ある日の夜、ぼくはなつかしい夢を見た。
『ただいまー』
『おかえりお父さん』
『ただいま雅史。今日はプレゼントがあるぞ。ほら』
『何が入ってるの? 本かなぁ』
『中を見てみればわかるだろ?』
『うん』ガサガサ
『やっぱり本だ、結構厚いね。題名は、隠れた日本の名所?』
『そうだ。最近は昔よりずっと旅行する人が増えた。交通機関も便利になって外国にも手軽に行けるようになった』
『うん。ぼくもいつかはニュージーランドとか行ってみたい』
『そう。外国に旅行したい。だれもが一度は思う事だな?』
『うん』
『でもな。ハワイやイタリアやフランスとかの外国を先に観るよりいや、観る前に、自分達の国である日本を観てみようじゃないか』
『でも日本はどこもあまりかわらないよ』
『それは雅史がどこにも行ってないからだよ。だからそう思うんだよ』
『行ったよ。このまえ修学旅行で日光へ行ったし、去年も家族みんなで沖縄に行ったじゃない』
『そんな所はだれでも行ってる』
『嘘だぁ。浩之は沖縄行ったことないって言ってたもん』
『一般的にだ。一般的。沖縄も日光も地名は有名だろ?』
『うん』
『有名なとこっていうのはたくさんの人が行ったから有名なんだよ』
『ふうん』
『そこで、この本にはな、あまり人は行かないけど旅行としてはとてもいい場所がたくさん載ってるんだよ』
『へぇ〜』
『それを読んだらきっと色々行ってみたくなるぞ』
『じゃあ晩ごはん食べたら読んでみるよ』
『うん、それがいい。ところで今日のごはんはなんなんだ?』
『ぼくもまだ見てないからわからないよ』
『そうか。じゃ一緒に見にいこう』
『うん!』
『お父さん!』
『ん、どうした雅史』
『これってなんて読むの?』
『どれどれ、ん〜、これはつるきや、いやつるぎやかな。あっ、ほらここにアルファベットで書いてあるじゃないか。フム、どうやらつるぎやと読むみたいだな』
『ふうん、この漢字はつるぎやって読むんだね』
『そうだぞ。雅史そこが気に入ったのか?』
『うん。この本には大きいビルとかが少ないから目立つよね』
『この本によると隆山温泉という所にあるみたいだな』
『ぼくここに行ってみたい』
『じゃあ、雅史がアルバイトができるようになったら行ってみるといい。でもここは高級な方の旅館だからかなり貯めないとダメだな』
『どのくらい?』
『最低30万くらいは必要かな』
『そんなに〜?』
『どうした、貯める自信がないのか? 父さんなら一月で稼げるぞ』
『そりゃあお父さんは働いてるもん』
『雅史だってアルバイトすればすぐ貯まるさ』
『そ、そう? じゃあぼく高校生になったらアルバイトしてお金貯めるよ。それで絶対にここにいってみるよ』
『よ〜しその意気だ。そのときになったら父さんも少しはお金を出してやるからな』
『うん。絶対だよお父さん』
この夢は、ぼくが今日いつもより早く起きた大もとの理由を、そのまま再現している。
あの時は確か、小学校6年生だった。部屋で、卒業文集に何を書こうか迷ってたんだ。そしたらお父さんが帰ってきて、お出迎えに言った時にこの本をくれた。『隠れた日本の名所』
あの日は、文集の事を考えるのも忘れ、久しぶりに深夜まで起きてこの本を読んでたっけ…
昔の記憶に浸っている途中、ふと時計を見ると、510
「あっ」
思い出に浸ってる場合じゃなかった。そろそろ行かないと雛山さんとの待ち合わせに遅れる。
雛山さんというのはE組の雛山理緒(ひなやまりお)さんのことで、鶴来屋へ行くためにするアルバイトの事で、浩之に相談したら、『理緒ちゃんならいいとこ知ってると思うぜ』
との事で紹介してくれた。
雛山さんの本人談だけど、1日に6つのバイトをこなした事もあるらしい。半年ほど前に駅前にいたネズミ、じゃなくてラッコの着ぐるみも、中身は雛山さんが入ってたということを聞いたときはびっくりしたなぁ。
