とある一角の通り………
「あ〜、今日も部活つらかったぜぇ」
ここに、部活帰りの生徒が一人、軽い愚痴をこぼしながら、人気の無い通りを歩いていた。
あたりは既に薄暗く、ひんやりとした空気が熱を帯びた地面にふりかかりはじめた時刻。
「今日も神岸さんち寄りで帰ろ」
学年きってのスポーツマン矢島。
彼はかつて同じクラスの神岸あかりに自分の気持ちを間接的にだが伝え、そして散った。
普段は平気な顔で過ごしているが、やはりかつての気持ちを忘れることはまだ出来ず、部活が遅くまで続いた時はいつもあかりの家の方面から
遠回りして帰宅するという行動にでていた。
あわよくば、買い物などの用事で出てくるあかりと偶然を装って会えたらいいな、などという期待をこめつつ。
そんなストーカーまがいの行動を今日も実行しようと神岸宅へ向かって、目標である神岸家にさしかかろうとしたとき。
タタタッ
なにかの走るような音があたりに響きはじめた。
「…なんだ?」
突然聞こえだした音に不思議におもって足を止めた時!
ザシュッ!
「うおっ!?」
鋭い痛みが脇腹の辺りをはしり、その部分を見てみると、なにか鋭利な刃物で切られていた服と、深紅の血がしたたり落ちていた。
何者かによって裂かれたのである。
「ううっ?!」
そして彼は見た。
自分を切り刻んだそいつのうしろ姿を。
小さめの体。
短髪の髪の毛。
そして、なにより決定的だったのが、そいつの頭についていた飾り。
そう、そいつは……
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:
:
「…なあ、それマルチじゃないか?」
「ああ! っも〜ぅ。折角盛り上げていってたのに最後の最後で横から水さすんだからあんたってやつは………ぶつぶつ」
ガラッ!
「おい長岡、余計な事を付け加えるな! あの時あの通りを通ったのは友達ん家から帰る途中だったんだ!」
ここは2-B。俺のクラスだ。
最近、矢島がだれかに襲われたという噂があるらしい。
その話をどこからか掴んだ志保が、昼休みにうちのクラスで余計な付け足を加えつつ話していたところに当の矢島が現れたというとこだ。
「ありゃま、ご本人が現れちゃったわね。それじゃあこの話はまた今度ね〜、バッハハ〜イ」
ダダダダッ
「あっ、こら、まて長岡ぁ〜!」
ガシッ
「まあまて、その事はあとでゆっくり話してもらうとして。…おまえを襲ったやつはマルチだったんだよな?」
「藤田……おそらくな。あんなにちっちゃくて特徴的な格好したやつ、そうはいないだろう?」
「ああ」
「話はそれだけだな?……まてぇぇぇ!」
ダダダダッ
「………」
矢島のやつ、よりによって志保に情報握られるなんてな。
さっきの話も色々と勝手な想像が混じってるんだろう。
ま、そんなのはみんな解ってる事なのにな。
矢島のやつはそういう事になれてないからな。
それより、重要なのはマルチだよな、マルチ。
「マルチちゃんって、一年生にいるメイドロボットの事でしょう? あんなかわいい子がそんな事するのかなぁ?」
「そうよねぇ…それにあの子じゃそんなに速い動きできないんじゃない?」
「でも仮にもロボットだぜ? 実はそのくらい簡単にできたりするのかもよ?」
「じゃあ、なんでいつもはあんなにすっとろいのよ」
「そ、それは……さぁ?」
「ほらぁ、…やっぱり矢島くんが見間違えたんじゃない?」
話を聞いていた生徒達が色々な討論を交わしている。
それにしても、こんなところまでマルチの機動性云々が伝わっていたとはな。
う〜む。
マルチがねぇ、仮にもスポーツエースの矢島によけきれない速さで移動する事があいつにでき…いや、できるわけないよな。
何もないところで上手に転ぶのが趣味なやつだからな。
今日の帰りにでも本人に聞いてみるか。
んでもってだ。
問題は、自分の机でめずらしく寝そべってるやつ。
「お〜い、あかりぃ。どうしたんだそんな机に突っ伏したりして、お前らしくないな」
「……あんなこと言われちゃあこんな風にもなっちゃうよお…」
「安心しろあかり。矢島がストーキングしてるなんて志保のいつも付け足だ。そんなのいつも聞いてきたろ?」
「でも、実際に矢島くんが襲われたのって家から100メートルも離れてないところだって話だし……」
「そりゃ、そこらへんに友達住んでてもおかしくないだろ?」
「それはそうだけど……浩之ちゃん、今日一緒に帰ってもいい?」
「ああいいぜ。それより、あんま心配すんなよ? 志保のデマなんだから」
「うん、わかったよ……」
こりゃ相当きてるな。
志保のやつには言って良い事と悪い事があるっていうことをあとでたっぷりと教え込んでやらねえとな。
きーんこーんか−んこーん
放課後。
「浩之ちゃん、帰ろう」
「ああ、それだけどなあかり。ちょっと寄りたいトコあんだけどいいか?」
「うん、いいけど。どこ寄るの?」
「俺自身さっきの話が気になってな。マルチに聞いてみようと思う」
