小さき灯をとこしえに掲げ ●選択ワード:プレゼント

 新帝国暦002年11月初旬。
 帝国上層部は安堵と苦渋とを一度に味わっていた。安堵はもちろん、一時は安否不明とまでされた皇帝が無事フェザーンに帰還したことに、そして苦渋は新領土総督ロイエンタール元帥討伐の決定とに由来する。
 討伐軍は、宇宙艦隊司令長官ミッターマイヤー元帥の総指揮のもと、ビッテンフェルト、ワーレン両上級大将がその指揮下に入り、艦艇4万2770隻、将兵460万8900名がバーラト星系へ赴くことがすでに決せられていた。
 黒色槍騎兵艦隊副参謀長リヒャルト・オイゲン少将も出征の準備に多忙な日々を過ごしていたが、一日、珍しく早く帰宅できる機会を得て、その帰り道、フェザーンの繁華街のメインストリート沿いに建つ ショッピングセンターの中にある大きなおもちゃ屋へと足を向けた。いったん出征すればしばらくは帰れない。父親のいないクリスマスを迎えることになる子供たちのために今のうちにプレゼントを用意しておこうと思ってのことだった。
 軍首脳部の苦悩とはまったく関係なく、フェザーンの街は早くもクリスマスの装いが華やかに施されていた。クリスマスは1年のうちで最も貴重な商機で、それをフェザーンの商売人たちが見過ごすはずはなく、 10月末のハロウィンの飾り付けが取り払われれば、時をおかずしてこの街は赤と緑に染めかえられる。そうは言っても、さすがに11月初旬ではまだクリスマスプレゼントを求める人も多いはずもなく、夜のおもちゃ屋はそれほど混んではいないようだった。
 「さてさて、どこにあるかな、頼まれたものは」
 立体テレビの人気キャラクターの人形がほしい、と言っていた娘のために、オイゲンは店の奥へと入っていったのだが、目的の売り場にたどり着く前に意外な人物がおもちゃを手に取っているところを目にしてしまった。
 (・・・あれはザンデルス中佐ではないか・・・)
 この年の春「回廊の戦い」で戦死したファーレンハイト元帥のもとで副官の任についていた若い士官が手にしたままごとセットを見つめて立ちつくしていた。
 黒色槍騎兵艦隊でもっとも慎重、と評されている男は声をかけるべきか迷った。予想外のところで場違いな人物に出会った場合、見て見ぬふりをした方がいいこともえてしてあるものだ。
 「回廊の戦い」後の軍の再編で旧ファーレンハイト艦隊と黒色槍騎兵艦隊は統合された。だが、旧ファーレンハイト艦隊の将兵たちにわだかまりがないわけではないことをオイゲンは承知していたし、 できれば自分が率先して両者の融和をはかりたいとも思っていた。だから、ここで亡き元帥の副官だった人物に会ったのも何かの縁、とその温厚篤実なる男は、思い切って3メートルほど先にいた男に声をかけてみた。
 「ザンデルス中佐!こんなところで会うとは奇遇だな」
 呼びかけられたほうは飛び上がらんばかりの驚きようを見せたが、それでも手の中のおもちゃをさっと棚に戻し、姿勢を正して敬礼を施した。
 「・・・ままごとセットか?だが、卿にはこのようなおもちゃを喜ぶ幼い係累がいるのか?」
 「いえ、小官にはおりません」
 「ではどうしてこんなところにいるのだ?」
 オイゲンにしてみれば当然の疑問だ。子供どころかまだ妻もいないはずの男とままごと売り場で遭遇したのだから。
 「それは・・・」
 亡き元帥に重用されていた優秀な元副官は、そこで言葉に詰まって視線を足元に落とした。もちろん理由はあった。だがその理由を口にしてしまっていいものかどうかの判断に迷っていたのである。
 「差し支えなければ、話してみないかね。何か事情があるように見受けられるのだが」
 オイゲンは押し付けがましくならないように気を遣いながら、そっと新しい部下の肩をたたいた。
 「副参謀長閣下・・・」
 肩に触れた上官の掌のぬくもりに甘えてみようか。ザンデルスはわけを話す気持ちになったようで、すかさずそれを見て取ったオイゲンは、とりあえずこの店を出よう、と促したのだった。


