"6"
「初音ちゃん、こっち頼むね」
「うん。あ、楓お姉ちゃんちょっとここ抑えてて」
「うん」
自分でも信じ難いことだけど、今ぼくは、柏木家の晩ご
飯を作っている。
本来夕食を作るはずだった梓さんが倒れたのと、楓さん
が料理ができないため、初音ちゃん一人作ることとなった
。 それでは大変だということで、楓さんに御指名をうけ
て、調理場に男が立っている。
数十分後、ぼくと初音ちゃんとで作った料理が完成する
。
「へぇ。佐藤くんって料理も出来たんだね」
「さわり程度ですけどね」
耕一さんの台詞をちょっと照れくさく思いながら、出来
た料理を居間のテーブルに並べる。
梓さんの買ってきていた材料から、今日作ろうとしてい
たのが肉じゃがをメインとした料理だと判断できた。だか
ら、肉じゃがを初音ちゃんが作り、ぼくがその場にあるも
のから適当なものを作ったという感じかな。
「いやぁ〜。男が料理できるっていうのもいいもんだよな
ぁ。インフルエンザ治ったら梓の奴にでも教えてもらおう
かな」
「ねぇねぇ耕一お兄ちゃん。お料理だったらわたしもちょ
っとは教えられるけど…」
「あ、うん。そうだな。じゃあこの冬休みの間にちょっと
教えてね」
「うんっ」
(う〜ん、仲が良いんだなぁ)
耕一さんと初音ちゃんの会話を聞きながら、キッチンで
材料などの片付けをしていると、ふと今の時間が気になっ
た。
時計、時計…
「すいません。時計ありますか?」
「…そこにありますよ」
同じく材料を片付けていた楓さんが、時計を指さして教
えてくれた。楓さんにありがとうと言い、その時計を見る
。
1900
「いっ!?」
思わず声をだしてしまった。思った以上に時間が進んで
いたからだ。
そう、そうだよ。そういえばぼくは、ここから鶴来屋へ
の道順とか距離とかを全く知らないんじゃないか。
それを考えると、もっと早く気づくべきだったことだけ
に、どんどん焦ってくる。
「ん? どうかしたのかい佐藤くん」
「あ、いえ。時間が、ちょっと」
「時間?」
「ええ…」
「あっ、そうか。佐藤くんは気絶してたから道順とか判ら
ないんだ。って、こんなにのんきに言ってる場合じゃない
よな。よし、俺が案内するよ」
「お願いします」
会話が終わると同時に耕一さんは "着る物持ってくる"
と言い、居間を出ていった。
耕一さんが居間を出ていったところで、ぼくはあること
を思い出し、初音ちゃんに尋ねる。
「初音ちゃん。ぼくの荷物どこにあるか知らないかな?」
「荷物?……ああっ! ちょっと待ってて、取ってくるか
らっ!」
上の方を向いてちょっと悩んだ素振りを見せた初音ちゃ
んは、荷物のある場所を思い出したようで、居間を出てい
った。
「……佐藤さん」
「あ、はい。なんですか?」
年齢はぼくより下に見えるけど、雰囲気が大人なので自
然に敬語になってしまう。返答に数秒をおいて、楓さんは
言う。
「…わたしって、まだ自己紹介していませんでしたよね」
「え? あ、そうですね」
「…柏木家の三女の、柏木 楓(かえで)と言います。宜し
くお願いします」
「あ、はい。ぼくは佐藤雅史っていいます。以前から来て
みたかったこの土地に、旅行でやってきました」
「……」
「……」
「……」
「ど、どうかしましたか?」
簡単で唐突な自己紹介が終わると、楓さんがぼくの顔を
まじまじと見つめてくる。それがどうにも照れくさくって
、顔を下に背けながら聞いた。
「…佐藤さん。確か昨日お会いしましたね」
「えっ、そうでしたか?」
「はい。駅前で」
じぃーっ
今度はぼくが見つめる番だった。
駅前か…ということは、こっちに着いた直後ってことに
なるな。駅前で会ったというと……あっ。
「もしかして、ぼくが鶴来屋行きのバスのことを尋ねた人
…」
「…はい」
そうか。そう言えば見たことがあったような無いような
……あの時はけっこう興奮気味だったからな、あんまり覚
えてないけど。たぶん楓さんなんだと思う。
と。
トコトコトコトコ
廊下を歩く音が聞こえてくる。その音は初音ちゃんだっ
た。両手にリュックを抱えて居間に戻ってくる。
「はい、これ」
「うん、ありがとう」
「どういたしましてっ」
急いで行ってきたのか、初音ちゃんはちょっと息を切ら
せながらで素早く炬燵に入る。
ほどなくして耕一さんも上着を持って戻ってきて、ぼく
等は出発することとなった。
「耕一さん、バスは何時出発ですか!?」
「ああ。19:20だったと思う。ここからは走ってぎりぎり
だぞ!」
「耕一お兄ちゃん、ほら服、服。持ってきたのに忘れちゃ
ったら意味ないよ!」
「ありがと初音ちゃん。よし行くぞ!」
「は、はい! あっ、お邪魔しました。梓さんに宜しく言
っておいてください」
「気をつけていってきてね」
ガラガラガラ
ピシャン!
