カーサフハウス] [Zin's すぺしゃるHP] [過去ログ

渡る世間は鬼ばかり
鬼(オニ)は隠(オヌ)ゆえ見えもせぬ
見えもせぬのになぜ怖い
見えぬがマシの世間さま

保証書
 何がどうしてなのかの理由は分からないながら、デジカメが壊れました。LUMIX F7です。さくらやで買ったのですが、まあ、面倒くさかったのでパナソニックのHPで修理の場所から依頼かけてみたわけです。どんな対応されるのか見てみたかったので。
 ところでその時、私は保証書を見つけてませんでした。LUMIX F7は去年の11月末に発売されたはずで、まあ、販売から一年経過していません。保証書がなくてもまあなんとかなるだろうとかいう適当な思考回路により適当に依頼かけたわけです。

 なんと翌日には最寄りの電器屋さんから電話が入り、持ってきてくれれば修理に出すとのこと。保証書のことを尋ねると折り返すとのこと。なかなか対応の気持ちよいお嬢さんでした。
 さて数分後、当然と言えば当然ながら、保証書がないと有償修理になるが、販売店なら大丈夫だと思うので販売店に持っていけば良いのでは?とか。うーん。別に良いけどどうしよう。とりあえず保証書探すと言って切断。
 さてさて箱を探ったら出てきました。←はじめから探せ
 再度お電話して後ほど持っていくと伝え一安心。

 ところが5分後にまた電話が来ました。先ほどからのお嬢さんです。ええ。なんか申し訳なさそうですね。…???
 はあ。保証書付きでもこちらの電器屋では有償になる? なにそれ? あまりに意味不明なのでどうでもいい気分に浸り、怒る気にもなれず、あーいいですいいです、販売店に持っていきます分かりました。と投げ出しました。
 保証書ってなんのためにあるんでしょうか? 大真面目に疑問になりました。
 個人的に邪推するに、保証書では無償修理なんだが手間だけかかるので、その店舗の独断により有償としたのではないか、とか。あるいはサービス部門に外注で出して無償で直るんだけど、客からは金取ろうとか。そんな感じでしょう。別に良いです。でもパナソニックには当然抗議と疑問のメール出すけどね。

 結局渋谷のさくらやまで持っていきました。だれがどう見ても自然故障の物体を前に「有償となることもあります」なんて言ってくださいまして力一杯むかついたわけですが、もちろん顔には表しません。はっきり言ってもうどうでもいい気分なんです。あほらしい。
 で、いつ直るのか聞いたら短くて三週間とか言ってくださりやがりました。マジでむかついたわけですが、これがお役所仕事というやつでしょうな。前にカメラの修理を出した時、有償のよていだったんですが、これは1週間〜2週間で直せるとほざいてくれてました(結局部品なくて直らなかったけど)。
 保証書っていったいなんでしょうね。修理期間を延ばすアイテムなんでしょうか。もちろんそのまんまメールで問い合わせるつもりだったりします。

 むかつくより呆れました。本気で。こんなんだから電器屋寂れるんだよ。ったく。売りっぱなしかどこもかしこも。あー、だるだる。
2002年10月01日 04時01分07秒

ヴァーチャルPC
 文句を言う筋合いじゃないのは分かっています。分かっていても言うのが愚痴というもので、これはまさに愚痴そのもの。

 うちにはMacintoshとWindowsがあります。Windowsはいまだに98SEが一番新しいOSとして使われているわけですが、これはノーとパソコン用のOEMのため、他の機種ではインストールができません。すると他に権利があるのと言えば一本しかないわけで、自宅のPCが破綻している現状から考えてもMACのヴァーチャルPCに突っ込んで動作させうるのはこの「最も初期のWindows98」だけなのです。
 ご存じの方もおられるでしょうが、Windowsは非常に困ったOSです。とくに初期バージョンなどバグだらけで、後々サービスパックと称してバグ取りディスクを送付してきたりします。もちろんWindows Updateでもこのかわりにはなります。
 うちのヴァーチャルPCには一応シンプルにインストールしたバージョンだけが入っています。

 ほんの気まぐれで私は一昨日にWindowsのPrince of Persia 3Dとか言うのを手に入れてきました。これは結構古いゲームです。なにしろ対応機種にWindows95 98とかいてあるぐらいです。時代がしのばれます。
 「このぐらい古いのならヴァーチャルPCでもなんとか動くかも知れない」と考えたのが購入の理由でした。ええ。

