My Greek Tour(4/10)  [Index Page に戻る]

3/22(金)<第ニ日>アカデミア跡・蚤の市界隈・ピレウス港



 ようやく“まともな眠り”を眠ることができて、爽快な朝を向かえる。午前中は“青バス”(市内便および近郊の街まで行く便、いずれの便も料金は一律で75ドラクマ)に乗り、アカデミア跡にゆく。アカデミア跡は、遺跡公園のようなものになっていて、昼間から一組のカップルが逢瀬を楽しんでいた(男女が“いちゃついて”いたのを見たのはこれっきりで、こうしたことが公衆の場で少ないことも、ギリシャ正教に影響されてのことかもしれない)。うらさびしくて、造ってはみたものの管理の行き届かない日本の都会の公園さながらであった。

 <アカデミア跡>

 <アカデミア跡の石柱>

 <アカデミア通りの八百屋>

 <オモニア広場のキオスク>

 オモニア広場界隈はアテネの繁華街の中心で昼夜を分かたず車と人とでごったがえしている(浮浪者たちやぶらぶらしているだけの若者たちの溜まり場でもある)。車と人が多ければ慌ただしさが不可避の事柄となるのは当たり前であるが、アテネの場合には、歩行者用の青信号の時間が極端に短く、車用の信号が赤信号になった途端に早足で歩き始めないと道路の向こう端に着く前に信号が変わってしまうので、慌ただしさが倍加されたように感じざるをえないのである。そういう意味では、現代のアテネは若者向きの街といってよいかもしれない。
 人通りの多い所かならずキオスクありで、バスの切符や、たばこ、お菓子、ドリンク、新聞、雑誌などを売っている。公衆電話もそこに備え付けられている(したがって電話ボックスの数は極めて少ない)。タクシーの営業と同じで、キオスクの営業にも当局の許可が必要となっている(その営業権は高値で売買されている)。
 矢鱈と数が多いのがキオスクだが、それと反対に極めて数が少ないのが公衆トイレである。地下鉄の構内以外にはどこにも見かけなかった(発展途上国と同じようにアテネの地下鉄のトイレにはトイレ番がいて、“寄付金”を集めていた)。博物館や美術館などには勿論あるのだが、電話局などには無い。旅行者だけでなく、アテネ市民も仕方なく、カフェやレストラン(“タベルナ”)で用をたしているのかと、不思議に思ったことである(このことは結局誰にも訊ねじまいに終わった)。

 <蚤の市界隈から望むパルテノン>

 <モナスティラキ駅>

 アテネの地下鉄は一本のみで、ピレウスとキフィシアを結んでいる。そのほぼ中心にオモニア駅が位置しており、モナスティラキ駅はオモニア駅から一つピレウス寄りの駅である。
 地下鉄はバスと違って、区間制となっていて、一区間75ドラクマ、である。とは言っても、全区間(ピレウスからキフィシアまで)でもニ区間しかなく、ピレウスからキフィシアまで乗っても運賃は150ドラクマである。(交通機関の料金はとにかく安い。タクシーの基本料金でさえ200ドラクマである。)
 午後は昼食後、ヘファイストス神殿やアゴラを見るつもりだったが、閉館時間(午後3時)の関係で見学を見合わせ、急遽ピレウス港に行くことにする。
 ピレウス港には、エーゲ海の島々に向かう大型フェリーが十数隻碇泊していて、空の玄関であるアテネ国際空港よりもこちらの方が、格段にインターナショナルな雰囲気がただよっていた。

 <ピレウス駅>

 帰りの地下鉄でちょっとしたアクシデントが発生した。というのは、予備知識もなしに漠然とバスの切符と地下鉄の切符が同じものと思い込んでいて、手持ちのバスの切符(キオスクで10枚綴を買っていた)で地下鉄に乗り込んだのだが、めったにないことだろうが係官の検札に遭遇して、“違法行為”を指摘される。日本の係官のように“温情”はさらさらなく(バスの切符とはいえ75ドラクマの切符に日付打ちを済ませていたのだから温情をかけられてもしかるべきである)、罰金を払わされる。罰金は通常料金の20倍、つまり、1500ドラクマであった。かわりに、違反の明細を記載した“証書”をくれたが、お土産代わりにそれを買ったと思えば、負け惜しみではないけれども、かえって“いい買い物をした”と言ってよいくらいで、意外に後味の“さっぱりした”アクシデントだった。

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