日記
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絵本に限らず、本を読むということはいいことだなぁと 今更ながらに思う今日この頃・・・。 子供の頃の僕はというと、どちらかと言えばあまり 本を読むほうではありませんでした。 じゃー外で遊ぶほうが多かったのか?と聞かれたら それもそれほどではなかったような気もするけど、 でも、外で遊んでたほうがやっぱり多かったかな・・・。 うーん、あまりに遠い昔のことで思い出せないや(T▽T)アハハ! いずれにしても、図書館であまりたくさん本を借りたような 記憶がなく、それなのに図書委員をやった覚えがあり、 当時の自分に、改めてすごーく矛盾を感じたりしてます。 では、いつごろからよく本を読むようになったかというと、 10代後半(ホントに終わりのほう)くらいからなんです。 中学のときは音楽に夢中で本を読まず、高校のときは バスケに夢中でバスケに関する本以外の本を読まず、 とにかく、その頃までは本を読むのは苦手でした。 だから、読書感想文なんか書こうものなら、自分の感想ではなく 段々とあらすじになってしまうという・・・( ̄∇ ̄*)ゞ そんな僕が、今ではこんなに自分の思うことを文章に 表しているわけだから、人生というものは本当に面白いものです。 何がどこでどう転ぶかわからない・・・って、いったい何が どこでどう転んだらこうなるんだろう(我ながら謎) それにしても、本を読むというのはいいことですよね。 活字離れといわれる昨今ですが、本のみならず、活字を 読むというのは想像力が鍛えられますからね。 話の舞台になっている状況はもちろんのこと、 作者の立場での気持ちとか、それぞれの登場人物の気持ちとか、 いろんなことを考えながら読めるわけですからね。 自由に想像できるし、自分とは違う考え方にも出会うこともできる。 また、改めて自分と向かい合うきっかけになることもあるかも しれないし、忘れかけていたものを思い出したりするかもしれない。 僕はそんなふうに読書というものを捉えています。 本を読むのが苦手という人も、小さな絵本でもいいから、 是非、機会があれば活字に触れて欲しいなぁと僕は思います。
僕は怒ることがめったになくて、「喜怒哀楽」の中の、 「怒」が抜けてるんじゃないかって思うくらい・・・。 ま、抜けてるのは「怒」だけじゃなくて、 「間」も抜けてるんですけどね( ̄0 ̄)マ( ̄。  ̄)ヌ( ̄、 ̄)ケ 何かあっても、「怒る」っていう感情より「悲しい」っていう 感情のほうが先に来ちゃうんです。 例えば、相手が勘違いして勝手に怒ってしまったときでも、 「勘違いして勝手に怒るな!」っていうふうに腹を立てたりしない。 相手が怒ってしまったことで悲しくなる。 なんで怒っちゃったんだろうって・・・。 それに、例えば、相手がひどくキツイ言い方をしたときでも、 それで逆ギレしたりすることがない。 ひどいことなんて、言って気分がいいわけないでしょう? それを言わせるっていうことは、言わせたほうが悪いなって 思って悲しくなってしまう・・・。 ただ、悲しいのを通り過ぎてしまうくらいの何かがあれば別。 そこまでいっちゃったら、もうどうでもよくなるから。 だけど、そういうことはめったにないです。 昔はね・・・こんなじゃなかったですよ。 中学の頃とか、「短気は損気」って友達にからかわれては 喧嘩してましたからねぇ。おまけに口じゃ負けなかったし。 20代前半くらいまでは、相手がグーの根も出なくなるくらい 口で言い負かしてました。屁理屈コネて追い詰めるんです。 相手が何も言えなくなるまで・・・というか、逃げ場を与えない。 だけどね、それで人傷つけちゃったんですよ。 若気の至りもあったと思います。そんなに人生経験ないのに。 今でもまだそれほど人生経験豊富とは言えないですけどね。 まあ、若いときはそんな感じで、今に至るわけです。 それにしても、怒りの感情がすぐに出ないことには、 自分でもイライラ?ん?ムラムラ?あれ、違うな。 えーと、あ、そうそうヤキモキするときがあります。 だから、ストレートに怒りの感情を出せる人が羨ましかったり することもあるんですよね。それが正しいか間違ってるかではなく・・・。 でもね、僕のこの「泣くか笑うかしかない」ところは、 これからももう変わらないでしょうね。 たぶん、それが僕ってもんなんだろうなって思いますから(T▽T)アハハ!
