シュナイダーキャンペーン
登場シーンリスト
第6巻
P91(シャーウッドの森)
 殺風景だが清潔な士官食堂でコーヒーが出された。ひととおりあいさつがすむと、シュナイダーが姿勢をあらためた。
「現在、われわれは60隻の艦艇を有している。60隻という数字は、集団としてはそれなりのものだが、戦力としてはほとんど意味がない」
 シュナイダーの表情がきびしい。
「ヤン提督は、あの状態では帝国の目をごまかしうる最大限の数をそろえてくださった。まことに感謝しているが、数は力だ。現状では100隻単位の巡航艦隊とどうにか戦いうるていどの力しかない。ヤン提督が君をよこされたについては、何らかのお考えがあってのこととおもうが」
メルカッツとユリアンを等分にながめながら、シュナイダーは口を閉じた。
「それについて、ヤン提督より伝言がありました。口頭でお伝えいたします。
(中略)
「なるほど、善処か。よくわかった」
メルカッツは口もとをほころばせた。シュナイダーが興味深げに彼を見やったのは、敬愛する上官が、亡命後、ユーモアに対して以前よりやや敏感に反応するようになったと思えるからである。
(中略)
うなずくメルカッツの傍で、シュナイダーが何かを思い出すようなしぐさをした。
「ユリアン、たしか帝国から派遣された弁務官はレンネンカンプだったな」
「そうです。シュナイダー中佐は、為人をご存知ですか」
「私よりメルカッツ提督のほうがおくわしいさ。いかがです、閣下」
 メルカッツはあごに片手をあて、慎重に表現を選んだ。
(中略)
 出港する「親不孝」号を、メルカッツ提督とシュナイダー副官、それに名だたる「薔薇の騎士」連隊長であったリンツ大佐らが司令室から見送っている。ささやかな、だが再会の保証はない別離だった。
「7月になるまでに、戦艦奪取の計画を立てておかねばならんな」
「はい、心えております」
 メルカッツは胸中の何かを凝視しているようだった。
「シュナイダー、私の役割は、これらの武力を維持し、温存して後日にそなえることだ。後日の太陽は、私ではなく、もっと若くて過去の陰翳を引きずっていない人物のために昇るだろう」
「つまり、ヤン・ウェンリー提督ですか?」
シュナイダーは問うたが、メルカッツは答えず、シュナイダー自身、回答を期待してはいなかった。未来を軽々しく語るものではない、という共通の認識が暗黙のうちに彼らをつないだ。
 彼らはあらためてスクリーンを見やった。独立商船「親不孝」号は、無言のうちに押し寄せる星々の満潮のなかにまぎれこみ、すでに識別は不可能であった。それでもなお、彼らはスクリーンの前にたたずんでいた。
P214(同)
 ハムディ・アシュール少佐は、メルカッツの乗る戦艦シヴァの艦橋に案内されると、全面的にメルカッツの指揮権を認めることを保留し、臆する色なく自らの思うところを述べた。
「帝国に叛旗をひるがえす、それについて依存はないが、われわれ自身の艦隊は何をもって旗幟とするのか。民主共和制か、ローエングラム王朝と異なる王朝の帝政か、それとも軍国主義か」
 問われたシュナイダーがメルカッツを顧みると、亡命の客将は、アシュールに続けさせるよう合図した。
(中略)
「では何びとが反帝国義勇軍の指揮官であれば貴官は納得するのか」
シュナイダーが反問すると、アシュールは精悍そうな浅黒い顔をかるくかたむけた。
(中略)
シュナイダーはその後ろ姿にむかってつぶやいた。
「何と理屈の多い奴だ。まあ頼りがいはありそうだが・・・・・・」
メルカッツは珍しく苦笑している。
「彼の言うとおりだ。私には民主共和制の旗手たる資格などありはせん。なにしろ私はつい2、3年前まで専制国家の軍人として、共和国の軍隊と戦っていたのだからな。これがいまにして民主共和制を自らの旗幟としては、後世から何と言われるだろう、なんと節操のない男か、と」
「閣下、それはあまりお気をまわしすぎというものでしょう。閣下が意にそまぬ環境を押しつけられながら、つねに最善をつくされたことは誰でも知っております」
「後世の評価はおくとしても、実際、ヤン提督でなくては民主共和派の将兵を糾合できぬ。それゆえ同盟政府も味方ながら彼を恐れるのだろうな・・・・・・」
(中略)
メルカッツは急に話題をかえた。
「陛下の行方は未だ知れぬか」
メルカッツが言う「陛下」とは、若い金髪の覇者ラインハルト・フォン・ローエングラムではなく、ゴールデンバウム家第37代の皇帝、5歳での即位と7歳での亡命を強いられたエルウィン・ヨーゼフを指していた。シュナイダーは面目なげに視線を伏せた。
「はい、申しわけありません。お聞き苦しいながら、弁解をさせていただけば、このような状況下では調査もままなりませず・・・・・・」

