日記
 Back

2003年02月28日(金) 納骨

今日、無事に納骨が終わりました。
本来なら四十九日での納骨なのですが、
三月越しといって、三月目に跨っての納骨は
いけないそうで、三十五日を過ぎた2月最後の
今日納骨ということになりました。
今朝まで家の祭壇に置かれていた父のお骨は、
今ではもうお墓に納められてしまいました。
寒くないかな・・・でも、母さんのそばに
眠るのだから大丈夫かな・・・なんて思いつつ
お墓を後にしました。
行事的に一段落してホッとしてもいるのですが、
やっぱり、お骨がなくなると寂しいものですね。
家に帰って、今まで飾ってあった祭壇を片付けました。
今まで仏壇には母のスナップ写真が飾ってありましたが、
納骨を終えて、母一人の写真ではなく、父と母が
寄り添いあって微笑んでいる写真に替えました。
納骨は終わりましたが、四十九日まであと10日ばかり。
父が母の元へ行くのももう少しかかるようです。
あの世で、あの写真のように二人笑顔で会える日。
その後はずっと二人で僕を見守っていてくれることでしょう。
一つの悲しみが終わりを告げました。
これからまた、自分の道を自分らしく自分を信じて
精一杯歩いていきます。


2003年02月27日(木)

たまたま見ていたテレビで「命」について考えさせられました。
そしてそこで、一つの詩に出会いました。
宮越由貴奈ちゃんという女の子が書いた詩です。
由貴奈ちゃんはこの詩を書いた4ヵ月後、
小児ガンで11年という短い一生を終えました。
由貴奈ちゃんの詩を紹介しているページです。
僕は時々死にたくなる時があります。
自分の命だからどうしようが自分の勝手だ。
そんなふうに思える自分が恥ずかしく思えました。
死にたくなくても、僕らはいつか死を迎えます。
それはまだ先のことかもしれないし、
突然明日やってくるかもしれない。
いつか死ぬのなら、自らそれを早めることはない。
もっと生きたくても、死を宣告され死を見つめながら
懸命に生きている人たちがいるということを
忘れてはいけないと思いました。
辛いことも苦しいこともあるけれど、逃げてはいけない。
命ある限り今を大切に、今を懸命に生きる。
それしかないのだと思いました。

由貴奈ちゃんのご冥福を心から祈りたいと思います。


2003年02月26日(水) 思い

思い。
誰にも告げず胸にそっと抱いている思い。
そして、誰かに伝えたい思い。
伝えたくても告げられなくて胸に抱いているしかない
思いもあるだろうし、告げることよりもただ胸に大切に
しまっておきたい思いもあるだろう。
そういう思いは祈りと言ってもいいかもしれない。
思いにはいろいろあるよね。
思いは伝わる。だけど、思っているだけでは伝わらない。
いくら伝えようと思っても、それを伝えようと表現しなければ
伝わらないし、相手がそれに気づいてくれないと伝わらない。
それに、伝え方が間違っていたり受取り方を間違ってしまうと
正しく伝わらなかったりもする。
思いを伝えるのは難しい。表現の仕方は一つじゃないしね。
言葉だけでは足りなかったり、態度だけでも足りなかったり・・・。
でも、言葉も態度もなくても雰囲気や空気で伝わることだってある。
伝えようと働きかけていれば、それが目に見えるものじゃなくても
伝わるんだよね。もちろん、相手が気づいてくれたらの話だけど。
伝える側も受取る側も人間だし、機械で物を受渡しするのとは
違うから、行き違いがあったりするのも仕方ないよね。
だから、自分の思いって、果たしてちゃんと伝わってるんだろうか、
なんて思ったりすることだってあるんだよね。
思いを一生懸命伝えようとして伝わってるように思えてても、
悲しいかな「気持ちわかっててなんでそんなことするの?」って
思えるようなことが返ってくることだってあるから・・・。
そういうときは「思い、伝わってなかったのか・・・」って思える。
悲しいよね・・・そういうのは・・・。
本当は伝わっていようが伝わっていまいが、そんなことに関係なく
伝えたい思いなら精一杯伝えようと表現し続けることが
大切なんだろうけど・・・。
でも、一生懸命伝えようとしてる思いなら、やっぱりちゃんと
伝わってて欲しいよね。ちゃんと伝わってるんだなって感じたいよね。
誠心誠意込めてる思い、届けたいから・・・。


