私の好きな詩
 
 

私は, 三好達治, ヘッセ, 石川啄木, 宮沢賢治などが好きです.
素朴というか, そういう感覚がいいんですよね. 私も結構詩つくるんですが, なかなか言葉ってむつかしいですね(^^;;
 


         雪      三好 達治

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ
 
 

子供の頃この詩を見て, 子供は死んでしまったと勘違いして, 悲しい詩なんだなあって思ったことを思い出します.
しんしんと, ただ雪が降り積もっていくそんな感じが好きです.



                    艸千里濱   三好 達治

   われ嘗て(かつて)この國を旅せしことあり
   昧爽(あけがた)のこの山上に われ嘗て立ちしことあり
   肥(ひ)の國の大阿蘇(おほあそ)の山
   裾野には青艸(青草)しげり
   尾上(おのえ)には煙なびかふ 山の姿は
   そのかみの日にもかはらず
   環(たまき)なす外輪山(そとがきやま)は
   今日もかも
   思出の藍にかげろふ
   うつつなき眺めなるかな
   しかはあれ
   若き日のわれの希望(のぞみ)と
   二十年(はたとせ)の月日と 友と
   われをおきていづちゆきけむ
   そのかみの思はれ人と
   ゆく春のこの曇り日や
   われひとり齢かたむき
   はるばると旅をまた来つ
   杖により四方をし眺む
   肥の國の大阿蘇の山
   駒あそぶ高原(たかはら)の牧(まき)
   名もかなし艸千里濱
 

大阿蘇という有名な詩も好きですが, 草千里浜も味わいがあります. 淡々と感情移入することなくうたっているにもかかわらず, 作者の奥底にながれているものを感じることができるような気がします. 大学生の頃この草千里を見たくて, 九州に旅行にいったことを思い出します.



       大阿蘇      三好 達治

   雨の中に馬がたつてゐる
   一頭ニ頭仔馬をまじへた馬の群れが 雨の中にたつてゐる
   雨は蕭々と(しょうしょうと)降つてゐる
   馬は草をたべてゐる
   尻尾も背中も鬣も ぐつしよりと濡れそぼつて
   彼らは草をたべてゐる
   草をたべてゐる
   あるものはまた草もたべずに きよとんとしてうなじを垂れてたつてゐる
   雨は降つてゐる 蕭々と降つてゐる
   山は煙をあげてゐる
   中獄の頂きから うすら黄ろい 思つ苦しい噴煙が濛々とあがつてゐる
   空いちめんの雨雲と
   やがてそれはけぢめもなしにつづいてゐる
   馬は草をたべてゐる
   艸千里濱のとある丘の
   雨に洗はれた青草を 彼らはいつしんにたべてゐる
   たべてゐる
   彼らはそこにみんな静かにたつてゐる
   ぐつしよりと雨に濡れて いつまでもひとつところに 彼らは静かに集つてゐる
   もしも百年が この一瞬の間にたつたとしても 何の不思議もないだらう
   雨が降つてゐる 雨が降つてゐる
   雨は蕭々と降つてゐる

 たしか中学校か高校の国語の教科書でこの詩を初めて見ました. 感じたのは時間というか空間です. こんな詩を今まで見たことがありません. すごい詩だなあってただただ感動したことを覚えています. それからいろんな人の詩に触れて, またこの詩を見てみると, やはり何かが違うんですよね. 淡々とうたっているのに何かこの人の心の奥に流れるものを感じることができるように思うんです.


         一握の砂 我を愛する歌 より    石川啄木
 

                     いのちなき砂のかなしさよ
                     さらさらと
                     握れば指のあひだより落つ
 

啄木の詩とても暗いしとても悲しい. まるで, 人のつらさ, 苦しさ, 悲しみをいってに引き受けてくれているような気さえする. 自分も孤独感とか悩み苦しみ(たいしたものではないんだろうが)を感じとときに, 自分なりに自分と対話する. そういうときはすごく素直で, 正直で, そういう心に啄木の詩はすごくやさしくしみいってくるように私は思っている.



Dec. 26, 2000