これは、私の体験談である。しかし、実際のところ私にも何があったのかわからないというのが現実だ。そのときはまだ何もなかったのだ。
まだ、私が若かったころの話だ。それは、ある一通の手紙から始まった。朝、目覚めると新聞とともに手紙がポストに入っていた。
無職の私に手紙が届くのは珍しい。届くのは、決まって請求書ばかりだ。手紙に差出人は書いてない。
その手紙には、『私は今、ある者たちに困っているのです。あなたの助けが必要です。どうかお願いします。』とだけ書いてあった。
私は誰かのいたずらだと思った。しかし、交通費が入っているのが気になった。
手紙には差出人は書いていなかったが、住所は書かれていた。私は、その住所をもとに差出人のもとへ向かった。
北海道稚内。それが、私の行き着いた場所だった。日本の最北端と言っていいだろう。
私は手紙を片手に稚内をさ迷い歩いた。そして私は、とある廃ビルに着いた。差出人は本当にここにいるのだろうか?
そう思わせるようなほどボロかった。壁のペンキははがれ落ち、コンクリートがむき出しになっている。窓枠はあるのにガラスがない。
扉はさび付いている。しかし、その扉には真新しい南京錠がかけられている。
とその時、上から何かが落ちてきた。南京錠の鍵だ。私はとっさに上を見た。かすかに人影が見えた。
男性だろうか女性だろうかはわからない。だが、私は人がいるのをはっきり見た。私は鍵を開け、中に入ると、
急にドアが閉まり誰かが外から鍵をかけた。鍵を閉めた人が駆け足で去っていく音が聞こえた。
廃ビルの中は、かけた壁からの光しかない。何も持っていなかった私は手探りで廃ビルの中を駆け回った。
何度も足をぶつけ、何度も転んだ。私は恐怖と言うモノを思い知らされた。
やがて屋上らしきところに着いた。足はズタズタになっていて血が流れ出ている。そのとき初めて足が痛いのに気がついた。
屋上には柵はなく、『どうぞ飛び降りてください』と言わんばかりの気配を感じる。
日は、暮れかかっている。私は屋上で一夜を過ごすことにした。私は、稚内の寒さに凍えた。凍死するのではないかとさえ思った。
何とか一夜を過ごした私は毛布の中にいた。誰がどうやってこの毛布を持ってきたのかはわからない。
そう思う前にこの毛布もおかげで私の命が助かったのだと思った。足にも包帯が巻かれている。
不思議と恐怖心はなかった。私はここから抜け出すことより、この廃ビルの中にいるだろうと思われる差出人を探すことにした。
昨日より明るい部屋の中には、私の血の跡が鮮明に残っていた。自分の傷のひどさを痛感した。
私はもう一度一階から探すことにした。私の血の跡は、壁づたいに続いている。部屋の真ん中には血は付いていない。
つまり差出人はどこかの部屋の真ん中に息を潜めていれば私に見つかることなく隠れることができたわけだ。
そうすると毛布や包帯を持って来ることができる。つじつまが合う。私は確信した。
一階から探して最後の部屋。私は確信をもって部屋の扉を開けた。しかしそこには人はいなかった。
あきらめて屋上に行った。するとそこには女性の姿があった。
私が、「この手紙を送ったのはあなたですか?」と、くしゃくしゃの手紙を見せるとその女性はゆっくりとうなずいた。
それから私は彼女の名前を聞いた。しかし彼女は首を横に振るだけで何も言おうとはしなかった。
私は彼女から懐かしい香りを感じた。すべて包み込んでくれそうなそんなやさしさに満ち溢れた香りが。
私たちは今日も屋上で寝ることにした。昨日と違って何か安心できる。やがて夜が明けると彼女はいなかった。
彼女のいるはずであった場所には一枚の紙切れが置いてあった。『あなたもこっちに来ませんか?』と書いてあった。
私は何のことだかわからなかった。その手紙を読み終えたとき、彼女が帰ってきた。彼女の手にはコンビニの袋があった。
考えてみると私はこの廃ビルに着いたときから何も食べていない。今まで空腹を忘れていた。
温められているはずの弁当が冷めていたのがここの寒さを感じさせた。ふと私は思い出した。
ドアの鍵は閉められたはずだ。彼女はどうやってコンビニに行ったのか。私は彼女の顔を見た。
無表情のその顔は不気味だった。昨日のやさしい香りもしない。いったい彼女は何者なんだ?