2003年02月24日(月) 不安

不安ってどこからくるんだろう。
自分が何かしたことから生まれる不安。
人に何かされたことから生まれる不安。
何かしたりされたりしなくても、
見えないものに抱く不安だってある。
いろんな不安があるよね。
不安がない人っているんだろうか。
たぶん、そんな人いないだろうね。
誰でもみんな、何か不安を抱えてる。
不安を抱えたままでいるのは苦しい。
その不安を消すために、みんな戦いながら
もがき苦しむんだろうな。
自分の力で消せる不安。自分の力では消せない不安。
自分で消せる不安なら、頑張って努力して消していこう。
不安になる要素を自分の力で変えていこう。
だけど、自分の力だけでは消せない不安は・・・
やっぱり消えるまで抱えているしかないのかな・・・。
不安って厄介なもんだね。
不安を与えるのはイヤだよね。
与えるなら不安よりも安らぎがいいよね。


2003年02月23日(日) 1ヶ月

あれからもう1ヶ月。
時の経つのは本当に早い。
この1ヶ月、いろんな感情が渦巻いてた。
悲しむ余裕もなかった時。
悲しくても泣けなかった時。
寂しくて泣いてばかりいた時。
現実を目の当たりにし実感した時。
そして、疲労感に襲われた時・・・。
別れの時から僕の感情は停滞し、
時間に取り残されそうな時もあったけれど、
やがて少しずつ前に進みだした。
時は確実に流れていて、僕も止まったままでは
なかったんだな・・・。
四十九日は来月。今月末には納骨式を迎える。
納骨式が終わればひとまずは一段落と言われる
けれど、僕にとってはホッとするような、
それでいて寂しいような複雑な思いがあるよ。
父さん・・・今どの辺歩いてるのかな・・・。


2003年02月19日(水) 疲労感

しんどい・・・。
父が亡くなってからもうすぐ一ヶ月。
あの頃のしんどさよりも今のほうが何倍もしんどい。
気が抜けてきたのかもしれない。
気が緩んできたのかもしれない。
この約一ヶ月間の疲れ、いや、
今までの十数年分の疲れかもしれない。
背中に疲労が載っかってるような気がする。
とにかくしんどい。
一人の寂しさはあるけれど、父のいなくなった
寂しさ・悲しさは次第に僕の心の中にしまわれ、
思い出として息づくようになった。
父がいるから・・・父が生きているうちは・・・
その気持ちがあったからやってこれたことが
あるといこと、それは事実だ。
そうやって気持ちを張ってここまできた。
親戚たちにも甘えずにやってきた。
父がいるから・・・その気持ちがあったから・・・。
その支えであった父がいなくなった。
気が抜けても気が緩んでも当たり前かもしれない。
また・・・気持ちを切り替えていかなければならない。
今はしんどくても・・・それも僕が背負わなければ
ならないこと。甘え心なんか持っちゃいけないんだ。
自分で踏みしめて歩いていかなければ・・・。


2003年02月18日(火) お坊さん

毎週、お坊さんがお経をあげに来られます。
僕はお坊さんの話を聞いたりお経を聞いたりするのが好きです。
お坊さんの話やお経を聞くと心が落ち着きます。
お経はあまり長いとあの音調に眠くなってしまうときも
ありますが、それだけ聞いてて心地よいものなんです。
お坊さんの話は特に講話というわけでもなく、
何気ない普通の話なのですが、聞いていていろいろと
考えさせられることが多々あり、奥が深いです。
僕が思っていることと直接関係のない話でも、
話を聞いて考えていると僕の迷いに結びつき、
答えをもらったような気持ちになることがあります。
僕の考えすぎなところから勘違いして受取って
いることもあるかもしれませんが、何気ない話の中に、
すごく重みのあるものを感じます。
今はそういう話を聞ける機会があるので、
ありがたいことだと思っています。