 「オイゲン少将はお子さんへのクリスマスプレゼントを買いにおもちゃ屋にいらしたんですか?」
 ショッピングセンターを出たふたりは、メインストリートから少し奥まった通りにある小さなカウンターバーで隣り合っていた。
 「そうだが」
 「少将のお子さんはお幸せですね。クリスマスが楽しい思い出で満たされる子供は幸せですよ」
 「卿はそうではなかったのか?」
 「いえ、小官ではありません。ファーレンハイト元帥です」
 オイゲンは水色の瞳の亡き元帥が、生前、「食うために軍人になった」と公言してはばからなかったことを思い出した。皇帝が幼い頃、経済的に苦労したことは有名だったが、ファーレンハイト家も似たようなものだったらしい。
 「ファーレンハイト元帥のご実家は、一応、貴族ではありましたが、伝来の領地があるわけでも爵位があるわけでもない名ばかりのもので、お父上が亡くなられた後は、お嬢さま育ちのお母上と幼いご弟妹の生活を守るため、 ご長男の元帥が働く道を選ぶより仕方なかったのだそうです。そんな苦しい生活の中ではとてもクリスマスどころではなかったそうで、ご自分はともかく、ご弟妹が不憫だったとおっしゃっておいででした」
 オイゲンは、時々目の前に置かれた黒ビールのジョッキを口に運びながら、ザンデルスの話を黙って聞いていた。
 「閣下はその後、栄達なさり、高給を得る身となられました。ファーレンハイト家も再興され、今はご弟妹も余裕のある生活をなさっています。元帥亡き後も十分な遺族年金が支給されていますし。 ・・・・・・閣下はご自分のご家族に心配がなくなると、今度は乳児院や孤児院などの恵まれない子供たちに匿名で寄付をなさっていらっしゃいました・・・・・・クリスマスプレゼントとして」
 ローエングラム体制が確立してから後は社会政策も見直され、福祉施設の予算もずいぶん改善されたが、それでもクリスマスに子供たちひとりひとりにプレゼントを渡すようなことはできなかったから、この匿名の篤志家からの贈り物はまさに「サンタさんからのプレゼント」と喜ばれたのだという。
 「オーディンからフェザーンに移ってからも閣下は寄付を続けられ、去年のクリスマスにはフェザーンの養護施設にも寄付をなさいました。もし11月に出征ということにならなければ、閣下はご自分でサンタクロースの扮装をしてプレゼントを届けるおつもりだったようなのですが、それは叶わず、 お友達にその役をお任せになられた由。そのお友達から子供たちが大喜びしていた様子を聞かれ、今年こそ自分で行きたいな、とおっしゃっていたのです、閣下は・・・・・・」
 そこで言葉を区切ったザンデルスは、亡き人を偲ぶように一度グラスを目の前に掲げてから琥珀色の液体を口に含んだ。
 一方、オイゲンは少なからずファーレンハイトという人物について認識を改める必要を感じていた。直接知遇を得ていたわけではなかったが、彼の上官たるビッテンフェルトを通じて得ていた感触では、著しく金銭感覚の発達した人、という印象だったのである。 それというのも「またヤツにおごらされた!」とぼやく司令官の姿をいく度となく目にしていたからなのだが。そのファーレンハイト元帥が恵まれない境遇にある子供たちのために寄付をしていたというのだ。これは意外としか言いようがないではないか。
 「・・・・・・閣下は天上へ旅立たれました。今年、あの子たちにプレゼントを届けるはずだったサンタクロースはもうこの世にはいないのです・・・・・・」
 ザンデルスがおもちゃ屋にいた理由がオイゲンにも理解できた。彼は、かすかに肩を震わせている青年にかける言葉をひとつしか見出せなかった。
 「ザンデルス中佐。ビッテンフェルト閣下に事情を話してみるといい」
 ビッテンフェルトに頼るなど、最初から眼中にないザンデルスだった。かの猛将がこんなことに親身になってくれるとはとても思えなかったのだ。訝しげな表情を隠そうともしないザンデルスに、壮年の少将は苦笑して付け加えた。
 「あの方はとても情に厚いお方だ。けして悪いようにはなさらない。その点は私が保証してもいいくらいだ」
 ビッテンフェルト提督はともかく、この人の言葉なら信頼しうるだろう。ザンデルスは無言のまま大きく首を縦に振った。


