「祐一、電話だよ」
「……電話?」

 テレビで再放送されている映画を楽しんでいるところに、名雪からの声がかかった。

「うん」
「俺に?」

 ちなみに、今の時刻は21時を過ぎている。
 常識のある人間ならば、こんな時間には電話をかけるなんて事はしないだろう。
 しかも、こっちに来てからさほど経ってない、俺を御指名だ。

「うん」
「誰が?」
「あゆちゃんだよ」
「あゆが?」

 なんであいつがこの家の電話番号を知っているんだろう。

「わかった…」

 とりあえず、電話にはでてやる事にした。

『もしもし』
『あっ、祐一くん?』
『じゃあ』

ガチャン

「……」

 この時間にかけてくる事の意味を、身をもってわからせてやった。

プルルルル



『もしもし、水瀬ですけど』
『うぐぅ、ひどいよ』
『こんな夜中になんなんだ』

 俺は、電話先の相手の言う事には答えず、手早く用件を聞いた。

『うん、あのね祐一君。つき合ってもらいたい所があるんだよ』

 今からじゃないだろうな?

『お前とか?』
『もちろんだよ』
『どこ行くんだ?』
『ええっとね、それは…会った時に教えるよ』
『いつ会うんだ?』
『えっとね、三日後に、駅前のベンチ』

 さすがに違ったか。
 ちなみに、三日後というのは日曜日だ。

『何時?』
『ええっとね、じゃあお昼の1時』
『ああ、わかった……なんかつっかえまくってたな』
『えっと、そうかな? そんなことより、ちゃんと遅れずに来てね』
『ああ、じゃあな』

ガチャン

 ふぅ……

「あれ?」

 受話器を置いて、リビングを見回してみるとある違和感を覚えた。
 あゆからの電話を教えてくれた名雪が、いつのまにか消えていた。

「寝たか…」

 テレビには、映画の続きが映し出されている。
 大体、映画の再放送をやっている時間に、あいつが起きている方がおかしかったんだ。

「最後まで見るか」

 あゆと会話しながらも一応は目に通していたので、さほど戸惑わずに映画を楽しむことができた。









そして三日後。

 俺は、約束通り、13時にはベンチに着いていた。
 だが、約束を振ってきたあゆの方はまだ来ていなかった。

 あゆは来ていなかったが、かわりに見知った顔を見つけることはできた。

「あっ、栞じゃないか」
「あ……」

 栞の方も、俺に気づいたようだった。
 ベンチに座っている俺の方へ近づいてくる。

「おはようございます、祐一さん」
「おお、おはよう。ところでさ栞、ここらであゆ見なかったか?」
「いえ、見かけませんでしたけど」
「そうか…」

プルルルル

「ん?」

 いきなり、電話の鳴る音がした。
 ちなみに俺は携帯電話は持ち合わせていない。

「あ、私ですね」

ゴソッ

 栞だったらしい。
 携帯を持っているとは、なんか意外だった。

 栞の携帯電話は、かなりでかかった。
 初期型の携帯電話というやつだろうか、トランシーバーと見間違えてもおかしくない大きさだと思う。

「もしもし。あっ、あゆさんですか?」
「あゆだぁ〜?」

 最近まで携帯電話の存在すら知らなかったやつが、すでに俺の知り合いの電話番号を覚えて、なおかつ掛けてきている。
 というのもあるが、それより驚いたのは、相手が来るはずのあゆだということだった。

「はい?…ああ、祐一さんですよ」
「…………」
「はい、居ますよ」
「…………」
「じゃあ、かわりますね」
「俺にか?」
「そうみたいです」

 栞からトランシーバーを受け取る。
 結構重かった。
 そして、それは本当に携帯電話の装備を整えてあったのであった。

『もしもし』
『あっ、祐一くん! よかったぁ』
『よくない。お前、待ち合わせはどうなったんだ?』
『そ、それなんだけど、ごめんね祐一くん。今日はいけなくなっちゃったんだ』
『あゆのくせにドタキャンか』
『ボクのくせにっていうのはどういう意味』