2003年02月12日(水) それが大事

大事マンブラザースの歌。
この歌を初めて聴いたとき、僕はまだ20代前半だった。
その頃はあまりこの歌に興味がなくて、タイトルと
アーティスト名は知っていたけど、歌もサビの部分しか
知らなくて、歌詞を聴いても特に何も思わなかった。
それが、何年か経ったある時、またこの歌に出会った。
すごく落ち込んでたときだった。
それまで何も思わなかった歌なのに、何気なく聴いてた
歌なのに、その時は歌の歌詞が僕の胸の奥深くに入り込んできた。
すごく元気をもらった。
この歌にどれくらい励まされたことか・・・。
それ以来、僕はこの歌が大好きになった。
落ち込んでるときにはよく思い出す。
くじけそうになったときにはよく思い出す。
この歌を聴けば必ず元気になるとか、
そういう単純なことではないけれど、
凹んだ時に、気がつくと僕はよくこの歌を歌ってます。
そして自分自身に言い聞かせます。
ダメになりそうなとき、それが一番大事って・・・。


2003年02月10日(月) 父のいない日々

最近、いつも仕事が終わると「帰ってから・・・」
と思いながらため息をついてしまいます。
仕事が終わって父に会いに行く日々は、もう終わったんですね。
「父に会いたい・・・」そう思いました。
父のことをいろいろ思い出し、父に語りかけました。
父に語りかける時、いつも僕は「ごめんなぁ、ごめんなぁ」と
仕舞いには泣きながら謝っています。
遺影に語りかけるときも同じです。
語りかけていると、いつの間にか申し訳ない気持ちで
いっぱいになってくるんです。
ダメですね、こんなんじゃ・・・。
今、仏前には母だけ写った写真が飾ってあります。
父の納骨が終わったら、母と父が二人並んで写った写真を
飾るつもりです。僕が生まれた頃に撮った、二人とも
ニッコリ笑っている写真です。
人が亡くなってあの世に着き次の生を受けるまで49日かかり、
その間は人でも仏でもない陰の期間だと言われているそうです。
だから、父はまだ母の元に着く途中なんですよね。
向こうの世界に行ったら、また二人仲良く笑ってて欲しいな。
父さん、まっすぐお母さんのところに行くんだよ。


2003年02月09日(日) 自戒

僕は独りぼっちじゃない。
友達、恋人、そして僕を見守り
心配してくれる人たちがいる。
だけど、僕が一人であるということ、
一人になってしまったこと、
それは紛れもない事実。
事実から逃げてはいけない。
事実から目を背けてはいけない。
事実は事実として受け止めなければいけない。
だからこそ、一人の寂しさから逃げてはいけない。
一人の寂しさから目を背けてはいけない。
寂しければ寂しいと言えばいい。
寂しくて悲しければ泣けばいい。
寂しいという自分を偽ってはいけない。
一人を感じろ。一人を噛み締めろ。
寂しさを身にしみて感じろ。
そうすれば、周りの人の温かさが
どれほどありがたいものかよくわかる。
友達や恋人や僕を見守ってくれている人の存在が
どれほど大きいものかよくわかる。
一人であるということ。
でも、独りではないということ。
それを忘れないように。
人に感謝することを忘れないように。
寂しさや悲しみを優しさに変えていけるように。
そして、その優しさと人に与えられた温もりを、
いつかそれ以上にして人に与えることができるように。


2003年02月08日(土) Untitled

「僕が大切に思う人、僕を愛してくれる人は
みんな僕のそばからいなくなってしまう」
突然そんな不安な思いに駆られることがあります。
祖母が、母が、伯母が、そして父が亡くなった。
みんな僕を可愛がってくれた人たちです。
36歳、家庭を持ちたいと思うような歳になって
僕は家族を失い、そしてまた自分のせいで
家庭を持つこともできない。
つくづく僕は家庭とか家族というものに
縁の薄い人間なんだなと思います。
僕は家庭や家族を求めてはいけない?
それを持つことは僕には許されない?
ありふれた平凡な家庭やそこから生まれる
ささやかな幸せを望んではいけませんか?
僕の欲が深いだけですか?
所詮はただのないものねだりに過ぎないことです。
頭ではわかっていても、心はどうしても求めてしまうんだよね。


2003年02月05日(水) Untitled

夜は嫌いです。
昼間は気が紛れるけれど、
夜になると突然悲しみに襲われます。
不安と寂しさに襲われます。
さっきまで平気だったのに、
急に涙が出たりします。
嫌いな夜なら眠ってしまえばいいのに
と思うのですが、眠るのが怖いです。
いくつの夜を越えたら、
こんな思いをすることが
なくなるんでしょうね。