 まず元々インストールしてあったWindowsでインストールしてみました。アニメが動き出しました。まあ、遅いけど、なんとか。でゲームに移ろうとしたら「HDDに書き込みできません」とか言いやがるんです。ディスク容量もあるのでむかつきつつ、チェックしまくった末にアンインストールして再インストールしてみます。…だめです。なにか問題があるらしい。

 仕方ないのでWindows自体をもう一階入れ直してみようと思ったわけです。これが運の尽きでした。
 バックアップファイルでWindows98インストール済のを取っておいたためこのような暴挙を思いついたわけですが、実際的にはこのインストール済は本当に「初期バージョン」のままで、なんにもアップグレードされてません。
 まずWindowsUpgradeを使用するためにインターネットエクスプローラー自体を 4.0→5.5に換える必要があります。6.0は重いので嫌いです。
 再起動してバグ取り用アップグレードにかけます。
 DirectXも最新を突っ込みます。
 他いろいろ突っ込みます。

 これでゲームインストールを初めてから3時間が経過しました。…すごい悲しいです。たいしたことしてないのに…。ゲームをまともに動かしたかっただけなのに。
 ゲームを再度インストールを始めると、92%で書き込みできないメッセージが出てきます。これはすぐに意味が分かりました。実際のHDDが足りません。いらんファイルを削除して1ギガほどあけて再度インストールを始めます。
 すでに4時間たったので私は眠いため倒れ込みました。ぐったり。このゲーム自体がファイルが多くてインストールが遅いんです…

 朝起きてゲームを立ち上げます。なんか動作が不安定なので画面を再設定したりします。立ち上げ直すとセーフモード…こら…てめぇ、ふざけるな。リセットしたら普通に動いたのでまあ良いでしょう。
 さて、ゲーム自体ですが、やりました。動きました♪ 「動作する≠ゲームができる」という現実を非常に分かりやすく体現する形で♪ 動いて…いますけど…コマ送りならまだしも………。だめなんだろうなぁ、と考えつつも理解するのはイヤなので、DirectXの設定などをいじってグチャグチャ遊んでみましたが、ダメです。お手上げ〜♪

 半日かけて得た結論:ヴァーチャルPCでは3Dゲームはできない。

 と言うことで今日もうちのMacintoshではWindows98が動いている上でPC8801のエミュレータが動いているぐらいでしかありません。
 そうだよな、このエミュレータ上エミュレータの速度から想像すべきだったよなぁ。

 半日かけて得た成果:風邪気味の身体

 しくしくしくしくし (T-T)
2002年05月21日 13時23分48秒

遺失物
 一昨日、定期を落とした。JR渋○駅から乗って、乗り換え途中の御茶○水駅で気づいた。経過したのは新宿駅…。まず確実に落とす可能性があるのは渋谷駅と新宿駅の構内である。自殺者の多い中央線では降りるときに落としてないのを確認したからだ。

 悶々としつつ目的駅改札にて定期入りパスケース落とした旨説明すると、結構色々と親切に教えてくれた。まず拾われた駅に集められ、届出をチェックして、最終的には買った駅に届けると言う。私が定期を買った駅は品川だった。そして品川には最近、週に一度ぐらいしか行かないのである。これは面倒だ。拾われそうな駅に連絡をしておく必要があるではないか。
 駅員さんに尋ねると、渋谷と新宿の電話番号を教えてくれた(なぜか品川は教えてくれなかった)。てくてく歩きながら渋谷に電話をするとスムースに忘れ物係につないでくれて、状況と定期の区間を尋ねてきた上『見つかりましたらお電話差し上げます』とのこと。JRもサービス良いわねえ(そのぐらいしてくれて当然という意識ももちろんある)。
 新宿にかけると、はて??『この番号は現在使われておりません。番号をお確かめの上〜』おややぁ? 仕方ないので104にかけて新宿忘れ物係を聞く。なんだ一桁違うやん。かけてみる、話中。込んでるんだねえ。さすがは新宿…って渋谷は込んでないのかい。まあ、いい。しばらくかけなおしていると五分くらいしてかかった。渋谷と同様にしかし淡々と対応された。やはり忙しいんだろう。『昼頃に一旦集まるはずですから、その頃にお電話差し上げられるかもしれません』えらいねえ。客商売を分かっているよ。うんうん。
 社員証も落としていたのだが、警備員さんは休日なうえに顔見知りなのでそのまま入れてくれた(^^)

