今日の天気は、やや霧がかかっているものの、いい天気。
 うまい具合に晴れたもんだ。

 今日俺は、名雪とデートを約束している。
 昨日の夜あいつが誘ってきて、正直俺としても嬉しい限りだったので、快くOKした。
 二人だけで出かけるのは久しぶりなので、誘われたこっちが変に緊張してしまった。
 おかげで、まだ約束の時間には3時間以上あるのに、えらく目が覚めてしまっている。


6:30


 ひさしぶりの日曜の早朝。
 いつもだったらまだ布団の中で寝息をたてているんだろう。
 それなのに、今日は身支度まで済ませてしまっている。
 ちょっと気が早いかも。

 なんか妙な気分だな。

 今日に限ってなのか、それともいつもこうなのか、外界からの音はまったく聞こえない。
 凄く静かで、音が無くて落ち着かないんだけど…それがどうにも心地良い。
 ちょっと矛盾した感じもするけど、そんなのもいいよな。



(名雪は起きてるか〜?)

 俺は、名雪の部屋の前にやってきた。
 部屋の前で聞き耳をたててみるけど、案の定なにも聞こえてこない。



「……………………………………………………………………………………」

 この無音だと、家の中にはだれもいないかのような気分になってくるな。
 いつもなら凍えるほど寒くて、こんなに落ち着いていられないはずなのに、今日はそんな寒さも、いつもより気にはならない。

 下、行ってみよう。





「スゥーーー………」

 いつもと空気の感じが違うのが実感できる。
 妙にいつもと違う雰囲気のせいだろうか。

「ん…」

 きまぐれな気分が起こった。
 ちょっと散歩にでも行ってくる。





ヒューーーーーーーー

 風が吹いてくる。
 う、ちょっと肌寒いな…

 そう思うんだけど、家に戻る気にはならない。
 なんだか歩きたい気分なんだ。
 だから散歩にでてるんだ。





 あらかた歩きまわってたら商店街の方に来ちまった。
 朝の商店街もオツなものだよなぁ。
 人一人見えやしない。
 こういう時、誰か知り合いにでも会うとおもしろいかもしれないんだけどな。

「……」

 と、思ってると、前から人が歩いてきた。

(誰だ?)

 距離は50メートルくらい先にいる。

 40……ー

 30……ー

 20……ー

 ここまで近づいているのにピンとこないって事は、知り合いじゃないだろうな。
 第一、よく考えてみたら、あんな格好するやつ、知り合いにはいないぜ。
 先にいる人…男は、この寒い中、薄手のシャツの重ね着だけだ。
 サングラス付き。

(寒くないのか?)

 ハッと気づくと、俺とその男の距離はもう目と鼻の先だった。

ドクン ドクン ドクン

 妙な緊張感だ。

「……」
「……」

スゥ…

 俺達はすれちがった。

…ふぅ。
 なんか、疲れちまったな。
 いつもは人で賑わってる商店街だ。
 いつもと全然違うだけに、人一人とすれちがうだけでも結構神経使うもんだな。

(さ、そろそろ帰る時間か…)

 そう思い時計をみる。
 うん…現在は7:03か。
 もう秋子さんは起きているんだろうな。
 俺は、散歩もそこそこに、帰途についた。





「あっ、おかえり祐一」

 水瀬家の玄関をくぐると、奥の方から名雪の声が聞こえてきた。

 なんだ、もう起きてたのか、あいつ。
 たしか、聞こえてきたのはキッチンの方からだったな。

「もう起きてるのか名雪」
「うん…まだちょっと眠いんだけどね」

 ちょっと目をこすりながら、名雪。

「なんで、こんなに早く起きてるんだ?」

 名雪につられて目をこすりながら、俺。

「うん。夕べは十分眠れたから」
「と、いう事は12時間寝たってのか?」
「う〜ん、昨日は20:40に眠ったから、眠ってた時間は9時間くらいだよ」
「なんだ。眠れてないじゃん」
「うん…でもね、なんかいつもより眠くないんだ。…ふぁ〜ー…」

 欠伸しながらよく言うな。
 でも、寝ながら活動していないところを見ると、本当によく眠れたのかもな。

「それよりもさ、名雪はここでなにやってたんだよ」
「ん?わたし?」

 なんかちょっとあわてた様子。
 それともいつもこんなだったか。

「わたしはね、今日はお母さんいないから、朝ご飯つくろうと思ってたところ」
「あれ? 今日秋子さんいないんだ」

 こりゃ初耳だ。
 いつ出かけていったんだ?
 今朝はもういなかった事になるのか。
 それとも、俺が散歩に行っている間に出かけていったのか。

「そ、それでね祐一。わたし、これから久しぶりに朝ご飯つくってみようと思うんだけど、いいかな?」
「変な質問だな」
「え?そ、そう?」
「俺だって、名雪のつくった朝飯は食べたいぜ。わかってるだろ?」
「う、うん。まぁ…少しは」
「じゃあ、頼むな」

