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雪意 - setsui -
●選択ワード:手編みのセーター&雪
「フェルナー准将、お聞きしたいのですが。 貰うとしたら、手編みのセーター、手編みのマフラー、手編みの手袋、手編みの帽子。どれがいいですか?」 それは、落葉の季節が始まろうとする頃。 紫煙を燻らせながらぼんやりと休憩していたフェルナーは、唐突な質問を『軍務省の精神安定剤』から受ける。 ゆっくり動いた藍玉の視線の先では、シュルツが砂糖たっぷりのココアが満たされたカップを大事そうに持っていた。 「・・・どれもいらねえ」 「ええっ。どうしてですか?」 「手編みは念が隠ってそうで、鬱陶しい」 実際、彼にその念の隠った贈り物をしようとした女性は二桁を軽く越えていたが、たったひとつを除いて、それが贈り主の意図する場所へと落ち着いたことはない。 「誰からの贈り物なんですか? そのひとつって」 まだ熱い液体に用心をしながら口をつける。至福の甘さが、シュルツの喉を滑り落ちていった。 「俺が最初にいた、孤児院の保母<ムッター>からだ。 古くなった大人用を編み直したものだった。確か」 短くなった一本目が離れたかと思うと、フェルナーの唇にはすぐに新しい煙草が咥えられる。 裕福なところじゃなかったからな、と。事も無げに言いながら、フェルナーの髪と同色のライターが、青白い炎を生んだ。 「それだけは、嬉しかったんですね」 「別に。着替えが貴重だったというだけだ」 紫煙を大きく吐き出すと、長い指が灰を落とす小気味のいいリズムを刻む。 「・・・まあ、嬉しくなかったわけじゃないけどな」 殊更冷めたふうを装いつつも、本当はそれが大事な思い出であるということを、微かに浮かんだ口元の笑みが告げていた。 シュルツが最初に貰った手編みのセーターも、やはり母が作ったものだ。兄と姉、それに妹と色違いのお揃いだった。嬉しくて、本当にどうしても着られなくなるまで長く愛用していたそれは今、箪笥の奥で眠っている。 「そのセーター、今はどうされています?」 同じく大切に仕舞ってあったとしても、素直に教えてはくれないだろう。 漸く適温になったココアを飲みながら思い浮かべたシュルツの予想は、意外な裏切られ方をする。 「燃えた」 「は?」 「火事で燃えたんだよ。作った当人と一緒に」 生唾と、口内に残っていた甘い余韻がやけに引っかかりながら、シュルツの喉から胃へと落ちていく。 つらそうなわけではなく、寧ろ淡々としている僚友に、この場合なんと言えばいいのか。 暑くもないのに汗が滲んできたシュルツを、フェルナーは咥え煙草で再び見やった。 「何でいきなりそんなことを聞くんだ?」 最初のセーターの所在――ではなく、手編みのもののなにが欲しいか、をである。 「え・・・いや、ちょっとしたアンケートです」 あからさまに引き攣った笑顔で残りを一気に飲み乾すと、際立った容姿の首席秘書官はそそくさと退散する。 その背中を見送りながらフェルナーは首を傾げたが、やがて二本目の煙草も吸い終わると、自らも執務へと戻っていった。 フェルナーの疑問へ明確な答えがなされたのは、彼がそれ自体を忘れていた頃だった。 十二月二五日。クリスマスと呼ばれるこの日には、既に本来の意味はなく、ただ親しい人と共に過ごすという二次的な習慣だけが残っていた。 華やかなイベントとは無関係な軍務省も、今日ばかりは省内に漂う空気がどこか浮き立っている。 どうにか一日の執務を終え、フェルナーは調査局を後にする。時間は二一時を少し過ぎた頃。今日は珍しく、自分の執務室での作業が中心だった。 「フェルナー准将!」 軍務省ビルを出たばかりの彼を呼び止めたのは、外套と紙袋を抱えたシュルツだった。 「よう。お前も今帰りか」 「は、はい。あの、准将・・・」 「ん?」 「これ、よろしければ受取って下さい」 抱えていた紙袋から出したのは、濃紺の包装紙に細い銀のリボンがついた包みだった。割と大きい。 「・・・なんだこれ」 「クリスマスプレゼントです。日頃の感謝を込めて」 受け取った包みは柔らかく、大きさの割にあまり重くなかった。 軍務省ビルを取り囲んでいる植え込みの煉瓦に軽く腰を預け、フェルナーはその包装紙を解く。中から現れたのは、濃い藍色のセーターだった。どう見ても手編みである。 「もしかしてこれ、お前が編んだのか?」 「はい」 料理が得意なのは知っていた。裁縫ができることも。だが、編み物までに手を出しているとは、初耳である。 しかも、整然とした編み目は、熟練の域に達している。 「器用な奴だなー・・・。 さすがの俺も、男から手編みのプレゼントを貰ったのは初めてだぞ」 半ば呆れたように言うと、シュルツの笑顔に少し陰りが見えた。 「本当は、准将には別のものをとも考えましたが、お渡しするだけはしようと思いまして。 お気に召さなければ、捨てて下さい」 初めての手編みのセーターに及ぶ筈もないけれど、敢えてシュルツはそれを選んだ。 襟をVの字にして、首元と胸元に余裕を持たせたそのセーターは手触りが良く、デザイン的にもフェルナーの好みにぴたりと合っていた。 