恐怖のプレゼント ●選択ワード:プレゼント

 クリスマスイブの終業時刻間際、ミッターマイヤーがうかない顔をして大本営中を徘徊しているのをミュラー以外にも多くの人間が目撃していた。


 その日の夕方、ミッターマイヤーは官舎に帰る前に金銀妖瞳の親友とともに、軽く飲んでいくことにし、いつものように海鷲ではなく、偶然見つけた雰囲気のいいバーのドアを開けた。

「いらっしゃいませ。」
 店の主人は40前後に見える男で、ソムリエの資格も持っているらしく、服の胸にはソムリエの証であるバッジが輝いていた。
「シャンパンとグラス二つ。肴は・・・任せる。」
 ロイエンタールの注文を受けて、主人はよく冷えたシャンパンのボトルとグラスを二つ、チーズとザワークラウト、ソーセージ、キャビアの皿を持ってきた。

 ささやかな宴が始まって、順調にボトルが空になり、その数が2桁に達したころ、ロイエンタールは夕方大勢に目撃されたミッターマイヤーの謎の行動について問いただした。
「卿はなぜ夕方、大本営中を徘徊していたのだ?」
 ミッターマイヤーの目は据わっており、表情は考え事をしているものだった。
「・・・・・落とした・・・・。」
「・・・は?」
「だから、落とした・・・。」
「何を落としたんだ・・・?」
「エヴァからのプレゼント・・・。」
 確かにこれはミッターマイヤーに限らず、固有名詞を変えれば、恋人のいる男性にしたら大事だし、素面の状態であれば、ロイエンタールも親身になっていただろう。だが、不幸なことにロイエンタールもミッターマイヤーもいい加減に酔っ払っていて、本音が剥き出しになっていたことだろう。
「ミッターマイヤー、いつも思うことだが、何故卿は一人の女に縛られたがるんだ?いくら奥方でも、女からのプレゼントなど、どうでもいいだろう?」
 しらふであれば、ロイエンタールはそのようなことは絶対にミッターマイヤーに言わないし、仮に言ったとしても、ミッターマイヤーが素面であれば、そのような発言が彼のトラウマから発するものだと理解することができた。
「何!?エヴァからのプレゼントがどうでもイイだと・・・!?」
 ものすごい剣幕でミッターマイヤーが立ち上がった。
「ああ、何度でも言ってやる。卿は馬鹿だ。どんな女でも選り取りみどりなのに、あえて奥方一人に縛られている。卿の奥方も裏ではどんな顔を持っていることやら。そんな女どもからプレゼントもらってへらへらしているとは、おめでたいやつだ。」
「貴様!」
 この叫び声とともに、グラスが床にたたきつけられ、殴り合いが始まった。

 幸か不幸か、この時間、この店の客は双璧だけだった。

 二人の殴り合いは、テーブルからだんだんと規模を拡大していき、店内のグラス、皿、酒類をはじめ、センスのよい高価な調度品も廃棄物と化していく。店主はすでに高級軍人二人の乱闘に恐れをなして、裏口から逃げ出していた。おそらく、外で憲兵隊を呼ぶつもりなのだろう。

「久しぶりだな。何かあったのか?」
 表口に回ったとき、店の主人は知った顔と出くわした。
「お久しぶりです。実は、中で軍人さんが二人乱闘を・・・。」
「遠慮することはない、さっさと憲兵隊を呼べばいい。」
「でも・・・。」
 時代が変わったとはいえ、高級軍人の乱行を憲兵隊に通報したところで、逆にこちらが処罰されるようなことになるのではと、この主人は懸念していたのだ。
 主人の知己は、中にいる双璧に気づかれないように、店内を覗き込み、そのあと、さっさと携帯通信の回線を開いて、憲兵隊に通報した。

 それだけをやり終えると、その男は主人に店が再開したらまた来ると言って、その場を立ち去った。
 ケスラー率いる憲兵隊がその店に駆けつけたとき、双璧は顔中に青あざをこしらえ、店内で大の字になって伸びていた。
 ケスラーは部下に双璧を収容させると、店主にひたすら平謝りに謝って、撤収していった。


 翌日、二日酔いと体中の痛みに苦しみながら双璧は、営倉の中で意識を取り戻した。

 二人は、いくつかの手続きを経た後、営倉から出ることはできたが、元帥二人が民間の店で乱闘し、挙句の果てに営倉入りと、前代未聞の恥をさらしたため、二人が最初に出頭させられたオーベルシュタインのいつもと変わらぬ表情ながら、いつになく低気圧な雰囲気に迎えられた。双璧は何時間もの説教を覚悟したが、オーベルシュタインは10分ほどで二人を解放し、弁償や処分、始末書のことがあるから、ケスラーのところに行くように指示した。

 ケスラーの執務室には部屋の主と、彼の副官、2名の先客がいた。先客はいずれも二人の人物ファイルにある顔で、一人目が昨日の店の主人。もう一人の顔と二人の人物ファイルの中の顔が一致したとたん、双璧は逃げ腰になった。
「公爵<ヘルツォーギン>、なぜここに・・・?」
 ミッターマイヤーは、軍務尚書の姪でもあるオーベルシュタイン女公爵ゾフィー・クリスティーネに理由を尋ねたが、ケスラーにこっちの話が先だと言われ、一時中断するしかなかった。

 ケスラーの説教は延々1時間にもわたり、解放されぎわ、
「クリスマスプレゼントだ。」
 といって、弁償の請求書と始末書の紙を渡された。請求書には天文学的な金額が記載されていて、二人の給料から弁償分を差し引くと通達された。心なしか、そのときのケスラーの表情はどこか嬉しそうだった。いったん解放されたと解釈してもいいと判断したミッターマイヤーは再度、ゾフィー・クリスティーネにここにいる理由を尋ねた。

「あの店は、オーベルシュタイン家が援助しているからですわ。」
 双璧が壊した店の主人は、代々オーベルシュタイン家でソムリエをしている家系の出で、本人は次第に、いろんな人にワインとそれにあう肴を楽しんでもらいたいと思うようになり、幸い、現当主であるゾフィー・クリスティーネの理解を得たばかりか、独立のためのさまざまな援助も受け、店を出すに至った事も知った。さらに、彼が軍務尚書と兄弟のように育ったということを聞いて青くなった双璧に、彼女はしっかりトドメの一言を放った。
「昨日のことは、すでに叔父も知っているはずです。」
 この爆弾発言を聞いて、双璧はほうほうの態でケスラーの執務室から逃げ出した。

 始末書と莫大な額の請求書、軍務尚書にまで知られてしまった痴態。世にも恐ろしいクリスマスプレゼントに双璧はしばらくの間、悪夢を見ることになった。
 さて、件のミッターマイヤーが落としたというエヴァからのプレゼントだが、軍務省の職員が拾って軍務尚書に届けていた。彼が公開した落し物リストからプレゼントを発見したミッターマイヤーは、返してもらうために、軍務尚書の執務室に向かい、オーベルシュタインもただあっさりと、
「奥方からの贈り物が見つかってよかったな。」
 と言っただけであった。

 だが、それがかえって、彼があの乱闘の真相をすべて知っているに違いないという心理的圧力を招き、ミッターマイヤーを煩悶させたことは言うまでもない。


どうやら双璧は悪い子だったらしく、クリスマスのプレゼントは、始末書と請求書プラスアルファとなってしまいました。まあ、自業自得ということですね




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