 名雪にそう言うと、元気よく返事をし、キッチンの方へ入っていった。
 俺は、いつもの椅子に腰掛けながら、ボーッとでもしてようと思う。


トントントントン…
ジジジジ…


 やはり、『つくる』と言ったわけだから、いつもみたいにトーストとはいかないよな。
 調理の音っていうものが聞こえてくる。

「ねぇ、祐一」

 キッチンから話しかけてくる。

「なんだ?」
「今日の祐一って、なんか落ちついてるよね」
「ん、そうか?」
「なんか雰囲気が違うよ」
「今日の空気のせいだぜ、きっと」
「空気?」
「そう」

 ひんやりとしている空気はまだ続いている。
 なんか、霧でもかかっているかのようなぼんやりとした感じの空気。
 実際霧はかかっている。
 この空気が俺を少し変えているんだろう。

「な〜んか、心がなごむんだよな〜」
「ふ〜ん…あ、そういえば、今どこに行ってたの?」
「うん、別にどこに行ってたってわけでもないんだが。散歩だよ」
「へぇ。祐一って朝早く散歩する事なんてあるんだ」
「そんなにしょっちゅう行ってるわけじゃないぞ。今日みたいに、行きたくなるような雰囲気の時だけだ」

 それだったら、お前がこういう時間に起きている事も、俺にとっちゃあ不思議なんだぜ。

 ふと外を見てみると、まだ霧は晴れてない。
 それよりか、多少濃くなった気さえする。

「ところでさあ、今日どこ行くつもりなんだ?」

 出かける約束はしたけど、どこに行くかは聞いてない。

「まだ決めてないんだ。どっか歩きながら一緒に決めようと思ってて」

 う〜む。
 行き当たりばったりなやつだなあ。
 でも、この霧の中を二人で歩くのもいいかもな。

「祐一、朝ご飯できたよ」
「お、そうか。じゃあ早速食べるとするか」
「祐一…」
「わかってるよ。…いただきます!」
「いただきまーす」







 朝食も食べ終わり、ちょっと暇だ。 
 朝食を食べたその場所で、俺はボーッと。

 まだひんやりとした、霧の空気は残っている。

「ねぇ祐一、朝ご飯おいしかった?」
「おう。旨かったぞ」
「うん…ありがとう」

 そういえば、今日は車の音を聞いてないな。
 いくら日曜だからって、めずらしいな。
 俺って運いいのかな。

「あと少ししたら行こうよ」
「ああ」

 俺の返事を聞くと名雪は、階段へ向かっていった。

………

 着替えてきたりするのかな。
 俺は…このままでいいや。





「わっ、今日の霧ってなんか凄いね」
「さっきより濃いなこれは」

 俺が散歩した時はそれほど気にならなかった量だったのに。
 もうそろそろ、視界にも影響がでてくるくらい。

「どうする?やめとくか?」
「ううん、行く!」
「言うと思った」

 とは言うものの、特に行き先が決まっていないわけなわけで。
 名雪の提案で、とりあえず俺が散歩したコースを巡ることとなった。

 俺がさっき廻った所っていうと、まずは…ってか、学校と駅前と商店街しか行ってなかったんだなー。





霧の中の学校。

「霧の中の学校って、なんか格好いいね」
「そうか?」
「なんか、いつもと雰囲気が違ってて。なんか、今日はいつもと違うものがたくさんあるね」
「そうだな」
「部活とかやってるのかな?」
「微妙なとこだな。雨降ってるわけじゃないし。文化系ならやってんじゃないか?」
「行ってみようよ」
「薄々感づいていたぜ、そのセリフ…」

 霧の中の学校っていうのは俺は初めてだな。
 もう慣れたこの学校もこういう雰囲気になると、初日に逆戻りって感じだな。

 学校内の教室に電気は付いてない。
 職員室にも誰もいないみたいだ。

 運動場も、生徒の姿は無くガラーンとしている。
 運動場がガラーンとしているっていうのもなんか変だが。
 ともかく、人や動物がいるとは思えない。

「ねぇ祐一、運動場の見てきていい?」
「ん?別にいいけど」

 変な質問をした名雪は、俺の了承を受けるとすぐ運動場の中心に向かっていった。

 あいつ、何考えてるんだ。
 戻ってきたら聞いてみるか…。

 それにしても凄い霧だな。
 服が心無しか湿ってきている気がする。

 名雪の後ろ姿も見えなくなっちまった。
 でも足音はちゃんと聞こえる。
 あたりまえか。



:



 もう5分は経ったぞ。
 なんで戻ってこないんだ……ん?

