まっすぐみつめて

投稿者
よーさん

投稿者
けんさん

 奇跡もたくさん起こっていますが、宗教的に一般の方がわかりにくい方法ではなく、一般社会のなかで目に見えてわかる奇跡といいましょうかそういうものが多いと思います。
 明主様を見つめて、御教えに照らし合わせて、日々実践していく今の流れは前進しやすいです。



起こるべくして起こる奇跡

 奇跡が起こるべくして起こるといいましょうか。結果が付いて来るといいましょうか。ご論文の「奇蹟の解剖」「浄霊は科学療法なり」「浄霊と幸福」「本医術と既存医術」では急所=霊の曇りと勉強しております。急所の発見は難しいですが直接、人間生命の根幹に関わる事なので日々勉強の連続ですが、結果や改善が目に見えてき、楽しいですよ。霊主体従の法則の通り、体が良くなる事と霊籍の向上が一つである以上もっと沢山勉強していきたいと思ってます。また明主様が治療時代、療術行為の禁止後のご論文を勉強すると宗教という組織で天国建設を進めていかず、国民運動に高め、誰でも、実践出来るあり方を常にお考えであったご構想は凄いです。現在、東方之光ではその現代化を進めています。

  私は生来の負けず嫌いと、短気のせいで小学校の時からケンカばかりしていました。
中学三年の時なんかは止めておけばいいのに、暴走族に向かっていってしまいました。
暴走族が3,4人で私の知人をいじめていたんです。知り合いって位の付き合いでしたんで、
別に助けなくってもよかったんですが、助けてしまった。  「おい何やってんだ?」って感じに向かっていったんです。その時は暴走族はいじめをやめたんですが、私は後のことを全く考えていなかった。暴走族はその事を根に持ってそれから私に群れてケンカをふっかけるようになりました。2、30人くらいの集団ですから勝てるわけがない。殴られるわ、家族にまで嫌がらせをするわ、うちの自転車やポストは破壊するわ、本当に恐かった。それから、入信するまで、4年間も暴走族とのケンカというより、嫌がらせは続いたんです。

 神慈秀明会に入信して数ヶ月後、その暴走族の会長が逮捕され暴走族は解散。嫌がらせもなくなりました。明主様ありがとうございます
・・・・・・・とこれだけなら「ただの偶然じゃないの?」という声が聞こえてきそうですが、まんざら偶然でもないんです。その暴走族会長の彼女の母親が神慈秀明会の熱心な信者で、娘に会いに来る会長にちょくちょく浄霊をしていたということがしばらくしてからわかった。会長を支部に参拝も連れてきたとか。ちょうど警察につかまる前の話しですから、明主様にお清めを頂いたんだなぁと私は思いましたけどね。
 私はこの4年間、いつも争いの渦の中にいて、度胸だけは人一倍つきました。
入信する前は何であの時いじめられてた奴らを助けちゃったんだろうって後悔の毎日でしたが、
やはり明主様の言うとうり「正なり善なりと思うことを正々堂々とやればいい」という事は本当です。
私はこの暴走族とのケンカがなかったら、ここまで度胸のある人間になれなかったと思ってますんで、いじめられていた知人を助けたことも間違ってはいなかった。

 度胸がついたという証拠に半年前に居酒屋で、どこかの暴走族にからまれたんです。その時は20対5人。こっちが5人。普通ならビビっちゃいますよね?
でも私はいたって冷静でした。「あ〜あ〜めんどくせーなぁ。突っかかっていったら、ボロボロになるだろうし、逃げたら面白がって追いかけてくるだろうし、う〜ん・・・こういう時は相手の殺気を萎えさせるのが一番いいんだけど・・・・・・明主様どうしましょう?」と考えてたら、ヒラメイた。
暴走族にゲロ吐いてやりました。いつでもゲロが吐ける。私の特技です。(汚い話ですみません)
そしたら、「うわっ!きたねーなコイツ!あっち行きやがれ!」って言われたんで、普通に歩いて帰りました。
 暴走族とケンカになった時点で冷静に物を考えていたからできた事です。どんな時でも冷静になれるのは大切な事ですよね?

 ・・・・・・・っと何が言いたいのか分からなくなりましたが、ようするにいじめを助けたおかげで度胸もついて、入信したおかげで暴走族とのケンカも終わったと言いたいだけです。今では4年間ケンカしてた暴走族とすれ違うと、話しもするくらい仲良くなったんですよ。
 私にとってはてんかんの次に大きな奇跡だったと思っています。


