雪降る夜の普通の出来事 ●選択ワード:イルミネーション、煙突、暖炉、雪

「やはり一人では無理かな。閣下が帰宅される前に、綺麗にしたいのに」
 この声の主は、もう2時間近くも独りで雪かき作業を行っていた。
 10日程前から降り積もっている雪は、通りから玄関までの僅かな距離を埋め尽くし、手の施しようがないように見える。
 彼は、上官のために孤軍奮闘していた。
 フェザーンはいま未曾有の天候不順に見舞われており、今まで経験したことのない大雪に覆われている。
 お陰で、連日の執務と雪かきに追われたナイトハルト・ミュラー元帥は、四日目に根を上げて執務室に泊り込むようになってしまった。元帥たる者、兵士に雪かきを命じることも可能である。しかし、当の本人は「自分の家の雪を除けるだけで大変なのに、上官だからといって兵士に負担を強いるわけにはいかない」と微笑み、空模様が落ち着くまで帰宅しないことを決めてしまった。
 でも、今日は年に一度の特別な日なのだ。ドレウェンツは是非とも、敬愛する上官に自宅で過ごして欲しかったので、そのための根回しも済ませていた。執務が終われば、オルラウ参謀長がミュラー元帥を自宅までお送りしてくる予定になっている。
それ故に、ドレウェンツは果敢な挑戦を続けていた。間に合わないという危機感に、お尻をつつかれながら。
 ドレウェンツが一向に縮まらない玄関までの距離にため息を突いたとき、隣家の地上から突き出ている煙突のイルミネーションが、幾色もの光を発しはじめた。
 気がつかないうちに、日が暮れていた。
「変な煙突だなぁ。それにしても、きれいだなぁ。」
 彼はしばらくの間作業を忘れて、極彩色の光に輝いて空から落ちてくる雪に見とれていた。


 「鼻の頭を赤くして、何をしているんだ。卿は」
 突然の声にぼんやりと見やった先には、大きな車にもたれたフェルナー少将がいた。
 慌てて敬礼を返すドレウェンツに、フェルナーはあきれたように言い募る。
 「一人で、雪よけをさせられているのか。ミュラー元帥も、なかなか酷い方でいらっしゃる。こんな雪山をたった一人に任せるだなんて。もう、やめて帰ったらどうだ?今にも遭難しそうな顔をしているぞ、ドレウェンツ少佐」
 ドレウェンツは、はっとした。
 「ち、ち、ちがいます!!これは小官が勝手にやっていることであって!ミュラー閣下は!ミュラー閣下は…」円らな瞳に、みるみる涙が盛り上がる。
 「あ〜、解った、解った。涙を拭け。ここで涙を流すと凍るぞ。ちょっと、からかっただけだ。俺が悪かった。」
 フェルナーは罰の悪そうな顔で、子供をあやすような口調になった。
 「閣下こそ、どうなさったのですか」ドレウェンツは、鼻をすすっている。
 「俺は、通りかかっただけだが、手伝うぞ。」
 「いえ!フェルナー閣下に手伝っていただくなど、恐れ多くて」
 必死で、ドレウェンツは辞退した。この男に係るとろくな事がない、と思ったかどうかはわからない。
 「気にするな、泣かせた詫びだ。それに俺にはこれがある」
 フェルナーは不適な笑顔をともに、自分が乗ってきた小型除雪車を指差した。
「本当に大丈夫でしょうか、閣下」
 「任せておけ。これで楽に片付くぞ」
 フェルナーとドレウェンツは、それぞれの思いを胸に秘めて車に乗り込んでいた。フェルナーが立てた作戦とは、小山のようになっているミュラー邸の雪を、この小型除雪車で一気に押し均してしまおうというものだった。そうすれば、人手を煩わせることもなく全て綺麗になるはずだ。いぶかしむドレウェンツに、フェルナーは力説した。
 ハンドルを握るフェルナーは、嬉々としている。
 ドレウェンツは、その横顔を見つめながら一抹の不安を抱きしめていた。

 「どうすればいいのですか、閣下」
 ドレウェンツは泣きそうな目をして、フェルナーを見ている。
 30分後。フェルナーの小型除雪車は、みごとに雪に埋もれていた。
 初めは順調に進んでいた雪均し作業も、奥の雪山に到達した途端、柔らかな雪に車輪を足られて埋まってしまった。それきり、車はビクともしない。
 「どうしようかなぁぁ。」
 さすがのフェルナーも、途方に暮れるしかなかった。