ガチャ
バタン「いってきます」
いつもみたいに大きい声で言うのも時間的にダメなので、挨拶は小さな声で言いながらぼくは家を出た。
515
待ち合わせ時間は5;30なので、全然大丈夫だろう。時間を確認した後、ぼくは雛山さんとの待ち合わせ場所へと向かった。
「佐藤くんおはよーっ!」
「おはよう雛山さん」雛山さんは、朝から元気いっぱいだ。普段から大きな目を、パチパチさせて挨拶してくれる。
「最近寒くなってきちゃって困るね」
「そうだね。今年はいつもより気温が低いらしいよ」
「へぇ、そうなんだぁ」雛山さんは、白くなりそうでならない息を、はぁ〜、と吐きつつ言う。
今は9月の後半だ。どうしてかは知らないけれど、今年は例年より気温が低いらしい。矢島くんとか、運動部の人はまだYシャツだけの人もいるけど、ぼくはあんまり寒いのは好きじゃないからもう学生服を着ている。「じゃあ、そろそろやろうか佐藤くん」
「うん、そうだね」雛山さんは、ぼくに新聞の束を差し出してきたので、受け取る。意外と重かった。
ぼくは新聞配達のバイトは今日がはじめてなので、雛山さんに教えてもらいながらやることになっている。「昨日言ったけど、やり方は覚えてるかな?」
「うん。ここからうちの学校までの家に入れるんだよね」
「うん」
「あと、表札が複数ある家にはその数だけ入れて、郵便箱があるけど使われてないような所には入れない」
「うん」
「余分に余っても、勝手に指定されてない家には入れちゃダメなんだよね」
「そう。すごいね一回で全部覚えちゃったんだね。さすが佐藤くん」
「いや、家で何回か復習してきたから。別にすごくはないよ」
「一回くらいは失敗しても大丈夫だからね」雛山さんこそすごいことを言う。間違えられた相手にとってはホントに迷惑だろうに…でも、ぼくを緊張させまいとして言ってくれた言葉かもしれない。
「ははは。やっぱり失敗はしたくないから落ち着いていくよ」
「それじゃあ佐藤くんそっち側からお願いね」
「うん、わかった」
650
近所の公園「ふぅ〜、やっと終わったぁ」
全ての新聞を配り終えて公園で休んでいる頃には、もう秋になるというのに、まるで夏場の時のように、体が熱くなっていた。
「ごくろうさま佐藤くん」
「途中で忘れてた所があって、参ったよ」配達の途中、うっかり一件見逃しちゃって、後戻りするはめになっちゃった。そこが新聞配達の恐いところらしい。
「あはは。まぁ、初めてだからね。しょうがないといえば、しょうがないよ」
「それに、新聞配達って、結構疲れるね」サッカー部の練習とかでグラウンドを走るのと違い、所々にアップダウンがあったり、頻繁に道を曲がったりするので、いつのまにか体力がなくなっている。
「そうだねぇ。でも慣れれば大丈夫だよ」
「慣れられるかなぁ」
「佐藤くんはサッカーやってるんだからすぐ慣れるよ」
「そう?…うん。頑張ってみるよ」
「ところで佐藤くんはこれからすぐ学校行くの? 制服着てるみたいだけど…」
「そうなんだ。部活があってね。雛山さんは一旦戻るの?」
「うん。荷物とかは全部家においてきてから」
「やっぱり私服の方が動きやすいから?」
「うん、それもあるけど、やっぱり私服の方が安心できるし」確かにね。こういう学生服とかを着るより、やっぱり自分の持ってる服の方が気分が良いというのは賛成できる。なかなか、自分の『におい』って言ったらいいのかな、が付かないような気がする。
「佐藤くんって、サッカー部では部長か副部長やってるの?」
「ううん。部長も副部長も先輩達がやってるよ。どうして?」
「うん、なんでもないよ。なんとなくそう思っただけ。別に深い意味はないよ」
「そう?」
「うん、そうそう。あっ、佐藤くん時間は大丈夫なの?」えっ、時間?
