S.K
聖誕節を迎える頃になると毎年自己嫌悪に陥る。この一年いったい自分は何に向かって、何をしようとして、何をしてきたかと何故かこの時期になると自問させられる。自分自身の無能は別にしても、余りにも無策、怠惰、逃避、無気力な場面ばかりが炙り出され滅入るばかりです。
この憂鬱な状況にある小生に、先日、温和で理解のある某牧師任が「会報を作るので、この一年を振り返って何か20行ほど原稿を書いて下さい。」と冷たく言われるではないか・・・・・。まあ、愚痴ったところでこの現状が好転するわけではないのだが、恨めしい限りです。
所で、この一年の、この四年の、受洗以来数十年の信仰姿勢を顧た時、ただ個人的癒しによる慰めと精神的支えを求めるか、日常生活での苦しみから脱却させたまえか、耐える力を欲するかの自己保身ばかりであった。教友とて仲良しこよしグループの域を脱していない感を否めないでいる。又、自分自身や教会を成長させる為、力強いパッションとビジョンを持ち、証せねばと苛立つものの、多忙と年長であることと無能に理由付けて逃避している自身の情け無い姿が浮き彫りにされやりきれない。この弱い無力な臆病者ゆえに、反比例するかのように必要であると求められ、こよなく愛して下さり、いとおしくして下さる主を思うとなおさら辛くなるのは、自分自身だけだろうか。あるいはかってな驕りたかぶりかもしれないが、ともあれ理屈抜きに今日まで連ならせられて来たことに(いることに)感謝しなければならない。
泣き言を言おうが、悔やもうが後、数日で2001年へと確実に変わろうとしています。時は後戻りさせることも、止めることも出来ない自明のことを毎度のことながら今一度真摯に受け止めなければなるまい。言い換えれば自分自身の残された限りある時間を、与えられた時間を少しでも悔いの無い一時一時としなければならないと自戒し続けることが、諸々を向上させる必要条件と銘記し、フラストレーション解消の最善方法であると訳もわからず述べることによってごまかそうとし(自己満足化)、年末を迎えようとしている現在の私です。
ただ、驚くべきことは日に日に成長し、変わって行き、逞しくなって行く子供達の姿は創造主が働きかける凄まじいエネルギーを否が応でも感じさせられます。希望と夢を与えられているような気がします。それ故、私達の責任と義務はいささかも疎かに出来ない重大な使命が与えられているのではなかろうかと鈍感にも思います。
20世紀を後にして21世紀を迎えるにあたって、後世に名を残すなんておこがましいことを思わずとも、決して汚点だけは残す者とはなってはいけないと腰に帯びする者です。
C.K
2000年を振返りながら私は何を感じ、何をやってきたのか余り頭に残っているものは少ない。なぜなら今でもそうだが、いつも何か追われての毎日があっと言う間に過ぎて行っているからだと自分で思う。もうすぐ21世紀の計画を迎えようとしている今でも追われている毎日は変わりない。恐らく明日もそうだろう。韓国では一年の計画は元旦に立てるとのことわざがあるように21世紀の計画は世紀の始まりに立てないといけないかな?しかし、何を立てればいいのだろうか?今の自分は世紀の変わり目に立っているだけの存在にすぎないのに・・・皆さんは何か変わろうとしながら、何も変わってない自分が嫌になったことはないだろうか?私たちはいつも自分や家族の健康を与えて下さった神様に感謝の祈りを捧げる。仕事上の繁栄やもっと自分が輝く事を祈る。ここで私は自分自身や皆さんに二つ提案したい。先ずは一人一人のお祈りの中に自然を思うことだ。いままでの私達は神様が創ってくれた自然を削り続けてながら、歴史を刻んで来たと思う。しかし、これからは破壊されてきた自然をどう守るか考えなければいけない。私たちの子供達にこのすばらしい自然を残すために。自然の中には色んなものがある。森や海もそうだろう。