私は先ほどの紙切れを彼女に渡すとはじめて彼女が口を開いた。
「私たちはいつも人間に苦しめられてきました。あなたがいれば私たちは助かるのです。協力してください。」
「人間に?あなたも人間じゃないですか。」
「あなたはまだ本当の私たちが見えていないのですね。それも仕方がないことです。私たちはあなたを見つけるのが
遅かったようです。」
「本当の私たち?」
私には謎が多すぎました。まず、本当の私たちとは何なのか、人間に苦しめられるとはどういうことなのか、私にはわかりませんでした。
「私を見ようとしないでください。感じようとしてください。きっと私が見えるはずです。」
言われるがままに目をつむった。彼女に全神経を集中させた。ゆっくり目を開けると彼女は一匹の猫になっていました。
その姿は、昔、私が飼っていた猫の姿でした。私は無職になってから猫を飼うのもままならない状況に追いやられたのです。
それで私はその飼っていた猫を捨てることにしました。どこに捨てたのかは覚えてないが天気のいい日だった。
「あなたが私たちの救世主だったなんて思いもしませんでした。」
「お前を捨てた私が憎くないのか?」
「・・・・確かに始めは憎みました。しかしよくよく考えてみると捨てられていた私を育ててくれたのはあなたです。
会社を追いやられたのでは仕方がありません。」
「本当にすまなかったな。」
「その気持ちだけで結構です。それより私達を助けてください。」
「どうすればいいんだ?」
「私たちの姿になったください。」
「えっ!無理だ!そんなこと。」
「あなた本来の姿になるのです!」
「わ、私本来の姿・・・・?」
「あなたは私たちと同じ猫なのです。よく思い出してください。あなたは自分の名前がわかりますか?」
「・・・・!?」
「思い出せないはずです。子供のときはこの姿だったのですから。」
私は驚く以前にショックだったのです。自分が猫であることより自分の名前がわからなかったことの方が。
私は180度回転し柵のないほうへと駆け出した。
「待って!」
私はその叫びとともに足を止めた。止めたと言うより止まったと言ったほうが正しいかもしれない。
「私は・・・・私は・・。」
私はひざまづいた。猫が駆け寄り、私に寄り添ってきた。
「わかった。私には何もない。君たちに協力するよ。」
そういうと私の姿は見る見るうちに猫へと変わって言った。
「これが・・・本来の姿・・・。」
「そうです。そしてあなたが100年に1度の奇跡が生んだ特別な猫なのです。」
「特別?わたしが?どこも変わったところはないが・・・。」
そういって自分を見た。
「姿が特別なのではなくてその能力です。」
「能力?どんな能力なのだ?」
「それはあなた自身で生み出すものです。とりあえず私についてきてください。」
私は彼女の後ろに付いて行った。しばらくすると彼女は立ち止まった。ここは最後に私の開けた部屋だった。
「前に一度見たが何もなかったぞ?この部屋で何をしようというのだ。」
何も言わずに彼女は中に入っていった。私も続いて中に入った。一点の光が入ってきたと思ったら何もなくなった。
真っ白いどこかにいる。彼女もいない。何もない。天井もない。そうかと思えば空も太陽もない。
まぶしい光がいたるところから浴びせられている。眼球が閉じていくのがわかった。
彼女がここにいれば。そう思ったときに彼女は現れた。草原が欲しい。そう思えばあたり一面が緑一色になった。
私は気づいた。私が欲しいと思うものは何でも出てくる。次に私は食べ物が欲しいと思った。極上のステーキだ。
彼女と二人、いや、二匹で食べた。私たちは相談して猫の国を作ることにした。
それから約1年、地球から猫がいなくなると言うことが社会現象になった。
人間たちに戒められ続けた者たちはすべて私の国にきた。
こうなったことについて私は後悔していない。
ただひとつ君たちに言いたいことがある。あなたは自分の名前がわかりますか?
もし、わからないのであれば君は私たちの仲間かもしれない。
THE END
当然のことですがフィクションです。
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何もない部屋