四柱推命も占星術も、季節の変化が占いの原理の一つとなります。
地球は、傾いて太陽の周りを公転しているため太陽が天空上を通るにつれて、
高度も昼夜の長さも変わるため、地球上に季節の変化が起こるのです。
古代中国人はこの点に注目し、春分の位置から黄道(天球上の太陽の
通り道)を、角度によって二十四等分し、その等分点に太陽がきたときを
二十四節気といって、現在用いている暦の上の季節となります。
四柱推命では、これを用いて人の運命を占うわけです。二十四節気で、
運命を占う理由は、現在用いている太陽暦は、1年間の太陽の運行を正確に
は示しますが、一ヶ月の長さとか四季の移り変わりという点には
重点がおかれていないので、太陽暦の月日には暦法上の意味がなく、
季節を示していないのです。
わが国においては江戸時代の中期に、推命学「淵海子平」が中国から
渡って来ました。その後、文政年間に長崎の医師・桜田虎門にによって
「推命書」という書物が著されましたが、これがわが国における
四柱推命のはじまりと言えるでしょう。
四柱推命の発達の歴史が示しているように、四柱推命は東西の占星術
の枠を集めて作られたものですから、その的中率は他の占いの追従を許さない、
ひじょうに高いものなのです。生まれた年・月・日・時の四要素を4つの柱とし、
五行を陰陽に分けて十干とし、これに十二支の「干支」を配して、一定の法則、
つまり、運命方程式−相生・相剋・大過・不及・旺衰などを考えて、
その人の運命を占います。これが「四柱推命」というものです。