今何時だろう…653
「あっ、いけない。そろそろ行かないと」
「部活がんばってね。細かいことはやっておくから」
「ありがとう雛山さん。じゃ、学校で」
「うん。それじゃあ」
新聞配達のバイトって結構疲れるものなんだなぁ。雛山さんはあまり疲れてなかったみたいだけど、やっぱりあれは慣れているからなのかな。
ぼくももっと頑張らないといけないな。
705
「おっす、佐藤」着替え終わって校庭に出てみると、聞き覚えのある声からお呼びがかかった。
「あ、垣本(かきもと)おはよう」
「五分遅れたな。めずらしいよな、遅刻なんて」
「うん…ちょっと疲れてて」
「お前なんか隠してるだろ」垣本は、今日は変に鋭かった。
「えっ!? そ、そんなことないよ」
「お前は嘘をつくのが下手なんだよ。さ、本当はなんで遅れたんだよ」
「う、嘘なんてついてないよ。本当に疲れてたんだって」
「嘘つけ。俺はお前がバイト始めたの知ってんだからな」
「な、なんで知ってるの?」
「俺はこれでも顔が広いんだよ。ところで何で金貯めてんだ? やっぱり何か欲しい物とかあるのか?」ううっ、どうして垣本はぼくのアルバイトの事知ってるんだろ?
たしか教えてなかったはずなのに。「どうして知ってんだろ…」
「コラコラ、人の言葉を無視すんじゃあない」バレているんじゃ隠しても仕方ないので、洗いざらい話す他ない。
「ぼくは旅行に行くんだよ」
「旅行? この時期にか?」
「違うよ。冬休みに行くつもりなんだ」
「どこに行くつもりなんだ?」
「隆山温泉っていう所に行くんだけど…」
「ってことは、鶴来屋に行くのかお前!?」垣本は、鶴来屋の事知ってるのかな?
「垣本は鶴来屋知ってるの?」
「あたりまえよ。ちょっとまえの週間誌よんでた奴なら誰でも知ってると思うぜ」
「どうして?」
「あの旅館の会長さん、すごく綺麗な人なんだぜ。今年になって会長になったらしいんだけど」
「へえ、そうなんだ」
「ところがドッコイ、その人、柏木千鶴(かしわぎちづる)さんっていうんだけどな、財産目当てで自分の叔父さんを殺して会長になったって噂があるんだぜ」
「ええっ!? それ本当なの?」
「噂だよ。俺にはあんな綺麗な人が人を殺すなんて思えないけどな」そうだよね……お金の為に自分の親戚の人を殺しちゃうなんてことないよね。
うん、ないない。
と、ここであることに気づく。「そういえば、垣本って綺麗な人の事が載ってる本ってよく読んでるよね。ちょっと前の来栖川綾香さんとか」
「ん、まあな。でも二人とも有名だぜ?」ぼくはその、柏木千鶴さんって人の事は知らなかったけど。
「じゃ、話はこのくらいにしといて、そろそろ練習しようぜ。パス練つき合えよ」
「ああ、いいよ」
825
教室 2ーB
もう部活の朝練も終わって、あとは教室でホームルームを待つばかり。浩之達は今日も遅れてくるのかな。「どれ…」
窓から校庭の様子を伺う。ぼくの席は窓際なので、ちょっと覗けば外の校門あたりが見える。
(ん、あそこを歩いているのは雛山さんかな。さっきとは違って制服を着ている。…あたりまえかな…)
(あっ、あの大きな車は来栖川先輩の車だ。いつものおじいさんもいる。前から思っていたことなんだけど、来栖川先輩って、結構遅く登校するんだよねぇ〜)
(あ、走って今校門をくぐってるのは志保だ。後ろになにか言いながら走ってるよ。危ないなぁ。ちゃんと前見ないと)
(志保の叫んでいた先には、走って来ている二人組がいる。もちろんそれは浩之とあかりちゃんだ。…今何時だろう?)