「マルチちゃんの所に寄るの?」
「そういうこと。じゃあ行くぞ」
俺達はマルチのクラスに向かった。
マルチのクラスはまだホームルームが終わってなかったらしく、廊下からマルチの姿を確かめようと思って覗いてみたところ…。
「………いねぇな。あいつ今日学校来てねぇのかな?」
「そういえば、最近マルチちゃんみてないよね」
「そうだな。といっても、俺達は最近遅刻ぎみだから朝は会ってなかったし、帰りもたまたま会わなかっただけなのかもしれないけど」
実際その確率はあるが、ここのところあいつは授業が終わったら外の掃除をしつつ下校していく生徒にあいさつしてるから、もし学校に来てるんだったら普通会ってるはずだよな…てことはだ。
あいつは学校に最近来てないんだな。
「あかり、マルチは学校に来てないみたいだな」
「そうみたいだね」
「しかたがないな。今日はこのまま帰るか」
「うん」
なんで休んでんだ?
ふ〜む。
ここで考えても俺にゃわからないな。
とりあえず帰ろう……
:
:
:
「じゃあなあかり」
「うん、今日は送ってくれてありがとう」
「送るもなにも、いつもこんな感じだろ?」
「でも、いつもはわたしの家まで来てくれないでしょ?」
「そりゃあ、まあなぁ…」
「だからなんか嬉しくって」
「…じゃ、俺は行くぞ」
「うん、ばいばい浩之ちゃん」
あ〜じゃあな。
と、心の中で言いながら後ろ手を振ってやる。
さて、今日はいつもに比べて全然時間が早いけど、たまにはいいだろう…
そう思いながら帰途を歩いている時だった。
ダダダダッ
ん?
なんの音だ?
突然なんか音が聞こえはじめた。
その音を確かめる為に、俺が振り向いた瞬間!
シュッ!
「うおっ! あぶねえ!」
いきなりなにかで切り付けてきやがった。
こいつ、まさか例の通り魔か?
どんなツラしてやがんだ?
……あ。
「マルチじゃねえか!」
俺の前に立っていたのは、想像していたようなプッツンヤローではなく、見慣れた制服姿のマルチだった。
「うぅぅうぅ……」
「おいおいなに唸ってんだよ。それにその格好…」
マルチはどういう訳か、犬や猫の前足のように、手を地面につけていたのだった。
「キーー!」
シュッ!
「うお!?」
ダダダダッ
「あっ、こら待て!」
俺を牽制するように凄い速さで手を一振りすると、俺の驚くのを確認して、後方に猛スピードで駆けていった。
俺も、ちょっとうろたえてしまったが、そのあとを追う。
:
:
:
「はぁ、はぁ」
は、速え。
なんて速さだ。
もう姿が見えねぇ…
いつもの、あいつからは、想像も、くっ…
「はぁはぁ……はぁー…ふぅー」
こりゃだめだ追い付けねえ。
マジで速いぞ。
大体なんであんな格好であんなスピードでんだよ。
とりあえずどうにかして捕まえねえと。
………お、ちょうどそこに電話ボックスがあんじゃん。
ん〜誰がいいかな…
うん、よーし。
チャリン
プルルルル
「あ、もしもし、レミィか? ちょっと頼み事があるんだが……」
:
:
;
ここは、俺達がよく朝に通り抜けする公園。
マルチを捕まえるための罠を作ったところだ。
カゴが置いてある。
そのカゴは一本の棒によって支えられている。
かなり大きいカゴ。
人一人なら入れる大きさだ。
そして、そのカゴの下には一本の…バナナ。
棒には紐が結び付けてあり、その紐はそのカゴから5メートルほど離れた俺がいる茂みに繋がっている。
ひそひそ
ひそひそ
「あ、あはは。すいません、気にしないでください」
あたりの人が寄ってくるのは、ついでに呼んだあかりにまかせてある。
マルチが無差別に走り回ってるっていうなら、この公園にも現れるはずだ。
そこを狙うぜ。
それもバナナ&バナナの香り付きだ。
これなら現れるだろう。
そんな気がする。
「…ねぇ、浩之ちゃん」
「(なんだ? あかり。あんまりここにくんなよ、バレちまうだろ)」
「こんな方法でマルチちゃん捕まるのかなぁ…」
「(なに言ってんだ。マルチだからこれで十分なんだよ)」
「なんかわかるような気はするけど…はぁ〜」
「(ん! なんか音が聞こえるぞ! あかり隠れるんだ)」
「え、あ、うん」
バキバキバキ
ガサガサガサ
「(おいこら、なにも俺のいる茂みに無理やり入ってくることはないだろ。音でバレちまうじゃねえか!)」
「(で、でも、他に隠れるところなんか…)」
「(シッ…きた)」
タタタタタッ
「うぅぅ…」
「(ホントだ。なんだかお猿さんみたい…)」
「(だろ? よーし、こっからが勝負だからな。喋るなよ)」
よーし、このままうまい具合にカゴの下にいってくれりゃあいいんだが。
…握ってる紐にも力がこもるぜ。
「うぅ…?」
さすがにちょっとは警戒してるみたいだ。
なかなか近寄らないな。
「………」
「………」
「うぅ…」
あたりは静寂に包まれる。
静寂といっても、マルチがしきりに唸ってはいるが。
頼むぜ、早くしてくれよ。
こちとらそんなに緊張がもつわけじゃ…
「おりゃあああ!!!」
グイッ!