絵本って読みますか? 僕はいい年して(年は関係ないか)わりと好きかな。 今日、本屋に行って、2冊買ってきました。 で、1冊はプレゼント・・・。 何の絵本をプレゼントしたかというと、 『君のためにできるコト』(菊田まりこ作) という絵本なんです。 これ、今日本屋で初めて読んだんですけどね。 その場で思わず涙ぐんでしまいました。 「あ、やばい、いかんいかん・・・」って。 泣きそうになった絵本だから、プレゼントしようと思いました。 内容はね、秘密にしておきます。 興味があれば是非読んでみて欲しいと思います。 小さくて文章も短い絵本なんだけど、僕は大好きです。
さっき、ふと思い出したことがあるんでここに書きます。 「医療費」・・・これ、気をつけたほうがいいですよ。 僕の父が2週間ほど入院していたときのことです。 なんだかわかんないけど、医療費がすごく高くて。 最初はそれほど疑問に思わなかったんだけど、 だんだん納得いかない気持ちになってきてね。 不信感つのっちゃったんで、そのときの状況や 治療の様子なんかをいろいろ思い出してたんです。 それで、気になることがいっぱい出てきたんで、 そういう関係のHPを調べたり、新聞の記事を調べたり、 最後には当時の厚生省の通達まで調べてね。 こりゃ、やっぱり納得いかないってんで、 単独、病院の事務局長さんのところに乗り込んでいきました。 最初はのらりくらりしてたんだけど、さすがに 厚生省の通達ではこうなってるけど、それとどう違うのか 説明してくれって言ったら、状況が変わりましたよ(苦笑) 「そのときのこちらの状況もいろいろ調べてみます」って。 そしたらね、僕の言い分が通って減額されました。 おまけに、「このことは口外しないでくれ」って 口止めまでされた(/||| ̄▽)/ゲッ!!! ということは、黙ってたらこういうことをやってるのかい お前さん???って内心思ったけどね。 問題になったのは室料差額ってヤツなんですけどね。 あまり、普段は縁のないことでしょうけど、 興味のある方はこちらをどうぞ。 ちょっと思い出したんで書いときます。
僕はかつて、好きな人に片思いしたまま友達でいたことがある。 最初の頃の「思い」にも書いていることだけれどね。 その3年間、僕が望んでその場所にいたわけだけれど、 正直、辛かったよ。 思いが届かないのをわかっていて、頭の中ではそう諦めつつも 心のどこかで期待してしまう。優しくされれば期待し、 頼ってこられれば期待してた。でも、その淡い期待は当然のように 裏切られてしまう。ただの友達だから、当たり前なんだけどね。 抱いてはいけない淡い期待を持ちながらの3年間は、 辛かったけど、その人に頼られたり甘えられたりするのが 嬉しかったから、友達でいるほかはその時の僕にはできなかった。 少し前、僕の友達が僕と同じような状況になりかけた。 届かぬ思いで友達として一番近い場所にいる関係。 僕はその友達に、僕と同じ思いをして欲しくなかった。 好きだからそばにいたい気持ちは痛いほどよくわかる。 だけど、それで辛い思いをして欲しくなかったから、 僕はその友達に自分の気持ちをありのまま伝えた。 友達には酷なことを言ったかもしれない。 でも、僕は自分と同じ思いをして欲しくなかったんだ。 自分が味わった辛い思いは他の人にはさせたくない。 そうでなければ、僕が辛い思いをした意味がなくなってしまう。 片思いをしながら友達でいること。何も期待を抱かずに 友達でいることは難しいし辛いことだよ。 僕は経験上そう思うから、そんな思いをさせたくないし、 させるようなこともしたくない。 僕が思うだけ。僕のわがまま、自分勝手な思いです。
