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ラザニア炒めの憂鬱 〜 あぁ、なんでやねんっとちいさい後悔 〜
ひとまず、こうして生きているということ自体を感謝するべきであると思う。
なんていうか、こー宗教じみた事でもなく、単にそう思うだけであるからだ。
日々日常、ちいさな後悔が嫌がらせに、山盛りに盛られたどんぶりの如く、誰しもがてんこ盛り
であると(勝手に)信じたい今日この頃。
なんとなく、ふとした時に、思い出す事がある。そして、「あぁ〜、なんでやねん」っと思うのであるが、
それはそれでなんとなく、時も経った事なので、ささやかに美しい思い出としようと思って、筆をとってみた。
Episode 1 峠にて
当時、俺は無免許にも関わらず、単車を乗ってるバカやろうでした。
バカやろうついでに言うと、乗り出したのは、かなり幼く9歳の時だったことを記憶している。
初めて乗ったのは、モンキー50ccだったと思う。(理由は、足が届いたから)
オヤジの仕事の取引先である、採石場によく連れて行ってもらってたのだが、そこで飯場傍らに寝転がっていた
モンキーに当時の俺は、目を輝かせて、眺めていた。
その採石場は、じーちゃんの代から付き合いがあって、昔オヤジが単車で事故した時、じいちゃんに怒られて、
夜中に首まで埋められて、説経されたいわくがあることは、当時の俺には知ったこっちゃなかった。
飯場には、ややこしいおっちゃんらが、たくさんいて、その中の若かったと思うにいちゃんが、俺に手取り足取り
モンキーの乗り方を教えてくれた。
もちろん、ヘルメットは、工事用の黄色いヘルメット。エンジンをかけて、親父の目を盗み、ひたすら更地にされた
山のてっぺんにしては、妙に平坦な現場を小僧が鼻たらして走っていたわけであります。
そして、オヤジに見つかり怒られると思っていたのだが、面白がった親父に今度はユンボ(*1)とかブル(*2)まで
教えてもらった。後から聞くと、「我が仕事が楽になると思った。」っと一言の父上殿
3つごの魂っというか、9歳児の興奮は、そのまま延長して町へ流れ込み、ついに単車までたどり着いてもた。
母親は、すんごいまぢめで、単車に乗るどころか跨ぐだけでも、強烈な怒りを飛ばす人なので、
そーいったわけで、流れのまま、無免許で爆走する日々が続いた。
単車は、ほとんどが金持ちのボンボンからお借りしたもの(笑)過去に1台だけ返せなかった(原型もとどめずに)
残り(3台ほど)は、1kg150円ほどに換金して、「ごめんなぁ〜」って血だらけの格好で持っていくと、
「ええよええよ、それより大丈夫?」って心配してくれる。。。そんな友達の将来をちょこっと心配してあげた。
まあ、後悔といえば、その原型をとどめなかったバイクなんですが(笑)
京都にある花背峠って小さい峠があって、そこは人も少ないし、警察も少ないから、ただ走るにはもってこいの
場所だった。
とは言え、山道である事には変わりなく、晴れていても、道は濡れていたり、じゃりがばらまいてあったりと、
この上なく、コンディションは、最悪なので人がすくなかったんやろうなあって思うけど。
とにかく、快調に走って、連れを引き離し、先に行くと合図だけ出して、かっとんだ僕。。。。。
今思えば、慣らし運転のさなかに何故に、9千回転も回す必要があったのか。。。当時の俺に、俺も聞いてみたい。
んが、新車はやっぱりいいもんで、かなり快調に走っていた。そして、やってきました、この瞬間。
ながーいカーブで、タイヤがなんとも接地してない感覚になってきたのを覚えている。
当時、「バリバリ伝説」などを見ていた僕は、「ここやっ!(目がきらーんと光った感じ。あくまでも己の中で)」
↑
なにがここなんか、めっちゃ聞いてみたいのは、今の俺も同じです。
なにやら、当時の俺にはなんか見えたんでしょう(笑)
ってな感じで、なんでかアクセルをしぼり上げた瞬間、なぜか乗ってる我がバイクを見上げていました。
そして、すんごくゆっくりと鮮明にアスファルトが近づいてきて、アスファルトのつぶつぶも見えるほど、ゆっくりと