 昼頃になって、もちろん連絡はない。しくしくしくし。渋谷にかけてみる『届いてないですね』、新宿はあれば連絡する言うたから放っておき、品川にも連絡を入れることにする。104で問い合わせてかけると品川駅のテレホンセンターにつながる。遺失物係の番号を教えられ、再度かけなおす。初めから登録しておきやがれ →品川駅。

『定期券を落としたのですが』
「落し物の定期は品川駅構内の黒板に記載されますのでそちらをご確認ください」
『(ムカ)他の駅で落としたと思うのですが、定期を買った駅に最終的に届くと聞いたのでおかけしたのですけれど』
「ええそうです。いつ落とされたのですか?」
『(初めから聞けよこいつ)今日の朝落としまして…』
「でしたら数日後にこちらに届きますので黒板をご確認ください」
『(聞いてんのかよこいつ)それは知っています。黒板を見るもなにも私は品川駅を月に4回程度しか通らないのですけれど?』
「落し物は非常に多いので、お客様に黒板を確認していただくようになっております」
『(ムカムカッ)先ほど落としたと思われる新宿・渋谷に電話した際、私の連絡先に連絡くれるとのことでしたが、品川はそういう対応はしていないのですか』
「ええ、落し物は非常に多いためお客様ご自身に…」
『(ざけんなよてめえ)手抜きですね。私は週に一度ぐらいしかそちらを通らないと言っているんですが、聞こえてますね? 新宿・渋谷と対応が相当異なるようですが、駅の方針ですか?』
「(微妙にビクリとした様子)確かに発行駅に戻ってくるのですが、一旦田端のセンターに送られたのち分類されてこちらに届きますので、数日はかかるかと思われますので…」
『中に社員証とバスカードなどの貴重品もあるパスケースなんで、届いたら連絡を頂きたいのです』
「ですからお客様ご自身に黒板にて…」
『(怒)何度言ったら分かるんですか。週に一度しか行かない駅にいちいち見に行けってんですか? サービスどうこう以前に怠慢以外のなんなんですか。定期だけならいざ知らず、社員証や金券とも言えるバスカードも入っている財布と同様の貴重品を『掲示板で確認』しろってのは困るんですが。警察に届けろってんなら届けますが、駅構内の事だけにあまり意味が無いとおもってこちらにかけてるんですれどこういう対応が当たり前なんですか?』
「(ビクつきながら)そうですね、それでは定期の区間と連絡先をおねがいします」
『(やっとかよ)○○〜○○、090-xxxx-xxxx、ツチヤカツヒコです』
「(びくびく)では見つかりましたらご連絡差し上げますので…」
『(嫌味含みで)お手数ですが、くれぐれも、よろしくお願いします。では失礼します(ガチャ)』

 ということで、むかついたのである。JR東日本品川駅のサービスは民間会社として最低に近いと断じてやる。なんで連絡しろというだけで十分近く使わされるんだ、こっちの電話代で! あー、ムカムカムカムカム。
 帰り際に新宿の遺失物置き場でも一度確認して、渋谷でなんかに記入して、結局見つからないのだ。悲しいわねえ。

 ふぃ〜、と考えて、やっと冷静に損害の計算に頭が向いたのである。二十日分残っていた定期が半年分42000だから7000の三分の二で4700円。バスカードは5000円ので残額4000円だから1800円使用で3200円、パスネットは900円、ってーことはたかだか8800円程度なのである。…なんだ、損害って社員証ぐらいじゃん。でも良く考えると名刺なんかもはいってたのよね。拾われたら連絡来そうなもんだけど…今来てないってことは捨てられたかな。
 悲しいわねえ。仕方ないので定期は買いなおしたのである。見つかったら換金しよっと。

