第1巻 なし。
第2巻 P57(リップシュタット戦役) 主賓であったメルカッツは、宴がはててから夜遅く自分のオフィスにもどってきたが、いかにも心の重そうなようすだったので、副官のベルンハルト・フォン・シュナイダー少佐は不思議に思った。
「閣下は連合軍の総司令官になられ、ふたつの条件も盟主らに承知させたのでしょう?大軍をひきいて強敵と戦うのは武人の本懐、と私などは思いますのに、なぜそのように重苦しい表情をなさるのですか」
メルカッツは暗然と笑った。
「少佐、卿はまだ若いな。なるほど、ブラウンシュヴァイク公らはたしかにわしのだした条件をのんだ。しかし、それは口だけのことだ。すぐんなんやかやと作戦に介入してくるだろう。また、軍法によって彼らを裁こうとしても素直に従いはすまい。そのうち、ローエングラム候ラインハルトよりわしのほう を憎むようになるだろうさ」
「まさか・・・」
「特権は人の精神を腐敗させる最悪の毒だ。彼ら大貴族は、何十世代にもわたって、それに浸りきっている。自分を正当化し、他人を責めることは、彼らの本能になっているのだ。かくいうわしも、下っぱながら貴族だったから、軍隊で下級兵士に接するまで、そのことに気づかなかった。ローエングラム候の剣が頭上に落ちかかるまでに、彼らがそのことに気づけばよいが・・・」
彼に忠実な、くすんだ金髪の青年士官をさがらせると、メルカッツはデスクに向かい、不器用そうにワード・プロセッサーを操作しはじめた。妻子に手紙を書くためである。
それは別離の手紙だった。P89(同) 「賊軍、われわれを賊軍だと」
たしかに、その呼称は、選民意識にこりかたまった大貴たち達の矜持を、したたかに傷つけた。彼らは憎悪と屈辱に青ざめ、グラスをたたき割って、「金髪のこぞう」への敵意をあらたにした。
メルカッツの副官シュナイダーなどに言わせれば、大貴族たちもラインハルトを悪しざまに言っている、おあいこではないか、ということになるのだが。P165(同) 「なぜ、もっと早く救援にこなかった!?」
メルカッツと再会したとき、ブラウンシュヴァイク公が発した、これが第一声であった。
歴戦の名将は顔色も変えなかった。むしろ予期すらしていたような表情で、黙って頭を下げたが、側にいたシュナイダー少佐が両眼に怒気をひらめかせて一歩前にでた。その腕を、彼のつかえる上官がつかんだ。
別室に退くと、メルカッツは、怒りに慄える副官にさとすように言った。
「あまり怒るな。ブラウンシュヴァイク公はなのだ」
シュナイダーは軽く目をみはった。
「病人ですって?」
「精神面のな」
(中略)
「その病気を育てたのは、いつかもいったが500年におよぶ貴族の特権の伝統だ。公爵は、むしろその被害者なのだ。100年前ならあれで通じたのだがな。不運な人だ」
まだ若いシュナイダーは、上官ほど寛容な、あるいは諦観する気にはなれなかった。メルカッツの前からさがり、エレベータで要塞の展望台にあがる。半球面をなす透明な外壁の向こうに、かさなりあう恒星群の無機的な輝きが遠かった。
「なるほど、ブラウンシュヴァイク公は不運な人かもしれない。だが、その人に未来を託さねばならない人人は、もっと不運ではないのか・・・」
若い士官の憮然たる問いに、星々はただ沈黙を守っていた。P213(同) メルカッツがそれを握りなおし、こめかみに銃口をおしつけようとしたとき、ドアが開いて、副官が飛びこんできた。
「おやめください、閣下、どうかお生命をたいせつに」
「シュナイダー少佐・・・」
「お許しを、閣下。もしやと思いまして、さきほどエネルギーカプセルを抜き取っておきました」
少佐の手に、カプセルの鈍い光沢があった。
メルカッツは苦笑すると、無用の長物と化したブラスターをデスクの上放りだした。それを少佐が拾いあげた。
プライヴェート・ルームの、大きくもないスクリーンは、貴族連合軍が敗北し滅ぼされてゆく光景を、あざやかに映しだしている。
「おそらくこうなるだろうと想像はしていた。そして、そのとおりになってしまった。わしにできたのは、ほんのすこし、この日がくるのを延ばすことだけだったな」
メルカッツは副官に視線を転じた。
「それにしても、まるで気付かなかったが、いつ、カプセルを抜きとったのかね」