 めずらしく怒った。
 俺は、またうぐぅとか言い出すのかと思っていた。
 今日のあゆは強気なあゆだ。
 強あゆとでも言おうか。

『このくらいで怒らないでくれよ』
『別に怒ってないよ』

 そんなことを言っても、声が怒っているのがはっきりとわかる。

『で、どうして来れなくなったんだ?』
『うん、それはね…』
『やっぱりいいや。今度聞く』
『えっ?』
『来れなくなったわけは、今度聞く』

 理由を言おうとして困っている顔が浮かぶ。

『そ、そう?』
『ああ。じゃあ、栞にかわるな』
『うん…』

「ほれ」
「はい」

 栞に、トランシーバーを返す。

「はい、大変でしたね」
「はい…はい…。ええ、じゃあ、さようならです」

ピッ

「大変でした、って何のことだ?」
「ええ。あゆさんが今日来れなくなった理由ですよ」
「ふ〜ん」
「なんならわたしが今教えましょうか?」
「いや、本人からいつか直接聞く」
「そうですか」

 言いながら、ポケットにトランシーバーをしまう。

「ところで祐一さん、これから暇ですか?」
「ん? そうだな。たった今予定が無くなったからな」
「それじゃあ、今からわたしに付き合ってもらえますか?」
「ああ。全然構わない」
「じゃあ早速行きましょう」
「どこ行くんだ?」
「例の公園ですよ」

 例の公園。
 ああ、噴水があるところか。





 そして、到着。

「相変わらずの穴場だな」
「そうですね」

 休日だというのに、公園には俺達以外に人がいなかった。
 俺達は、噴水の縁に座る。

「栞、今日はなんで商店街にいたんだ?」
「わたしが商店街にいるのはおかしいですか?」
「いや、ちょっと気になっただけだけど」
「ウィンドウショッピングでもしようと思ってたんですよ」
「じゃあ、なんで今こうしてるんだ?」
「一人だった時の予定だったからですよ。祐一さんが居るんなら、もっと別のことをしようと思いまして」
「お兄さんは、そういう意味深な台詞は今後控えてほしいぞ」
「そうそう。祐一さん、あゆさんとどんな約束していたんですか?」

 自分の言った事に疑問を抱かない栞が、良い。
 そして、俺の言った言葉を耳にすら通さなかった栞も、良い。

「さぁ。あいつも用件を言わなかったからな」
「そうですか」

 栞は、自分から俺に質問しておいて、さほど気にしていない様子だった。
 いつのまにか取り出したトランシーバーをいじくっていた。

 なんだか、いつも以上に落ち着きがある気がする、今日の栞は。
 それに対して俺は……

グゥ〜

「グゥー」
「祐一さん、おなかすいたんですか?」
「あ、ああ」

 その栞の言葉で、今日の栞はひと味ちがうと確信した。
 そして、その言葉でもう一つ俺に読み取れた事があった。

「あ、俺の事なら昼飯代持ってきてるから気にしなくていいぞ」
「でも、どうせなら、使わない方がいいですものね」

 もう既に箱は見えてしまっていた。
 俺は、その箱を直視しないように、空を見上げながら栞に尋ねた。

「栞、腹は減ってるんだよな?」
「いえ。わたしはもう食べてきましたから」

『アウチッ』

 心の中の俺が悲鳴をあげた。
 そして俺は、栞にも食べてくれるように説得するために、栞に視線を向ける……途中で、ちらっと縁の部分が視界に入る。

「ああ〜…」
「はい?」

 現実の俺がとぼけた声をあげてしまうほどの結果が、そこにあった。
 どうやら、俺は冷静に対処できていなかったようだ。
 もう、この場をポイントを減らさずに逃げ切る事は、俺には不可能であった。
 よって、俺は弁当を食べることとなる。

「じゃあ、いただきます…」
「はい」

カパッ

 う〜む。
 色鳥採りが逆にうらめしい。

パクッ

「うまいなぁ」
「ありがとうございますっ」

チラッ

にこっ

 見たところ栞は、とても機嫌がよさそうだった。

「栞は……ちょっと食べない?」
「いえ、わたしもう食べてきましたから」
「じゃあ、なんで弁当持ってきてんの?」
「念のためですよ」

 内心、そんなばかなと思いつつも、そんなことを追求したとして、俺が食べなくてすむわけではないので諦める。

パクパクッ

むぐむぐ

パクパクパクッ

もぐもぐ







「解っていた結果が今俺の目の前にあるのが嬉しいのか悲しいのかがわからない心境というのはこういうこというんじゃないだろうか……ごふっ、げふっ、ううっ…」
「そんなにたくさん一気に喋るからですよ」

 むせた俺を、ポンポンと栞が背中を叩いてくれる。
 栞の弁当は、確かにおいしかった。
 しかし、その量は相変わらず凄かった。
 しかも、今日は五つ分の弁当の中身が全部一緒だったという、とてつもない条件だったのである。
 二箱と半分食べられた自分が妙に凄く感じる。