「名雪……?」

 かなり濃くなった霧の中に、人影が現れてきた。
 あんまり背は高くないようだ。

「名雪だろ?」
「祐一ぃ…」

 ふぅ。
 安心した。

 霧に現れたシルエットは、徐々に名雪の姿に変わっていき、その霧の中から名雪が姿を現した。

「随分遅かったじゃないか」
「うん…迷っちゃって」
「迷ったぁ?お前、ここ運動場だぞ。迷うか普通」
「祐一、周り見てみて」
「周り?」

周りがどうしたって…

「なんにも見えない、な」

 俺と名雪の距離は2メートルほどだ。
 さっき姿が完壁にわかってからさほど名雪は移動してない。
 ここから5メートルも離れれば、またさっきのシルエットに逆戻りとなる。
 もちろんさっきと違い、校舎もほとんど見えなくなってる。

「ほら」
「………」
「………」
「すまなかった」
「いいよ。そのかわり」
「イチゴサンデーか?」
「うんうん」
「はぁ…また出費が嵩むのか」

 名雪におごる為、商店街に向かう事になった。
 名雪は、思わぬところでの収穫というのでなんか張り切ってた。

 このくらい濃いんだったら、車に会わなくてもおかしくないかもな。





 いつものトコで。
 いつものように。
 いつものものを頼む俺達。

「お客さん、少ないね」
「少ないというか、俺達だけだけど。まあ、こんな霧の中じゃあ、出かけたくもなくなると思うが」

 午前だというのも要因にある。

 店内は、俺と名雪の二人だけ。
 ウェイトレスもさっき注文を頼んでから引っ込んでいって、俺の視界には入っていない。
 掛かっている音楽の音量が、いつもより大きく聞こえてしまう。
 俺の前に座っている名雪も、どうも落ち着かないようだ。

「名雪、なんか落ち着かないよな」
「うん。待ちどうしくて」

 お前はだから落ち着いてなかったのかよ!

「客がいないのは気にならないのか?」
「前にも誰もいない時あったから」
「そうか。俺は初めてだからな」
「おまたせいたしました」

 うわっ!

「イチゴサンデーに、コーヒーです」

 そう言って、イチゴサンデーとコーヒーを置き、戻っていく。

「祐一、なにびっくりしてるの」
「い、いや。いきなり居たもんだから…」

 にやにやとにやつき始めた名雪を横目に、運ばれてきたコーヒーに手をつける。

 そういえば、さっきのウェイトレスさんはもう見えないなぁ。
 顔もまともに拝めなかったぜ…
 あの人はこういう日にも遠い所から働きに来てるんだろうなぁ。
 遠くなくてもいいけど。

'ズズッ…'

 口に含んだコーヒーは、丁度いい甘さで、香りのなかなかのものである。
 ただ、"あつい"ということを除けば。

「アチッ!」

'ポタ、ポタタ'

 勢いでコーヒーがちょっとこぼれてしまう。
 んで、

'ポポタ'

「アチチッッ!!!」
「もう、祐一。さっきからうるさいよ。食事中は静かに!」
「あつかったんだから仕方ないだろ。大体、食事してるのはお前だけだし、そもそもこれって食事っていうのか?」
「ん〜っ、おいし〜」

ぱくぱくぱく

「てめ…」

 聞き流しなのかマジなのか。
 二者択一だが、タイミング的に前者なんだろう。
 ただ、相手が相手だから言い切れないところもあるな。

 ひょいと、テーブルにあるセルフサービスの紙をいただく。

'サッサッ'

 一応は拭いておかないといけないよな。
 ズボンは大切にしないと。

 俺はあらためて座り直し、正面を向く。

 俺の正面っていったら名雪だ。
 相変わらず機嫌良さげの表情で、イチゴサンデーをぱくついている。
 まだ午前中なんだよなぁ。
 こいつ、昼代とかは持ってきてるのか?

 あ、クリームがほっぺたについてる。

"ん?"

みられた。

「なに?」
「いや…」
「気になるよ」
「なんでもないって」
「あっ、わかった。一昨日の事気にしてるんだ?」
「一昨日? 違う違う、本当になんでもないって。あ、この場をかりてあらためて言っておくが、あれは偶然だからな」

 一昨日の事っていうのは、同居しているのなら一度は遭遇するだろうアクシデント、風呂での鉢合わせだ。

 一昨日の夜、部屋で適当にごろごろしていたら、時間21:00を過ぎていた。
 さすがにもう名雪は入ってないだろうと、俺が風呂に入ろうと風呂場に向かい、そのドアを開けると…

 あとは各自で邪推してほしい。
 きっと大体あたってるだろうから。

 全ては俺の時計の電池切れが原因で引き起こされた惨事だったんだ。

「ふふ、祐一ってば大胆なんだから」
「おい」
「あはは。冗談だよ」
「まったく…」

'ズズズッ'

「そういう気分になったら、直接部屋にくるもんね」
「ブッ!」
「あははは。冗談だって」
「アチィ! 人が飲物を飲んでいる時にそういう冗談を言うな!」

 ったく、また拭かなきゃならない。

'サッサッ'





「あ〜おいしかった。ごちそうさまでした」
「よし、じゃあ行くか?」
「うん」

 お勘定を払いにレジへ。
 もちろん俺払いだ。
 そうでなくても、名雪はもうこの室内にはいない。
 強制的に俺が支払う事になるわけ。
 さよなら漱石。



「う〜ん。まだ霧は晴れてないな」
「ねぇ、もう一回学校行こうよ」
「またか?俺今日これで三度目なるんだぞ」
「いいじゃない。時間はあるわけだし、元々行く所なんてないんだから」

 俺は今日、人生初の学校休日三回訪問をする事となる。





後編

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