12月29日
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電車内
今日は珍しく通勤ラッシュが軽いほうだったので、どうにか席に座ることができた。『まもなく6番ホールの電車が、出発いたします。駆け込み乗車の無いようにお願いいたします。まもなく6番ホールの電車が…』
プルルルルルルルル
ガーここまでの音は、いつもと同じ。
進む方向もほとんど同じ。
だけど、目的地はいつもと大きく違っていた。「ふぅ、ふぅ……」
今日、ついにぼくは隆山温泉、鶴来屋へと出発した。
家を出る時にいろいろと手間どっちゃったせいで、駅まで走るはめになっってしまった。荷物付きなものだから、けっこう危なかった。
とはいえ、実のところ荷物はたいして持っていない。着替えとか、重くなる荷物はもう鶴来屋に送ったからだ。今持っているのは、財布とパンフレットくらい。
だから、荷物が重くて遅れたっていうのは、本当は理由にならないんだけど、まぁ深いことは気せずにいこう。折角の旅行なんだから。「ふわぁ〜……」
無事電車に乗ることができた安心からか、ただ朝だからなのか、睡魔がおそってきた。
持ってきているパンフレットはもう何回も見たし、やることがないので、これからの時間を眠って過ごすことに決めた。
隆山温泉駅「さ、寒い」
電車に揺られること数時間、隆山温泉に到着した。電車の窓から雪がたくさん見えたからすごくきれいだった。
…のはいいんだけど、雪が多いってことは、つまり寒さに繋がることを、旅の浮かれのせいか完全に忘れていた。「普段は平気な格好でも、こ、こっちでは……くしゅん!」
あいにく、着替えは全部鶴来屋に送ってあるので着替えはない。とりあえずどうするか駅の中で考える。
鶴来屋までは、ここから少し離れたバス停にくるバスから行くことができる。問題なのは、寒さのあまり風邪とかにかからないかということだ。
旅行先で風邪なんかひいてしまったら、それはもう旅行とはいえないようなものだ。う〜ん。「……あの子、さっきからあそこにいるけど、誰かを待ってるのかな」
ここの駅は、入り口からすぐに改札口になっている。
ぼくがいま居るのは改札口から数メートルしか離れていない場所なんだけど、ぼくが駅についた時から、改札口の前で誰かを待っているようにしている女の子がいる。
短く均等に切れ揃えらえた黒髪と、年頃にあわない鋭い視線からは、どこか高貴な雰囲気を感じさせる。……!
その子がこっちをみた。
なんか意識していたぼくは、思わず目を逸らしてしまった。なんとなくその場に居づらくなって、ぼくは駅をあとにしてバス停に向かった。
15:30
鶴来屋 和室「……それでは、なにかお困りの事がお有りでしたら、お気軽にロビーまでお越しくださいませ」
「はい。わかりました」
「それでは、ここ鶴来屋で何なりとお寛ぎくださいませ。それでは、失礼致いたします」ロビーからぼくを案内してくれた中居さんが、静かに襖を開けて出てゆく。
鶴来屋に入ると、突然に女の人がぼくに付き添ってきた。最近旅行に行っていなかったので、それが案内などをしてくれる人だと気づくのに時間がかかった。案内人に促され、受け付けのところまで向かい、お父さんから送られた荷物を受け取ると、その案内の人にそのまま部屋まで案内された。案内の最中や、荷物を置いてからなどの短い間に、鶴来屋の様々な説明をしてもらった。
まぁ、そのことは後程に活用させてもらうとして、今はとりあえずこの部屋の内装を確かめる。一人で居るにはやや広く感じられるこの部屋は、当然のように綺麗に整頓されており、真っ白い生地にうっすらと綺麗な緑のウェーブの模様が入った襖に、びっしりと敷き詰められている畳が、この部屋に和風さを浮き出していた。
他にも、凄いことが書いてあるんだろうけど読めない掛け軸などあり、日本旅館のイメージそのままであった。あわよくば、獅子脅しなんかを探してみたけど、さすがに一つの部屋に一個ずつはないようだ。
もしそんなにあったなら、コンコンコンコン、コンコンコンコンと、四方八方から絶え間なく脅されていたことだろう。
ぼくは、着替えをふくめ、送ってもらった荷物の整理を終えてから、自分の手がやけに冷えているという事に気づいた。
パッ、パッ、っと握ったり開いたりしてみるけど、変に違和感がある。
慣れない気温にすっかりかじかんだ手をさすりながら何気なく部屋を見回すと、一つの紙が視界に飛び込んできた。『隆山温泉』
「そうだよ。こっちには温泉があったんじゃないか!」
先ほど整理をしている時に、うっかり仕舞い忘れていたパンフレットの文字を見て、『温泉』という単語を思い出した。
ポタッ………ポタッ……今日の朝からの疲れが嘘のように、力がみなぎってくる。といっても、あんまり実感はないけど。
ぼくは、運良く貸し切り状態の露天風呂に浸かりながら、四肢をぐぅっとのばす。「くぅぅ〜っ」
ハァ……なんて気持ちいいんだろう。雪を見ながら温泉に入れるなんて、風流だなぁ。
温泉の熱にも負けず、わずかに残っている雪が、少し、また少しと少しずつ溶けていくのは、とても綺麗な光景だった。ポタッ……ポタッ……
数秒に一度だけ聞こえる雪水の雫の音を聞きながら、隆山温泉様々のこの露天風呂を、たっぷりと堪能させてもらった。人が居ないのも幸いして、とても落ち着ける空間だった。
「ハァー……」
キュッ!グッ!
浴衣の帯をしっかり、強く結ぶ。
1630
鶴来屋 自室時計を見てちょっと驚いた。30分以上もお湯に浸かっていたことがわかったからだ。
着替える場所に掛けてあった浴衣を着て、脱衣所を出る。今日の残った時間は、鶴来屋内を見学してみることにした。
案内の女の人の説明を、ぼんやりと思い出しながら、ぼくは鶴来屋の見学をはじめた。
1928
鶴来屋 自室鶴来屋内の見学から自分の部屋に戻り、身体をマッサージしたり、明日の予定を考えていると、もう19:30になろうとしていた。
普段なら、ご飯を食べはじめてもおかしくない時間だけど、鶴来屋は何時からご飯なんだろう。確か、ここは運んできてくれるサービスだったと思うけど。コン コン
「佐藤様。お夕食をお持ちいたしました」
「あっ、はい」スゥー
ここでは、お客さん一人一人に担当があるのか、さっきの案内の人と同じ人が夕食を持って来てくれた。
「失礼します」
その人はそう言い、この部屋に在ったおぜんを取り出し、その上に持ってきた食器を並べてゆく。全ての食器を並べ終わると、
「一時間程経ちましたら、取りに参りますので、それまでごゆっくり」
そう言って、入ってきた時のように静かに部屋を出ていった。
2010
鶴来屋 自室ご飯を食べ終わり、食器もやっぱりさっきの人が取りに来て、その時に布団を出してもらった。
「ふぁ〜」
疲れていた身体で食事をとったためか、急激に眠気が襲ってくる。うとうとしながら布団に体を滑り込ませた。
ぼくはいつもベットで寝ているので、布団で寝ることはあんまりない。だから、慣れることができず、なかなか寝付けなかった。
しばらくすると、布団の中も暖かくなってきて、眠くなってくる。………ZZZ
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