三日月葉歌 2
きっと、何かの間違いだと思った。
たしかに有名でもなければ華々しい活躍もない。好きなだけ遣えるほどのお金もない。
でも、泥棒の片棒を担ぐなどと言うバカげた行為をしないだけの分別はある。
「じゃあ、これは何?」
私、平石ふきは、先ほど届いた小包を前に頭を悩ませていた。
天気のいい昼下がり、ここ舞原市苑池町の裏通りにある露崎探偵事務所には主の姿はない。
午前九時、露崎夢伊智郎は、出勤してきた私の顔を見るなり用事があると言ってそそくさと出かけてしまった。
行き先、用件、帰宅時間ともに不明。携帯電話は通じず、機械的で丁寧な女性の声の後に続いて連絡と帰りをう
ながす伝言をすでに十回以上は残したが、全くの音沙汰なし。
露崎宛なので開けるわけにはいかなかったが、送り主の名前がないのが気にかかり考えられる危険物の有無を
確かめるためそろそろと小包を開けた。
中に入っていたのは、淡い桜色の封筒と赤い宝石箱だった。
息が止まるほど驚いた。
それはそうだろう。
半年前にある美術館から盗まれ、先日、その鍵が発見された今最も所在の気になっていた一品が目の前にある
のだから。
即座に同封された封筒から取り出した手紙を読んで、ますます困惑度が増した。
まず目に入ったのが、宛名の『愛しの夢伊智郎様』。しっかりと書かれていた差出人の名前は、迷宮の魔術師。
文面は、近々その鍵を手に入れるために美術館に赴くので、それまで宝石箱を預かってほしいという内容だった。
親しみを込めた文体に加え、現在風邪気味の露崎を気遣う追伸が二人の関係の深さを疑わせる。
露崎の公言する自称迷宮の魔術師の好敵手は、好適手の間違いじゃないのか?
「夢伊智郎の奴、一体どこをほっつき歩いてるんだか!」
不安と疑惑とあきれといらだちを込めた怒りの言葉を吐いた私の耳に、階段を軽やかに駆け上がる足音が入って
きた。
「ただいま、ふき君。」
「遅い!どこに行ってたんですか?」
笑顔で姿を現した露崎は、私の剣幕に目をぱちくりとさせた。
「な、何だ?何かあったのか?」
「あったなんてもんじゃありません。これ一体何なんですか?」
私の指さした小包に近づいた露崎は、手紙を読んでくすくすと笑った。
「全く、よくやるな、あいつも。」
思いがけない相手の反応に、私はあっけにとられながら尋ねた。
「何がおかしいんですか?それ、迷宮の魔術師からでしょ?」
「ん、ああ。そうだよ。」
「どういう関係なんですか?わざわざこんなモノ送りつけてくるなんて。まさか、あなたもグルなんて事…。」
露崎がくるりと振り向いた。
さきほどとは打って変わった厳しい表情。 仕事の時の顔だ。
「ふき君。これは、れっきとした挑戦状だ。いや、向こうにしてみれば余興にすぎないのかもしれない。だが、向こうが
俺との対決を望んでいるのはたしかだ。」
「でも、愛しのって。」
「君が来るずっと前に、一度だけ捕まえた事があるんだ。署に連行する途中で逃げられたが、その後送られて来た
手紙にも同じように書かれていた。それは、敵として認められた証の言葉にすぎないよ。」
「そう、なんだ。」
「何?俺があいつの犯行の手引きをしてるとでも思った?」
「そういうわけじゃ。でも、行き先言わずに出かけるし。肝心な事、全然話してくれないから。」
ぼそぼそと答える私に、露崎はあきれたように息を吐いて茶色の紙袋を掲げた。
「病院に風邪薬をもらいに行った。それから署で鶴浅刑事と他の件の情報交換をして、沢守さんの誕生日プレゼント
を買って、ついでにこれを買ってきた。」
あつあつのたい焼きだった。
「それなら、どうして言ってくれなかったんですか?」
「魔術師本人から電話があって、一人で来るように呼び出されたんだ。でも、現れなかった。まさか、こんなのを送り
つけてくるとは思わなかった。すまない、心配かけて。」
「いえ、もういいです。」
「よくない。そのせいで君は俺が帰る前にこれを開けてしまった。もし爆弾だったら、大変な事になってた。」
その言葉は、温かいたい焼きの甘さとともに私の心にしみ入った。