そんでくっきり見えた。徐々に、地面との距離がなくなってきて、ほんまに「ちっ」って地面に触れた瞬間
あっという間に、現実の世界の時間に戻されたような感じで、景色がぐるんぐるん回って、なんか背中痛いと思ったら
背中でずずずずずずって滑ってた。横見たら、単車も一緒に滑ってた(笑)
単車は火花をまき散らしてたけど、その内「ぼっ」って燃え出してしまった。
そして、バイクは、火の玉になったまま、ガードレールの下を突き破り、そのまま、崖の下へ消えていった。
俺は、別のガードレールに「ごんっ」ってヘルメットが引っかかって、クビがもげるかと思ったけど、落ちずにすんだ
その後、追いついたツレと5秒くらい相談した結果、バイクはあきらめようと言う事になり、捨てて帰った。
「あぁ。。。あの時、なんでアクセルふかしたんやろ。。。俺には何がみえたんやろ。」ってたまに思う、そんな一時
Episode 2 深夜の攻防
夏のクソ暑い日。。。寝てると耳の穴付近をカサカサと痒みが襲った。
こいつは、夏の夜の帝王。。。モスキートやな。。。っと俺は思った。
なぜなら、モスキートの類は、暗い狭いところが大好き。だから、寝てる人間の場合、鼻の穴や、耳の穴によく集まる。
寝てる時に「ぷぅ〜うぅ〜んうぅ〜ん」って、耳の間近にその音を聞いた事がない人なんぞおらんくらい、定説っぽい(笑)
そこで、俺は瞬殺して、早く眠りたかったので、ちょっと我慢して、思いっきり自分の耳を平手打ちしてみた。
もちろん、涙は出てくるわ、耳はきぃ〜んってなってるわで、ちょっとした自虐マニアっぽい中、部屋の中でただ一人
安眠を勝ち取る為に、自分で自分を犠牲にした自分を褒めてあげたかった(笑)
そして、その痛みに耐えながら、床につく。。。これで安眠後思いながら。。。
しかし、また少しひりつく耳に明らかに、ひりついて痒い痒さでない、第3者の応力が働いているような感覚に襲われる。
今度は、耳に豪快に指でぼりぼりとかいてみた。しかし、ひりひりする上に、豪快に耳をかくことは、
爪のさかむけをむくのにしくじって、ちょっと血がにじむところへ醤油でもたらしたような、痛痒さがともなった。
しかし、ここまで耳がひりひりしてしまえば、ちょっとやそっとの感覚などないだろうと思って、再び床へつく。
んが、ちいさな希望は、ものの10分ともたずに、再び、耳が痒い!
すでに、叫びそうなほどフラストレーションを溜め込んでいた俺にとって、ほんの些細な事も爆発するきっかけになりうる。
「ここで奴をやらねば。。。」俺は、飛び起きて、電気をつけ、ブルース・リーの如く、目だけで当たりを見回した。
空気さえも感じるのじゃ。。。などと、見た事もない老師っぽいじじいに命令されながらも、従順に従い、
できるはずもないことに必死になって、血眼になっている俺。。。そうとう怒り狂っていたのだろう。(笑)
しかし、残念ながら、発見には至らず、また床につく。。。そして、しばらくして、またカサカサと。
布団から飛び起きて、電気をつけ、あたりを見回す。。。何もおらん。。。懐中電灯まで引っ張り出して、カーテンの裏、
タンスの裏、テーブルの下までくまなく探す。。。それでも、見つかる事がなかった。
そーして、すでに空が白くなろうとする時、鏡で、自分で痛めつけてしまった耳の具合を見ようと見てみると。。。
なんと耳の上の髪の毛にからんだ、毛糸が耳に当たっているではないか。。。
夜中に一人で布団から飛び起きる自分。。。どっからか出てきた老師っぽいじいちゃんとネイチャリングできる自分。
新たなる自己の発見を引き換えに、痛みに脹れた右耳と睡眠不足が待っていた。。。
何で耳をゴリゴリする前に、みとかへんかってんっ!俺
Episode 3 台所ラプソディー
いっつも何気なしに台所に立つと、思いもよらないものが出来上がることがある。
もはやここまでくると一種のフラッシュインスピレーションなのかもしれないと、自分で褒めておこう。
人は、何気に自分で自分を褒め称えているものである。これは、セルフ博愛なのかもしれない。