ガタンッ
「…!?」
やったぜぇ、うまくいった。
あいつめ、いきなりカゴの下に入りやがって、あせったじゃねぇか。
「あかり、これちゃんと引っ張ってろよ!」
「う、うん」
そういってあかりに紐を手渡して、俺はマルチのところへ向かう。
「おぅおぅマルチさんよぉ、随分世話やかせてくれ…」
「キーー!」
ブンッ!
サクッ
「ぐわぁ」
こ、こいつ。
カゴの間から引っかいてきやがった。
「こらああぁぁ!!!!」
ビクッ!
ブゥーン
バタッ
「あれ?」
俺が痛みの為の怒りで叫ぶと、そのショックで例の一時ストップがかかったみたいだ。
なんだ、最初から叫んでればよかったのか。
ガサガサ
バキバキ
「浩之ちゃーん、なにかあったのー!?」
声の方向を見ると、俺の雄叫びでびっくりしたあかりがこっちへ向かってきていた。
もうちょっと落ち着けって。
体中葉っぱだらけじゃねえか。
「なんでもねぇぞ。それよりあかり、その紐、ちょっと」
「う、うん。はい」
「よーし…」
グルグル
グルグル
「こんなもんでいいだろ」
「ねぇ、なんでマルチちゃん縛っちゃうの?」
「これで起きたら元に戻ってなくて、また騒がれたら厄介だろ?」
「あ、なるほどー」
「よし、じゃあ長瀬さんトコいくぞ」
「直してもらうんだね」
「ああ」
と、いうわけで、俺達は長瀬さんの研究所へと向かった。
:
:
:
「いやいや、わざわざボランティア活動してもらっちゃって悪いねぇ」
「いえ、そんなことより…」
「わかってる、わかってる。まかせておきなさい」
「キー! キー!」
長瀬さんは、背中でキーキー暴れるマルチをあやしながら奥の部屋に進んでいった。
「ふ〜、なんだか今日は疲れてばっかだな」
「お疲れ様浩之ちゃん。はい」
「お、サンキュー」
あかりから受け取った缶ジュースを一気に飲み干す。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ
「ぷは〜、生き返るぜ〜」
「凄い飲みっぷりだね浩之ちゃん」
「ああ、今日の昼休みから何も飲んでなかったからな。マルチ見つけたおかげで喉が乾いてるって事忘れてたぜ」
「マルチちゃん、なんであんな風になっちゃったんだろう?」
「さあ……」
「それはだねぇ」
あかりの質問に反応したかのように現れた長瀬さん。
マルチの姿はない。
「長瀬さん、もう終わったんですか?」
「マルチは私の部下に任せてあるよ。最近右手の人さし指をねんざしてしまってねぇ。失敗してしまったら大変だからね」
そう言いながらも右手の人指し指で、持っていた缶ジュースの蓋を開ける。
そして、俺達が座っているソファーの向かい側に座った。
「長瀬さん、サボリっすか?」
「マルチの事だが、あの子がああなったのはダウンロードミスのせいなんだ」
「ダウンロードミスってなんなんですか?」
あかりが聞く。
俺も言おうと思っていた事だ。
でも、その前に言った俺の質問に答えて欲しかった…
「君達も知っての通り、あの子は色々な経験で学習していく学習タイプだ。そして、姉妹とも言えるセリオは、元から高性能な能力を発揮…ダウンロードしていくタイプだ」
「そこでだ。次なる私たちの子供は、セリオの初期能力とマルチの成長能力を足して÷2にしたような…より人間に近い形態にしようと思っているんだ」
「その為に、お互いの特性を合わせないといけない。だからまず、マルチにダウンロード機能を仮登載させて実験したところ、やはり元がはっきり分かれている為、本人でダウンロード機能を制御できなくなってしまってね」
「マルチちゃんにはどんなのをダウンロードさせたんですか?」
「猿だよ」
「やっぱり…」
「猿という事で野外実験にしてみたんだ。そしたら逃げ出してしまってね。町のみなさんには随分迷惑をかけてしまったな」
「いえ、今のところ被害はでていませんから大丈夫ですよ」
「(えっ? 浩之ちゃん…)」
「そうかい? それは不幸中の幸いだった」
「そうですね」
ガチャ
ん?