第7巻
P127(合流して、イゼルローン再奪取直後)
「まさに神算鬼謀というべきだな」
 敗者の列を遠く見おろしながら、低くつぶやくメルカッツの声を、ベルンハルト・(フォン・)シュナイダーは鼓膜の表面にとらえた。シェーンコップの勇戦もさることながら、時間と空間をこえてそれを完璧に制御しえたヤン・ウェンリーの智略をどう表現すべきか。既成の形容語にたよらざるをえないメルカッツの心理が、シュナイダーには理解できる。戦場での用兵巧者、というだけにとどまらない男だとは思っていたが、今回のイゼルローン再奪取の手際ときたら、あきれるほどのものである。
P127(ビュコック戦死)
「それにしても、われらが元帥どのでも、ああも落ちこむことがあるのかねえ」
 ベルンハルト・(フォン・)シュナイダーがそれをききとがめた。彼は無情な男ではなかったが、ビュコックとはほとんど面識がなかったので、たちなおるのにポプランの助力を必要としなかった。
「貴官は、自分たちの司令官を珍獣のようにでも思っているようだが・・・」
 直接にはポプランは答えない。
「ビュコック元帥は同盟軍なんぞにはもったいないみごとな爺さんだった。過去形を使わなきゃならないのが残念だがね。悼むのは自然かつ当然としても、そろそろ、新の慰霊法を考えるべきさ」
「というと?」
「帝国軍と戦って勝つ」
「ノウハウを無視して結果を論じないほうがいいと思うが・・・」
「ノウハウはわれらが元帥殿が考えるさ。それしかとりえがないんだから」
 にくまれ口のなかに、誇りやら敬愛やら揶揄やら、多彩な精神作用の和音がみちているようにシュナイダーには思われる。
「しかし、シュナイダー中佐、お前さんも考えてみればそれほどりこうでもないな。帝国軍に残っていればカイザー・ラインハルトのもとで出世できただろうに」
 シュナイダーはそっけなく笑っただけで、挑発性ゆたかなポプランの疑問に答えようとはしなかった。彼に兄弟がいれば、英明な若い君主につかえて才腕を生かすように説得したであろうが、彼自身はどこまでも敗将たるメルカッツにしたがうつもりでいるのだった。カイザー・ラインハルトには多くの忠実な臣下がいる。メルカッツにもせめて、自分ひとりくらいいてもいいではないか・・・。

第8巻
P45(大親征前哨戦に際して)
「ほう、ファーレンハイト」
 メルカッツはつぶやき、感慨の薄い煙を、初老の顔の前にたゆたわせたものだった。
「あの男と私とは、いささか奇妙な因縁がありましてな、現在は宇宙の端と端とに立っていますが、つい3、4年前には鑑列を並べてともに戦ったものです・・・共通の敵軍と」
 メルカッツの副官ベルンハルト・フォン・シュナイダーが、やや気づかわしげな視線を敬愛する上官にむけた。転身というより流転したメルカッツの今日は、リップシュタット戦役終結の直前に彼自身が選択したものではあるに相違ないが、その選択肢を上官にしめしたのはシュナイダーなのである。それがはたして正しいことであったかどうか、ときとして自己懐疑にかられる昨今の彼であるらしかった。
P77(ファーレンハイト戦死)
 銀河帝国軍大本営はカイザー・ラインハルトの名において、アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト上級大将の戦死と元帥への昇進を公表した。
 その報はイゼルローン要塞へひとまず帰還したヤン艦隊の知るところともなった。メルカッツ提督はかつての戦友のため一日間の喪に服し、5月1日の作戦会議に旧ゴールデンバウム王朝の宿将の姿は欠けた。代理者として出席したシュナイダーは喪章をつけて座につき、ヤン艦隊の「かたくるしさ」をどくせんするムライ中将からやや棘をふくんだ視線を向けられた。もっとも、ムライも口に出してまで非難はせず、ワルター・フォン・シェーンコップはというと、「喪服を着た女が美人に見えることは、確かな事実だ」などと、とんでもなく非軍事的な感想を述べて、ムライから棘どころか針だらけの視線を受けたものである。
P103(大親征終戦)
 謹言なメルカッツでさえ、「無限の未来より一夜の睡眠がほしい心境だ」とつぶやいて、最小限の指示をしました後、私室へ直行した。その副官シュナイダーはというと、「いま敵軍に攻撃されたらどうする気だ。しかしまあ眠るのも死ぬのも似たようなものか・・・」と落差の大きな発言を残して私室へ向かったが、力つきたかエレベータの壁によりかかって眠り込んでしまうていたらくである。
P162(ヤン・ウェンリー逝去)
 このように揺れ動く人々のなかで、微動だにしない人もいる。かつて銀河帝国軍の上級大将であったウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツは、ヤンの喪に服する一方、黙々と戦略および戦術の研究立案にしたがっていた。
「わしはいままで何度か考えたことがあった。あのとき、リップシュタット戦役でラインハルト・フォン・ローエングラムに敗北したとき、死んでいたほうがよかったのかもしれないと・・・」
 副官のベルンハルト・フォン・シュナイダーに、彼はそう述懐した。
「だが、いまはそうは思わん。60歳近くまで、わしは失敗を恐れる生き方をしてきた。そうではない生きかたもあることが、ようやくわかってきたのでな、それを教えてくれた人たちに、恩なり借りなり、返さねばなるまい」
 シュナイダーはうなずいた。敬愛する上官の人生を、彼は3年前に引きのばしたのである。その選択が正しかったのか否か、一度ならず彼も苦慮したのだが、どうやら誤ってはいなかったようであった。登りつづきであろうと、自分の選択した道である。それを避けようとは思わなかった。