 とにもかくにも品川駅はサービスがなってない。ということで、品川で定期を買うのはやめましょう。私はやめました(^^)
2001年05月29日 14時30分15秒

遊びと仕事
 仕事とは面白くない事の総称であると信じようとしてきた(作業の方が面白くない。英訳すると作業の方が面白そうなのはどうでも良い話である)。
 そう考えることによって仕事にのめりこみすぎないように注意しつづけていた…いるわけだが、最近悩むことがある。
 楽しんでしまうと報酬を必要としない。私にとっては楽しみが報酬であるからだ。しかしそうすると楽しむ以外で仕事を片付けねばならず、時間を倍必要とする。楽しむための時間を作るための作業の時間…。これははなはだ効率悪いのではないだろうか。
 では仕事を楽しめば良い、となるのが近道で、実は容易に実行できる。なぜなら私は行動している最中は、たいていの事を楽しんでいるからだ。まったくもって無益だと感じる仕事はもともと請け負うわけがない。
 楽しみつつ報酬を貰う、のは実行している。が、その仕事の楽しみ以上に楽しいことでは報酬を貰っていない。貰おうとは思わない。
 やるならばより楽しいことを望むのは性格上の必然で、必然であるとおり実行してしまうと生活が立ち行かなくなる。生活を立ち行かせるためには海外移住でもするしかなく、そうすると他の楽しみの一部が削除されて、これはこれでなんかイヤ。←わがまま

 やはりさっさと金儲けだけして趣味に隠棲するのが得策なのだが、金儲けを主目的にすると罪悪感の芽生えそうなアイデアがぽんぽん生まれて、なんか自分が非常な悪人のような気がしてくる。悪人として生きて楽しめるほど図太くもないのが弱さでもある。
 となると初めから隠棲してしまうのが良策のような気がする。少ない仕事量で儲けられる職業をざっと考えると、私がその職業になった場合めいっぱい働いてしまうことが予測できる(ヤリガイあるから)。でもって報酬貰いたがらなかったりする可能性大。
 客には良かろうが、よく考えると自分自身が『面倒』と感じた時点で仕事しなくなるという欠点がある。まさに今の占い業務など、その一つである。結局直接電話依頼されて召還されたりしないかぎり、ほとんどやろうとしない。会話の合間でひょひょいと計算したりすることもあるが、結局のところ『面倒』なので依頼者の体温(熱)が感じられないと避ける。

 どのように聞いても言い訳になるはずだが、実質上依頼をこなしてない理由はこれである。遊びとして考えるには労苦が多く、そのわりに見返り(喜び)が少ない。目の前で占う場合は相談者の喜びとか安堵が感じられ、無償でも非常に有意義であったような気がしてくる。しかしメールでの占断ともなると九割が『返事がない』。それが当たり前といえば当たり前だが、返事のない会話は嫌いになるのが通例…。
 だからといって返事を強要するわけにもいかない。返事を望むならば掲示板などでの方が向く(第三者の目があるから)。などと考えつつ、最近は占断抜きでのカウンセリングに近いものを受けることが多い。こちらは相手も悩みの根本から相談始めるので、確実に返事が来る。返事がくるともなれば親身になろうと言うもの。実際親身に答えてしまう。数時間を費やしてまで… ←アホかも

 ならHP改装して占い系から別系列に移行させるという方法も考えたが、私は基本的に魔術系列のHPひらいてるわけで、それはすなわち占いもカウンセリングも同レベルで含むわけだ。困った。つまるところ何もかわらない。人が寄り付きやすくしたら作業量が増えるし、作業量が増えると処理するかどうかが不明…。
 結局がとこ遊びと仕事の境界を決められない私が悪いのだ。どれも同じレベルで考えてしまうから…。
 解決方法を思いつく日はくるのだろうか。基本占いが全自動でできるようになる日はまだ遠いし、カウンセリングともなればさらに遠い。つうかカウンセリングは生の返事がくるからこそ相談するのだろうとも思う。
 どーにかならんかしらん。と悩みつつ、今日も多彩な相談にひょいひょいと答えてみるわけである。ふう。
2001年02月13日 15時58分24秒

アップル
http://www.apple.co.jp/powerbook/
 まずはとりあえず、これ。こいつはCOOLだっ♪ PowerBook2400以来の少し小型タイプのパワーブック。アップルファンの一人としては嬉しくて涙がちょちょぎれますね。そうか、ジョブズ、VAIO見てたのはこのためか。iBookのためじゃなかったのね。よしよしよし。