 「何をしているのだ。卿らは。これでは、家に入れないではないか」
 突然の声に、はじかれたように振り向くドレウェンツとフェルナー。
 そこには、眉間にしわを寄せたオルラウ参謀長と、目を丸くしたナイトハルト・ミュラー元帥の姿があった。
 「間に合わなかった…」と口の中で呟いたドレウェンツは、目を潤ませながら弱々しく敬礼し、フェルナーは万引きを見つかった子供のような顔をした。

「皆で、車を押すのは構いません。しかし、ミュラー閣下にそんなことはさせられません!」
「しかし、一人でも多い方がいいだろう。」とミュラーが言えば、「いいえ、ダメです!」と目を剥いてドレウェンツが叫ぶ。
 「では、小官が押すので、申し訳ありませんがミュラー元帥は運転を…」フェルナーが言いかけると「元帥閣下とあろうものが、自ら運転など」とオルラウが口を開く。
 「やはり閣下は、見ていて下さい」と誰かが言いかけると、「自分一人だけ、楽はできない」とミュラーが言い出し、また振り出しに戻る。
ここにいる全員は、もう何回もこのやり取りを繰り返していた。

 「あのぅ」
誰もが不毛な遣り取りに疲れを感じ始めたころ、突然、第三者の声が割って入った。
 「もしよろしければ、私の車で引きましょうか」全員が振り向いた中、おずおずと、隣家の主人が口を出した。どれくらい前からこの喧騒をみていたものか。きっと、見るに見かねての厚意に違いない。
 ここにいる全ての者が、突然現れた救世主に、縋るような視線を向けている。
 隣家の主人は、それらの瞳に一瞬ひるんだ。それを見逃さずに、この男性が逃げ出す前にとドレウェンツはこの天の助けに頭を下げた。
「ありがたい!では、お願いします!」
「ミュラー閣下、このダンボールで窓を塞いできます。」
 室内に運びこんだ箱の中身を全部出したドレウェンツが、台所へ駆け込もうとすると「俺が、やろう。貴官より、背が高いからな」と、フェルナーがダンボールを取り上げた。
そのまま、ダンボールの取り合いをしながら、台所へじゃれて行く二人を背景に、隣家の主人がミュラーに謝罪していた。
「申し訳ありません。ミュラー元帥閣下。私がいらぬお節介をしたばかりに、窓を割ってしまいました。」恐縮して頭を下げている。
暖炉が赤々と燃えているミュラー邸の居間には、台所から冷たい雪混じりの風が吹き込んでいた。

話は少し前に、さかのぼる。
 真剣に成り行きを見ている三人の軍人をよそに、もう一人の軍人と一人の民間人はお互いの車を鎖で繋いでいた。それから二人は運転席に乗りこみ、真剣な表情で同時にエンジンをかけた。
 全員の呼吸が、一瞬だけ止まる。
 その瞬間、雪の大地から解き放たれたフェルナーの小型除雪車は、自由を得たことを喜ぶように、前を行く救世主へとかなりの勢いで衝突した。救世主と称えられるはずだった車は後ろからの力に逆らえず、意地悪な雪の助けをかりてあらぬ方向へと迷走し雪山へと突っ込んだ。その衝撃で堆く積っていた雪が雪崩をうって隣家へと襲いかかり、イルミネーションが美しい煙突へ衝撃を与えた。
 目を見開き、声無き叫びをあげるドレウェンツを無視するかのように、煉瓦の煙突はミュラー邸の台所めがけて、崩れ落ちていった。
 そして、沈黙が支配する白い世界の中に、ガラスが割れる音だけが静謐に響いたのだった。