そのすべてを私達は愛し、祈らなければならない。神様が私達を愛して下さった様に。二つ目はこれらの事が祈りで終るのではなく、小さな事から実行して行くことである。皆さんは飛行機に乗って町を見下ろしたことがあるだろうか?私は飛行機に乗って都会や田舎を見たことがある。その時いつも決まって思うことがある。それはこれほど小さい私達にいったい何が出来るだろうかである。空から見られている私達は本当に小さな蟻に見える。私達が作って来た創造物や歴史も同じであろう。しかし、私達は長年掛けて一つ一つ積重ねて色んなものを作り上げて来た。それは決して短時間で作られたものではない。ある天文学者がTVで言った言葉がある。それは人間が二本足で歩くことが出来てからすぐに月に向かって歩いたとしても、あのアームストロング宇宙飛行士が月に着いた時間よりはるかに遅いと言う計算になるとの事だ。紀元前の人々も今の21世紀を生きる人々も月や宇宙に向けた関心度はあまり差はないだろう。しかし、われわれの先代はその為に一生懸命研究や努力をして来て、やがて月に足跡を残すことが出来た。毎日やって行く事がどれほど小さく見えてもその積重ねこそが私達のすべての力である事を自覚し、今私達が自然を守る為に出来ることをやって行きたいと思う。
A.K
楽しい1年でした。平穏な中にもいつも神様がいて下さったように思います。あたり前な事はあたり前ではなく全て、神様の働きがある事を・・・2001年はもっと自分にパワーを集めて、エネルギーを外に発する事のできる自分を作りたい。ビー玉教会でも自分のできる何かから・・・輪を広げ子供たちの代につなげたい・・・この素敵な場を残さない手はない。
J.S
年頭にあたって、「ビー玉通信を、せめて季刊にしよう!」なんて。3号は隔年刊になってしまいましたけど、皆さんそれぞれ力作! 感謝です。一応テーマは「一年を振返って」ということですが、皆さんの「生きている、今」が綴られていて、読むものへの「生きる課題や」ヒントが与えられるものでした。そして今年もあの震災関連のことがニュースになっている最近(あ、いつこれを書いたか、バレた?)、やはりあの問い直されたはずの「生きることの意味」が、またいつの間にかぼんやりと薄らいでしまっていたのに気付かされる自分でした。多分それは子供が元気になればなるほど、あの病気の時の自分への問いかけを、日常の忙しさにかまけて、忘れてしまっていたのに気づくようにです。あの時「お金じゃない、物じゃない、別の何かが見えかけていたのに・・・」何百万円もする大きな皿や陶器が数秒間で粗大ゴミや危険物になったのを見た時、分かったはずの何かが、ぼんやりと遠のいていくのを感じます。あの時神様から、人間に対する大きな「宿題」が与えられたはずなのに・・・。先日も15年ぶりの同窓会がありました。学生の頃、スリランカに奉仕活動に共に行った時の苦労話や面白い失敗談が再現され(私は参加してませんが)、失恋したほろ苦い思い出などなど。そしてあの頃語っていた「在日2世」として生きることの思いや気負い、意気込みなど。在日が芥川賞とることの喜びと同時に「それで食べてはいけんよ、もっと地道に生きてかな」といったあれから15年生きてきて知った人生のしんどさを語るかっての在日2世の若者たち。それぞれ家族が増えたり、離婚したり、会社を起こしたり、つぶれたり、韓国やアメリカを仕事で転々としたり、民族芸術である程度名をなしたり、牧師になったり、そしてやはり「在日の世界は狭いな」「あの芥川作家、友達のHの弟やんか、あんたKのだんなさんの親戚やったん?よう知ってるがな」etc。生きることを、皆それなりに探してました。信仰的にいえば、私たちキリスト者は「イエスの宿題」を担って生きてゆくことを決断した者たちです。何が人生の真理であり、命であり、道であるかを教えてくれました。そのイエスの後を追い「十字架的生」を生きてゆく私たちに、アモスは言います。