少佐は黙って、ブラスターの銃身を折ってみせた。カプセルはそこに収まっていた。メルカッツは口もとを軽くほころばせた。
「これはだまされたな。そうまでして、わしに死ぬなと言うのかね、少佐」
「はい、そうです」
「だが、なにをやって生きろと言うのだ?わしは敗軍の将で、新しい権力体制から見れば、まぎれもない反逆者だ。もう帝国のどこにも、わしの生きる場所はない。あるいは、降伏すればローエングラム候は許してくれるかもしれぬが、わしも武人としての恥を知っている」
「お言葉ですが、閣下、ローエングラム候はいまだ全宇宙を支配したわけではありません。銀河系がたいして広くないとしても、彼の手がおよばない場所が、まだまだ残っております。そこでお生命をたもたれ、ローエングラム候に対してけんどじゅうらけん土重来をおはかりください」
「・・・亡命しろと言うのか」
「さようです、閣下」
「けん土重来というからには、卿が勧める亡命先は、フェザーンではあるまい、もういっぽだろう」
「はい、閣下」
「自由惑星同盟か・・・」
メルカッツは独語した。その名詞には、意外に新鮮なひびきがあった。考えて見れば、長いこと事実を無視して、「叛乱軍」と呼びならわしてきたのだ。
「わしは40年以上をも、彼らと戦いつづけてきた。部下を数多く殺され、同じほどに彼らも殺した。そのわしを、彼らが受け入れるだろうか」
「高名なヤン・ウェンリー提督を頼りましょう。いささか風変わりですが、寛容な人物だ、と聞いております。だめでもともとではありませんか。もしだめなら、そのときは私もおともいたします」
「ばかな。卿は生きることだ。まだ30歳にもなっていないではないか。卿の能力があれば、ローエングラム候も重く用いてくれるだろう」
「ローエングラム候がきらいではありませんが、私の上官は提督おひとりと決めております。どうぞ、閣下、ご決心下さい」
シュナイダーは待った。彼の忍耐は正しく報われた。メルカッツはうなずいて言った。
「わかった。卿にわしの身柄をあずける。ヤン・ウェンリーを頼ってみよう」P248(亡命) イゼルローン要塞に到着したメルカッツを迎えた留守司令官のキャゼルヌは、最初、メルカッツに、所有する武器を提出するよう求めたのだが、
「無礼な!なにを言うか」
副官のシュナイダーが怒気をあらわに叫んだ。
「メルカッツ提督は捕虜ではない。自由意志によって亡命していらしたのだ。客人として遇するのが礼儀だろう。それとも、自由惑星同盟には、礼儀などと言う者は存在しないのか」
キャゼルヌは相手の正しさを認めて謝罪し、客人としてメルカッツ一行を遇するとともに、超高光速通信をハイネセン滞在中のヤンに飛ばしたのである。P250(同) 「メルカッツ提督でいらっしゃいますね。ヤン・ウェンリーと申します。お目にかかれてうれしく思います」
いっこうに軍人らしく見えない黒髪の青年を、メルカッツは細い目で見つめた。彼に息子がいたら、これくらいの年齢であろうか。
「敗残の身を閣下におあずけします。私自身に関してはすべてお任せしますが、ただ、部下たちには寛大な処置をお願いしたい」
「よい部下をお持ちのようですね」
ヤンの視線を受けて、画面の隅でシュナイダーは背筋を伸ばした。
「なんにせよ、ヤン・ウェンリーがお引き受けします。ご心配なさらずに」
その言い方には、メルカッツを信頼させるものがあった。亡命の提督は、副官の進言に誤りがなかったことを知った。
第3巻 P165(ヤンが査問会に呼ばれた頃) だがメルカッツは、「新参の客将で、しかも亡命者」という自己の立場をよくわきまえており、つねに控えめにふるまい、意見を求められぬかぎり、自分から何ごとかに口をさしはさむということをしなかった。 メルカッツの副官ベルンハルト・フォン・シュナイダーには、それが多少ものたりない。彼はメルカッツに同盟への亡命をすすめた青年士官で、帝国軍当時は少佐であった。現在は大尉待遇である。彼は、上官が2階級さがったのだから自分も2階級さがって中尉になる、と主張したのだが、ヤン・ウェンリーに「このあたりでどうです」と言われたのだった。ヤンとしては、シュナイダーまで降格する必要を認めなかったのだが、相手の潔癖さ、あるいは頑固さに敬意を表して、一階級の降等で妥協を求めたわけである。
