| 絵画前書き(?) |
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| 私はマーティロ・マヌキアンとかいうUSAの画家の絵を数枚持っている。いったいなにを勘違いしたのかは私も知らない。二つが版画(シルクスクリーン)、一つが原画(直筆)というあたりが何を考えているのやら、本当に分からない。 この画家の版画は作者直筆で金銀真珠を溶かした画材による書き足しが行われている点が異色である。もっとも、最近の版画では書き足しがほとんど行われず、私が買った当時の迫力は微塵もない。あれでは直筆以外は意味がない。やはり、メトロポリタンなどに所蔵されたために手抜きの技術までも覚えてしまったのではないだろうか、などと邪推したりもするが、それがどうしたと答えられれば、さらに無駄な話である。 |
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ついこの間などは「買わないよー」と言っているにもかかわらず「六割+支払い年末から」まで値切られて,少し困った。どうせ買うなら絵以外のものがほしいときに薦められても、どうすることもできない(する気は当然ない)。嫌味まで言われたので,おそらく二度とあそこの絵は買わないだろう。お得意さんを一言でなくすとは可哀想に。 そういえば関係ないが、どこぞのダイヤモンド販売においても6時間に渡って販売員と雑談し、ダイヤモンドの知識だけを学ばせてもらった覚えがある(ちょうど小説のネタにしていた時期だった)。販売員が可愛いお嬢ちゃんだったので、楽しく説明を聞きつつ雑談していただけなのだが(お茶は飲み放題だし)、結局最後には上司に嫌味を投げつけられながら店を出ることになった。まったく、わざわざ呼びつけておいて、どういうつもりなのだか。誰も買いに来たなどと言ってないではないか。必要になったら買うと答えているのに、客の候補者が一人減ったぞ、まったく。先を見る目のない販売員は大損する証明である。文句を言いたい気持ちはわかるが,客が帰ってからにすればいいものを。 この手の販売関係者、会員権販売者、英会話教材販売者とは結構ウマがあうために、セールス技術を学ばせてもらったことが多々あるが、それも最初の失敗があればこそである。話し始めて三秒で友達になれる特技が助けになっていることは疑いえない(相手から話しかけてきた場合に限る)。 最初にそーいうものに誘われたのは電話での勧誘だった。当時物事に無頓着だったため、へこへこと渋谷のどこぞのビルまで出向いてみた。当初、私を見た担当者の表情が急速にこわばるのが感じられた。後ずさりする距離があれば後ずさっていたのではないかと思われるほど明確だった。アンケート用紙を渡され、書き終えたと伝えたとたん、丁重に追い出されたあの悔しさは今も忘れない。言われたとおり印鑑まで持っていってやったというのに。その後は、少しはまともな対応をされてみたいがために、なるべく見た目だけはまともな格好で行動するように心がけている。髭面皮ジャン下駄履きの三重奏(当時)程度であのような対応をしているようでは、まともに売りつけることなどできなかろう。 さて、そのようt鮪魔佑いい箸靴董画像データとして提示するために、わざわざ倉庫まで行って撮ってこなければならない。めんどうくさい話だ。いかに車で十分の位置であるとはいえ、面倒であることに変わりはない。この休み(1999年8月上旬)はバナー作りなどで遊んでいたら数時間が過ぎ、気がついたら夜だった。もしかしたら早いうちにHPにあげられるだろう。あまり期待しないで待っていてくれることを期待する(2ヶ月後になった)。 だいたい未鑑定の掛け軸の山というのも処理しようがない。そのうち明日香美術にでも鑑定してもらおう(一応馴染みのお店)。絶対偽物だが空海筆とかいうのがあったのが冗談みたいである(真筆だったら値がつくわけない)。今のところうちで一番価値が高かろうと思われる物品は百万塔ぐらいのものだ。曾爺ちゃんの関係上、なぜか二塔もある(片方微妙に破損)。 |
| 所蔵絵画抜粋 |
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私が所有していもの、というべきか、保管している絵画の抜粋である。ピンぼけはデジカメと私の双方の能力不足である。決して私だけのせいではない。手ぶれ防止機能ぐらいつけておくべきだ(もちろんそれで値段が上がったりしてはいけない)。 実際、私は絵画のことが分かっていないので、どれほどの価値があるのか知らないものが多い。骨董屋に引越しの際に尋ねたところ「最低でも三千万」とか言われたが、眉唾である。 バブル最盛期には一億を越えた値がついたし、バブル崩壊後にはまとめて一千万と言われた。結局、芸術品に値段など無い。 |
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だいたい右下にも書いてあるが、私はこれらのタイトルをほとんど知らない。倉庫でメモしてきた記憶もあるが、実際のところ日本画家など興味もないので(わからないだけで負け惜しみといわれることもあるが、興味がないという事実に変わりはない)。 東山魁夷とか林武雄(?)とか言われてもよく分からない分かるのといえば文学者であった与謝野晶子ぐらいのものだ。自分で買った絵ぐらいは覚えているが。 なんかサイズの大きいものも小さいものも同じぐらいの画像サイズである。こればかしは縮尺をあわせて表示するわけにも行かないから、仕方ないこととする。 |
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うっすらした記憶によると、初めの絵は那須高原ではない。右が真実である。たぶん、おそらく、きっと、できればそうであると信じたい。調べろという向きもあるだろうが、調べること自体が面倒なのである。興味のないことには指一本動かすことすらくだらない。 そんなことを言っているから掲示板の書き込みがないのである。さっさと過去ログつくって、話題を軽く戻そうと考えている今日この頃(1999年10月現在)である。 |