 わたしゃCubeがほしいねえ、とか考えてたんですが、完璧に消えましたな。どうせ買うのはMacOSXバンドル後ですが、まず確実に私は買います。iBookをどこぞに放り出して買います。
 問題はいつだかわからないことぐらいです。車の出費がなければすぐにでも買いに走りたいところです。VAIOなんぞいりません。こいつがあれば中にSoftWindows入れて88のエミュレータが動きます。VGSでプレイステーションが遊べます。バッテリ駆動で5時間あそべれば簡単なRPGは終わります(うそ)。

 あんな重くて真っ黒なパワーブックなど買いたくないなあ、そう思いつづけて早数年。PowerBook2400はメモリ乗っけて50万もかけて買った記憶がありますが、これは重さが2キロ切ってたんですよ、いいんです。軽さと速さは命です。
 とにもかくにもこのデザインでこの値段、重さも2.4キロときた。思わず最近買ったかばんのサイズを測ってみるとちょうどぴったり入るくらい、いいじゃないですか、おい、買えと言っているに違いありません。神の声です(悪魔のささやき?)。
 私はこういうときに値段で妥協しないと言う困った性格してるので、もちろん最速でしょ(とかいいつつ結局妥協する可能性無きにしも非ず)。まあ、少なくとも買えるだけの貯金がたまらないと買わないのが鉄則なので、半年後ですね。その頃にはOSXバンドルバージョンが価格下げて出されるに違いありません。もしかするとCubeのクロックアップやダブルCPUがあるかもしれません。
 こんなノート手に入れたら仕事するっきゃないやん。私は道具がいいと仕事が早まるいい性格してるのです(^^)

 数年ぶりに確実にアップル信者として生きねばならない義務感に駆られました。ウインドウズくそくらえです。LINUX嫌いじゃないけどどうでもいいです。ネットワーク管理者としてあるまじき発言ですが、気にしないでください。ネットワークなんぞ動いてればいいんです。最高のネットワーク環境はスタンドアローンです。一匹狼です。横並びなんてどっかいけ、です。ってすでにネットワークという概念無視してますね。
 スタンドアローンでインターネット経由させて社内LAN環境のアクセスすれば遠回りだけど壊れたときも一台ですみます。修理しないでいいです。機密はだだ漏れだけど、機密なんか残ってると『機密関係費』とかいうて横領の温床になるからダメです。暗号化に命をかけて素数キー使用の自動暗号化ソフト作ればそこそこ守れます。
 もともと情報は漏れるものなんですから、漏れない情報を作ろうとするのが間違いです。やまほど漏らしちまえばどれが必要か不必要かわからなくなります。まるで現在のテレビ情報のようですが。

 さてわき道それまくりましたが久方ぶりにアップル教信者として布教でもしようかしらと考えさせられました。布教しなくても売れるに違いないけれど。
2001年01月11日 14時52分25秒

視線の行方
 向かいのシートの女の子がミニスカートだというだけで視線が固定されるのは男のサガである。
 自分自身を納得させつつ視線は臑から上を彷徨う。厚底のブーツがハの字に開かれ膝がしらがぴったり寄り添っているにも関わらずそこはかとなく色っぽい。

 内股が女っぽいのだろうか。
 足首が通常とは異なるかたちに曲がっている。底を地面につけないと落ち着かないし、膝は合わせなければならない。ジレンマの産物の角度だ。それが結果として内股になる。
 もし足の先までぴったり合わせたら椅子に座ったままで体育座りになるだろう。それでは腿の下が空いてしまう。
 ではそのまま斜めに揃えたらピンヒール。ハイヒールで装ったお嬢さんがよくやっている。それはヒールが細いゆえ足首を曲げずにいられるからだ。厚底では足首の不自然な角度に拍車がかかるだけだろう。
 つまりあれは自然界の摂理のごとく、厚底ブーツをはく者には至極当然の格好なのだ。
 さらに『同じ格好を続けると癖がつく』という当たり前の理屈がくわわり、『厚底をはくとO脚が矯正される』ことになる。加えて厚底ゆえの不安定が身体のバランス感覚を鍛えるとともに、動作にほろ酔いと同様の千鳥足に近い色っぽさを喚起させる。かつてハイヒールが足の長さと細さの錯覚と、不安定な揺らぎをもって『女性らしさ』の象徴となりえた事実から鑑みるに、厚底ブーツ・サンダルは一時の流行ではすまないのではないかとすら思わせる。アンバランスという意味では歴史的には纒足なども含まれよう。これなどは一時代以上にわたって流行ったのである。