「おや、もう終わったのかな?」
音のした方向を見ると…
「あ、浩之さん! あかりさん!」
マルチがいた。
タタタッ
俺達の姿を確認すると、ちょいと小走りに駆け寄ってくる。
うんうん、最近見てなかったけど、これこそマルチだよなあ。
「おーマルチ」
「マルチちゃん、体はもう大丈夫なの?」
「はい、もう大丈夫です。と言っても、自分がどんな感じになったのかは覚えてませんけど…」
「マルチは完全に猿になってた状態だったから意識がとんじゃっているんだ」
暴走した時の記憶は無いのか。
そんなもんなのかもなー。
「はい…みなさんには本当にご迷惑をおかけしました」
「迷惑なんてかかってねえって。なぁあかり?」
「うん、そうだよマルチちゃん」
「ううっ、どうもありがとうございますぅ…」
「だが、マルチが猿として過ごした時間は無駄じゃないぞ。体が猿だった時の事を覚えているから、とっさの時に凄い運動が可能になってると思う」
「へぇ、そうなんすか…」
とっさの時か……
ゴロゴロゴロ
「浩之さん、あぶない! 上から大きな岩が!」
「なにぃ!?」
「ハッ!」
がばっ
「ありがとうマルチ。おかげで助かったよ」
「いえ、わたしはとっさの時は凄いんですよ!」
って感じかなぁ……
ちょっと試してみようかな。
「おいマルチ、ちょっと」
「はい?」
何も知らずに俺のところにくるマルチ。
いまだっ!
ヒュッ
マルチのデコピンをしようと手を突き出した。
すると、
ブンッ
バシッ
「いてっ」
「あっ、すいません浩之さん」
なんと、マルチなのに俺のデコピンから逃れやがった。
しかも突き出した右手はマルチの左手で弾かれてしまった。
「はっはっは。言った通りだろう?」
「じゃあマルチ、これはどうだ!」
ヒュッ
と口では言いつつそれはフェイクで、さっきと同じデコピンをする。
パチッ!
「あうぅ…」
「おっ」
当たったじゃん。
「普段そんなに俊敏な動きができないから、一日に反応できる回数は限られているんだよ」
あっ、なるほどね。
今日はもう動きまくったからもう限界なのか。
「じゃあ、俺達はマルチの無事も確認できた事だし、そろそろ帰りますよ…」
「そうかい? じゃあ、気をつけてね」
「お二人ともさようなら〜、今日はありがとうございましたぁ」
「じゃあな」
「おじゃましました」
帰り道、俺とあかりで歩く。
「浩之ちゃん、どうしてさっき矢島くんがマルチちゃんの被害にあったって言わなかったの?」
と、あかりは質問を飛ばす。
「やっぱなぁ、襲われたやつが襲われたやつだからなぁ。あいつ一人をどうにかすれば長瀬さんにも迷惑かからないだろうし」
「あっ、そういう事だったんだぁ」
「納得したか?」
「うん。したした」
「そうか」
「……でも、矢島くんはどうするの?」
「ん? マルチ見たっていうのは、野生の猿と見まちがえたとでもいっとくか」
「そんなの信じてもらえるかなぁ」
「ま、なんとかなるだろ」
「じゃあ、浩之ちゃん、バイバイ」
「えっ?ああ、もう着いたか。じゃあなあかり」
「うん。今日は色々ありがとうね」
「お〜、じゃあな」
あかりの家とはおさらば。
俺も自分の家に向かうとしよう。
ていうかそれくらいしか選択技はねえよなあ。
あ、そうだ。
うわぁ〜…あのカゴとか片付けてなかったなぁそういえば。
…片付けに行くか。
ちゃんと返すってレミィに言ったしなぁ。
それにしてもあんなに大きいカゴよくもってたもんだぜあいつも。
まぁ、なんとなく持ってそうだから電話したんだけどな。
ふ、と上を向くと。
あっ、夏の大三角形だ。
今日は晴れてたからなぁ。
星座なんてあんまり意識して見ないからなぁ。
そういえば小学校の時なんかにはよく………ぶつぶつ……