「うう……栞、残った弁当はどうするんだ?」
「できれば全部食べて欲しかったですけど、仕方ないですね」

 元々包んであった弁当包みに、弁当箱を包む。
 そして、それはポケットへ。

「祐一さん。お弁当も食べたことですし、少し歩きましょうか」
「えっ? いや、俺はまだ座っていたいな」
「そうですか?」
「はい……」

 あんまり喋りたくない。

「それじゃあ……」

 栞が、独り呟き、腰をあげる。

「……?」

 すると栞は何を思ったのか、近くにある林の中に入っていくではないか。

「…………」

 俺は、栞のしている事を見極めるため、じっと栞を見つめる。
 そうしている間にも、栞はどんどん林の奥に入っていく。

 そして、栞は、姿が見えなくなってしまうほど林の奥へと入っていってしまった。

「おーい、栞ーっ」

………

「どこ行くーっ?」

………

 反応が無い。

「…………」

………

 ちょっと心配にもなってきたので、立ち上がろうと思う。
 だけど、気持ち悪いのでやめることにした。

「栞ー」

 俺は呼ぶことに専念した。

………

「栞ー」

………

「栞ー」

…………

「栞ー」

……………

「栞ー、おーい」
「もうっ、祐一さん!」
「うおっ!?」

 後ろの方から声がしたので、びっくりして後ろを向くと、やっぱり栞がいた。
 林を回って一周してきたんだろうか。

「なんで捜しにきてくれないんですかーっ?」
「いや、だってさ、なんか動くと痛いから……」
「ほうら、男の子なんだから、ちゃんと立ちましょう」
「俺、栞に男の子って言われてちょっとショック受けたんだけど、なんでだろう?」
「早く立ちましょうッ!」
「はい…」

 そんなに急ぐことないと思うけどなぁ。
 仕方ないから、立ち上がる。

ググッ

(ううっ……)

 しかし、やはりまだ早いと、俺の腹が間接的に俺を責めているようだ…
 でも、これ以上栞に怒られたくないから俺は我慢するぞ。
 とにかく、どこに行くかはわからないが、今は栞についていくのみだ。









「なぁ栞ぃ、これからどうするつもりなんだ〜?」

 あのあと、小高い丘に登りにいったり、果てには学校までいったり、俺がこの街で知っている場所のほとんどを、栞と歩いてまわった。
 そして今は、今日栞と最初に会った場所である、駅前のベンチにいる。

「祐一さん、今日はとても楽しかったですよ」
「そう言ってもらえるとありがたい。苦しさを我慢して丘に登った事の意味もある気がする」
「では、祐一さん。今日はもう夕暮れなので、もう帰りましょうか」
「そうしとこう」
「じゃあ……ん」
「うん?」

 栞は、俺の方に頬を突き出している。
 ちょっと背伸びもしているようだ。
 これは……

「なんなら唇でもいいですけど……」
「いや、ほっぺにしといてくれ」
「そうですねぇ……」

 そういって栞は再び頬をこちらに向けてくる。

「よし……」

ドクン ドクン ドクン

 緊張する。
 そりゃそうだろう、こんなにたくさんの人が蠢きあっている駅前で、しかも、第二次通勤ラッシュの時間帯ではないか。
 いやしかし、栞がここでやると決めたんだから俺はここでやる!

「…………」

………

「………」

……

「……」

「…」

うぐぅ〜〜〜

!!!

パッ

「野鳥の鳴き声が聞こえた」
「あと少しでくっついたのに……」

 しまった。
 聞き覚えのある声が大変なタイミングで聞こえたもんだから、つい顔を栞から離してまった。

「あっ、すまん。やり直そう」
「いえ、いいです。なんか気分が冷めてしまいましたから」
「そうか…」

 さっきはあんなに緊張していたとはいえ、なんか残念な気がする。
 そして…

キョロキョロ

 あたりにあゆがいないか確認するが、あまりの人混みのために解らない。
 絶対に近くにいるはずなんだが…

 左を見渡す……いない
 右を見渡す……いない
 前 〃  ……いない
 後ろ〃  ……いない

「おかしい」
「どうかしましたか?」
「いや、あゆが近くにいると思うんだが」
「いませんよ」
「いや、でもな……」
「それより祐一さん。途中まで送ってもらえますか?」
「送るのか? 別にいいけど」
「じゃあ、送って下さい」
「……ああ」

 ここを離れる時も、まわりを見回してみたが、やはり人混みのために本人を確認することはできなかった。





 栞とも別れて、俺は帰途についたのだった。





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