藍玉の瞳は暫くその凝ったアラン模様のセーターを見つめていたが、不意に贈り主へと動く。 「念が隠ってそうで鬱陶しい・・・って、言わなかったか。俺」 「・・・そうでしたね。すみません」 少し寂しそうに微笑みながら、シュルツは渡したプレゼントを引き取ろうと手を伸ばす。だが、その手に渡されたのはセーターではなく、フェルナーの外套だった。 いきなり投げて寄越されたそれをシュルツが慌てて受け止めると、続いて軍服の上着も渡される。 「少し袖が長いかな」 白いシャツの上にセーターを着込み、袖を軽く肩口へと引っ張る。シャツに縫い付けられた襟章が異彩を放っていたが、濃い藍色のセーターはフェルナーの引き締まった体によく映えた。 二人分の外套と軍服の上着を抱えながら、シュルツは唖然とする。 「似合うか?」 口元には人の悪い笑いを浮かべ、フェルナーは流し目でシュルツを見やる。 シュルツはフェルナーと違って男色の趣味はなかったが、強い秋波に自然と頬が赤らむのを自覚していた。 「はい。とってもお似合いですよ」 「なんか似てるな・・・」 「え、なにがですか?」 「―――いいや。何でもない」 そう言うと、フェルナーは外套を受け取り、セーターの上へと羽織る。上着は邪魔なので、渡したままにした。 色も、形も、質も。幼いフェルナーが着ていたものとはまるで違ったが、いつまでも着ていたいような心地良さは同じだった。 「ところで、俺以外にはなにを贈ったんだ?」 律義なシュルツのことだ。軍務尚書と、他の側近にもなにか贈っていることは簡単に予想がつく。 「えーとですね。グスマン少将には手袋、ワイツェッカー少佐にはベレー帽、ミュラー提督にマフラーです」 「おい・・・全部手編みか?」 「そうですよ」 あっさり肯定され、フェルナーは今度こそ呆れた。だが、軍務尚書付主席秘書官としての多忙な日々の中、よくそれだけの時間が取れたものだと感心もしてしまう。 しかも、グスマンへの贈り物の中には、彼の妻と娘の分も含まれているそうである。 「それにしても、なんでミュラー提督にまで?」 「提督と私は、士官学校の同期なんですよ。言ってませんでしたか?」 「いや、知ってるけどな・・・」 シュルツはミュラーに対して自然に敬語を使うので、知らない人間はかなり驚くが、親友と言えないまでも、随分と親しい間柄である。 そのミュラーに贈ったのは、濃い緑のマフラーだった。両端に、可愛らしくポンポンが二つずつついている。 「はあ? なんで、そんなものつけたんだよ」 「リクエストなんですよ。提督の」 ミュラーはそれが本当に自分へ贈られるものとも知らず、他愛の無い冗談を言ったのだろう。 受け取ったときの彼の顔が想像でき、フェルナーは吹き出した。 「閣下にはなにを贈ったんだ?」 笑いに震える声のまま、恐らくは一番丁寧に作っただろう彼の元帥への贈り物を問うてみる。 「セーターです」 余裕を持たせたフェルナーのものとは違い、オーベルシュタインへのそれは、煩わしくない程度に体へ添う形にしてあった。色は、柔らかなオフホワイトである。 執務室で書類の決裁をしていた軍務尚書は、首席秘書官からその贈り物を差し出されたとき、珍しく唖然としたらしい。 だが、それが機嫌取りなどではなく、純粋な好意の産物であることは疑いようもない。 冷厳を以って鳴る義眼の元帥は、少し困ったような微笑を浮かべると、礼を言ってそれを受け取った。 「着た姿を見てみたいな。今度、飲みに誘ったときに頼んでみよう」 嫌がられることが分かりきっているのにそういうフェルナーは、やはりいい性格をしている。 「シュルツ。他に約束がないなら、酒つきあえよ」 「私はかまいませんが・・・准将こそ、約束はないのですか?」 十指に余るほどの情人を持っているフェルナーなら、約束のひとつやふたつ、していそうなものである。 「こういうイベントのときは、誰とも会わないんだよ。自分は特別だと思って、付け上がるからな。 それが、複数と付き合うコツだ。憶えとけ」 「・・・・・・必要ないから、忘れます」 他愛のない会話を続けながら、馴染みの店へと歩いて行く二人の頬に、冷たいものが触れた。それは、徐々に数を増し、頭へ、肩へ、そして立ち並ぶ家々へと降り続いていく。 「准将・・・雪ですよ」 「ああ。今年は遅かったな」 雪雲によって僅かに明るく見える夜空を見上げた二人の顔へ、その結晶は途絶えることなく冷たい感触を残しては、消えていく。街灯かりに照らされたそれは、桜の花びらのようにも見えた。 誰かを思い出させる凍てつく白い訪問者からの抱擁を、フェルナーとシュルツは暫く無言で受け続ける。 やがて、どちらからともなく、彼らはまた歩みを進め始めた。 ふたりが僅かに白いものを肩に纏わらせて開いた扉の向こうでは、見慣れた半白髪の男性がひとり、グラスを傾けていた。 その夜、どんな語らいが薄暗い店内に流れていたのか。彼ら以外に知っているのはその店の店主と、三つのグラスだけである。 男同士の甘々ほのぼの・・・です。寒いですねー・・・・・・はあ(汗) うちのフェルナーとシュルツの性格が、かなりはっきりと出ています。 スイマセン。本当にお目汚しです。 (C)瑞菜櫂さん:サイト |