 「どうぞ、頭を上げてください。こちらこそ助かりました。それに、煙突が倒してしまいましたから、誤らなければならならいのはこちらの方です」ミュラーは、恐縮している。
 「あれは、子供たちに言われて、サンタクロース用にと地面に煉瓦を積み上げたものです。もともと、役に立つものではありませんから、閣下こそお気に為さらずに」元帥閣下に謝られた方は、顔の前で手をバタバタと何度も降っている。
 「サンタクロース?」
 「えぇ、ご存知なかったのですか。」隣家の主人は、視線をドレウェンツが箱から出した物に向けた。そこには、小さな、小さなもみの木と、色とりどりの飾りと、数個の綺麗な箱が置いてあった。
 「これは…」ミュラーは、オルラウを見る。
 「ドレウェンツが用意したものです。そちらの箱は元帥府の職員からですが、計画はドレウェンツが立てました。ですから、小官が閣下を、強行にお送りして来たのです」
 ミュラーがどういう表情をしようかと迷っている時、台所からの風が止んだ。
 ドレウェンツとフェルナーが軽い言い合いをしながら、居間へ戻ってくる。
 「だから、俺が口出しをしなければ、こうはならなかった」
 「いえ、小官も断りませんでしたし。そもそも、この悪天候にクリスマスを計画しなければ…」
 「いや、卿は悪くない。俺が…」フェルナーの声に、ミュラーの声が被さった。
 「もともと、私が悪いのだ。ちゃんと雪よけをしていれば、ドレウェンツに苦労をかけることもなかった。申し訳ない」
 「いえ、違います。窓を割ってしまったのは…」隣家の主人が、情けない声をだす。
 そこへ、オルラウの朗々とした声が響きわたった。
 「今日は聖夜です。」
 全員が、オルラウに注目した。
「悪い人間など、ここにはいないと思いますが。」

 「グラスは、行き渡ったか」
 テーブルの上には、ワイングラスが2個、ビアグラスが2個、なぜかマグカップが1個置かれて、それぞれにシャンペンが注がれている。ミュラー元帥は単身者なので、5個組のグラスは持っていないらしい。
 年齢も階級も下のドレウェンツがマグカップを取ろうとすると、フェルナーがごく自然な動作で先に取り上げてしまった。「俺は、こっちの方が慣れているのでね」とドレウェンツに向かって、軽くウィンクした。
 その様子を微笑みと共に見やったミュラーは、グラスを持ち上げた。
 「今日は、私のためにありがとう。プローシット」
その瞬間、オルラウがわざとらしく咳払いをした。
 「セリフが違いますが、閣下」
 みんな幸せそうに、ミュラーの次の言葉を待っている。
 そうだねと照れくさそうに囁いたミュラーは、グラスをかかげ直した。
 「メリークリスマス!」



代理人 ●選択ワード:ケーキ、プレゼント、トナカイ、雪

 外には雪がちらついている、夜更けの軍務省。
 アントン・フェルナー准将は、一人深夜残業に励んでいた。この日は、クリスマス・イブ。だから、好んで居残りをするような物好きは彼一人しかいない。もっとも、一筋縄ではいかない軍務省職員のことだから、省内をくまなく探せばもう一人くらい見つかるかもしれないが。
 フェルナーが、コンピューターの画面を睨みながら忙しく指を動かしていた時。突然、画面が黒くなり、部屋の電気が消えた。その瞬間、彼が作成していたデータは全て消えてしまった。
 一瞬画面を凝視した後、彼は笑いだした。「あは、ははははははは。消えたぞー!」人間、不足の事態が起こると、なぜか笑ってしまうものらしい。
 笑みを顔に貼り付けたまま、灯りのスィッチを押してみるが、何の反応もない。窓から見ると、いつもは常時点燈したままの場所まで暗くなっている。どうやら、本格的な停電のようだ。
 「しかたない、帰るか。しかし、こう暗くては机の片付けもできないな」ぼやいていたフェルナーは、昨日シュルツから貰った蝋燭を思い出した。
 引出しから、赤い螺旋を描いている蝋燭を取り出す。
 「何のために、こんな派手な蝋燭をよこしたのかわからなかったが、今日の停電を予知していたのか、シュルツは」
 暗闇でブツブツいいながら、フェルナーは蝋燭に火を灯し帰宅の準備をはじめた。

 真っ暗な廊下を、フェルナーは蝋燭の光を頼りに階段へと向っていた。停電中は、エレベーターも止まっている。
 すると、廊下の向こうに移動する小さな炎が見えた。
 自分のほかにも残っていた職員がいたのかと、フェルナーはその光へ近づいていった。
 暗い廊下の隅が近づくにつれて僅かに明るくなってくる。そして、その淡い光の中心には、大きな白い袋を抱えた軍務省専属掃除のおばさんが立っていた。

