|
自己紹介の部屋

ayako について
11月18 日生まれ。20代半ば。蠍座。O型。2歳の子持ち。
職業・・・産婦人科の看護婦さん
趣味・・・パソコン、病院通い(自分の働いているところは嫌い)、
アジアそのもの、裁縫、買い物。 (詳しくはhobbyのページ見てください。
)
好きな花・・・アネモネ
好きな食べ物・・・アジア料理、パン、ドーナツ、スターバックスのアイスラテ
愛用物・・・i Book、シルバーのベンツA
クラス、interFM、ARMANIのGio、カモミールのアロマオイル
嫌いな物・・・バナナ、しつこい人、
好きなタイプ・・・A先生みたいな人(というのは私の担当医の先生。でもだからどういうタイプかって???)
私の性格・・・・寂しがり。独占欲強し
明るいように見せかけ実は暗い。被害妄想強い。人に見捨てられるのが怖い。
人に心開けない。人を信用できない。
何事にも、人に対しても、白か黒の両極端の判断しか出来ない。
人に迷惑掛けないように必死だが、それが逆に迷惑掛けている。
私の病気・・・「境界線人格障害」
それにしても、この病名魅力的でしょ?
世の中には色々な病気があるけれど、こんな魅力的な名前の病気は他にないと思う。(名前だけ)
しかしやっかいな病気だ。
「境界例」という本の表紙の帯に印象的な言葉が書いてあった。
私はこれを見るといつも胸が苦しくなる。
「境界例は、治療者や家族を裸にして生身の自分を出させる。
彼らの出現は、秩序や役割と生身の人間の相克という人間存在そのものへの問いかけであろう」
本当にこの言葉の通り、私は人を裸にすることを求めているのかもしれない。
そして、仮面をはずした裸の自分を誰かに受け止めて欲しいと。
私の症状・・・ 憂鬱、不安感、空虚感、消えてしまいたい願望、自分嫌い、
自傷行為(OD、たばこ、リストカット、根性焼き、過食、拒食)
人付き合い苦手、見捨てられ不安、買い物依存症、
陽性転移(これ重篤)などなど。
日記にはこんな日々のことがせきららに綴られています。 →(詳しくはdiaryの今日の日記へ!!)
なぜ病気が発病したのか?・今の状況
過去
<幼少時代>
私がなぜこのような病気になってしまったかは、幼い頃からの生い立ちにあります。
親がこよなく愛していた「世間体」、そして「お受験」の犠牲者となった幼い私。
親の思い通りに育たなきゃと思っていた。親にとってはいい子。
<中・高校生時代>
それから中学受験をし、私立の中学へ入学したも、ちょっとしたいたずらで退学。
高校時代はかなり荒れていた。たばこは勿論、不登校、クラブ遊び、ドラック、家出、同棲など
→(詳しくはdiaryの幼少、小、中、高校時代の私へ)
<就職後>
なんとか高校は卒業し、看護婦へとなったけど、仕事に対してまったくやる気無し。
心が大切な仕事にもかかわらず、心が腐っている私には向いていなかった。
自分を看護できない人間が人を看護出来るわけがない。
そして人に見捨てられるのが怖く、男に貢ぐ人生を送っていた。
→(詳しくはdiaryの大人になろうとしていた私へ)
現在
<結婚・出産>
その後元主人と出会った。主人は今までのヒモ男とは違い、経済力もあり、しっかり者。
同棲約1年後、妊娠発覚し、結婚へ。
娘が産まれ、一見幸せそうに見えるけど、主人との関係がイマイチ。
主人に対し、愛情や信用が無くなった一番の原因はあの名刺事件だった。
→(詳しくはdiaryの名刺事件へ)
<発病のきっかけ>
(2001.6月)
この時期頃から鬱状態が酷く心療内科に通い始める。なぜかというのは夫婦間が原因。
私たちは喧嘩がたえず、私は我慢の限界となり家出をした。
そこへ私の母が首を突っ込んできたが、それが大きなきっかけとなってしまった。
それに付け加え、主人の転勤話があったため、2年半勤めていた職場を退職。自分の存在価値はまったくないと実感。
過去も今もすべてがいやになり、生まれて初めて薬を飲み自殺を図ったが失敗。
<病名告知>
(2001.8月)
別に自分では病気だとは思わなかったが、クリニックへは頻繁に通う。
ある日先生より病名を告知される。「あなたはBORDERLINEです」と。
