7:50
柏木家


カラカラカラ
サッ
カラカラカラ

 ふぅ。
 なんとか早めに帰ってこれたみたい。
 途中の雪に何回か足を取られちゃったから結構遅れると思ったんだけど、そんなに遅れてないね。
 そろそろ慣れてきたのかな?

「あれ、雅史、もう起きてんだ」
「あ、梓さん」

 部屋に戻ろうとして居間の前を通ったら、梓さんに出会った。
 漂ってくる香りから推測するに、きっと朝ご飯を作っていたんだろう。

「おはようございます、梓さん」
「おはよう。どっか行ってたの?」
「ええ、まあ。早起きしちゃったものですから散歩に」
「散歩? まだ雪積もってなかった?」
「残ってましたけど、うちの町じゃああんまり残らないから新鮮でおもしろかったですよ」
「偉いねぇ。うちのやつらなんかまだ布団の中でグッスリだっていうのに」
「ところで、昨日の晩ご飯おいしかったですよ」
「おっ、そうかい? へへ、ありがと。じゃあ朝も旨いもの作ってやるからね」
「はい、楽しみにしてますね」

 梓さんは元気よく台所へ入っていった。
 ぼくも部屋に戻ろっと。





7:55
自室(客間)


 部屋に戻ったのはいいものの、特に何もすることがない。

「…………」

 本来の予定では、今日は隆山の自然の景色を観てまわるはずだったんだけど、それは見送りになるかな。

「佐藤さん、おはようございます」

 と、不意に後ろから声が。

「あ、千鶴さん。おはようございます」

 そこには、スーツ姿の千鶴さんがいた。
 なんかスーツ姿ばっかりみてる気がするなあ。

「朝は早いんですね」
「いえ、サッカーの朝練で毎朝早く起きてましたから、その癖がでてきてるだけですよ」
「やっぱり、いつも朝早く起きてると早く起きる癖ってつくものなんですか?」
「ええまぁ。ところで千鶴さん。ぼく達って昨日より以前にどこかで会ってませんでしたっけ」

 昨日の疑問をぶつけてみた。

「ええ、わたしもそう思ってたんですけど思い出せなくて…」

 千鶴さんも会った記憶がなんとなくあるらしい。
 じゃあやっぱりどこかで会ってたのか…



 千鶴さんを見てみる。

 綺麗な人だ。
 まさに日本美人という感じだ。
 輪郭も整ってるし、スタイルもいい。
 それに、最近は滅多に見なくなった長くて黒い髪…
 ん、そういえば、一昨日の朝に声を掛けてきた人も黒くて長い髪の毛だったなぁ…
 もしかしたらその人が千鶴さんだったのかもしれない。

 でもあの人は頬は赤くなかったような…
…頬が赤い!?

「あの、佐藤さん、じっと見つめて、どうしたんですか?」

 あっ、しまった。
 じっと見続けすぎた。

 千鶴さんの頬が肌より赤みがかかって見えるのは、ぼくが見続け過ぎて、照れてしまったからだろう。

「す、すいません。どこかで見覚えがないか考えていたんですけど…」
「そ、それで、思い出せましたか?」
「は、はい少しは」
「なにか思い出したんですか?」
「ぼくがまだ鶴来屋にいた時に千鶴さん、声を掛けてくれませんでしたか?」
「私から掛けたんですか?」
「はい。朝、和室のフロアの廊下での事なんですけど」

 そう、そうだよ。
 初めのうちはなんかプレッシャーみたいなのがあって思い出せなかったけど、あの人は確かに千鶴さんだった…と思う

「和室フロア? じゃあ、あの時に庭園を眺めていたのが…」
「はい、ぼくです」
「あら、そうだったんですね。なんだか耕一さんや楓といい、ここに来る前に会っていたなんて、運命の巡り合わせってあるものなのかしらね」
「そうですね。耕一さんがぼくと同じ日にこなければ、耕一さんとも楓さんとも会うことは無かったでしょうしね」
「ええ…ほんと」
「はい…」
「じゃあ、そろそろ居間に行きましょうか?」
「は、はい」