 「これは、フェルナー准将閣下。遅くまでお仕事お疲れ様でございます。突然、コンピューターの電源が切れてしまい、驚かれたことでございましょう。」
 掃除のおばさんはいつもと寸々違わぬ姿で、フェルナーへ挨拶をした。
 この時フェルナーは、「蝋燭の光など気にせずに、さっさと帰るべきだった」と思っていたかもしれない。それでも、彼は気丈な声をだした。
 「その大きな袋は、何だ。今日は、掃除はなしか。」
 「これは、本日のあたしの仕事でございます。」
 「その中に、掃除道具が入っているのか」
「いいえ、これの中身はプレゼントでございます。そして、今日のあたしは、掃除婦ではなく、代理人でございます」
 「代理人?誰の…」言いかけたフェルナーの脳内を、何かが激しく駆け巡った。
 今日は、クリスマスイブ。袋の中身は、プレゼント。そして代理人。まさか!まさか!彼はトナカイが引く橇に乗った、掃除のおばさんの姿を脳裏に描いた。
 (落ち着け、アントン・フェルナー。そんなことは有り得ない。いや、違う。この掃除婦が、たとえ死神と親戚付き合いをしていたとしても、不思議に思ってはいかん。)
 フェルナーは、ブルブルと頭を振った。それにつられて、蝋燭の炎も揺らめいて壁に映る影が妖しく歪んだ。
 「では閣下、仕事に戻らせていただきます。外は、雪が降っておりますので、お気をつけてお帰りくださいませ。失礼いたしました」掃除のおばさんは丁寧に頭を下げると、廊下の向こうへ足音を発てずに歩み去った。
 フェルナーはその姿が見えなくなるまで、その場に留まっていたが、小さな身震いを一つすると階段へと急いだ。
 外にでたら、きっと自分は赤鼻のトナカイを探しに、軍務省職員駐車場を見て回るだろう、と思いながら。

 翌日、軍務省は、いつもの活気ある静けさに満たされていた。
 各職員の机の上にリボンをかけた小さな箱が一つづつ置いてある。フェルナーは、それを複雑な思いで眺めていた。
落ち着け。昨夜、トナカイはいなかったではないか。と自分に言い聞かせてから、箱を開けた。
 中には、一切れのシュトーレンと小さなメッセージカードが入っていた。それを見るなり、彼は、へたり込んでしまた。
そこに記されていたのは、完結な一文のみ。

「メリークリスマス。 パウル・フォン・オーベルシュタイン」


こんばんは。調子にのって、またやってまいりました。今回のは、書いていてとても楽しかったです。
虐めて、ごめんね>フェルナー




被害妄想 ●選択ワード:ポインセチア

 フェルナーが窓辺の赤い葉に気付いたのは、それが置かれてから三日後のことだった。冬の陽光をあびて、ビロードのように光る赤い色と落ち着いた緑。派手だが、見ているものを和ませる不思議な魅力をもっている。
 「あれは、なんという名だ」
 「ポインセチアです。クリスマスが近いですからね」部下は、仕事の手を休めることなく応えた。
 そう言われれば、赤と緑はクリスマスの色だ。半月ほど前から、街中がこの二色に占領されている。
 フェルナーは、笑みを口元に浮かべてもう一度部下に尋ねた。
 「卿が、持ってきたのか」
 はい。という言葉を期待していた彼の耳には、次の瞬間、予期せぬセリフが飛びこんできた。
 「いいえ、掃除のおばさんです。」
 「……………………………………………そうじのおばさん?」
 「はい。もうすぐクリスマスだからって。あの人は、不気味に見えることもありますが、細やかな心遣いは嬉しいですね。」
 部下は、満面の笑みでそう語った。
 
 (この男は、何もわかっていないのだ。)
 フェルナーは、この部下に哀れみすら覚えた。
 (このポインセチアは、その美しさで人を油断させておいて、夜中になるとこの部屋にいる全員の動向と会話をあの掃除婦に聞かせているのだ。間違いない。)
 拳を握りそこまで考えたたフェルナーは、自分が考えに事に愕然とした。
 荒唐無稽なことを、想像してしまった。最近、仕事が忙しいので、疲れが貯まっているに違いない。と、人知れず、額に薄っすらと浮いた汗を拭った。
 「今日は、クリスマスか。早く帰ろう」
 上官の独り言を聞いた部下は、この不適な閣下でも、綺麗な鉢植えには心を和ませるらしい。と、ポインセチアに相対しているフェルナーに目を細めた。
 しかし、この時、彼の上官の脳裏には、ポインセチアと楽しそうに会話する軍務省専属掃除のおばさんの姿が写っていた。
 そして、誰もその事に気がつかなかった。


頭の中は、どうなってしまったのか。妄想が止まらないので、もう一つ書いてみました。
先ほど、「虐めてごめんね」と言った舌の根も乾かないうちに、また虐めてしまいました。本当に、ごめんね>フェルナー閣下




(C)ゆきだるまさん:作品はこちらでも読めます。