1910
柏木家前
慌ただしく柏木家をあとにしたぼくと耕一さんは、これ
また慌ただしくバス停まで走る。リュックがちゃんと背負
えてなくて非常に走りにくい。
「耕一さん、あと、どのくらいですか? けっこう、走っ
たと、思いますけど…」
「ああ、あと、少しだ。あの角を、曲がるんだ」
「は、はい」
ぼく等は、その曲がり角を曲がった。と、その曲がり角
を曲がった時、クラクションを鳴らしながらこちらに向か
ってくる車が視界に飛び込んできた!
「うわっ!?」
ズルッ!
ぼくはびっくりして反射的に身を引く。すると、曲がり
角に溜まっていた雪に足を滑らせてしまい、派手に尻餅を
ついてしまった。
「佐藤くん、大丈夫かい!?」
耕一さんがそう言って手を差し伸べてくれる。ぼくはそ
の手に捕まって立ち上がる。
うわぁ…お尻が冷たい。……今日はこんなことばっかり
な気がするなぁ。
バンッ
ぼくがお尻の雪を払っていると、車のドアが閉まる音が
した。見ると、一人の女性が中から出てきた。
「大丈夫ですか!?」
「すいません、ぼくがちゃんと確認しないで曲がったから
」
「あっ、千鶴さん」
「「えっ?」」
三人が一気に自分の言いたいことを口走る。その中で、
一人だけ聞き慣れないことを言った人がいた。
ぼくと女の人が耕一さんを振り向いた。すると…
「…耕一さん!?」
「やあ」
千鶴さんと呼ばれた女の人が、手を口元に当てながらび
っくりしていた。対する耕一さんは、安心したように笑顔
を浮かべながら、女の人に向かって手をひらひらさせてい
た。
なんだなんだ、何がどうだって言うんだろう? 二人は
知り合いなんだろうか?
って、お互いの名前を知っている時点で知り合いなのは
当たり前だよね。
「ということは、もう少し早かったら耕一さんを…ああっ
! 私はなんてことを…」
「まぁまぁ。大丈夫だったんだから気にしないでよ。それ
に、俺達が走ってたのが悪いんだしさ」
「はい…」
落ち着いた様子の女の人は、今度はぼくの方へと視線を
向けてくる。目が合ったぼくらは、とりあえず小さくお辞
儀してから話を始めた。
「本当に大丈夫でしたか? 転んでしまったようですけど
…」
「深い怪我なんかはしてないですから全然平気ですよ」
「でも…お尻、冷たくないですか?」
「ええ、まぁちょっとは…」
しっかり冷たくなっているお尻をさすりながら答えた。
ちなみに、完全に下着に浸透している。
「それは大変です。私の家に寄っていきませんか? 良か
ったら洗濯させてほしいんですけど…」
「ええ!? でもぼく、これから帰らないといけないし…
」
「それに千鶴さん。着替えはどうするの」
「あっ……」
「ははは、冗談だよ。大丈夫。俺の持ってきたのを貸すよ
」
「あ、ありがとうございます耕一さん」
「佐藤くん。もう19:21だし、バスには間に合わないよ。
だから今日は一旦家に戻ろう。千鶴さん、佐藤くんを一日
泊めてあげても構わないよね?」
「はい。全然」
「じゃあ、こんな寒いところに留まってないで、早く行こ
う」
そこまで言うなり、女の人が耕一さんとぼくを車の中へ
と招き入れる。暖房が効いている車の中はとても暖かかっ
た。
ここまで来たら、鶴来屋に帰らなきゃいかないなんて、
とても言えなかった…
そして車に揺られること数十秒、ぼくは見たことのある
家に到着する。さっきまでお邪魔していた家、柏木家だ。
ガラガラガラ
「ただいまー」
「ただいまー」
「お、おじゃましまーす」
ぼくだけ台詞が違う。
「お帰りなさー…あれ? 雅史さん」
お出迎えに来た初音ちゃんが、ぼくの存在に驚く。