そのとき僕は台所にいました。 すると、僕の部屋のほうから電話の音が聞こえてきました。 急いで部屋に戻って電話に出ました。 話が終わって一息ついたとき、何やら胸騒ぎが・・・。 おまけにすご〜く嫌な予感・・・。 と、次の瞬間、猛ダッシュで台所に戻って行った僕。 僕の日記愛読者の方にはもう想像がつきますよね? ハイ、またしてもやってしまいました。 台所に戻ったらパチパチという音とともに、 香ばしくてい〜い香りが・・・。 おかず、あったまるのを通り過ぎて焦げ付き始めてました。 おかず自体は何とかビミョーなところで一命を取り留めて いましたが、鍋、黒く焦げてました(T▽T)アハハ! お陰で僕んちは香ばしいいい香りに包まれてます。 でも、あまり嬉しくない.....(;__)/| ずぅぅぅぅん はぁ・・・憂鬱・・・鍋の焦げ付き取れるかなぁ・・・。 簡単に鍋の焦げ付きが取れる方法、知ってる方いたら 是非教えてください!ヨロシク(゜0゜)(。_。)ペコッ
最近、車を運転してよく思うことがあります。 それは、ハンドルの「遊び」のことです。 車のハンドルには「遊び」と言われる 操作上の「ゆとり」のようなものがあります。 「遊び」がなければ、ハンドルをちょっと切っただけで すぐ右や左に曲がったりすることになるわけです。 つまり、それだけ事故を起こしやすくなるというわけですね。 人にぶつかって怪我をさせたり物を壊してしまったり、 それだけじゃなく、自分も怪我をしてしまったり・・・。 で、人の心もね、同じだなぁって思うんです。 「ゆとり」がなくなると事故を起こしやすくなる・・・。 心に「ゆとり」がなくなると、人に優しくできなくなって しまうことがあります。 人を傷つけてしまったり、自分で自分を傷つけて しまうこともあります。 心に「ゆとり」がなくなると、視野が狭くなって 自分のことしか見えなくなったりしがちなのは よくわかってるつもりなんですけどね。 それでも時々、「ゆとり」をなくしてしまう・・・。 心も車のハンドルと同じように、 「ゆとり」がなければいけないんだなぁ・・・と 改めて思う今日この頃なんです。
今ふと思った。 「ほのぼの掲示板」って「ほのぼの」だからいいけど、 ある日突然「ぼこぼこ掲示板」になってたら、 全く雰囲気の違うものになってしまうんだなぁ・・・。 バカな独り言終わりo( _ _ )o ショボーン
音楽聴いてます。 ウチのHPにいらっしゃるゲストさん大絶賛の 「中島美嘉」も聴いてますよ。やっぱ良かったです♪ 佐野元春のアルバムはちょいと休憩にして、 車の中ではUKロック、家では中島美嘉の他、 リチャード・クレイダーマン、ヨーヨー・マを聴いています。 ピアノ曲も好きですが弦楽曲も好きなので、以前から 興味のあったヨーヨー・マのベストを入手しました。 CMでおなじみの「リベル・タンゴ」も入ってます。 僕の一番好きな曲です。 元気の出る曲もいいけど、たまにはしっとりと 気分を落ち着かせてくれる曲もいいもんです。 秋の夜長には持って来いかもしれないですね。
最近、佐野元春のアルバムをよく聴いています。 初め元春を聴いたのは高1の頃だったから、 もうかれこれ・・・20年近く前?! ありゃーーー高校生の頃ってもうそんな昔の話?! ちょっと待ったぁ!えっと〜高1が16歳だから、 あと少しで僕は36でしょ〜。 36から16ひいたら・・・20・・・。 やっぱり20・・・何回やっても20・・・。 10にはならんかぁ.....(;__)/| ずぅぅぅぅん 仕方ない・・・あきらめよう・・・(あたりまえじゃ!)