投稿者
りんたろう

一回の自然農法奉仕で仕事がみつかる

 私の父は50歳の時に仕事を辞めて、ずっと新しい仕事を探していましたが、耳が不自由なのと年齢の関係でこの不景気な世の中で仕事を見つけるのは大変な事でした。
仕事の面接も2年間で50件近くは受けたのですが、全て不採用。もうダメだと悲観していた時に
「気晴らしに自然農法いってみないか?」と誘いました。
父は以外とすんなり 「わかった」 と言って奉仕に行きました。
友達がいない父にとって和気あいあいと奉仕ができたのは楽しかったらしく、自然農法野菜で作った昼食も 「おいしい、おいしい」 と言って食べてました。 野菜のお土産もたくさん頂き、 「楽しかった。また行ってみようかな?」 と神慈秀明会を悪魔の宗教だと嫌う父から信じられない言葉が聞けました。
 父はまた次の日から職探しが始まったのですが、なんと次の一発目で仕事が決まったんです。
もちろん父も50回近くもよく頑張って面接を受けたのですが、自然農法に行ってすぐ仕事が決まった事が明主様のご守護のように思えてなりません。 もう今の仕事に就いて3年目に入ろうとしてますが今は現場のリーダーとしてバリバリやっていることを、家族に自慢してきます。
ちょっと鬱陶しい時もありますが、でも仕事が見つかって本当に良かったです。
 明主様ありがとうございます 


投稿者
  たかさん

ご浄霊で光が見える

 はじめまして、広島に住む41歳、会社員です。天聖真美会に入信して、8年になります。みなさんも、奇跡の体験を通じて、信仰をされていると思います。 御浄霊を受けるとわたしは、目を閉じていて、光が見えます


てんかんの因縁とご守護

投稿者
  りんたろう
  (管理人)

 私が神慈秀明会に入信したのは平成五年八月十三日のお盆ですが、きっかけは病気でした。
17歳になった年の脳溢血で亡くなった祖母の命日に大きな交通事故に遭い、その後遺症で私は脳波に異常をもちました。脳外科医から
 「あなたの病気はてんかんといって不治の病の一つです。これから一生この病気と戦うことになりますが、この薬を飲んで発作を抑えるんですよ」 と薬をたくさん渡されました。この薬というのは実はなかなかのくせものでして飲むと口臭がくさくなり、頭がボーっとしてきて何をやるのにも面倒くさい気持ちが起こるものでした。私はハッキリと分かる薬の副作用にある種の怖さというのを覚えました。私のてんかんは周期性のものでして、一週間のうちに二日間にかけて必ず発作がおこりました。普通に生活していると突然イヤな気分になり目の前に幼い女の子が現れます。これが発作の前兆で「ヤバイ発作が始まった」とわかるんで、周りの人に「すみません僕はてんかんという脳の病気です」と言ってから、五分〜二十分ほど記憶が無くなります。話によると大暴れをしたり訳の分からない行動をしたりして人に迷惑をかけていたようです。 それが二日間にかけて十回くらい起こるんですが、十回くらい起こって5,6時間たって何もなかったら「今回はこれで終わりだな」と思って普通の生活に戻ります。しかし私の場合発作が終わってからもタチが悪い。体中がマヒして、特に味覚が狂わされます。頭にも異常が出て少しの事で大笑いしたり、泣いてしまったり、普段十分で済ますことも二十分かかったりと、大変なものでした。 私は17歳にして普通の人生が送れないことを覚悟しました。
 そんなとき街ナンパをしていたら秀明会の人に逆ナンパをされまして、ちょっと強引でしたが入信させられました。

 私の場合入信してワリと早く奇跡を頂いた方でしょうか。入信しただけで、一週間に二日の発作が一ヶ月に2,3日と変わりました。それからお屏風観音様仏壇を頂いて二ヶ月に2,3日となり大きな変化があるごとに病気もよくなりました。
 それから病苦と戦いながらも入信して、六年目に入った頃です。私はかってないほどの大発作におそわれました。一週間発作が止まらず熱が下がらず、物を食べる事ができず、10sもやせてしまった程です。さすがにこのときは、(死ぬときはこういう風なんだな)と分かった気がしました。時間を追うごとに意識が薄れていきました。意識のあるうちに何とか遺言だけはと思い、
「たぶんもうダメだと思う。今まで迷惑かけてごめんね。」と両親・兄弟に告げ、友達や秀明会の先生、お世話人の方に電話で
「たぶんもうダメでしょうが今までありがとうございました」とありがとうとさようならを言いました。 先生も世話人もとても驚いた様子で家まで飛んできてくださいました。
 家につくなり先生はお屏風観音様仏壇にお祈りを始められました。するとその瞬間また例の幼い女の子が出てきて、私は先生の目の前で発作を起こしました。それから一時間程ご浄霊を頂き、
「何かあったらすぐ私の所へ連絡するように」と帰られましたが、思えばこの発作が、先生の目の前で起こした発作が最後の最後の発作でした。