 反面、男の高下駄が流行らないのはバランスの悪さが男らしさとは相反するためであり、容易にどっしりと構えられない扱いがたさが敬遠されたのだろう。さらには天狗たちが高下駄をはいている伝説は、そのバランスの悪さを克服するほど身軽であるとしての表現と考えられる。
 事実武道の達人ほど内股気味で足親指の付け根に体重をかけることが最も速く動くコツであるという。ボクシングのステップワークなど良い例もある。剣道なども足親指付け根以外に体重をかけることを許さない。正面から見て垂直に一直線に体重がかけられることを理想とする。

 動きにくさの制約がかえって人の能力を磨くことになる。厚底においては、はくことだけで『女らしさ』が手に入り、克服すると『格好良さ』が手に入るのだ。むう、実は素晴らしい発明なのやもしれぬ。今からでもこの効能をうたって、さらに特化した厚底サンダルでも売り出すか。
 効能をうたって特許は…とれないよなぁ。あははははは。健康靴の足底を利用しつつ、とかテンピュール(?)とやらの素材を利用して足の形に合わせてくれる形状の…。うーんうーんうーん。
 これを読んで誰かがやったなら他アイデアと同じく儲けの5%でいいからくだせい。おいら、熱意が足りないっす。
2000年11月30日 02時10分18秒

間違った会話
 会話とは意思疎通の方法であるといわれるが、実は意思誤解の方法でもあることは周知の事実である。
 会話することによって通じたつもりになって書面にしないと、後々の問題が起きるものだ。これをはっきりさせるために『契約』があるが日常会話でいちいち契約をしていては処理が煩雑になってしまう。遊んでいる最中にちょこちょこパスワードを求めるゲームのように面白味がうせる。つまるところ正確さと面白さは相反するテーマなのだ。物事が曖昧であり、規定する楽しみがあればこそ人間は情報を取り入れるのである。

 ってなわけで楽しくも間違った会話を暇つぶしに模索してみることにした。
『疲れたー』「お疲れ様」『ああ、俺は要領が悪いからね、疲れるんだよ、すまないね』「誰もそんなこと言ってない…」『バカだからね、分かんないんだよ。すまないね』「いちいち謝らんでも」『気分を害して悪いね、っつーてんだ。お前みたいに要領がよければいいんだけどね』
 などと会話させてみると、ただの愚痴っぽくなったときの会話である。愚痴というよりはネガティブなだけである。精神的に不健康だと上記のような会話はめずらしくない。

 正確さを期すとさらに不毛な会話が行なわれることになるのは疑い得ない。見よ、テレビでは深夜に無駄な時間を浪費して、議論のために議論をする無意味な存在がギャラをもらえているではないか。←無関係
 いや、それは棚のはるか上に置いておこう。不毛な会話はどこでどう切ればいいのやら分からぬ(分かろうとすることに問題を感じるが、突っ込んではいけない)。質問されれば答えてしまうし、答えれば恨まれるし、無視すれば怒られるし。
 いつも思うが、解答のない問いを規定して、質問された人間を追い詰める方が、私としては相手に対する気遣いがないと思うのだが…(気遣える精神状況でないともいう)。もちろん、普段はこのようなことを言い出さない相手だからこそ悩むのである。いつもいつも言ってくるようなら「はいはい」で済ませて終わる。
 間違った会話を終わらせる一番の方法は「あいまい」に徹することだろうが、曖昧であるといって怒られる場合は正確になり、正確になると面白味がなくなり、面白味がなくなると納得されなくなるのである。

 解決法はただひとつだけである。このような会話になったときは『会話にならんから、やめよう』つうてぶったぎることである。相手に怒られようが恨まれようが、実質的に会話を続けていればさらに恨まれるのだから時間と労力の節約となる。相手側も立ち直るための時間が増えるので良いに違いない。
 問題はぶったぎるためにも相当量のエネルギーが必要だということだ。気合が足りないと、相手のペースに巻き込まれて上記のような会話が延々と続き、結果として体力が削減されてぶったぎることができなくなり、さらに消耗する。
 風邪を引いたりしていると消耗度に輪がかかる。輪がかかって寝込みかけたのは私である。悪意は伝染するというが、伝染した悪意をそらせないぐらい消耗していた私も修行が足りない。やはり保険屋相手にゴネたりしているとマイナスのキックバックがあるのかもしれない。