それにしても、20年前に聴いた曲がちっとも色褪せません。 色褪せるどころか、そのころは何気なく聴いていた歌詞が、 今になってすごく実感として感じられたり・・・。 僕の好きな曲に「Someday」っていう曲があるのですが、 その中の「若すぎてなんだかわからなかったことが、 リアルに感じてしまうこの頃さ」というところなんか、 本当にそうだなって思います。 僕がこの歌で一番好きなフレーズは、 「いつかは誰でも愛の謎が解けて1人きりじゃいられなくなる Oh darling こんな気持ちに揺れてしまうのは 君のせいかもしれないんだぜ」っていうところ。 このフレーズなんて、10代のころ聴いてた時にはなんにも 思わずにサラッと通り過ぎてましたけどね。 こういうの「なるほどな」って感じながら聴いてると、 ああ、あの頃からずいぶんと年を取ったんだなって思います。 画像のページに載せてるアルバムは、今年の5月に発売された 限定モノなんですけどね。昔、僕がよく聴いていたのは、 このアルバムです。当時はまだLPでした。 80'sの洋楽と元春、僕の青春の1ぺージですね。 (あっ、もちろんハウンド・ドッグもね♪)
月曜日は最悪でした・・・。 元々頭痛持ちで、半年に1回くらい大規模な(?)頭痛に 襲われることが嬉しくない恒例(激謎)なっている僕ですが、 今回のは久々に大規模すぎるくらいひどい頭痛でした。 早めに薬を飲めばよかったのに、これくらいなら・・・ と思っていたら突然ガンガンしだして、それから薬飲んだって なかなか効きやしない・・・llllll(-_-;)llllll 眠ろうと思って横になっててもあまりの痛さに眠れない。 おまけに寒気はするし、寒気がするのに頭痛くて 冷や汗というか脂汗というか汗だくになるし、 その上薬飲んだら胃がムカムカして吐き気してくるし・・・。 眠れなくてあっち向いたりこっち向いたり寝返り打ってね。 頭割れそうで、いっそのこと「頭割って殺してくれ〜」って 言ってしまうくらい痛くて、涙チョチョ切れました(←マジ) 前に脳神経外科でCTもMRIも撮ったときにも特に異常は 見つからなかったから、ただのひどい頭痛なんだけどね。 僕のは血圧が低いのと筋肉のコリからくるみたいで、 病院で血圧を上げる薬と筋肉を弛緩する薬をもらってました。 こんなひどい頭痛くると1週間くらいは頭がスッキリしない。 やっぱり病院の薬を飲んだほうがよさそうです。 今切れてて市販の薬飲んでるけど、またもらってこよっと。
目、腫れてます。頭痛いです。腹下してます。 テンション低いです。 「思いやり」ってなんでしょう。 思いやりがないと言われたり、自分でそう感じたり するたびに、「思いやり」について考えます。 「思いやり」とは、自分が辛かったり悲しかったり 嫌だったりした気持ちを大切にして、 「だから人にはこうしてあげよう」と心に決めた 「思い」を人に「遣る」ということだと言った人がいます。 また、「思いやり」は想像力だと言った人もいます。 「愛」とは「思いやり」。「思いやり」は「優しさ」。 「思いやり」は想像力から生まれる。 想像力が働くと、人の状況を察して言葉をかけてあげられる。 心を痛めてるんじゃないかと感じれば、「大丈夫?」 と聞いてあげることができます。 それが「思いやり」であり「愛」である・・・と。 自分の気持ちばかり先にたって、相手の状況を察する ことができなくなる・・・そういうときが僕にもあります。 「思いやり」のある人でいたい。 自分がされてイヤなことは人にしない。 想像力を働かせて人の気持ちを察せられる人でいたい。 僕は、まだまだ「思いやり」に欠けているみたいです。
人の話をいい加減に聞いていたわけじゃない。 人が真剣に話しているのに、何かしながら 返事が返せるような器用な人間でもない。 その場にいたわけじゃないし、直接話を 聞いたわけじゃないからこそ、文面から いろんなことを考えながら僕は返事をしようとしてた。 あなたが心を痛めているのが察せられたから、 僕なりにあなたのことを思いながら返事を 返したんだけれど・・・。 僕はあなたに嫌な思いをさせてしまった。 あなたを怒らせてしまった。 あなたを怒らせたままでいるのは辛いんだ。 気持ちが伝わってないと思ったから 説明しようとしたけれど、一生懸命になればなるほど あなたには届かないように感じられて・・・。 人に嫌な思いをさせたり怒らせたりするのはイヤだ。 怒らせたままでいるのはイヤなんだ。 でも・・・どうにもできない・・・。
パソを触っていてわけわからんエラーになって、 何度も再起動を余儀なくされることほど うっとうしいものはないです。 リソース不足になって再起動するぶんには 一回で済むからいいようなものの、 調子が悪くて何回も固まったりとかすると こっちもイライラしてくるし、精神衛生上 良くないことこの上ないです(≧◇≦) 強制終了させて起動しなおしたときに、 ディスクのエラーチェックが終わるのを待ってるのも 結構ムカつくし・・・。 だって、エラーチェックのウインドウには 「正しく終了されませんでした」って 書いてあるんだもの・・・。 あれ見るたびに、「ちょっと待てよ。その言い方は 間違ってねーか?」って思うわけです。 「正しく終了されてねーのはわかってんだよ。 正しく終了したくてもできなかったんだよ。 わかったか?このスットコドッコイ! おととい来やがれ!(意味不明)」 って思うわけです( ̄∇ ̄*)ゞ だいたい、何か作業を一生懸命やってて、 途中でパソが固まったりした日にゃ、おまけに それで今までの作業がパーになったりした日にゃ、 作業してたこっちだって固まるっちゅーねん! って話じゃございませんこと?d( ̄  ̄) ヾ(^o^;オイオイ・・・ (↑この人いったい誰よ?) ホンマに・・・パソちゃん頼みますって感じです。 パソどころかこっちも壊れそうになるんでね(T▽T)アハハ!
