ふと想うこと

 ここではしゃち。が真剣(?)に考えたりしたことをコラムっぽく
載せていきます。感想など頂けるととてもうれしいです
2002年6月22日

      @本当のともだち     

A道端のガンディー

B親という存在
2001年5月21日
   Cえっちしたい
2001年06月16日
NEWE感動の嵐
2002年6月22日







感動の嵐



ワールドカップ。

ただいまワールドカップKOREAJAPANの真っ只中。
日本はベスト16で敗退したけど、かなり感動した。
ヒトが頑張ってるのって、テレビでも何でも伝わってくるんだなぁ〜と思う。

気の強そうな外国の選手が、勝ったり負けたりして、涙を流すシーンも
もらい泣きした。
一粒の涙に一体どれだけの思いが込められているのかな・・。
家族のこと自分の人生のこと国のこと。
一生懸命生きてる人の背中は大きい、熱い。

W杯はもちろん勝負だから、
優勝が一番。それが一番。
どうせ勝負するなら一番がいい。

でもきっと他にも得られることは沢山ある。

北海道の大通り公園では
何人だとかどこの国のひとだとか関係なく
一つのボールに想いをこめて
みんなでサッカーをしている風景が見られたらしい。
昔の日本を考えたらすごい光景。
でもこれが私の理想。
個人個人のレベルではこんなに仲良く出きるのに

なんで国家レベルになると
戦争やら紛争やらになってしまうのかな。

プロモではないけど今回のテーマソングに付随して製作された
競技場で流される短編ストーリーをみた。
テーマソングだけが流れて淡々と映像が流れてく。
それはどこかの戦場で
民家もあって子どももいて、兵士もいて。

そこに一つのサッカーボール。

敵も味方もなくなって
みんな一つのボールに向かっていく。
武器を捨て、恐怖を捨て。

おばちゃんたちが大人数でゴールを守る。


ルールさえむちゃくちゃ
コートも土

でもみんな凄く楽しそうなんだ。

戦争なんてなくなって、はやくこういう日がくればいいのに。
1人1人はとても優しい人間なのに。

W杯が終わったら、それでおしまいではなくて
何かを残してほしい。

私の中には何か残るだろうか。

少なくとも、家族で大騒ぎしてテレビ観戦した想い出はずーっと
忘れない。

仕事中なのに(笑)
上司も先輩も後輩も夢中になった
熱い想いも。








それでも私は生きている



人間として、ここに生きるものとして

 今年の9月は、生きてきたなかで、絶対に忘れられない出来事が起こってしまった。
人が沢山いたであろう、2つのビルに、ジェット機が激突する映像。
逃げ惑う人、悲しみに暮れる人たち、戦うことでしか解決の糸口が見えない人たち。

小さいこどもだって、喧嘩をして人を傷つけることがいけないことは知ってる。

偉くなったりすると、人は変わってしまうのかな。

この事件が起きる前にも、きっと世界のいろんなところで、内戦とか、戦争とか
起きていたんだと思う。
それを、人事のように感じて安心しきってた、自分が恥ずかしい。

身近な人が亡くなったとき、死というものをすごく考えた。
今回のこの事件では「死」はいつも「生」の裏に紙一重にあるんだということを
痛感して、怖くて怖くてたまらない。

自分の命も、大事な人の命も、いつ尽きてしまうかなんてわからない。
明日かもしれないし、何十年後かもしれない。

そう思うと、日々をもっともっと大事にすごさなきゃいけないんじゃないかと思う。

大事な人と一緒にいられる時間、あと、どれぐらいあるのかな。
限りあるものだからこそ、笑って、時には悲しんで、意味ある時をすごしたい。

大統領、あなたは、戦いを起こす気ですか?

なぜこんなことが起こってしまったか、考えましたか?
戦いを起こすのは偉い人。
戦うのは一般市民。
犠牲になるのも一般市民。
起こした張本人たちは、沢山の人にガードされて。
戦いを起こして、あなたは戦いますか?

誰だって、自分が一番かわいい。
そんなのわかってる。
でもだからって、他人ならいいの?

私は自分もなくしたくない、大事なひともなくしたくない。

沢山の人の嘆き、メッセージ、あなた方に届いていますか?

アメリカは沢山すごい文化を持っているのに。
戦うことをやめられないのかな。








えっちしたい



爆弾発言!?(笑)

 とある掲示板をみていて想ったので書きました。

処女をはやくなくしたくて、その相手を探す14歳の女の子・・。

そんなにはやくしたいのはなんで??
ってかんじです。あまりはやくエッチしてしまうのは、体にもよくないのではないかな?
やっぱり、友達に遅れをとりたくないとか云々・・・??
ってか14歳で処女じゃないほうが、私にとったら怖いことです。

14歳っていったら!私は鼻こそたらしていませんでしたが(それも困る)、
なんかそんなこと考えもしなかったと想う・・そりゃあ好きな人とチュウしたいなぁとかはあったけど
(できなかったし(笑))。