第9巻
なし
備考:238ページにて、存在は確認できます。

第10巻
P176
「閣下!メルカッツ提督!」
 ベルンハルト・フォン・シュナイダーは、血と煙と死体が充満するなかを、懸命に泳ぎぬいた。このとき彼も右の肋骨にひびがはいり、右足首の靱帯を傷つけていたが、苦痛に対して自覚もなく、敬愛する上官の身体を、機材の山の下から引きずりだした。
 メルカッツはまだ生きていた。不可避の死を目前にした、わずかな時間上の踊り場でしかなかったにせよ、意識はあった。血と埃と油脂によごれた床の上で、ようやく姿勢をただすと、忠実な副官の姿を瞳に映して、百戦錬磨の老将は乱れのない声で問いかけた。
「ユリアンたちは、ブリュンヒルトに突入できただろうかな?」
「どうやら成功したようです。それより、閣下、脱出のご用意を・・・」
「成功したか、では思い残すこともないな」
「閣下!」
 シュナイダーが声を高めると、メルカッツは青年の激情を静めるように、かるく片手をあげた。血で半ばをおおわれた老顔に、満足感に似た表情がたゆたっていた。
「皇帝ラインハルトとの戦いで死ねるのだ。せっかく満足して死にかけている人間を、いまさら呼びもどさんでくれんかね。またこの先、いつこういう機会が来るかわからん」
 シュナイダーは絶句した。彼の敬愛する上官が、リップシュタット戦役での敗北以来、いわゆる死場所を求めていたことを、彼は知っていた。知りながら、生をまっとうしてほしいと望んでいたのだ。
「お許しください、閣下。私は閣下にかえってご迷惑を強いたかもしれません」
「なに、そうなげくような人生でもあるまい。何と言ったかな、そう、伊達と酔狂で、皇帝ラインハルトと戦えたのだからな。卿にも苦労をかけたが、これからは自由に身を処してくれ・・・」
 ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツは63歳、その軍歴は、ラインハルトとヤンの両者を合して2倍した年数に匹敵する。それも過去のものとなり、副官シュナイダーに看とられて、彼は息をひきとった。
P211
 ほぼ同時刻、ユリアンはベルンハルト・フォン・シュナイダーから別れのあいさつを受けていた。彼は惑星ハイネセンに残留して、まず自分の傷をいやし、帝国から、また正統政府の発足から、故メルカッツ提督にしたがってきたわずかな生存者たちの身のふりかたを考え、その処理をすませた後、時機を見て帝国本土に帰るという。
「メルカッツ提督のご遺族のところへ、いらっしゃるのですね」
「そういうことだ。メルカッツ提督は旅を終えられた。そのことを、ご遺族の方たちにお伝えして、おれの旅も終わる」
 またいつか会おう。そのことばとともに差し出された手を、ユリアンはかたく握った。生きての別れであれば、いつかまた会えるはずだ。シュナイダーの旅が実りある終わりかたをするよう、ユリアンは心から願った。

***見落とし、間違いなどありましたらご指摘下さい***

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