秋の夜。しーんと静まり返ってるよ。 僕の他に人気のない家。 人気がないから温もりも感じられない。 1人で住んでるのに人気があったら逆に怖いけどね。 ウチは隣の家と建物が密接してるわけじゃないから、 近隣の物音とか人の声とかそういう人の気配も ほとんど感じられない。 時々、外を通る車の音が聞こえたり、電車の通る音が 遠くに聞こえたりするくらい。 さすがにこの時間になるとそんな音もほとんどないかな。 夏なら夜遅くにでも隣の自販機のそばでウダウダ話 してる人とかいたりしてうるさかったりもする。 でも、秋の夜と冬の夜はずっとこんな感じで、すごく静か。 この辺は冬でも雪が積もることなんかめったにないけど、 たまに雪がかなり降ったりすると、深夜とか明け方は 静かだから家の中にいても雪が深々と降り積もっていく 音が聞こえたりする。 それがまた良くて、深夜寒いのに窓を開けて 雪が降ってるのを眺めてたりすることもあるんだ。 雪が降ってなくても、冬は空気が澄んでて空がキレイ だから、星を眺めたりすることもあるよ。 冷たい空気が結構気持ちいいもんなんだ。 これからだんだんとそういう季節になっていくんだよね。 静かな秋の夜長は落ち着けていいもんだけど、 たまには静かすぎて気が滅入るときもある。 人の気配も人の温もりもなくて、肌寒いときもあるよ。 「独り」なんだなって感じる。 「独りぼっち」じゃなくて、「独り」なんだなって感じる。 人の温もりが当たり前にあるものじゃなくて、 ありがたいものなんだなって感じるよ。 人の温もりに触れたくなるよ。 「独り」を感じるのは今に始まったことじゃない。 今までにずっと感じてきたことだけれど、 いつまで経っても慣れないもの・・・ いや、慣れたくないものだなって思います。 人の温もりのありがたさを忘れないために・・・。
「納豆の うまさを知ったよ この歳で」 メグム35歳、ココロの俳句(T▽T)アハハ!
神社に行ってきました。 今日も神社の上だけは、うす雲の広がった秋の青空でした。 僕の周りの大切な人の幸せを祈ってきました。 大切な人をずっと見守ってくださいと願ってきました。 今日はなぜか願い事をしながら目に涙が浮かんできました。 他にも参拝に来ていた人がいたのに、こんなところで そんな姿を見られるのは恥ずかしいと思いました。 そそくさと階段を降りて、青空を見上げました。 坂本九さんの歌じゃないんですけど、 涙がこぼれないように・・・ってね。 でも、空を見上げたら涙が頬を伝いました。 秋のそよ風が涙で濡れた僕の頬を拭ってくれてる みたいに感じました。 僕は泣き虫です。自分でもイヤになるくらい。 つくづくバカだなぁって思います。 神様への祈りも、人に対する思いも、こんな自分の中に ある気持ちって、届いているのか伝わってるのか どうやったらわかるんだろうって思います。 どうやって確かめればいいんだろうって思います。 気持ちは伝わる・・・確かにそうなんだろうけど、 どんなふうにそれが届いてどんなふうに伝わってるのか、 それは僕にはわからないことです。 僕の思いが、僕の気持ちがどれくらい正確に、 どのくらいの大きさで伝わってるのか・・・。 目に見えたり形にできたりするものなら、 わかりやすいのにね。 見えないからこそ大切に。自分の気持ちだけじゃなく、 人の気持ちも・・・。粗末にしちゃいけないんだよね。 今さらながら、そんなふうに思います。
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