そういうことは、やっぱりほんとに好きな人ができて、自然の流れで、
「あぁ、この人にもっと触れたいな」
とか
「ひとつになりたいな」(クサイっすぅ^^;)

とか想ってするものじゃないのかなぁと想います。
しゃち。は結婚するまで、その結婚相手にとっておくつもりだったのですが
どうにもこうにもダイスキな人が出来てしまったため、その野望は消えました。(笑)
まぁ、その人と結婚できれば一番幸せです。
こんなこと書いてるクセに、しゃち。、日常言ってることは変態(めーさん談)らしいです。
でもやっぱし、好きなひととするのがイチバン!(って好きな人としかしたことないけど(笑))










親という存在



永遠のテーマ

良く言えば「私を生んでくれてありがとう」
悪く言えば「親が勝手に生んだ」

うちの母は結構昔カタギだと思うし、とてもまじめな人なので
私みたいな、ぶっきらぼうでガサツで、男言葉を使ってしまうのはなんだか
納得できないらしい。

「うん」て返事をすると
「うんじゃなくて、はいでしょ。あんた会社でもそうなの?(←それは余計)
親と子供は友達じゃないの、上下の関係なの!」
って言われたときに(そっちが勝手に生んだんじゃん)て思ってしまう。

でも、病気の時に心配してくれたり、学校に行かせてくれたり、アルバムなんかを
みてしまったりするので、親のことを全部キライにはなれない。

大学も親に出してもらうって当然のように言っている人がいるけど、それってどうなのかな?
って思う。もし出してもらっているなら感謝しなければいけないんじゃないかな。
親に無理やりいかされてる人もいるかもしれないけど。
それが嫌なら大学なんてやめてしまえばいい。 好きなことをやればいい、だけど
好きなことをやるというのはそれだけ苦労&リスクがあるということも
覚悟しなきゃならないと思う。
お金はだしてもらうけど、好きなことだけやるなんて「甘え」てるとしか
思えません。

私は幼児教育を学びたかったので(そういう職業につくかつかないかは関わらず)
大学にいきました。大学に楽々と(金銭的に)いかせられる家庭なんて
あんまり多くないんじゃないかな。うちは下に二人控えていたので、
入学したときはさすがに自分で払う能力もなかったので(そこは甘えてると思った)
「学生ローン」というのを親に組んでもらって、社会人になった今は
その学費を返しています。でも教科書代とか、生活費は親に頼りっぱなしだったわけで
「私がもっと稼げるようになったらいろんなカタチで返そう」

と思っています。お金を出すことが=自立というわけではないと思うけど。

私は結婚もしていなくて両親と同居なのでまだまだ甘えてる部分は
たくさんあると思います。
でも「甘えていい部分」と「自立しなきゃいけない部分」を明確にしないと
いつまでも成長できないと思ってます。

親が勝手に生んだのかもしれないけど、でも、
今私がここにいて、たくさん友達がいて、いろんなことを経験して、恋もして
そういうことができるのってやっぱり親のおかげでしょう?

そういうことを考えると自分に関わってくれた人や動物やものたちに
感謝せずにはいられないキモチになります。








本当のともだち



ともだちってなんだろね

 しゃち。も20年とちょっと生きてきたので、友達は沢山います。
最近「ともだち」って何?って考えます。
よく「なんでも言い合えるのが本当のともだち」とか言う人がいうけれど、ワタシはちょっと違うと思います。
 どんなに仲のいい友達だってやっぱり「言ってはいけない事」ってあると思うのです。
それは、
直接的でも遠まわしでも「その人の存在」を否定してしまうような言葉、
思いやりのかんじられない言葉。

しゃち。は数年来とても仲のよかった(?)ひとに
その言葉を言われてしまいました。
でも誰にもいえないので胸の中にしまってあります。
そのひととは、「知り合い」は続けていけても「ともだち」はもう続けていけません。

ワタシにとってのほんとうのともだち
いいことがあったときには一緒に喜んでくれたり
何かあったときには本気で心配してくれる
あとコトバではいいあらわせない何か
ヒトクチにいうと「思いやり」かな

コレを読んでくれてる貴方はどうですか?





道端のがんでぃー




ほんとにソックリなんだってば!

 最近会社の行きかえりの、ほんとにガンジーにそっくりなおじいちゃんにあいます。
あえてがんでぃーとよばさせていただきます。
  がんでぃーは、いつもフェンスによっかかって行き交う車をみています。
まるで、人々を見守るように。
 はじめは朝だけだったのですが、最近夕方もがんでぃーは現れマス。
  なぜかいつも結構イカスTシャツをきています。
  今日などは、エメラルドグリーンのロゴ入りTシャツ。
なんて、かっこいいんだぁ!!
毎日がんでぃーを見るのが日課になってしまって、直接は言えないけれど心のなかで
「おはようございます」
って挨拶しています。
お散歩してると思うのですが、車を見つめている姿がとても様になっています。
きっとがんでぃーのことを気にしている人はおおいんだろうなぁ。