自分は病気なんだと思うと鬱状態が日に日に酷くなる。
この頃から担当医の先生への陽性転移で悩み始める。
なぜ生きているのかが分からなくなる。
<泥沼>
(2001.9月)
その後、育児と旦那と病気との闘いに疲れ、3週間ほど二人と離れて一人になってみるも、それが余計悪い結果へ。
OD三昧の日々で記憶無し。人間らしい生活を全く送れず。
9月11日あのテロ事件の日。中継を見ながら薬を口に一粒一粒運び、
自殺を再度試みるも、またもや失敗。
救急病院へ行き、点滴をする。
結果・・・娘がいてくれるおかげで、私は人間として最低レベルだけど機能しているんだと実感。
娘に感謝。ODもほどほど、なんとか家事も育児もこなし人間らしい生活を送る。
<入院>
(2001.11月)
しかし、丁度長袖の季節からリストカットが止まらなくなる。なぜ生きているのか本当に 分からなくなる。
毎日自殺願望に悩まされる。無気力。自己嫌悪にいつも陥る。
そこで11月14日〜12月8日までK大学病院精神科へ入院。
入院中カッターが無いことにイライラし、リスカの代わりに根性焼きをする。
その数20個近く。(注:ヤンキーではありません)
入院中、恋愛依存症が勃発し、ある男性と恋へ落ちる。
<退院後・泥沼2>
(2001.12月)
退院後、その苦しみ、旦那にもばれたこと、入院生活があまりにも楽しすぎて現実とのギャップをもろに受け、
生きていることが嫌になり、自殺を図る。今回は本気だった。
旦那も出張中、友達にも誰にもさよならメールも送らず、一人静かに薬を飲み始めた。
しかし気づくと、体中管だらけ・・・そう私はICUにいた。
ここは、今は亡きネットのアイドル「南条あや」さんが運ばれたところと同じ病院。
彼女はここで永遠の眠りについたのだろう。しかし私は旅立つことが出来なかった。
最近私の様子がおかしいと友達が察知して、私が倒れているところを発見したのだった。
その後も生きている意味が本当に分からない。一日中ベッドから動くことが出来ない。
毎日死ぬことばかり考えている。
それでも旦那は病気の理解がない。どんどん私を傷付ける。
もしかして私が死にたくなるのは旦那のせい?と思い始める。
<離婚騒動>
(2002.1月)
元旦から離婚騒動。お互いの両親を交え、家族会議の結果離婚へ。
すべて私の異性関係のせいになっている。他にも問題はあると私は思うが・・・
予定通り元の職場で仕事復活。
1月18日協議離婚へ。1月26日引っ越しして本格的な母子家庭となる。
なぜかこの頃から自殺願望がぴたりとなくなる。リストカットもしなくなる。
やはり結婚生活が大きな原因だったと思われる。
<母子家庭>
(2002.2月)
仕事を始めて忙しくなったためや、引っ越しして家が遠くなったため、クリニックへ行く回数が驚くほど減少。
週4回から週1回へ本当はもっと通いたいのだが・・・
入院中恋に落ちた男性とずるずると関係が続いていたが、彼は鬱病、その彼の支離滅裂な答えのない話しを聞いていると
いつも不安定になる私。そして別れを決意。
しかし彼も離婚へ。またまた関係復活。でももう正々堂々とつき合える関係でしょ?
<事件が耐えない> 生活が落ちついてきたせいか、どっと疲れが出て鬱モード突入。
(2002.3月)
そして・・・彼も離婚して子供を失った事へのショックとこの春という季節柄、鬱モードへ。
そして、ついに私にリタリンが処方される。
<ネット恋愛>
(2002.4月)
自傷行為=血抜きが止められない、止められない・・・で、彼まで一緒にやるようになってしまった。
しかし、その彼と血抜きをやってしまったことに酷く後悔する。彼とは当分会いたくなくなる。
いや、嫌悪感まで覚えた。彼とはお別れすることとなる。
そこで、丁度いいタイミングである人から私の日記を読んでのメェルが来るようになり、
私たちはメェル交換をするようになり、会うこととなる。そこでお互い引かれ合い、付き合うこととなる。
まさに流行の「ネット恋愛」
少しはそれで私も落ちついたもののやはり先生に対しての想い「陽性転移」は相変わらず。
またもや先生に告白第二弾をしてしまう。勿論うまく交わされる。
しかし今の彼はそんな私のすべてを受け入れてくれている。
|