8:30 居間


「……」

 あれからしばらくして、パジャマ姿の楓さんがうつらうつらとしながら、居間にやってきた。
 どうやら低血圧みたいで、ぼ〜っとしていた。

「おはようっ」

 そのすぐあとに初音ちゃんが同じくパジャマ姿でやってきた。
 こっちは別に低血圧というわけじゃないらしく、ハキハキとしてた。

 それで、耕一さんも来るのかなと思っていたんだけど、なかなかやってこない。
 梓さんの言うことによると、

「耕一のやつは遅れずには滅多に来ないよ」

 ということらしい。
 でも、

「俺だってたまには起きてくるぞっ」

 と言い、梓さんの言ったすぐ直後に耕一さんは居間に姿を見せた。
 これで、みんなそろったわけで、朝食になった。

 ところで、ええっと…楓さんも初音ちゃんも、パジャマ姿で他人のいるとこにこない方がいいんじゃあ…
 目の置き場に困っちゃうよ。





 朝食を食べ終わってしばらく経つと、千鶴さんは鶴来屋に出かけていった。
 残ったみんなは、

 梓さんは食器の後片付け。
 楓さんはみんなにお茶を出してくれて、そのあとは自分の部屋へ戻っていったと思う。
 初音ちゃんは梓さんの手伝い。

 耕一さんは…暇そうに横になっている

「耕一さん……暇そうですね」
「…まあね」
「なんだ耕一、暇だったのか」
「はぁ〜、はぁ〜」

 後片付けを終えた梓さんと初音ちゃんが台所から出てくる。
 相当水が冷たいのだろう、2人共手を擦ったり、息を吹きかけたりしている。

「じゃあ、買い物いってきてくれよ耕一」
「買い物ぉ〜?」
「暇なんでしょ?」
「……わかった。買ってきますよ」
「よしきた。ちょっとまっててよ、メモするから」

かきかきかきかきかき
「はい、コレ」
「なんか、昨日よりたくさん書いたな」
「今日は大晦日で、明日は元日なんだぞ? いつもとおんなじってワケにはいかないのっ」
「はいはい、わかりましたよ。ふぁ〜あ……」

耕一さんはいかにも眠そうに立ち上がる。

「あ、ぼくも行きますよ」

 1人ここに残るのもなんだか気まずいような気がするし、ぼくも行きたいところがあったんだ。

「ん、そうかい?」
「はい」
「…じゃあ、いくか」
「いってらっしゃーい」

 初音ちゃんが、赤くなってる手を振りながら見送ってくれた。











商店街への道のり

ジャリ
ジャリ
ジャリ

「なんかさっきから危なっかしいみたいだけど、佐藤くんって雪道苦手なの?」
「は、はい。そうなんで、うわわ!?」

ズルッ
ガシッ!

「おっと、大丈夫か?」
「はい、助かりました…」

 言われたそばから転ぶなんてなんて間の悪い事だろう。
 耕一さんが手を掴んでくれなかったらそのまますってーん! となっていたところだった。

「本格的に苦手みたいだね」
「ええ、こっちに来て初めて気づきましたよ…」
「俺は大丈夫なんだけどな。やっぱりサッカーやっててもこういうのは関係ないのかな」
「ぼくが生まれつき慣れないだけかもしれませんけど、関係ないと思いますよ…うわ!?」

ズルッ
ガシッ!

「くくっ、大変だね。よっ、と!」
「はい…」

 はぁ…










9:50
商店街


「なんか、思ったより時間掛かっちゃったな」
「ううっ、すいません」
「いいって、どうせ暇だったんだし。多少遅れたところでまだ昼にはほど遠いし」
「まあ、そうですけど…」
「それに、途中からはあまり転ばなくなってきてたしね。やっぱりここらへんで、普段スポーツをやってるかやってないかでわかれるんだろうな」
「そ、そうですか?」
「そうそう。だからあまり気にするなよ」

 気にしないでって言われても、これは実際に困ることなんだから。
 気にしちゃうよ…

「さてと、買い物を済ませるか」
「なにを買うんですか?」
「ん? それはな」

 そう言いながら耕一さんは梓さんから受け取ったメモを広げる。

パラッ

「……梓のヤツめ」
「どうしたんですか?」
「ちょっ、これ見てみて」
「はい」

 耕一さんからメモをうけとる。
 その内容は。

「…………」

 なるほど。
 お肉から野菜まで、20種類にも及ぶ名前が書かれている。
 ぼくが耕一さんに付いて行くって事はこのメモを書いている時にはわからなかったのにこの量って事は…梓さんって相当無茶させ るなぁ。
 耕一さんがプロレスラー並の力持ちなのかもしれないけど。