そりゃそうだろう。十分前にお邪魔しましたと言って出
ていった人間が、こうして目の前に居るんだから。
「あら初音。お知り合いなの?」
「ああ千鶴さん。そこらへんの事は後で説明するから、今
はとりあえず居間に行こうよ」
「あ、そうですね」
黒い髪の毛をした綺麗な顔立ちの女の人…千鶴さんは、
耕一さんの言葉に頷いて答えた。するとその直後、突然何
かを思い出したような顔になり、誰に尋ねるともなく呟い
た。
「今日は、梓が居ないのねぇ…?」
耕一さんと似かよったことを言う。
梓さんって、相当位置付けのある人なんだろうなぁ。病
気で辛そうなところしか見てないから、普段はどんな人か
判らなかったけど、きっと良い人なんだろう。
そして初音ちゃんが、さっきと同じように。
「千鶴お姉ちゃん、梓お姉ちゃんは、インフルエンザで倒
れちゃったの…」
「梓が? 珍しいわねぇ」
耕一さんと同じように、どことなく信じられないように
言う。そして、
「じゃあ、着替えてくるついでに様子見てくるわね。あの
子、自分の部屋?」
「うん。あ、でも、今は眠ってるかも」
「あら。じゃあそっと行かないと、起こしちゃうわね」
そう言って千鶴さんは廊下の奥へと消えていった。
「じゃあ佐藤くんも荷物置こうか」
「そうですね」
耕一さんに促されるままに、先ほどまでぼくが寝ていた
部屋に行く。
しょっていたリュックを下ろし、すぐ居間に引き返す。
1926
柏木家 居間
居間に着くと、良い匂いがしてくる。
これは、さっきぼくらが作った夕ご飯の匂いだ。
「佐藤、さん…?」
居間にいた楓さんが、ぼくを見て驚いたように呟く。
「はは…バスに間に合わなくって」
「…そうだったんですか」
「佐藤くん、ほら着替え。ズボン濡れてるんだろ? 着替
えてきなよ」
「あっ、どうも」
耕一さんに着替えを受け取り、再びさっきの部屋へと行
き、着替え終わって居間に帰ってきた時には、千鶴さんも
居間に姿を現していた。
テーブルを囲んでみんなが座っている中、二ヶ所空いて
いる席があったので、ぼくも座らしてもらう。
「今日の夕ご飯は、初音が作ったのかしら?」
千鶴さんが、目の前に並べられている肉じゃがetc…の
料理を眺めながら言った。
「初音ちゃんだけじゃないんだ。佐藤くんも手伝ってくれ
たんだよ」
なっ? っと言いながら耕一さんが説明をする。
「はい。少しだけですけど、手伝わしてもらいました」
「そうなんですか?……あっ、そう言えば、どうして佐藤
さんはみんなと知り合ってるんですか?」
「あ、そうそう。それなんだけどね…」
思い出したように耕一さんが言う。
そして、ぼくがここに来るまでの経緯を説明する。
それこそ、梓さんが買い物に言った時にぼくを見つけた
ことから、散歩に出ている時にぼくの名前を思い出したこ
とまで、ぼくの気絶していた時の裏話まで含めて全部を。
「 で、急いで帰ろうとした時に千鶴
さんに会った。ってわけ」
「まぁ。じゃあやっぱり私は佐藤さんにご迷惑を…」
「い、いえ。泊めてもらうんですから、そんな一概に千鶴
さんが悪いなんて事は……元はといえば、ぼくが階段から
落ちたのがいけなかったんですし」
「そうですか? そう言ってもらえるとありがたいです」
こうしてぼくの説明も一段落済むと、梓さんに晩ご飯を
持っていってた初音ちゃんが戻ってきた。
盛られたままの料理が並べられていたおぼんを持って。
「あら。梓は食べなかったの?」
「うん。食欲が無いって。お水だけ置いてきたけど」
初音ちゃんも、テーブルの前に座る。
7へ
5へ
戻る
このページは
です
無料ホームページをどうぞ