 もちろん論証する気も証明する気もないが、分からないことは『のろい』としておくのが一番楽なのである。神と悪魔の概念をつくった天才に弟子入りしたい気分である。なむなむな。
2000年11月16日 14時18分24秒

意味もわからずちょと更新
 とりあえずがとこテストで更新しつつ日記を書いてみることにした。
 日記専用のレンタル掲示板があった気もするからサーチしたのだが見つからず、見つからぬということは仕方がないということで、仕事中の暇つぶしとして日記でも書いてみよか、という間抜けな思考回路にぶちあたり、さながら私の前の車のごとくスピンしつつカーブに激突してみた次第である。

 今日の愚痴は保険である。損害保険である。自動車保険である。もちろん事故から連想したからである。
 保険屋さんが損しないようになってるのは分かりきっている。そうでなければ保険屋さんに払われる給料が存在しない。銀行と同じで金融の一種なのだ、そうに違いない。あこぎよのう。
 でなくて保険代理店の対応である。代理店は保険に関しては説明するが、どのような規定でどのようなデータを保持しているかについては一切明言していない。
 生命保険等々と同じように個人情報としてデータを保持してるもんだと思い込んでいたが、一年契約掛け捨てに相当する自動車保険においては、たいていの保険代理店において3年以上昔のデータは取っておかないのだと。
 ああ、そうですか。社内規定ですか。社内規定なんぞ外部の私が知るわけないですね。知りもしないことで責任負う必要ないですね。
 「初めの契約を参照して、その車両保険にしてくれ」と2年前の契約更改時に言ったときに車両保険を頼んだ私がバカなんでしょうか。その時点で社内規定の説明ひとつしない受付がアホなんでしょうか。そのへんの指導をしない代理店の上司がマヌケなんでしょうか。代理店を統括している保険会社がキチガイなんでしょうか。
 とりあえずケンカ両成敗ということで、つうなら全員に補償していただきたいわけで最高でも四分の一しか私は払わないで済むわけですが、そんなことが起こりうるはずがありません。起きたら面白いですが、世の中オニばかりに違いないので、起きた場合は裏があるに違いありません。保険金をおろすと来年度以降の保険額が上がるのと同じ仕組みです。良いことがあれば悪いことが隠れているのです。
 たかだか車代ごときで保険おろすと損するぞ、という脅しもあるに違いありません(実際損です。どうせ私の車は安いです。世の中そんなもんです)

 まあ、そんなこんなで『保険代理店の顧客情報というのは至極いいかげんに形作られているのだなあ。このあたりのデータなんてピザやら配送する業者さんの顧客データシステムをわずかに改変するだけでできるだろうになあ』などやくたいもない儲け話を考えつつ、自分で実行する気には少しもならなかったわけであります。
 こういうことを思いつくたびに、どうして私は金儲けがネタの中心だと行動しないのだろうと、自分自身を呪いたくなります。

 誰かアイデアだけ買ってください。マージンは儲けの5%でいいです。売上と言わないところが良心的です。自分で良心的という人ほど信用できないものはありませんが、私は人間でないと言われることもあるので良心的に違いありません。
 新しいシステムを導入すると、マヌケな代理店が淘汰されていくため、客の利益にもなります。信用度が上がるため保険会社の利益にもなります。結局のところサービスの基本は『金』ではなく『人』です。別にレンタカーが出るかどうかという表面的なサービスで争うより日本古来の「信用」で争う方がお得だと思うのですが、いかがなものでしょうか(つうたとこで生命保険かて保険屋のおばちゃんの手腕で売ってるわけですから、どうということもありませんな)

 などと当たり前のことを当たり前に言うと、これがまた相手にされないのだなあ。はるか昔に思いついて、そのまま放ってあるチケットさばき系の儲けネタもそのまま『誰かやるだろ』と放っておいて、まだ誰もしてないしなあ。世間さまは脳みそがないのだろう。当たり前である。世間さまは人間でない。うんうん。
2000年11月14日 12時24分31秒

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