アミーゴ君のフォレスター s/tb
またもや、車検を前にして、車を購入してしまいました。
97年2月にこの車がデビューした時に、何か感じるものが有りました。
スタイルにもスペック的にも価格的にも全てが納得いく車だとの印象です。
スタイルは、基本的にブリスターフェンダーの車が好きで、
ブルドック以来って事と、スペックでは、DOHC+ターボ+4WDって事で
これ以上を求める事は、不可能でしょう?さらに、価格が、
220万円(車両)が切るってにも魅力を感じました。
ただ一つ、問題があり、どうやって嫁に車を替えるって説得するかでした。
結局、少しずつ口説いて、会社の積み立てを崩し、
アベニールの下取りとバイク※1の売却と嫁にお金を借りて(結局、車が廃車になったのですが
嫁に借りたお金の返済がまだ続いてますが(T.T)いつまで続くやら・・・)
何とか購入できました。(借金はしたものの家のお金を使わず自分の車としての購入でした)
※1バイク(スギキ
バンディト400)も乗っていたのですが、バイクを乗る時間も
あまりなく、こちらもは車検切れになっていた為、車検を受け、陸運局に名義
変更,ナンバー変更までして、会社の人に売り、フォレスター購入資金に当てました。
フォレスターの印象ですが、最初にディーラで試乗した時は座面も高く視界良好で、しかも
車重が1380kgもあるにも関わらず、240psって事もありかなり走る印象でした。
しかも、MTは、1350kgで250ps(後にマイチェンで240psになる)って事で走りは、
かなり期待できました。但し、足回りが少し弱いなと思いながらも、
車の性格上問題ないかな?って感じてました。
燃費はと言うと、ハイオク仕様でしたが、レギュラーを定常的に利用しており
通勤や遠出で大体9〜10km/lくらいでした。
この車は、東海豪雨も経験済みで、会社の帰りに、ドアギリギリのところまで
水のあるところを走り(実際少し浮いてたような・・・)フロントナンバーは
水圧でLの字に折れ
曲がり、フォグ、ヘッドライトも浸水してました。
豪雨後一週間ほど経ち、リアの足元に湿りがあるのに気付き、内張りを剥がした
ところ水が溜まってました。結局、内張りを洗い、家で乾燥してる間は、助手席、
後部座席、内張り、コンソール(シフト周辺)周りのを全てとり1シータ仕様で、
レイシーな雰囲気を味わってました。
結婚してるって事もあり、もうお金の捻出先もなくなった為、
「この車は乗り 潰すぞ」っと気合が入っていたのですが、本当に潰れるとは!!!

そんな大事な車が、2001年4月の某日に、お陀仏さんに・・・・
その日は、会社で、OSの再インストールをやっていました。しかし、どうも、
上手く行かず、23:00過ぎくらいにようやく終了し、帰宅の路につきました。
そして、いつものようにR23を走行していました。基本的に、左走行専門って
事で左車線を走行してましたすると竜宮ICを過ぎた当たりで、前を走行してる車が、
右車線に寄り・・・
前方になにか落ちてる?・・・
ゴミかな?ゴミだなうんうん
何故、右の車線によらなかったかは謎ですが、その後強い衝撃があり、目の前は、
一瞬真っ黒(白だったかな?)エアバックが開き、中央分離帯すれすれを通ったの
は覚えています。その後、左の壁に衝突し、車は停止しましたが、
胸のあたりが痛かったは言うまでもありません。
衝突後にエンジンは停止しても、ちゃんと宇多田ヒカルのCDが鳴っていたのは印象的でした。
衝突したものは、約200kg〜300kgぐらいであろう代物でした。が、その物体も、
左車線に飛ばされており、とりあえず、片側2車線の左のみ塞いだだけでした。
唯一の救いは単独事故だったので回りの人を巻き込まなかったって事ですね。
大きな事故は2回目ですが、運転していては、初めてです。当然といえば当然ですが
両方の事故ともシートベルトをしていなければ、今頃は・・・
今回は、エアバックの恩恵もかなり受けています。
事故後は、自力で車を降り、速攻で、110番と119番にTELしました。
生まれて始めての救急車に乗り、病院まで、連れて行ってもらいました。
約一ヶ月くらいは、打ち身で体が痛かったのですが、その後は
後遺症もなく元気にやってます。
車は、基本的に通勤専用ってこともあり、4年弱乗り、5万kmで、東は静岡で
西は島根で、北は長野で、南は和歌山くらいの範囲でしか乗ってませんでした。

↑開いてしまったエアバッグが空しさと哀愁を誘う。
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主要データー
総排気量 1994 cc
最高出力 250 ps / 6250 rpm
最大トルク 31.2 kg-m / 4000 rpm
車両重量 1350 kg
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