My Greek Tour(1/10)  [Index Page に戻る]

3/21(木)<第一日>リカヴィトス山・パルテノン神殿−[1]



 関西国際空港を3/20(水)午後1時ごろ出発し、アムステルダムを経由して、3/21(木)午前0時ごろアテネ空港に到着する(KL868便:to AMS/KL105便:to ATHENS)。日本とギリシャの時差が7時間だから、往路はちょうど18時間の行程ということになる(20日は朝5時起きだったから、26時間以上起き続けていた!!)。アテネ空港の入国管理チェックは日本のローカル空港並み以下で、スーツケースの割り符の照合も無いという有り様であった。イスラエル情勢が悪化している折でもあり、米国がアテネ空港のセキュリティに関して懸念を表明していたのも、十分に納得のできることである。後で判ってくることなのだが、ギリシャ正教を国教としている国であり、それに基因すると思われる公衆道徳の水準の高さが、治安の良さを保証していたのである(犯罪は“ポン引き”など詐欺まがいのものどまりで[“ポン引き”には相当巧妙なのがある]、劣悪な犯罪はほとんど無いらしい)。
 ホテル(HOTEL PRESIDENT)は、二十階建と構えだけは立派だが、エレベーター(偶数階用と奇数階用が別になっている)と一つしかない非常階段が背中合わせにくっついて、火事が発生すれば焼け死ぬこと間違いなし(あてがわれた部屋は19階にあった)という<致命的な>欠点からすれば、一流どころか、せいぜいでニ流、あるいは二流半のホテルであった(アテネの中心街へ出るにもバス等で10分ほどかかるという意味でも二流である)。
 風呂に入り眠りに就くが、疲れ過ぎてかえって意識が途切ぬままに第一日目の朝を迎える。朝食(コンチネンタル・ブレックファースト風のバイキングで、5日間ともほとんど同じ)を食べ、早速トロリーバスで中心街へ出かける(バス料金は一律75ドラクマ<100円=約220ドラクマ>だから、30数円、とにかく安い>で、チケットは街角の至る所にあるキオスクで売っている)。バスは(地下鉄も)いわば自己申告制で、バスの中にあるチェックボックスに自分でチケットを差し込む(すると日付等がプリントされる)、ただそれだけである。誰に見せる訳でもなく、また誰に渡す訳でもない。だから、いとも簡単に無賃乗車ができるのだが、誰もそんなことをしょうとしないようである(モラルが高い、ギリシャ正教の影響?)。

 <シンタグマ広場>=国会議事堂などがあり、アテネのオフィス街の中心

 観光ガイドをほとんど読まずにやってきたのが災いして、アクロポリス(=パルテノン)に行くつもりが、反対方向にあるリカヴィトスの丘の梺にやってくる(中心街から北東方向)。ケーブルカーで頂上に登るが、ケーブルカーがあるだけのことはあって、アテネの市街が360度のパノラマで展望でき、まず最初の“感動”を味わう。(1821年、独立戦争が起こりギリシャの首都に選ばれた時のアテネの人口は、20万。現在の人口は、400万。)

 <リカヴィトスからの展望>=中央にパルテノン、左上はピレウス港、左下に国会議事堂

 アテネ市街を鳥瞰しえたことで、間違えることなくパルテノン(アクロポリス)に向かえることになる。パルテノンに近づくにつれ、街角からその都度かいま見えるその城壁は想像していた以上にそびえたっていて、“睥睨する”とは正しくこういうことかと思わせるに十分なものであった。そのことに心を奪われていたということではないのだが、今度はパルテノンの入口をめぐって、それこそカフカの『城』の主人公の気持ちを味わうこととなる。西側に古代より唯一ある入口を見つけるまで、四分の一周は無駄足を踏んだのである。

 <ローマン・アゴラ>

 <アテナ・ニケ神殿>=パルテノンの南西端

 <プロピュライア>

 <プロピュライアからのパルテノン>

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