パス
子供の頃から男の子に見られることが多かった僕は、あまりパスということを意識したことがなかった。
というのも、パスという言葉自体、知ったのはほんの3年ほど前のことで、パスということを意識し始めたのも、
その頃知り合った地元のトランス君にある事で「パスしてて羨ましい」と言われたのがきっかけだったからだ。
当時の僕はそれほど男っぽくない中途半端な自分を中性だと思い始めていた頃で、さらに、パスすることよりも
生まれてから今まで育ってきた環境や僕を知る周りの人の目を気にするあまり、本当の自分を隠すことだけでなく、
場合によっては女性であるように見せることに気を遣わなければならなかった時も多かった。
変に思われはしないかとかどんなふうに人が自分を見ているのかとか、人目を気にして自分を隠そうとしていた頃は、
そういう気持ちが返ってオドオドした態度になって表われていたように思う。オドオドした態度をしていれば、余計に
変・・・というか不審に思われる可能性は大きくなるだろう。でも、そのことに気づいたのは自分の性自認が男性だと
確信してからのことだった。
僕はどちらかというと、「男に見られたい」という気持ちよりも「女に見られたくない」という気持ちのほうが強いと思う。
自分が人から女に見られていると感じるようなことがあると、自分自身に対して非常に強い嫌悪感を抱く。
それは、僕が自分で自分は女なんだということを改めて痛感してしまうからだ。だから、あからさまに女扱いされたり、
「本当は女なんだから」と言ったような発言をされるのも嫌いだ。そして、そういうことを人にさせてしまうのは、相手に
女だと感じさせてしまうようなもの、雰囲気、そういったものを自分が持っているからなのだろうと思う。
僕が自分で自分は女なんだと一番感じてしまうのは、やはりこの身体だ。特に身体への違和感が強くなってからは、
それに比例して身体に対する嫌悪感も大きくなってしまった。
見た目のことを言えば、特に男らしく見せなければと思っているわけでもなく、ごく自然体でいるようにしている。
トランスの中には言葉や態度が粗暴だったり女好きな話やエロ話を飛ばしていれば、それが男らしいと思っている
ように思える輩もいるようだが、そんなのは男らしさでもなんでもない。そんなのは男であるかどうかとは無関係だ。
ごく自然体で男と見られることの多い僕は、そのままで十分パスしていると言えるのだろうと思う。
でも、パスしているかどうかということよりも、僕は自分に自分は女だと感じさせるこの身体をなんとかしたい。
ただそれだけなんだ。