827あと3分だ。ぎりぎり…かな。
829ガラッ
ほっ。どうにか間に合ったみたいだ。
「おはよう二人共。今日も危なかったね」
「ハァ、ハァ、お、おはよう雅史ちゃん。ハァ、ハァ」
「あかりちゃんも大変だね」
「うん。浩之ちゃんなかなか起きてくれないんだもの」
「浩之も、もっと早く起きればいいじゃない。目覚ましあるんでしょ?」
「おまえらなぁ。簡単に言うけど俺は朝には弱いんだ。そう簡単には起きられないんだよ。わかってて言ってんだろ?」キーンコーンカーンコーン
「あっ、鳴った」
「あ、そういえば俺達まだ自分の席にも行ってなかったぜ」直行でぼくの所に来たからね、確かに戻ってなかった。
「ほら、早く行かないと遅刻になっちゃうよ」
「大丈夫、大丈夫。すぐ先生が来るわけでもないし、気楽に……」ガラッ
「ホームルーム始めるぞ〜」
「なにぃ!?」
「ほら、木林先生きちゃったよ」
「浩之ちゃん、はやく」
「くそ〜」浩之は渋々もどっていった。まったく、早く戻ればよかったのに。ふふ、まぁ浩之らしいといえばそんな気もしないでもないけど。
ホームルームだ。
1230
学校 中庭
今日のぼくは、中庭のベンチで浩之とパンを食べながら話をしている。「雅史ぃ、金は貯まってんのか?」
「えっ?」はたから聞いたら、ぼくら二人の友好関係は間違ったものだと思われるかもしれない台詞だった。
「旅行に行くんだろ?」
「ああ。うん、いま20万円くらいかな」ぼくは、部活と平行してやっているので、あまり貯まらないのである。
「やっと貯まったのか。……よく今日まで続けてきたよな」
「さすがに、今年度に入ってすぐに始めたからね。そりゃちょっとは使ってるけど」
「今日はどんなバイトがあるんだ?」
「今日は部活があるから朝の新聞配達だけだよ」
「新聞配達か〜。何時からやってんだ?」
「募集してるとこにもよるらしいけど、ぼくは5:30からだよ」
「5:30!? よく大丈夫だな」浩之は、びっくりした表情をしながら手に持っているパンを口に持っていく。
モグモグ
「まだ今日が初めてだったから緊張してたんだよきっと。それに、雛山さんと待ち合わせしてたし」
「理緒ちゃんと一緒に配ったのか?」
「うん。はじめてだからね。色々教えて貰いながら」
「どんな感じなんだ? 新聞配達って」
「思ってたよりもずっと疲れるね。あと、早朝だからやっぱり眠かったし。最近はどんどん寒くなってきてるしね」
「ふ〜ん。俺には合いそうじゃないな。朝はだめだし寒いのも嫌だしな」
「でも浩之は体力があるから結構いいんじゃない? 遅刻することもなくなるだろうし」
「特に欲しい物なんかねーからな」そう言ってから立ち上がった浩之は、手に持ってるゴミを、ゴミ箱に捨てた。
「とりあえず、旅行に行ったら土産をたのむぜ」
「ふふ、わかったよ」
2130
自宅 布団の中
明日は部活は無いからその分放課後のバイトが忙しくなっちゃうな。明日のバイトは商店街のビラ配り、それから牛丼屋のバイトだ。牛丼といえば、一年だった頃に浩之に『つゆだく』を教えてもらったなぁ。あまりの感動で、今も人気のラジオ番組『HeartToHeart』に投稿した。そしたらその週にいきなりぼくのが流れて、すごくびっくりしたのも記憶に新しいな…
昔のことを色々考えていたら、眠気が襲ってきた……
………
……
…
………スゥ
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