唯、其処につっ立っている。
長い風雨に曝され続けた灯火の電脚は、
一点の温もりすら何処かへ過ぎ去ったかのように静まり返る。
唯、其処にあったのか。否、其処にいたのか。
何を待たず、誰も期待せず、こいつは立っている。

照りつける陽は、高く昇り天を焦がす。
遮ることのない強烈な光が、小さなこの頭を焼き付ける。

しかし、首は豊秋の稲穂よりも軽く垂れ下がるのみ。

東に、西に何がある。南には、北にはどんな物が待っている。
訓えは乞わない。世を厭わない。それでも愁う日々は続く。

また、煙草に火を点けた。
犬が遠くで吠えていた。





〜黒い影〜

朝になっていた。
宵方まで降りそぼっていた雨が、次第に小さくなっていたのは気付いていたが、
雲の切れ間から陽の光が薄く見え隠れするのが確認できた。

漆黒の大きなビルがいつも見るより無機的だ。
人込みの無い街の中で立ち尽くす建造物をぼうっと見ていると、
単なる大きな模型にしか映らない。
昼間、ここは蟻塚の様にぎっしりと人が群れを成すのだ。

そんなどうでも良いことを考えているうちに、
それまで飲んでいた酒が、今さらの様に強烈な匂いを放ち口腔を刺す。
俄かに重い黒煙が全身を包み込む感覚に襲われた。
外は既に明るくなっていた。












                                   (二〇〇一年 雨煙る朝・六月) 




〜明日の昂揚〜

右手の掌には、握り潰したコーラの空き缶と、乾かぬ汗が何時までも鬱陶しくこびり付いている。
遠く西の方角には、重苦しい曇り空に浮かぶ太陽がかすんでいた。

只それも、男の目から見れば、透明の釣り糸からぶら下げられた黄色い毬だ。
黄色は次第に橙に変わり、いつしか燃え尽きる寸前の紅になった。
そして紅は、薄汚れたもんじゃ屋に置いてある、着色料塗れの生姜の匂いを想起させた。

土手の上で佇み、その紅い玉が屋根の下に潜り込むところまで眺めている。
彼は言葉にもならない呟きを、自分の耳元で囁くしかなかった。例え誰が聞いていなくても。

自転車にまたがり、土手を下りた。荒涼とした雑草だらけの地面が横たわる。
薄暗くなった空を鳩の群れが覆う。届くはずもないのを承知で、男は空き缶を投げつけた。












                                            (二〇〇一年 六月)



〜無題〜

やや汗ばむ昼下がりの午後、
トラックがたった一台の古びた自転車を積んで、ノロノロと走っていた。
それは走っているというよりも、大きな虫が草葉の陰を這っているようにも見えた。

トラックが視界から去るまで茫洋と眺めた少年は、
ズボンのポケットから煙草の箱を取り出し、ライターをまさぐってみた。
しかし何度見てもそこには、くしゃくしゃに丸め込まれた紙片が一枚、あるだけだった。
薄いラインが何本も引いてあるその便箋には、青インクの、端正な文字で
「ごめんなさい」 と記されていたのだった。













                                            (二〇〇一年 五月)

  
 


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