 翌日。
 オイゲンは早速、ビッテンフェルトに前日の出来事を報告した。
 「そうか、ファーレンハイトが・・・」
 ビッテンフェルトはひとつ息を吐くと、革張りの椅子を半回転させて、執務席の後ろに広がる大きな窓から空の彼方に視線を投げかけた。薄茶色の瞳に映ったものは何だったのか、オレンジ色の髪の猛将はたっぷり1分近く黙り込んだままだった。
 彼は、再び椅子を半回転させて執務机の前に立つ副参謀長の方へ向き直ると、こう明言した。
 「わかった。俺が引き受けよう」
 「ありがとうございます、閣下」
 この司令官がそう言ってくれるということはオイゲンにも予想の範囲内だったが、それでもザンデルスに大見得を切った手前、心底ほっとしたのも事実だ。
 「だが、俺たちは出征を控えているし、どうしたものか・・・そうだ、アイツに頼もう」
 ビッテンフェルトは言うが早いか、もう歩き出していた。
 「閣下?」
 慌てたのはオイゲンの方である。
 「オイゲン、出かけてくる。すぐに戻るから」
 「閣下、閣下、お待ちください。小官もお供いたしますゆえ・・・!」
 すでに執務室を出て廊下の先を行く司令官のたくましい背中を、オイゲンは慌てて追いかけて行った。

 
 ビッテンフェルトが向かったのは、ミュラーの執務室だった。
 「・・・そうですか、ファーレンハイト元帥がそんなことを・・・」
 話を聞いたミュラーは、砂色の瞳を静かに伏せた。そう言えば、いつだったか<海鷲>で飲んでいた時に子供時代の話になり、いくつまでサンタクロースの存在を信じていたか、とか、 どんなプレゼントが嬉しかったかとかいった話題に興じる僚友たちの会話に、水色の瞳の提督は加わろうとしなかったな、と今更ながら思い至った。 そういう幸福な子供時代の思い出を持ち得なかったかの人は、その思いをこんな形で昇華していたのか。
 「ミュラー、引き受けてくれるか?」
 ミュラーはこんな時「Nein」と言えるような男ではない。頼んだ方もそのくらいのことは折り込み済みだろうが、その思惑には気づかないふりで、彼は僚友の依頼に首肯した。
 「どうぞお任せください。そして安心してご出立ください、ビッテンフェルト提督」
 ウルヴァシーでの負傷がまだ癒えず、右腕を包帯で吊ったままのミュラーは左手を差し出した。最前線に出向くことはないが、ミュラーも皇帝とともに出征することにはなっている。 だが、それでもビッテンフェルトよりは時間の余裕がある。ファーレンハイトのためにもなんとか力になりたかった。
 「頼んだぞ・・・」
 ビッテンフェルトは差し出された左手を固く握り返した。そして満足げな表情で僚友の執務室を後にした。司令官の後ろで成り行きを見守っていたオイゲンは、砂色の髪の若い上級大将に深々と頭を下げたのち、急いで上官を追った。


 「黒色槍騎兵艦隊の猪突がなければ、ファーレンハイト元帥が戦死なさることもなかったはず」
 亡き元帥の旧部下たちを中心に軍の中にもそんな声があることをミュラーも聞き及んでいる。そんな状況でもビッテンフェルトは、旧ファーレンハイト艦隊を麾下に引き受け、粛々と出撃の準備に精励している。 ほとんど言いがかりのような批判の声にも、実績をもってこたえるよりなし、とオレンジ色の髪の猛将は反論めいたことを決して言わない。
 ただ、それとは別に、やはり艦を並べて戦った僚友を救い得なかったことへの忸怩たる思いはビッテンフェルトにも厳然としてあるだろう。ミュラーにはそれが痛いほどわかった。彼もまた、数年前に同じような経験をしていたのだから。
 せめてもの手向けに。ビッテンフェルトがファーレンハイトの遺志を継ぐと決めた思いを推し量りつつ、さっそく、ミュラーは副官のドレウェンツにザンデルス中佐を呼ぶよう、指示を出した。