2003年02月03日(月) やっと

施設に行ってきました。
やっと、お礼を言いたかった方に会うことができました。
「急だったからビックリしたでしょう」と言われました。
前日、その方が話しかけると父はたくさん返事を返して
くれていたそうで、次の日に訃報を聞き大変驚いたそうです。
その方はお年寄りの残存能力を衰えさせないように、
リハビリに大変熱心に取り組んでおられる方で、
寝たきりになってしまった父にも、できるだけ刺激をと、
いつも気を配ってくださっていました。
嚥下能力が低下してしまった父は、胃ろうチューブで
栄養を摂っていましたが、飲み物は上手く飲ませてあげれば
なんとか飲み込むことができるような状態でした。
ほとんどの方は父が誤嚥するのを恐れてあまり飲み物を
飲ませることがなかったようですが、その方はできるだけ
好きなものを口から摂らせてあげたいからと、父の好きな
コーヒー牛乳をよく飲ませてくださっていました。
亡くなる前の父はまだ退院してきたばかりで、そういった
飲み物を飲む機会がなく、その時も「もう少し回復したら
また飲むようにしましょうね」と言われていたのですが、
それも叶わぬまま父が亡くなってしまったので、父の好きな
コーヒーを飲ませてあげられなかったのが心残りだと
その方は言われていました。
熱心なあまり他の職員の方に厳しいところもある方ですが、
その方が父に対して、また他のお年寄りに対しても一生懸命に
接している姿に、僕もよく励まされていたものです。
施設の方に対して無理なお願いをした時もありますが、
そんな時でも「人という字は人と人が支えあってるでしょ。
みんな助け合っていくものだから一緒に頑張りましょう」と
言って下さったその方の言葉がとても印象に残っています。
今日、やっとその方にご挨拶ができ、ホッとしています。
そして・・・やはり施設に行くと父がいるような気がしました。
施設にいた頃、寝たきりで外出できない父に、四季の景色や
外の様子をよく話したものでした。
いつもなら、
「早く春が来るといいね」
「ずいぶんあったかくなってきたね」
「花がキレイに咲く季節になったね」
「そろそろ桜が咲く頃だよ」
そんなことを言いながら冬を越え、春を迎えるのですが・・・。
これからは、今度は心の中にいる父に、同じように
たくさん語りかけてあげたいと思います。
今までは一緒に見れなかった景色、これからはきっと
一緒に見れるよね。どこかで見ててくれるよね。
お父さん、今年の冬は一際寒さが身にしみます・・・。


2003年02月02日(日) 今になって思う

時折、母が亡くなった時のことを思い出します。
あの時、病室の外で両手で顔を覆い、声を上げて
泣いていた父の姿を、僕は忘れることができません。
母親を亡くした僕の悲しみと、連れ合いを亡くした
父の悲しみは、同じ悲しみでも、きっとその質は
違うものだったことでしょう。
最愛の、しかも自分よりもかなり年下の妻に
先立たれてしまったのですから・・・。
母を亡くしてからの父の行動は、それまでとは
違う人のようでした。
でも、それは、おそらく母を亡くした寂しさから
起こったことのように今は思います。
連れ合いを亡くした父は、人に頼られることで
自分の寂しさを忘れていたのかもしれません。
本来、人が好すぎるほどお人好しな父は、
そこにつけ込まれて利用されてしまったのでしょう。
妻を失った父の寂しさは、僕が母を失った寂しさとは
また別の寂しさで、僕が想像するより遥かに寂しい
思いをしていたのでしょうね。
当時の僕にはそれがわからなかったから、僕の信頼を
裏切った父に対して恨みを抱くようになっていました。
ただ、父が僕を苦しめたという事柄だけしか見ず、
父の心の中にある本当の気持ち、妻を亡くした寂しさ
というものに、僕は気づいてあげられなかった・・・。
父の心は、母がいなくなった寂しさから壊れてしまって
いたのかもしれません。
親を亡くした悲しみしかわからない僕には、連れ合いを
亡くした父の悲しみのすべてを同じように感じることは
できないかもしれませんが、今になって、あの時の
父の寂しさがわかるような気がします。


BackMAILHomePage