シュナイダーにしてみれば、メルカッツに亡命をすすめたのは平凡で安穏な生活を送らせるためではなく、軍人として意義のある仕事をしてもらいたかったからで、もっと積極的になってもいいのに、と思うのだ。
第4巻 P91(銀河帝国正統政府発足) 「メルカッツ閣下、これは・・・・・・」
呟いたメルカッツの副官シュナイダー大尉が、はっとしたように周囲の人々を見まわし、無言の上司にかわって弁明した。
「どうか誤解しないでいただきたい。閣下も小官も、この件に関してはまったくの初耳なのです。なぜレムシャイド伯が閣下の名前を出されたのか、こちらが知りたいほどです」
「分かっている。誰もメルカッツ提督がご自分で売り込まれたなどとは思ってはいないさ」
ヤンはシュナイダーをなだめると同時に、メルカッツを不信の目で見守る部下たちの発言を牽制したのだった。P106(同) 別室では、やはり上官と部下の間で、辛口の会話が交わされていた。
メルカッツが副官シュナイダー大尉を顧みて、苦笑とも自嘲とも区別しがたい表情をにじませていたのだ。
「人間の想像力など、たかのしれたものだな。まさかこういう運命が私のために席を用意していようとは、つい一年前には考えつきもしなかった」
シュナイダーは憮然としていた。
「小官は自分なりに閣下のためによかれと思って亡命をお勧めしたのですが・・・・・・」
メルカッツが一段と目を細くした。
「ほう、卿は喜ぶと思っていたがな。ローエングラム候と対決する者にとって、これ以上の肩書きはないという気がするのだが・・・・・・」
言葉の主がメルカッツでなければ、シュナイダーはそれを有刺鉄線つきの皮肉としか解釈できないところだった。彼は苦々しく頭を振ってみせた。
「正統政府の軍務尚書と言えば外聞(きこえ)はよいですが、実情としては、閣下の指揮なさる一兵も存在しないではありませんか」
「一兵も指揮する身分でないことは、現在も同様だが・・・・・・」
「それでも、ヤン提督の艦隊を、一時ながらあずかって指揮なさいました。今度はそれすら望めません。虚名があるのみで、1グラムの実もありはしない・・・・・・」
シュナイダーは舌打ちするのだった。
「レムシャイド伯はまだしも、他の人たちは、爵位を持つ貴族という以外に何ら特長もない人々です。あの面々で、ローエングラム候への反対者を糾合できるものやら、小官は危ぶまざるをえません」
「だが、皇帝陛下がおわす・・・・・・」
メルカッツの声は、シュナイダーの胸に重く沈みこんできた。大尉は息をのんで、銀河帝国皇帝の臣下として40年以上の歳月をすごしてきた宿将、急に老いこんだような肩の線を眺めやった。シュナイダーにも、皇帝の臣下としての意識はむろん存在するが、メルカッツの思いに比較すれば浅く、おそらく代償のきくものだった。言うべき言葉を見出せずに立ちすくむ副官を見やって、メルカッツは微笑した。
「あまり思いわずらっても、しかたがないな。まだ正式に要請を受けたわけでもない。ゆっくり考えるとしよう・・・・・・」
P133(同) 出発の準備に多忙なのは、ユリアンだけではなく、「銀河帝国正統政府」からの軍務尚書への就任要請に応じたメルカッツと、副官シュナイダー大尉も同様であった。結局、メルカッツとしては受諾する以外の方途がなかったのである。メルカッツが受諾した以上、ヤンもまた、見送ることしかできない。そしてシュナイダーはといえば、メルカッツの影のささない場所を踏む気はないのだった。 P170(同) かつて亡命貴族たちでにぎわったホテルであったと聞く「正統政府」の建物は、往年をしのぐ、しかしどことなく空疎な活況のなかにあり、メルカッツの所在は不明だった。副官のシュナイダーに門前で会えたのは努力ではなく偶然の産物である。
「タキシードを着たハイエナどもがうようよいるのさ。国民のいない政府、兵士のいない軍隊でも、地位や称号だけはほしいらしい。閣僚がよく6,7人ですんだと感心するくらいのものだ。ユリアン、君も帝国軍にはせ参じたら少佐はかたいところだぞ」
シュナイダーの毒舌ぶりは生来のものなのか、イゼルローンの1年に満たない生活で朱に交わって赤く染まったのか、ユリアンとしては判断がつけがたかった。
「メルカッツ提督もさぞご苦労なさってるのでしょうね」
シュナイダーがにがにがしく説明してくれたところでは、(中略)軍隊そのものの編成と組織からはじめなくてはならないのだった。