 ミッターマイヤーらの進発に続いて、皇帝は自らも「影の城」要塞建設予定宙域へ総旗艦ブリュンヒルトを進めた。
 双璧が相撃つ戦いをその蒼氷色の瞳でじっと見つめていた黄金の髪の覇王は、やがて戦いの収斂することを確信し帝都へと旗艦を転進させる。その帰還の途上だった12月16日、ロイエンタールの訃報がもたらされた。
 皇帝に従っていたミュラーも自らの旗艦パーツィバルをフェザーン宇宙港へと還した。苦い帰還だった。自分にとっても、おそらくは皇帝にとっても。 そして何より、彼が敬愛する蜂蜜色の髪の元帥がどのような思いでこの場所に帰ってくるのかを想像すると、ミュラーは外気の冷たさ以上に心身が冷えていく気がするのだった。

 憮然とした表情のまま自らの執務室へ戻ったミュラーを待っていたのは、出立前に通信販売で手配しておいたおもちゃの山だった。
 「・・・・・・とてもそんな気分にはなれないのだが、子供たちには関係のないことだしな・・・・・・」
 クリスマスまでにフェザーンに戻れなければ、軍務省にいる士官学校時代の同期生に赤と白の衣装を着てもらうことを頼んではあったのだが、結局、ミュラーは自ら子供たちのもとへ行ってみることにした。 子供たちの喜ぶ顔を見れば、この沈んだ気持ちがいくらかは慰められるかもしれないから、と。


 「ファーレンハイト閣下は、絶対にご自分のお名前が出ないように気を遣っておいででした。小官にも、『俺がこんなことをしているなんて口外してみろ、機密漏洩の罪で軍法会議にかけてやるからな』などとおっしゃって。 ご面倒なことをお願いしている立場で勝手なことを申しますが、くれぐれもミュラー閣下やビッテンフェルト閣下のお立場やお名前が漏れないように、それだけは重ねてお願い申し上げます」
 ザンデルスはミュラーにそう言い残して黒色槍騎兵艦隊の一員として出征していった。
   ミュラーにもファーレンハイトの気持ちがよく理解できたから、その点には重々注意する、と亡き元帥の忠実な元副官に約束した。
 12月24日。白い縁取りのある赤い服と帽子、顔の下半分を覆う白い髭、白い太い眉毛・・・外に出ているのは目だけ、という状態のサンタクロースがフェザーンの養護施設に現れ、子供たちの大歓迎を受けたのだった。
 親を亡くした子供、諸般の事情で親と同居できない子供、親から棄てられた子供、施設で暮らす事情はさまざまながら、厳しい境遇にめげずけなげに笑っている子供たちに囲まれて、ミュラーは自分を奮い立たせることができた。この子たちの瞳の強い輝きに負けてはいられない、と。
 ことさら「遠い異国から来たサンタクロース」を演出して、ミュラーは得意の同盟公用語で子供たちに話しかけてみた。
 「I wish your merry, merry Christmas !」
 本当にこの子たちに神のご加護がありますように。そしてたくさんの亡き人たちにも穏やかな眠りが訪れますように。ミュラーは心から祈った。ふだんは神に祈るなどしたこともないが、なぜかこの時は素直に頭を垂れる気持ちになったのだった。


 12月30日。
 ミッターマイヤー艦隊とビッテンフェルト艦隊が帝都に戻った。凱旋というにはあまりに重く苦い帰還に、ミッターマイヤーも表情が固い。
 「あえてご生還のお喜びを申し上げます」
 宇宙港で出迎えたミュラーは、やっと包帯の取れた右手を差し出した。ミッターマイヤーが無言でその手を握り返す。活力に富んだ、と形容されることの多いこの元帥のグレーの瞳にいつもの力はなく、地上車へと向かう元帥の背中をミュラーはため息で見送るよりなかった。
 ミッターマイヤーにやや遅れて旗艦ケーニヒスティーゲルから姿を見せたビッテンフェルトも悄然としており、「帝国軍の歩く破壊活動」などと揶揄されることもある男にはとても見えなかった。
 出迎えの役目を終えてミュラーが執務室へ戻ると、宇宙港から直行してきたザンデルスが面会を求めて待っていた。
 「ご苦労だったな・・・」
 ミュラーはザンデルスを執務室へ招き入れた。
 「ただ今、帝都へ帰還いたしました。このたびはミュラー閣下にはひとかたならぬご尽力を賜った旨、先程ドレウェンツ中佐から聞きました。お礼の申しようもございません。本当にありがとうございました」
 深々と頭を下げるザンデルスにミュラーは静かに答えた。
 「クリスマスの奇蹟だな」
 「は?」
 「今年は本当に凶事が続いて、そのきわめつけが今回の内戦で・・・正直言って、私も嫌気がさしていた。責任を放り出してしまえたらどれほど楽になるだろう、と思わないでもなかった。 だが、あの子供たちに改めて思い出させてもらった気がする。与えられた境遇の中で最善を尽くすことを・・・・・・卿とファーレンハイト元帥のおかげだ。礼を言わせてもらうよ」
 自分より6つも上の階級を有する人物に頭を下げられて、逆にザンデルスのほうが恐縮してしまった。
 「しょ、小官は何も・・・」
 「メリークリスマス、中佐」
 ミュラーは執務机の引出しから金色のリボンのかかった包みを取り出して目の前で固まっている若い士官に差し出した。
 「ちょっと遅くなったけど、サンタクロースから預かっていたものだよ。卿にも神の御恵みがあらんことを!」
 「ミュラー閣下・・・」
 「そろそろビッテンフェルト提督も大本営から戻られるだろう。卿も早く戻った方がいいぞ」
 「はい。本当にありがとうございました!」
 敬礼の後、ザンデルスは「サンタからのプレゼント」を大事そうに抱えてミュラーの執務室を出て行った。

