今の十代の人に一言
私なりの考えを書きました。人によっては色々な考えと言うものがあるものです。これはですから。違っているかもしれません。しかし、現実を見るとそう感じざるを得ません。ですから、別の見方があると言う方がいらっしゃいましたら、メールにてご意見をお知らせください。


2001年1月29日
                                山本祐暉
学生のときと言うものは学校教育というものがあり、なかなか個性的な人や型破りの人には少しその人の個性が生かせないような環境となっています、これは今の教育の問題でもあるのですが、少しずつそのことに気づき始め、これでいけないと思って、「個性豊かにたくましく生き抜く力をはぐくむ教育  同和教育、個性を認めて支えあう。 」と言うスローガンの元で、各学校の先生が総合学習と言って、各学校の特色を出して生徒に応じた体験学習を取り入れることをしようとしています。試行錯誤で行えるようになってきています。 少しずつ教育と言うものも変わってよくなりつつあるように感じられます。
しかし現実には、一人一人の個性というものをつぶしてしまっている教育に感じます。画一化された教育でその中でよく覚えた人がトップになるが、実際に社会に出て通用する人と言うのは人間性と記憶力ではない頭のよさです。そんな中で生きづらい学校生活を感じられている方もいらっしゃるかもしれません。しかし、ここで環境のせいやまわりのせいにすると、自分自身の問題というものが、なおざりになってしまいます。そんな中で、今なにをすればいいのでしょうか?実際に、勉強に対しての価値を見出せない方もいらっしゃることと思います。そして、何のための学校なのかと言うことを感じられている方もいらっしゃるかもしれません。単純に目の前のことをなしていくことがロボットのように感じられているので、もっと人間らしくとはなんだろうかって。でも自分自身を見てみても変わりたいけども、そんなにすぐには行動するのは難しいと感じられているひともいらっしゃるかもしれません。 そんな価値を見出すために、街を歩いてみたり、雑誌や本をみてみたりして、恋愛に走ったり、ユーモアつまり楽しみを求めて友人の会話に一生懸命になるかもしれません。また自分の可能性をスポーツにぶつけようとして自分の存在理由、存在価値というものを見出そうとしているかもしれません。消極的な人はそのような行動自体がするのに気後れし、少し違った形ででてくるかもしれません。 いろいろありますが、やはりその背景は自分自身の存在理由、私が他に対しての位置づけ、あるいは自分と他人との関係とは、自分のことをわかってほしいけどどうすればいいのか?相手と理解しありたいけどそうすればいいのか?このあたりがわかってこないと、なかなか今何をするればいいのかが見えてくることができません。なぜなら、本当の喜びというものは自分自身だけの喜びというよりも、分かち合った喜びのほうが大きいと言うことに気づくからです。そうすると、個人主義のこのご時世の中でなかなか、相手を本当に思いやったり、励ますことの機会が少ないように思います。もともと人間として生活の中で存在していたものを取り戻す必要があると思います。そして、その過程で自分自身の価値観、目的というものを自分自身で見出されて欲しいと思います。

その答えは、自分自身の中にあります。目上の人からこれこれやれと言って、やるのはそれは義務や強制労働のようなものです。その答えをだしやすいような方向へ持っていくことは出来ます。しっかりと自分自身に対して問いかけて、自分の本当の求めているものは何なのかと言うことを自分自身で知りましょう。


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