バニラキャンドル ●選択ワード:キャンドル

 フェザーンに大雪が降った夜。
 雪の影響でエネルギー供給が不安定になり、各家庭への暖房にエネルギー配分を集中させるため、軍人の官舎が率先して他のエネルギーをカットした。
 官舎の部屋は、充分に暖かい。
 だが、戦場でもないのに照明のない暮らしは滅多に経験しないことだった。

 ナイトハルト・ミュラーは、以前なにかのパーティーで使ったキャンドルを出してみた。まるいまろやかな形のバニラ色のキャンドルは、ほのかに香りがあった。香料入りのキャンドルのようだった。
 火を灯そうとして、火をつける道具がないことに気がついた。
 苦笑しながら、辺りを見渡す。
 機能的な台所は、火など使うこともない。
 煙草も吸わないのでライターもない。
 ちょっと考えて部屋の防火装置を切り、ブラスターを最低出力にして紙で作った紙縒りに火をつけた。子供のする悪戯を愉しむ気分だった。
 薄暗い部屋に、ぼうっと温かい色の小さな火が燈る。
 原始の昔から、火は人にいろいろなものを与えてくれた。
 物思いから、食事、火事、武器の果てまで。
 ミュラーはさしあたって物騒な連想をすることはなく、その火をバニラ色のキャンドルに移した。
 用心深く紙縒りの火はきちんと消す。
 小さな灯りと、甘い香りが部屋をより温かく感じさせた。
 雪の降る夜は、意外に明るい。
 雨は全てを漆黒の闇に閉ざすが、雪は様々な灯りを反射して白い闇となる。

 室内の小さな明かりと、仄かな香り。
 ミュラーはなんとなく嬉しい気分になり、気に入りのワインを取り出した。
 ソリヴィジョンもなく、音楽もない、静まり返った雪の夜。
 窓の外は、人通りもない雪景色。
 バニラの香りのキャンドルが、小さな炎をゆらゆらと揺らめかせているだけだった。

 殺伐としたことを忘れ、ミュラーはしばしの休息を愉しんだ。
 雪の夜の、その日はクリスマスだった。



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