 (ファーレンハイト元帥、私はお役に立てましたか?子供たちに今年のサンタは去年と目の色が違う、なんてバレてないといいんですけどね・・・元帥、改めましてメリークリスマス。ずいぶん遅くなってスミマセン・・・)
 執務室にひとり残ったミュラーは、亡き人の瞳を思い出させる冬晴れの空に向かって呟いた。


 次の年のクリスマス、サンタクロースは瞳の色を砂色から薄い茶色に変えた。
 「今年はオレがやりたい!」
 子供がおびえるからよせ、という同期生でもある僚友の言葉を振り切って栄えあるサンタクロース役を射止めた闘将は、やや長めのオレンジ色の髪を丁寧に帽子の中に押し込むと、大きな白い袋を担いで立ち上がった。
 ファーレンハイトの遺志は『獅子の泉の七元帥』の間に広まり、すっかり定着したようだ。まわる施設も今年は3ヶ所に増やすことができた。
 大規模になっていけばいつまでも匿名にしておくのは難しいだろうが、サンタの正体に気づいた大人たちもこの活動が始まった由来を説明されると、気づかなかった振りを通してくれる。
 (ファーレンハイト閣下・・・閣下のなさっていたことを話してしまった小官はやはり軍法会議で裁かれるんでしょうか?でも、あの子供たちの笑顔に免じて、許して下さいますよね、閣下・・・・・・)
 子供たちへのプレゼントをトナカイの引くソリならぬ地上車へ運びながら、ザンデルスは空を仰いだ。
 (まあ、許してやろう・・・)
 鳴り響く鐘の音に混じって、懐かしい涼やかな声を聞いたのは、ザンデルスただひとりのようだった。


新帝国暦002年のクリスマス、です。
相変わらず長い、暗い、固い。3拍子揃ってますが、よかったら読んでやって下さい。
メインはう〜ん、誰だろ?一応、ファーさまかな?