褒め称える事で、なんら見返りなどを期待していないからだ。んが、しかし生物学的な見地からすれば、
DNAが、その遺伝情報の継続死守のために、我々に無意識に行わせている事を考えれば、生きてる事に
疲れて、その生命を止めるような行為をさせないために、そうさせているのだとしたら、それも何らかの
組み込まれたプログラムに過ぎないのだが。
すこし、話はそれたのだか、この不可思議な、DNAのお話は、また今度という事で話を戻そう。
俺は、こう見えても、何かと料理はするのである。ちなみに、小さい頃から友達にはさすが京都といわんばかりの
料亭の息子や、中華料理(彼んちは大阪なんやけど)が、いつも、傍にいた。
そこの料理人のおっちゃんや兄ちゃんらとも、仲良くしてもらい。賄いとはいえ、高級食材でプロの手にかかった
ご飯をよくご馳走してもらった。そうしているうちに、厨房で手伝いながら、なんやかんやと教えてもらった。
料亭の息子んちの花板のおっちゃん曰く「人間、いかなる時も食うことと寝る事は、忘れられん。男とはいえども
何が自分の手で作れるようにならんといかん。空腹は、人生観さえも青くさせるけど、満腹は目に見える景色さえも
輝かしく、力強く変えるんや。そやから、覚えてても損はない。」
当時子供ながらも、分からんなりに納得できたから、何気に教えてもらうようになった。
しかし、いかんせん厨房とはプロの台所。。。何でもそろっているからこそ、自在に食材を引き立たせるのだろう。
現在、一人飛んできて、はや3年。。。何かを作ろうと思って、台所に立つのだが全くもって、うまくいったためしがない。
また、こう見えてもオレンジページなるものまで、たまに書店で眺めてみては、頭の中にレシピや作り方を叩き込む。
しかめっ面で、女性達の中に混じって(オレンジページは、なんでか女性雑誌の中に多い。。。料理系ちゃうんかあ!)
じっとオレンジページを買いもしないのに眺めている姿は、回りの女性達にはお気に召さないのか、
いつも俺の周りは、快適に立ち読みが出来た。そして、帰りに食材を購入し、
「よしっ!今日は魚をソテーしよう」っと決めたはずなのに、出来上がったのは、あんかけタレのかかった、
どこか中華っぽい揚げ魚。。。。
「今日はぁ。。。ロールキャベツでも作ってみっか!」っと思ったはずなのに、出来上がったのは煮物風。。。
何故なんだろう。。。っととりあえず、食べながら考えてみる。しかし、出来たモノは食え無いわけではないのだ。
っというか、どちらかといえば美味い。だもんで、あまり気にしていないのも本心である。
まあ、現状を打破したいというか、作りたい(食べたい)と思ったものを食べたいので、少し考えると、おそらく原因は
俺に洋食関係の友達がいなかったことなのかもしれない。いや、まぢで。
スープパスタを作ろうとしていても、どこか中華あんかけのタレを作ってしまうのは、そういうわけだろう。
すぐにカツオだしを取ってしまったり、日本酒を入れたりするのも、そのせいだろう。
もう既に料理をはじめた瞬間から、すでに俺の方向は間違っていたのだった。
あたり(美味い)時は、「。。。いけるがな」ってくらいですむのだが、たいていは、我慢して食べることが多い。
そう言う時は、トウバンジャンやキムチなんかで味をわからんくして、一気にたらい上げるのだが、
今のところ勝率は、5分5分。。。っというか、誰と勝負してるのかすらわからんが、とにかく俺にとって台所とは、
いつもドキドキ感があり、仕上がった後の勝敗を決する場所なのである。
まあ、ほとんどがため息の溜まり場なんですがね。
たまに、そんな自分を突き詰めて、創作料理人でいいじゃん!って開き直って、ラザニアを炒めてみた。。。
においだけ、かぐわしかった。。。とても食えたもんじゃない。一口食って、口から魂が抜けるような深いため息を
はいたのを覚えている
なんてチャレンジャーさんな、俺なんだろう。。。。
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