誕生、そして


1967年1月17日、僕はこの世に生まれた。

幼少時代の僕は従兄弟と遊ぶことが多く、一人遊びをする時もヒーロー物の人形やプラモデルで遊ぶ

のを好み、またそういうおもちゃをよく親にねだった。服装も男の子の服や男児女児どちらが着ても

おかしくないような服は好んで着たが、スカートは嫌がり、逃げ回って親によく叱られていた。

小学校低学年の頃、普段の服装や好きな遊びが男の子の好むようなものであったことや、比較的声が

低かったこともあって、下級生や上級生の男の子に「おとこおんな」と言われ、よくからかわれていた。

僕自身、物心ついたころからいつか男性の身体になると思っていた。しかし、成長していくにつれ、

自分の身体が女性であることが決定的になり、僕はそのことに大きなショックを受けると共に、次第に

自分の身体に対して違和感と嫌悪感を覚えるようになった。

自分の身体を自分のものと思えず、なぜ自分は男性の身体をしていないのかと悩むようになった

僕だったが、高校時代まで、周りの女友達から彼女達と同じような普通の女の子としては見られて

いなかったようで、友達から女扱いされてイヤだったという思いをしたことはあまりない。

自分が女性の身体をしていることへの違和感や嫌悪感はあったけれど、ありがたいことに学生生活

という生活環境の面では制服がイヤだったことくらいで、あとは楽しかった思い出のほうが多い。

今でも、高校時代の友人にならカムしてもいいかなと思えるくらい、それくらい友人達は自然に僕を

見てくれていたような気がする。

初恋は、小学校3年生の時だった。相手は友達のお姉さん。それ以後、恋愛対象は常に女性だった。

初めて女性と付き合ったのは23歳の頃。それまでにも恋心に胸を焦がすような好きな人はいたが、

付き合うということまで考えられず、また付き合えるとも思えず、ずっと片思いのままだった。

本気で人を好きになることを知った頃から、僕は女性の身体をしている自分が女性を好きになることに

悩むようになった。しかし、身体の悩みも女性を好きになることも、人から変に思われるのが怖くて

誰にも言えなかった。

人から変に思われること。それは僕にとって、「自分は変なんだ」という思いにつながることだった。

だから、変に思われないようにしなければならないという気持ちが常に僕の頭の中にはあった。

また、僕が変に思われることで周りの人、特に両親に迷惑をかけることになるのではないかという

気持ちが強かった。僕自身が何か変に言われるならまだしも、僕のせいで両親が何か言われるのは

避けたかった。しかし、変に思われないようにしようと気遣い、表に出さずに隠しておくことは、結果的に

自分の心を偽ることになってしまった。


初めて恋人と呼べる人ができた時でも、表面上は仲の良い友達同士に見えるよう気を遣いながらの

交際だった。しかし、それも「結婚と出産」という叶えてあげられない現実とともに終わりを告げた。

僕にはどうにもできない希望を突きつけられたことで、自分が男性ではないという事実にさらに思い

悩むようになった。僕の頭がおかしいのか。自分は何者なのか。自分自身へのそんな疑問に対する

答えを、僕はネット上に溢れる情報の中から見つけ出そうとしていた。

そんなある日、僕は「FTM」という言葉を知った。「心の性別と身体の性別は必ずしも一致するとは

限らない」という説明に、僕は「これだ」と思った。

ネットで「FTM」という言葉を知ってからも僕は悩んだ。「FTM」という言葉を知り、自分と同じような

人がいることを知り、それが僕の心を楽にしたことは確かだった。しかし、僕がFTMかもしれないと

わかったところで、自分の身体が男性ではないことで感じる苦痛が消えるわけではなかった。

生まれてきたことを恨み、この苦痛から逃れて死にたいとまで思うようになっていたその時の僕には、

身体に対する違和感と嫌悪感をどうすればいいのかわからなかった。




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