グランパス背番号物語〜妖精とナンバー10〜

今回はサッカーのお話です。

 

先日、名古屋グランパスエイトのドラガン・ストイコビッチ選手が引退されました。

彼は私のもっとも好きなサッカー選手の一人なので非常に感慨深いです。

 

彼を擁するユーゴスラビアは1990年のイタリア・ワールドカップで大活躍し、

その中心選手として、一躍「ストイコビッチ」という名は有名になります。

その華麗なプレイから人は彼を「妖精」と呼ぶようになりました。

 

準々決勝で天才マラドーナ率いる前回優勝国アルゼンチンと対戦、

激闘を演じるものの惜しくもPKの末敗れてしまいました。

試合後、マラドーナは失意のストイコビッチにこう言ったそうです。

「なにも落ち込むことはない。

 君は素晴らしい選手だ。

 それにまだ若い。(当時25歳)

 ワールドカップだってまだ何回も出れるさ」

 

サッカー界では「サッカーの王様」と呼ばれるペレ以来、

背番号10はチームでもっともうまい選手がつけるもの。

サッカーを志すものには「10」という数字は特別な意味を持つのです。

 

ストイコビッチはユーゴスラビアの「10番」をつけていたのですが、

彼はマラドーナを抑え、この大会最高の10番との評を得ます。

すでにピークを迎えていた(若干超えていたかも)マラドーナに対し、

マラドーナのいう通りストイコビッチはまだまだこれから。

彼の前途は明るいと思われていました。

 

しかし彼は才能に恵まれた選手でしたが、運には恵まれていませんでした。

二年後、ユーゴスラビアで内戦勃発。

その制裁措置としてユーゴスラビアは一切の国際大会に

参加禁止という厳しい処分を受けたのでした。

 

処分が決定されたとき、

ユーゴスラビアはヨーロッパチャンピオンを決める大会

「欧州選手権」の予選を突破し、その出場権を得た後でした。

その強さにはさらに磨きがかかっており

ユーゴスラビアを優勝候補に挙げる人も多かった中で

彼らは参加の道を閉ざされてしまったのです。

(皮肉なことにユーゴの代わりに繰り上げ出場したデンマークが

 その年の優勝国となります)

 

その後自身の怪我などもありストイコビッチのサッカー人生は

クラブチーム、代表ともにうまくいきませんでした。

そんな中、彼は1994年にJリーグの名古屋グランパスエイトに入団、

その10番を背負うことになります。

 

グランパスに入団した当初の成績は散々たるものでした。

自分の理想とかけ離れた日本のサッカーのレベルにいらつき、

味方選手ともうまくいかず、レッドカードをもらって退場を繰り返す毎日でした。

 

しかし翌年名将アーセン・ベンゲル氏が監督に就任し、

ストイコビッチ中心のチーム作りを始めると彼は再び輝きを取り戻します。

そして彼の復調とともにそれまで「Jリーグのお荷物」といわれていたグランパスも常勝チームに。

まさに私たち名古屋人にとっては至福の時が訪れたのです。

 

さて、グランパスがJリーグの強豪となり

ストイコビッチに成りきってサッカーをする人が増えだした頃、

それまで試合ごとに変更可能だった背番号が選手ごとの固定という制度に変わる事になりました。

 

グランパスでもある日、選手それぞれの背番号を決めることになりました。

その方法は極めてシンプル。

その日練習場の更衣室の机の上に背番号入りのユニフォームを置いておき、

来た順に好きな番号を取って行くというもの。

つまり、早い者順です。

 

選手が練習場に現れ、背番号の決定方法を聞き、

好みの番号入りのユニフォームを持って行きます。

一人また一人。

ユニフォームはどんどん減っていきます・・・

 

その日、最後に練習場に入ったのはストイコビッチ。

彼が机の上に見た物は、

ただ一枚残っていた背番号10のユニフォームでした。

 

チームのメンバー全員がこの番号をつけるのは

彼しかいないと思っていたってことですね。

全員にそれだけ信頼されていたなんていいですねえ。

 

さてこの裏でもうひとつドラマがありました。

背番号9はポイントゲッターが好む番号です。

イタリアではどうしてもこの番号がつけたかったけどもらえなかったので

18番を選択して、「1」と「8」のあいだに

「+(プラス)」を刺繍し9を表した選手までいます。

 

平野孝という選手が訪れたとき、彼は9番にしようと思ったのですが、

「10番がストイコビッチにふさわしいように、この9番は森山さんにこそふさわしい!!」

と尊敬する先輩フォワード森山泰行のことを思い17番を選択します。

なかなかの美談なんですがこの後やってきた望月重良という選手がフォワードではないのに

「おっ!9番残ってんじゃん。いただきぃ!」

と9番を奪ってしまいます。

平野君の配慮台無し・・・

この後この二人はちょっとケンカしたらしいです。