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小さい頃、この絵画が飾られていたことが多いので、すりこまれているのか、それとも奥に見えるイスラム風の建物が気に入っているのか、手前に見える小船が悪魔のように見えていたので気に入っているのか、定かではない。 おそらくそのどれも真実の一部ぐらいは含んでいるだろうが、当時の私は今の私ではないので、当たり前のことながら確証はない。しかしこの絵はどこの入り江なのだろう。 |
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下も右も林武雄のものであるらしい。薔薇は危険なほど剥離しかけていたのだが数十万かけた修復のおかげで復元された。どうやって修復したのだろう。この手の技術者こそ魔術師であると思う。 ![]() 《 裸婦 》 |
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頭のいい諸兄にはこれらが言い訳であることは明白であるとご理解いただけるだろうが、決して指摘してはいけない。私自身だって理解しているからこそ、最初に一番重要で、理由の九割九分を占めるものが提示されているのだ。 後の一分は不明点であって、二番目以降に書かれた理由は、「誤差」と呼ばれる。一分を占めるわけもないぐらいくだらないものである。 |
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| マーティロ・マヌキアン |
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だいたいにおいて原画は一枚しかないことになっているが、これは数枚あることを私がこの目で確認済みである。なにしろ買った一年後の原画展に置いてあったのだから、間違いはない。誰だ、セールストークで一枚しかないといったのは(その後に描かれたのだったら嘘ではない)。 まあ、それだけ構図とデザインが優れているということだろう。どうせ半額近くまで値切った品の上、売る予定もない。これを買ったおかげで、後に続く二枚は売っても困らない。困らないというか、ぜひ売りたいが、買い手がない。質屋に出せば二束三文なのは、ほんとによく理解している。 順番としては青、赤、黒と買ったわけである。個人的には帽子よりも、襟元とリボンに使われた真珠絵の具が気に入っている。後は背景の光でキラキラ光る部分かな。 |
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残念なことに、この版画では髪と輪郭線、首飾りの真珠などだけが重ね描きである。拡大すれば分かるので、多くは語らない。 最近の版画ではほとんど括鄮重ね描きしないようになっているので、面白味がない。綺麗だって、手がかかってないのが分かれば興味などうまれない。 |
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メトロポリタン美術館所蔵の原画のシルクスクリーンである。豪奢な冠が描き足しされている点は評価に値するが、私が見た展示会場の版画はもっと豪奢だった。版画によって手の抜き加減があるとはっきり理解させてくれた貴重な一品である。 問題は、この指摘を頑として認めない販売店だな。変りがないというのなら、交換してもかまわないだろうに。さすがにごり押しする気もないから、どうでもいいといえばどうでもいい話である。 |
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| その他謎の品たち |
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上は、与謝野晶子直筆、もちろん真筆である。拡大すれば左下にしっかりと書いてある。筆跡鑑定したことはないが、いわくから考えると、本物だろうと推定される。 うちの曾爺ちゃん(土屋純一氏)は、名古屋城のシャチホコやら東大寺やら、どこぞのお寺やらをごちゃごちゃと修復していたお方だそうで、そこそこ名が売れていたらしい。聞くところによると「都市計画」という訳語を作ったのもこの方だそうだが、それこそ私の知ったことではないぐらいよく分からないことである。明治期にほとんどの日本語訳語が作られているわけだから、その時期に生きていて、文化的活動をしていれば、そのようなことがあるのは当たり前である。文学者の多くが、非常に秀逸な訳語をつくっているではないか。 さて、なぜ、曾爺ちゃんかというと、上のものがその流れでうちに届いたからである。建築家としてロンドンだかに留学していた折、あちらで一人の日本人に出会った。その名を与謝野鉄幹という。どうやら資金的に苦しかったらしく、金を貸して欲しいと頼まれたそうだ。公費留学していた曾爺ちゃんは、資金的に余裕があったので工面してあげたところ、後に日本に帰ってから、上のものと貸した金とが返ってきたとか。 ここに書かれているものがオリジナルなら相当な価値があるのだろうが、おそらくすでに発表されている文章だろうから、そこそこの価値に過ぎない(決めつけている)。まあ、どうせこれも売るものじゃないから、どうでもいいという気がする。これも掛け軸類と同様、一度も鑑定していない。子孫の代で、勝手に鑑定してくれるだろう。 最後に右のものであるが、これは引越しの際にでてきたもので、誰もいわくを知らない。どうも寺関係の物品に見えるので、曾爺ちゃんの管轄だと思われるのだが、その人間もあの世に行っているので確認が取れない。私があの世に行って確認してくる場合も、確認した後戻るすべが確立できていないので、永遠に確認の取りようがない。 表面だけ平らにカンナがけされており、裏面はでかい木の幹を処理したように凸凹なので、非常に不可解だ。拡大すれば分かることだが、けっこう酔疚な絵が描かれているのでもしかすると大切なのだろう。しかしこういうものこそ猫に小判、豚に真珠、と言える。私では…本当に価値もわからない(良くも悪くも)というのに。 |
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