筆者の独り言

私が教育について考えるならば、まず、教える側の教師の質の向上を求める。そのために、教師の中にも積極的に良くしていこうと考えている方も多いのも事実だが、ただそのための機会が少ない。例えば、子供の知性、特性を生かせるにはどうしたらいいのか?それをもっと考えて実行できるような機会、場をもっと与えるように配慮するのが大切だ。そして、教師一人一人がもっと良くしていこうと、そういう人たちをどんどん作って自発的に、変えていけるようなシステム作りも必要だ。それを学ぶための機会を与えたりそれは、時間的にも金銭的にも。年に何回かはそういう勉強が出来るようにする。単純にこれからトップダウン方式によって、言われたことをする時代ではない。これからは、インターネットを始め、より個性化が進んでいく。そうなると、個別に応じた対応、フレキシブルな対応が求められる。そのためには、一人一人が上のいわれたことだけをしていくような思考だと、追いつかず、一人一人が判断して動けるようにして、責任を持てるような環境が必要だ。そうすることは、結果的には、教師の自立にもなるし、各々の特性をもっともっと生かしたものとなってくる。今までの画一化された教育は、個性を失わせていたところがある。いよいよ、時代は進んでいっている。それに伴って教育自体も変わるべきだと思う。
つまり、教師が一人一人がよりよく自分たちからしていこうと。そういう気持ちが一つ。それから、その気持ちが自由に生かせる場、それは教師がいろいろな勉強が出来る場、時間、金銭的ゆとりこの2つが必要だと思う。こうすることは、教師自身のより自分自身の知性の向上や、いろいろな自由な研究から、多くのことを生み出すだろう。それは、単純に今の問題を解決するためのスピードや方法に対して有効だけでなくて、真の教育に向かってもっと多くの人が考え行動が出来るわけだから、日本全体にも影響を与えることになるだろう。
教師側からもっとそのようなフレキシブルな思考や行動が子供たちに影響を与え、より自発性や、積極性にも出てる。しかし教師のほうから、そのような思考がないようだったら、それは子供にも影響を与え、与えられたことをする雰囲気から、それが抑圧にもなるしより自由な発想もなくなってくる。

ということで、国にお願いしたいこと。もっと教師自身が自由に動けるように、機会を与えて欲しい。それは、そのための場と時間的ゆとりと金銭的ゆとりの3っつである。例えば、自由に大学の研究機関とコンタクトが取れたり、勉強が出来たり、あるいは民間の協力も可能なように。そのようなシステムだ。 そして、もっと言うならば、教師自体の給料というものも、よりいい人材を集めるためにはあまりにも貧弱という気がする。もっと日本のことを考えているならば、その辺もかんがえてほしいものである。