 それから半日たった午前0時頃突然頭の中に話しかけてきた人間がいました。
「お母さんを起こして筆と半紙を用意しろ」
と。すぐに用意してもらい私が筆をもった瞬間体の自由がきかなくなり、ものすごい爽快感に包まれました。半紙30枚くらいに文字を書かされ、何で私がてんかんだったのか、何で両親が身体障害者なのかを説明しました。それが終わると今度は、これからの私の使命を示されました。これはちょっと書くのをやめますが、あまりにもびっくりしたので、「そんなこと無理です」と言ったら「無理じゃありません、これがあなたの霊層界です」と言われたその瞬間今までのものすごい爽快感にプラスして今度は手のひらと心臓のあたりから吹き出すようなオーラを感じました。「これでわかりましたね。今まで大変だったと思います。これでてんかんの発作は終わりです。あなたには{めの}(霊の幼い女の子)と{おじいちゃん}と{おばあちゃん}が憑いていたから普通の発作よりずっと苦しかったはずです。でもこれで三人とも天国にいけるから大丈夫ですよ。それではお元気で!」と言われたあと、やっと体の自由が戻りました。
 (あんな事言ってたけど本当に発作が終わったのかなぁ?まぁ僕の場合発作と発作のあとにも身体マヒがあるから普通よりも苦しいかもな。あの女の子
{めの}っていうのか・・・・・それと
{おじいちゃん}と{おばあちゃん}・・・・・???えっ!?おばあちゃん!?脳溢血で死んだ!?)
 私は明主様のみ教えで「てんかんは祖父母の霊が最もかかりやすく脳溢血死者の霊がかかると、半身マヒ状態になるからよくわかる」というのを読んだことがありました。
 全てがつながりました。入信したのがお盆。私が交通事故にあったのが脳溢血で死んだ祖母の命日。その後遺症が身体マヒてんかん。入信して発作が軽くなり、お屏風観音仏壇を頂いてさらに軽くなり、さらに先生が仏壇にお祈りした瞬間の発作が最後の最後の発作。何とも奇妙な因縁だとは思いませんか? それからもう四年半たちますが、もう発作は起こりません。
私は不治の病から復活しました。

 思えばこの病気のおかげで随分と苦労をしたものです。この病気は車の免許が取れない病気ですので、そのせいで就ける仕事も限られてきます。せっかく就職しても発作をおこすとすぐ首になり、アルバイトでさえも何回も首になりました。私は母親と妹二人で暮らしていましたが、母は身体障害者でろくな仕事もなく私も定職に就くことができなかったので、金銭的にも親戚中から借金を重ねたりと本当に苦しかった。思い出すと吐き気のするような苦労でしたけれども、だからこそ明主様に人一倍感謝をしなければならないと思います。
 明主様に救って頂いた命です。この命もともとない命だと思って、ちまちまとご用にお仕えするより命がけで飛び上がりたいと思います。



投稿者
りんたろう

一回のご浄霊で父の目が見えるように

 私の父は私が神慈秀明会に入信してすぐ、右目のケガをしました。
医者から 「もし治っても視力が十分に回復することは無いでしょう」と言われていました。
そこで神慈秀明会に入信したばかりの私は、面白半分で 「ちょっと浄霊をうけてみてよ。治るかもしれないから」 と浄霊をすすめました。
父はカトリック信者で神慈秀明会の事は悪魔の宗教だとののしっていましたが、「治るわけない事を証明してやる」 というような感じで、5,6分浄霊を受けたんです。
 浄霊が終わる頃になるとケガをしてた右目からずっと涙が出てたのがわかったのですが、浄霊が終わって、 「どうだった?」 と聞くと 少し何か反省をしているような顔で私の方を見ました。
「すごい力だった。今の右目は左目よりハッキリ物が見えるくらいだ」 と信じられないようすでした。
たった一回のご浄霊で、こんなに大きな奇跡を頂いたのは私も初めてでした。
  父はカトリック信者ですので、観念の作用では無いことは確かだと思います。
こんなに大きな奇跡を頂いたにも関わらず、神慈秀明会のことは大嫌いなままでしたが、
もし怒られるのを怖がって、私が父に浄霊をしなかったら、父の右目はどうなっていたかわかりません。 明主様ありがとうございます。


浄霊の実践で奇跡

投稿者
  トルルさん

 初めまして☆私は三重県にある「救世神教」に入信している23歳のものです。今私たちは、「百人浄霊」というのをやっています。眉間に浄霊するだけで一人(全身なら尚良い)と数え、気軽に御浄霊を取り組んでいます。気軽というのが大事で、楽しくさせて頂いてます。百人目でたくさんの人たちが奇跡を頂いています。大脳前頭葉に光を頂く事もさせて頂いています。御浄霊を頂く時に「大脳前頭葉に光下さい」とお願いさせて頂くと、落ち込むのが無くなります。いくら浄化は善いもんだと言われても実際素直に受け止めるのは辛いもんです。私はアトピーの御浄化を頂いていまして、冬場が酷くなるのですが、浄化は善いのは解っていても自然と落ち込んでいました。この事を実践させて頂いて、落ち込まなくなりました

投稿者
りんたろう

暴走族とのケンカが終わる