「しょうがない、買ってくか…」
「ぼくも持つの手伝いますよ」

 プロレスラー論は置いておいたとして、流石に1人では持ち切れないだろうしね。

「ああ、ありがとう」
「それで、どこからあたっていくんですか?」
「そうだな。じゃあ最初から重いやつ、いってみるか」











「耕一さん…よく大丈夫ですね」

 ぼくが持っているのが小袋1つに対して、耕一さんは特大の袋を両手にぶら下げている。
 それも、その中身は大根やらで重いものばかり。

 ぼくのプロレスラー論もあながち間違いじゃなかったのかな…

「ああ、まあね。これでも結構力はあるんだぜ?」
「ええ、そうみたいですね」
「ところで、見た通り俺の買い物は済んだけど、佐藤くんはなんにも用事ないのかい?」

 え?  それじゃあ、耕一さんに付いてきた理由の……

「それじゃあ、ちょっと寄って行きたいお店があるんですけど」











10:30
骨董屋


 おとつい来たこのお店。
 もっとじっくり見てまわってみたかった。

「…佐藤くんって骨董品に興味あるんだ?」

 耕一さんは、「意外だ」とでも言いたそうに聞いてきた。
 自分で不思議に思うくらいだもの、仕方ないかな。

「はい。なんか骨董品とか、古物って凄く神秘的な感じがして。そこに惹かれちゃいました」
「ま、確かに興味はあるものは多いよな…」

 耕一さんは、物珍しいのか、店内を歩きまわりはじめた。
 しかし、ぼくが連れてきておいてなんだけど、スーパーの袋に骨董品屋ってジャラジャラ音がして場違いだなぁ。

「さて、と」

 ぼくも、目的の物を探そう。

 目的の物というのは他でもない、あの特殊な絵が描かれている笛だ。
 実際、探すっていっても、この前来たばかりなので置いてある場所はわかっている。

 ぼくは、店のやや奥の、日差しがまったく当たらない場所に置いてある木製の笛を手にとった。
 特に鑑定屋でもないのに、この笛はぼくの目に焼き付いて離れない。

「こういうのももたまにはいいもんだな」

 言いながら耕一さんが笛に見入っていたぼくのところへやってきた。

「佐藤くん、なに持ってんの?」
「これですか?」
「笛かぁ。あれ? これ空気を通すような穴無いね」
「ええ、そうですね。どうも、一般的な笛ではないみたいなんです」
「ふ〜ん。あ、なんか文字が書いてある」
「あ、それはですねぇ…」

 ぼくは、
「それはアイヌ民族の文字らしいですよ」
 と言おうとした。

 だけど、耕一さんの雰囲気がその行動をぼくにとらせなかった。

 耕一さんは真剣に笛を見ている。
 いや、正確には笛に書かれている『文字』を見ている。

「耕一さん。この文字知っているんですか?」
「…いや、知らないよ。………なんか俺の名前が書いてあるのかと思ってね、ははは」
「名前ですか?」
「ああ、ほら、ここの模様、なんか耕一って見えないか?」
「そうですか?……う〜ん、どのあたりですか?」
「いや、いいよ佐藤くん気にしないでくれ。それより、そろそろ帰っとかないと時間的にもキツくなっちゃうぜ?」

 えっ、時間?

 お店に掛かっている時計を見ると、

11:00

 もうこんなに!?  さっきから、もう三十分以上経っちゃったのか。
 この笛どうしよう…

「すいませーん。この笛買いたいんですけどぉ〜」

 急がないといけないので、ぼくは即、買うことに決めた。

「はい。ありがとうございます。3500円になります…」
「はい、これで」
「丁度お預かりします。……お買い上げありがとうございました」

 こうして、ちょっと急ぎつつ店を後にしたのだった。











11:40
柏木家


「行きより時間かからなかったな」
「はい、まあ」
「やっぱ慣れたんだな」
「はぁ…」

ガラガラガラ

「ただいまー」
「たっ……お………」
「ん、どうした?」
「い、いえ、なんでもないです」

 こういうときは、ただいまって言うのか、おじゃましますって言うのか解らない。
 おかげでつっかえちゃったよ。



「おかえり。なんかやけに遅かったな」
「どんな時でも事情というものがあるもんだよ」
「は?…まあいいよ。別にそんな急いでたわけじゃないから」
「はい…そう言ってもらえると助かります」
「?」
「ぼく、ちょっと疲れちゃったから部屋に行きますね」
「ああ、ゆっくりしとけよ」
「はい…」
「ちょっと、何のことだよ」
「だから、事情があるんだって」
「だから、その事情っていうのを説明しろって…」