「あんな連中を糾合して、ラインハルト・フォン・ローエングラム公のような政戦両略の天才に拮抗しようというのだからな、気宇がよほど壮大なのか、精神の骨格が蜜づけのチョコレートででもできているのか、たぶん後者だろうが、巻きこまれるほうは迷惑な話だ」
メルカッツが元帥に「昇進」すれば自分も中佐になれるというシュナイダーだが、むろんそんなことで喜んではいなかった。
「・・・・・・まあ、唯一、救いがあるとすれば、ローエングラム公は天才だが、歴史上、天才が凡才に敗れた例は少なくないということだ。だが、最初から奇蹟を望んでいるようでは、勝利など、とうていおぼつかないな」
彼の思考は、どうしても悲観の滝壷へと流れ込んでいくのだった。メルカッツに対してそれを告げれば亡命政権における彼の立場を悪くさせるであろうし、他にそのようなことを話すことのできる相手もいない。ユリアンはいわばぐちの聞き役にされたわけだが、シュナイダーのメルカッツに対する忠誠心を知っているだけに、不愉快にはならなかった。所をえることができないメルカッツに対して、同情も禁じえない。
第5巻 P29(正統政府瓦解) 「絵の具を砂糖水に溶かして甘い絵を描こうとした無能者どもには当然の末路だ」
ひややかにそう考えたのは、「正統政府」から中佐の階級を与えられたベルンハルト・フォン・シュナイダーであった。怜悧な彼は、希望的観測のみで築きあげられた亡命貴族たちの空中楼閣に対して半グラムの幻想も抱いてはいなかったから、いまさら失望も絶望もしなかったが、高みから気楽に笑劇(ファルス)の見物を決めこむこともできなかった。彼の忠誠心の対象であるウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツは、帝国から亡命した後、客員提督の待遇を受けていたが、現在は心ならずも「正統政府」の軍務尚書として、あらたな軍隊の編成をおこなっている。副官として彼を補佐する激務の間にも、シュナイダーは将来への思案をめぐらしていた。(中略)
不幸な幼帝のことを思うと、シュナイダーの胸はむろん傷む。自らの意思を無視されて、おとなたちの政略や野心の小道具にされた7歳の幼児は、同情に値する存在である。だが現在のシュナイダーには、幼帝の将来まで考慮する余裕はなかった。彼としては、至近に迫った政治的なサイクロンからメルカッツを守ることに能力の全てを投入しなくてはならないのだ。まして、そのメルカッツが自分ひとりの安全を守ることをいさぎよしとしない性格の所有者であるからには、シュナイダーは自分の内心をメルカッツに知られないよう配慮する必要もあるのだった。シュナイダーの表情は厳しさと鋭さをました。一日、鏡をのぞきこんだ青年士官は、帝国首都オーディンにあった当時、貴族の令嬢たちから「甘いハンサム」などと言われていたことを想いおこし、破産した老人が若き日の栄華をなつかしむのと似た心情で憮然としたのであった。P162(同) メルカッツが宰相府を出ると、ベルンハルト・フォン・シュナイダーが敬礼で上司を迎えた。5名の、いささかくたびれた帝国軍の制服を着た男たちが彼にしたがっている。ほろにがい微笑をたたえて、シュナイダーは男たちをかえりみた。
「これが帝国正統政府軍の全員です。どこまでも閣下のおともをすると申しております」
(中略)彼らに共通する唯一のものはその表情で、忠誠心と勇気と自己満足の微妙な融合をどの顔にも見出すことができた。P226(終戦) 旗艦ヒューベリオンの会議室にただよう空気には、半ば固体化したような重苦しさがあった。その見えざる流動物のなかに昂然と背筋をのばして立っているのは、客将メルカッツの副官ベルンハルト・(フォン・)シュナイダーであった。犀利な眼光がまともにヤン・ウェンリーを射ている。
「停戦はしかたありますまい。政府の決定ですから。ですが、もし、あなたがた自由惑星同盟軍が、自己保身のためにメルカッツ提督を犠牲の羊に供しようと考えているなら、私はそんなエゴイズムを甘受する気はありませんぞ」
「シュナイダー!」
「いや、メルカッツ提督、シュナイダー中佐の言うことはもっともです」
それだけをヤンは言った。
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