが、涙は絶対に出ないと分かっていた。
「フロイライン!」
 誰の事とも知れないうちに振り返るような習慣は彼女にはない。悪意でなく彼女は無視を続けた。と、足音が瞬く間に彼女の隣まで来て、その肩口に羞笑いを零した。
「丁度良かった、今帰るところでな」
 声はここに至って、聞き間違えようもなく知ったものと認めるしかなかった。彼女は大きく息を吸った。だが、大声を出す訳にはいかない。溜息もつけない。呼吸の逃がしようもなく、彼女の胸郭はかすかに震えた。唇はくっきりと笑みを描いた。
「陛下、軍務尚書がお待ちです」
 相手は彼女の前方に回りこんだ。
「予の不在は・・・」
「取り繕えてたら良いですね」
 彼女はそっけなく言い、自身の腕時計を覗き込み、道を空ける仕草で横に避けた。
「フロイライン、怒ってるのか?」
「いえ、シュルツ中佐の腕次第だというだけの事です。では、私はこれで失礼致しますので」
 芝居がかった一礼。青年は意を決したのか、よしとか何とか呟いて足を進め始めた。彼女は顔を上げ、反対向きに歩を踏み出した。
「あしたフロイラインにも食べさせてやるからなっ」
 少し離れた所から告げる声に振り返ると、青年はケーキでも入っているらしき白い箱を掲げていた。自慢げに、いっそ偉そうに。
「・・・・・・結構です」
彼女はぼそりと応じた。青年は不要なところで地獄耳を発揮させ、
「なんだ、ダイエット中か?」
と、首を傾げてみせる。
 彼女は無言できっと振り返った。(・・・無神経っ!!)そうして強く吸った息の逃げ場は、やっぱりどこにもないのだ。――ない?いや、ないわけじゃあ、ないのだが。
「私、共犯にはなりません!」
 空々しい強がりに自分が虚しくなる。


 軍務省の秘書室直通ヴィジホンに約束の連絡を入れた彼女は、そのまま帰途につくことにした。日は姿を隠して、いまや風景は薄青い。彼女はスタンドで珈琲を買い、公園に入った。大通りが目に入る位置でベンチに座る。馥郁たる香の湯気を吹いて冷ましている間は、何も考えなくても済んだ。
 ふと顔を上げると、ラントカーの進入を阻むための杭に、若い男が紙コップを手に凭れかかっていた。
「レッケンドルフ少佐・・・?」
「あ、こんばんわ、フロイライン」
 男はその場で振り返り、面差しに笑みを含ませた。
「何かあったんですか?お疲れみたいですよ」
 板についた気遣いのフェミニストぶりは、育ちのよさだか上官の薫陶だか。彼女は微苦笑で応じた。
「さっきまで陛下を探し回っていたもので・・・もう出てらっしゃいましたから何でもないんですが」
 少佐は白い歯を晒して笑った。
「ああ、うちの閣下もよく消えますよー」
 大変でしたね、と暈された声音。
「ええ、良くある事ですよね」
 彼女はしれっと言い、目を伏せて珈琲を啜った。不満は洩らせない。
「もう観念するしかないですね」
 男はまた、屈託のない笑い方をした。それがあまり澄んでいるから、大げさな冗談口には聞こえなくて彼女は首を傾げた。
「でも、ロイエンタール閣下はちゃんと連絡先を残して行かれるでしょう?」
 男は肩を竦めた。
「恋人のヴィジホンナンバーをですよ」
 邪魔して厭な顔されるのは己、とは暗に。彼女は溜息をついて、
「・・・少佐も大変なんですね」
 彼は飲み干したカップを潰しながら、自身の指先に視線を落としてはにかみを零した。
「でも、あれでも人間ですから、息抜きは必要でしょうし」
 息抜きなんて普通に言っちゃっていいんだろうかとか、そこでそういっちゃうのはやっぱり男同士でかばってるんだろうかとか、そも本当のところはあの行動様式がそんなものに基盤を置いているのか、彼女はいろいろと釈然としないものを感じたが、興味というほどのものもないので聞き流す事にした。
 彼女は一寸珈琲に口をつけた。縁に紅の痕が残った。顔を上げた時、男の面から羞笑は失せていた。
「それで息抜きして戻って来たとき、最高の仕事をできるように設えておくのが私の仕事です」
 その人の側にしか己の使命はない、と、つよいつよい自覚。彼女は目を細めた。
「熱烈ですね」
「・・・変ですか?」
 らしくもなく不安定に揺らいだ声からすると、薄闇の向こうで男は赤面したのかもしれなかった。彼女は頭を振った。
「いいえ、純粋に感嘆してるんです」
 本当に、そんな風にまっすぐになれたら、どんなに気持ちの良い夕べだろう。

DAS ENDE


う・・・遅れた上に何やら中途半端な話になってしまってすいません。
まっとうにシリアスやる気力もないし、気になるキャラをざかざか書いて満足と言えば満足かもしれないんですが(蹴)
当初の中継ぎ(・・・なのか?/笑)はシュルツでなくフェルナーだったんですけど、ここまできたらもうキャンペーン対象キャラで詰めようということで、急遽変更。う〜、でも副官では納まらない暴れん坊が居た方が、話が引き締まったかも、とかいまだに考えてたり(爆)
あ、ヒルダが素直じゃなくてごめんなさい。こんな風に書いちゃったりもするけど、実は割と(をい)好きなのですよ〜。

甘藍さん@CITRUSS EXPRESS