「生きることは主を求めること」「主を求めることは、悪を憎み、善を愛すること」。わたしたちが主を求めるその時、本当に生きるということになります。本当に生きるということは善や愛に近づき、悪から遠ざかることになります。それはおのずと人の命を尊ぶ生き方、隣人の生命を大切にする生きかたとつなっがてゆきます。そして震災の時、病気の時見えていた、あるいは見えかけていた何か、今までと違う「生きることの意味」と、アモスのいう「生きることは、主を求めること」主を求める時、生きるということの本当の意味が見えてくるという予言が重なってくるのです。震災のニュースを見てボロボロと涙が流れた時、祈花が不思議そうに、少し驚きながら、そしてなんだか思いやりに満ちた表情で、無言でティシュで頬の涙をふいてくれました。その後も何回となく「う、う」と声を詰まらせるたびに、ひざの上に座っている自分の背中越しにオンマが泣いているの気付くと、自分も悲しげな顔をしながら振り向き、私の涙をぬぐってくれました。そのキファの真剣な顔を見ながら、なんだか生きることの意味や喜びが、子供から伝わってくるような気がしました。教会って、礼拝って、知らない間に遠ざかってゆくもの、ぼんやりしてゆくものを、もう一度追いかけ、探すのに、必要なものだなーと思いますよ。「信仰は見えない事実を確認すること」(ヘブライ11:1)とあるように。
K.M
2000年を漢字一文字で表すと「金」とテレビで言っているのを聞いた。シドニーオリンピックの金メダル、南北首脳会談の両金氏、2000円札の発行などが理由らしい。しかし、私にとって2000年を振返るとその後に「欠」という字がつく。ますます商売がむつかしくなっていく。大手百貨店が閉鎖し、ユニクロや、アウトレットモールが増え続ける時代、もう、不況とかの問題ではなく、いかに消費者が必要としている物をタイムリーに提供できるかである。商売のむつかしさを嘆いても仕方ないので、今日も沙耶が保育所で借りてきた絵本「ぼちぼちいこか」を読んで自分を自分を慰めよう。9月から掃除のアルバイトを始めた。2000円稼ぐ大変さが身にしみる。健康の為(運動不足解消)にもしばらく続けてみよう。さて、問題は教会の奉仕ができていない事、2001年は、半歩でも前進して、教会の活動に力が入れられるよう心掛けたい。
H.K
何を書こうかなと真っ白になっている自分の頭をもう一度ふり起こすような感じで・・・今の自分がいます。生きて来て○十年・・・話せば・・・心の窓を開けば、想いはつのるほどいっぱいはいって入る自分自身の中にあえて開くしんどさを思うからなのでしょうか。唯友の病気(退院からちょうど一年半すぎ)から今は何もなかったかのように普通に生活をしています。外から見れば何らかわりなく、何もかも発病する以前のまま・・けれども実際は、あの1年間はクレパスでマっくろにぬりつぶさたような1年間があります。、それは唯友をはじめ、回りのいろんな場面を見て来ました。思えば忘れたくとも決して忘れてはならない1年間。その1年はとてもくらく長く感じたものです。私にとっては唯友の病気以来、いつも心にはその病気が頭から離れず、それから神さまから条件付の人生を与えられたような気持ちでいるのです。“一年をふり返って”というより“あの時をふり返って”ということになります。よく絵本の中でもごらんになったことがあると思います。ピノキオの世界では木の人形がほんとうの良心を知る時、女神様によってほんとうの人間として生きることができたように。美女と野獣では醜い野獣となった王子は、ほんとうの愛を知ることによって元の人間の姿になっていったように・・・まるで私自身をいつも神さまが試されているのだと強く思うようになりました。障害をもって生まれて来る子ども、もしくは突然何らかの原因で発病する難病・・・になった母親の多くは自分を責めてしまいます。 次回に続く。