陣内さん、甘藍さん、企画運営、ご苦労さま&ありがとう。




O Holy Night ●選択ワード:屋根の上

 それはクリスマスイブの夜のことでした。
 「夜更かししている子のところにはサンタさんは来てくれないのよ。
 おやすみした子にきっと素晴らしいプレゼント持って、って歌もあるでしょう?」
 ムッターにはそう言われたけれど、フェリックスはなかなか眠れませんでした。
 これまでもなんとか起きていようと頑張ったけれども、毎年、いつの間にか眠ってしまって、気がつくと朝が来ていました。
 目覚めたフェリックスは、枕元に置かれたプレゼントに大喜びをする一方で、それと同じくらいのがっかりも味わっていたのです。
 どうしてもサンタクロースをこの目で見てみたい。会ってみたい。誰もが一度は抱く思いを胸に、フェリックスは今年はかなり遅い時間まで起きていられました。
 その時です。ミシッ、ミシッと雪を踏みしめる音が頭の上の方から聞こえてきました。どうやら屋根の上に誰かいるようです。
 「来たっ!」
 イブの夜に屋根の上にいる人といえば、答えはひとつしかありません。フェリックスはとうとう待ちわびた人の足音を聞くことができたのです。
 フェリックスは慌てて毛布を頭の上まで引き上げると、固くまぶたを閉じ、息をひそめました。
 友達の中には、「サンタの正体なんてファーターやムッターなのさ」と言う子もいました。でもフェリックスのファーターは今夜、お仕事でフェザーンにはいません。ハインリッヒ兄さんも学校の寮です。ムッターはもちろん家にいますが、でもフェリックスのムッターは屋根にのぼれるような人ではありませんでした。
 「間違いない。本当にサンタさんが来てくれたんだ!」
 眠らなくちゃ。ちゃんと眠らないとサンタさんが家の中に入ってこられない。フェリックスは一生懸命眠ろうとしました。
 「ちゃんと眠らないとダメなのよ。寝たふりはサンタさんにわかってしまうのよ」
 ムッターの言葉が心の中で響きます。でも眠ろうとすればするほど目が冴えてきてしまうし、もうこの屋根の上には憧れのサンタクロースがいると思うと胸がドキドキしてしまって、とても眠るどころではないのです。フェリックスは困ってしまって、何度も何度も寝返りを繰り返すのでした。


 その頃、ミッターマイヤー家の屋根の上では、サンタクロースが相棒のトナカイとなにやら話をしていました。
 「おい、フェリックスのヤツ、なんだかまだ起きてるみたいじゃないか?」
 「そうですね。寝返りでも打ってるんでしょうか、ベッドの軋む音がかすかに聞こえますよ」
 「どうする?」
 「どうするって、今、入っていくわけにはいかないでしょう!」
 「いい加減、冷えてきたぞ。この雪の中で、まったく・・・」
 「仕方ないでしょう!ポーカーで負けた分、国務尚書にきっちり払わないと」
 「・・・なんで給料日前にポーカーなんてやったんだ、俺は。だいたいミッターマイヤーも『現金がないなら違うもので払ってもいいんだぞ』なんて甘い誘いで俺をたぶらかしやがって」
 「自分から誘ったんでしょうが。それに別に国務尚書はたぶらかしたわけではないでしょう。
  だいたい、私は負けていないのに、どうして付き合わなくちゃならないんですか?」
 「お前、バカか?サンタが単独行動などするわけないだろうが。サンタには赤鼻のトナカイがつきものなんだぞ!」
 「・・・・・・・・・」
 「しかし寒いっ!ふわ、ふわぁ・・・ハ〜〜クッ!」
 「ダメですよ、くしゃみなんかしちゃ!!大きな音を立てたらフェリックスにバレちゃいますよ」
 「クソッ、やってられるか、こんなこと。もう、俺は帰るぞ〜!」
 「敵前逃亡は即決裁判で銃殺ですからね」
 「なに、元帥には不逮捕特権があるから大丈夫だ」
 「・・・・・・もしかして本気で言ってるんですか、それ・・・・・・」
 「まあ、もうしばらく様子を見るしかなさそうだな」
 「そのようですね・・・」
 「ったく、早く寝ろ〜〜〜〜!」
 サンタクロースの心の叫びをよそに、真っ暗な空からはあとからあとから白い雪が舞い降りて来て、ミッターマイヤー家の屋根の上で立ち往生しているオレンジ色の髪のサンタクロースと砂色の髪のトナカイをしんしんと凍えさせました。
 実はもうその頃、屋根の下ではフェリックスがいつの間にかすやすやと静かな寝息をたてていました。
 やっぱりサンタクロースは本当にいたんだ、僕の家に来てくれたんだ。フェリックスは幸せな気持ちでいっぱいでした。
 たとえ実際に会えなくても、屋根の上を歩く足音を聞けたこと、それだけで彼はじゅうぶん満足だったのです。


 ――――深夜の高級住宅街に巨大なくしゃみの二重唱が響き続けたのはそれから間もなくのことでした。


みなさんが複数アップされてるのに刺激されて駆け込み投稿です。
まだ使われていないキーワードを使う、がコンセプトの究極のメルヘン!(は?)
ああ、橙砂コンビって書いててなんて楽しいのでしょう(シミジミ)!
お前はホントにハルターか?と言われそうですが、砂色氏のこと、愛してますから(真顔でキッパリ)
では、今夜のパーティーでお会いしましょう♪




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