 後ろで耕一さんと梓さんが言い合ってるのがわかる。

 ううっ、早く帰ってこれたのは良かったんだけど、実はその分たくさん転んじゃって、体中が痛い。
 今はとにかく横になりたいな…





柏木家 客間


「ふぅ…」

バタッ

 つ、疲れた。
 買い物がこんなにつらかったのは初めてだ。
 最近は、時期が時期だから体動かしてなかったのもあるけど、なんといっても最大の理由は雪だなぁ。

「いててて!」

 この前痛めたのも積み重なって、背中が異様なほどの痛みを発してる。 :





16:00 客間


「佐藤くん、ちょっといいかな?」

 ぼくは、昼食を食べ終わった後、部屋で一眠りした。
 起きたのが15:50くらいで、まだまどろみが抜けてないところに耕一さんからの声がかかった

「…なんですか?」
「佐藤くん、あの笛買ったよね?」

 あの笛?
………ああ、あの骨董品屋で買った穴が無い笛のことだね。

「ええ、買いましたけど」
「その笛また見せてもらえるかな?」
「ええ、構わないですよ」

 ええっと、あの笛はまだ買ってきてから取り出してないからまだ袋の中だ。

ガサガサ

「はい、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
「それで、何かに使うんですか? その笛」
「いや、使うっていうかね。……ほら楓ちゃん、これだよ」

 そう耕一さんが呼びかけた先には楓さんが立っていた。
 気づかなかったのは寝起きのせいかなあ?

「これは………」
「…や……」
「…え……」
「……ど…」

 なにやら2人で話し合ってるようだ。
 途切れ途切れに声が聞こえてくるけど、その声から何を話しているかを聞き取ることはできない

 なんだろう?

「いやいや、おまたせ佐藤くん」
「なんかあったんですかその笛に?」
「いやね、楓ちゃんにその笛の話をしたら見てみたいっていうから、見せてもらいにきたんだよ」
「そうなんですか」
「はい………」

 楓さんは例の笛を手に、色々やっている。
 おそらく、吹き口だと思われるところを手で抑えたり、リコーダーなら穴があいている底の部分をトントンたたいたり。
 そして、吹き口のところに口を持っていき…

ピィーーー

「………」
「………」
「………」

"♪〜〜〜♪〜〜♪"

 楓さんは、ぼくらが何も言わなかった事を確認すると、再び笛に唇をあて、音色を生み出しはじめた…。

…なんだろうこの音楽。
 知らないんだけれど、懐かしい気持ち。
 子供の頃に聞いたのかな…?
 ん〜………気持ちいい。

タタタッ
 楓さんの生み出す音色に、初音ちゃんが気づいたみたいだ。
 足早に歩く音が聞こえる。
 この歩き方は初音ちゃんだと解る。
 小さく軽快な歩き方だからね。

………あれ?
 よく聞こえたなあ。
 楓さんもまだ吹いてるのに。
 感覚が研ぎ澄まされるっていうのかな、この感覚。
 すごく音が聞きやすい。
 いつもは音から入ってくるのに、今は耳の方から音を吸い寄せている、そんな感じかな………

「ねぇーっ、さっきから聞こえてくる…あっ」

 ぼくの聞こえた通り、初音ちゃんが来た。
 気になってた音を確認した初音ちゃんは、ぼんやりとした目で部屋の入り口でたたずんで動かない。

"♪〜〜〜"

「なつかしい音色…」

 初音ちゃんがそう言った。
 だけれども、ぼくはあんまり気にならなかった。





 その後、これまた初音ちゃんと同じように現れた梓さんも含め、4人は、楓さんが吹き終わるまでその音色に耳を傾けていたのだった。





8へ

6へ

戻る



このページは GeoCitiesです 無料ホームページをどうぞ