


情報提供:なめくじちゃん
6/18(日)朝日新聞『あなたが選ぶ この人が読みたい 』より 障害のあるお子さんと生きる 水越けいこさんの歌がすてきです −横浜市 田中ひとみさん(37)からのFAX− 五月二十日、東京・六本木のライブハウス。 フォークやニューミュージックの歌手による「母の日コンサート」が開かれた。 水越けいこさん(46)は庄野真代さん、丸山圭子さんに続いてステージに立った。 ほほにキスして そしてさよなら 今度会う時は笑顔で 軽快なリズムに合わせて、ステップを踏む。派手な振り付けは歌がヒットした二十年前をほうふつとさせた。 「庄野さんの『飛んでイスタンブール』や圭子ちゃんの『どうぞこのまま』とか、 代表曲が大人の曲だといいですね。 私の『ほほにキスして』は、この年になるとちょっとつらいかも・・・」 飾り気のないトークに、会場がドッと沸いた。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 水越さんがレコードデビューしたのは1978年。オーディション番組「スター誕生」がきっかけだ。 デビューの前年から朝のお天気番組のレギュラーに。 「ほほにキスして」が大ヒットし、山梨の信用金庫に勤めていたOLは、あっという間にスターになった。 92年6月、長男麗良(レイ)君を出産した。 「お子さんはダウン症です」 医師から告げられた瞬間、なにがなんだかわからなくなった。 「赤ちゃんを抱っこしますか?」と言われたが、抱けないまま部屋に戻った。 三歳で母を、十三歳で父を亡くし、以後、家族で音楽のセッションをするのが夢になった。 その夢が遠のいていく気がした。 出産から三日目。看護婦から半ば無理やりに赤ちゃんを抱かされた。 心の中の何かが変わった。 産着を通して伝わる体温、腕に感じる2500gの足らずの重み。 初日に抱けなかったことが、すぐに後悔に変わった。心のしこりは今も残る。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 気持ちを奮い立たせたものの、病弱なレイ君を育てるのは大変だった。 発熱や下痢で入退院を繰り返した。 レイ君が三歳になったころから、ミュージシャンの夫との間にすき間風が吹き始めた。やがて夫は家を出ていった。 収入がなくなり、生命保険を解約し、車を売って生活費にした。 2DKのアパートに引っ越し、新聞の求人欄で仕事を探した。 時給千円の電話セールスのパートがやっと決まった。 その夜、久しぶりにポップスのCDをかけ、キッチンで歌い、踊った。 収入のめどがたちほっとしたことで、気持ちも体も軽かった。 「イッツ ソー イージー」 歌手一人、観衆一人のライブ。よほど生き生きとして見えたのか、 レイ君がうれしそうに拍手を続けた。一人だけのカーテンコールだった。 「レイ君も喜んでくれている。歌があってこそ本当の自分なんだ。」 出産以来、生活に追われ考えてもみなかった歌への思いがよみがえった。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 活動を再開して最初のステージは97年11月2日、東京・高田馬場の ライブハウスだった。収容人員150人ほどの小さな会場に、 300人以上がつめかけた。かつての熱狂的ファン数十人が開場前から列を作った。 出産、離婚、職探し・・・・。華やかさと無縁だった五年余りの時が 過ぎていた。しかし、前奏が始まると、一瞬で「歌手・水越けいこ」がよみがえった。 肩にかかる髪が揺れる。曲のリズムに合わせ、ステージの感触を確かめるようにステップを踏む。 デビュー当時からつきあいがある音楽プロデューサー萩原克己さん(50)が言う。 「一回り大きくなって帰ってきた。カリスマ的な雰囲気すら出てきた。 彼女は根っからのシンガーなんです。」 曲間に、ポツリポツリと休業中のことを話した。 レイ君のこと、生活のこと・・・。 会場の中央付近には、水越さんの友人に抱かれたレイ君がいた。 曲に合わせてリズムをとっている。そんなレイ君を視界の端に とらえながら、ファンに語りかけた。 「神様は私に二つの贈り物をくれました。一つはレイ君、もう一つは音楽。 私が私らしく生きる姿を、この子に見せたい」 復帰後の代表曲「ユー アー マイ ライフ」 レイ君への思いを込めて作った。歌声は、アコースティックな伴奏に乗って、一人ひとりに語りかけるように響いた。 どこまで行けるだろう/夏の空の坂道を/つないだ指先のぬくもりを 今日も感じて/ユー アー マイ ライフ だから/たった一日でいい あなたより永く生きたい 会場のだれもが静かに聴き入った。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ コンサートを開いたり、インターネットを通してアルバムを発売したりして、 徐々にだが活動の場が広がってきた。福祉団体から講演などに招かれることも 増えてきた。今、障害者と健常者の懸け橋になれれば、と考えている。 「水越さんの歌には、押し寄せる波ではなく、 引いていく波の力強さを感じます」 ファクスを寄せた田中さんは二年前に偶然、水越さん母子が出たテレビを見た。 二十年ほど前に知っていた「さわやかな歌のお姉さん」は、 「強さを秘めた女性」に変わっていた。 田中さんも離婚を経験している。「専業主婦生活にピリオドを打ち、 仕事に復帰するのは、とても怖くて勇気が必要だった」と話す。 水越さんの生き方が自分に重なった。 三十代後半。女性がふと立ち止まり、生き方を考え直す時期かもしれない。 悩みを抱える友人の間でも、「水越けいこ」への共感の輪が広がっている、という。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ レイ君は今、東京都内の公立小学校二年生。普通学級に通っている。 近所の子どもたちが毎朝迎えに来る。放課後はボランティアの人が 学童保育まで送ってくれる。仕事で遅くなるときは、友人が助けてくれる。 振り返れば、いつもだれかが支えてくれた。 「レイ君と一緒に前向きに生きていくことでみんなに恩返ししたい」と思っている。 レイ君は音楽にとても興味を持っている。水越さんの歌はほとんど覚えているし、 リズム感もいい。 ささやかなホームパーティーの場になるかもしれないが、母子二人のセッションの 夢が実現する日はそう遠くないかも知れない。 文 ・柏木 真 写真・外山 俊樹

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