告白


 突然ですが、私は生まれてこのかた、恋愛感情というものを抱いたことがありません。このことに気づいたのは中学生の頃でした。周りの女子は好きな人の話で盛り上がっているのですが、私はその話に全く興味をもてませんでした。それからしばらくしてわかったことなのですが、私は他の誰でもない、自分にしか興味がないのです。だからといって、あのギリシャ神話のナルシスのように、外見がどうこうと言っているわけではありません。うまく言葉では言い表せませんが。他人の観察は好きです。(笑)それでも表向きは社交的で、その場を盛り上げるのも嫌いではありません。小心者なのでしょうね。この事実に気づいてから、どのようにして今の状態に至ったかはここでは詳しくは話せませんが、やがて自分は世間の常識からずれているという自覚を持つようになりました。だいたい私には常識というもの自体良くわかりませんが。考えや行動が普通の人とどこかずれているのです。最も親しい友人(何度か登場しますのでkと呼びます)には、変人呼ばわりされたりもします。ちなみに彼女は澁澤龍彦がお気に入りの少々変わった人ですが。そうして自覚して以来、私は自己流に生きてきました。
 そのような中で、4年程前、私はある人物の存在を知りました。トップページにも名前が挙がっていた、
ルートヴィヒU世です。ご存知の方、そう・・・あのバイエルン国王だった人物です。狂気の王などとされていますが、それが正しいかどうかは別として。私はこの王の考えや行動、生き様そのものに魅了されて、のめりこんでいきました。それは美しい憧れというようなものではありませんでした。何と言えば良いのか、今まで私が知っている人間の中で、これほど私が共感した人はいないでしょう。ルートヴィヒU世は私の世界には欠かせません。この王の出現は、私を現実の世界から大きく切り離してしまいました。しかし状態が悪いと、良くない方向に突き進んで行ってしまいそうで恐ろしいです。この夏休みにはKとノイシュバンシュタイン城を訪れて、真夜中に城の周辺を歩いたりもしました。空想という現実の世界にいるような心地でした。ルートヴィヒU世は多くの芸術家や作家を魅了し、研究者も大勢いますが、私は研究者の眼をもって、また憧れのようなロマンティックな気持ちで、この王に接したことはありません。この王はあの城のおかげか結構名前は有名な方ですね。しかしやはり、私が言うようなことについておわかりになるような方はいらっしゃいません。Kにも馬鹿笑いされてしまいます。愛情より深く魂の奥底で結びついていると言っていたルートヴィヒU世とエリザベートの関係はとても羨ましいものです。
 ルートヴィヒU世が全てではありません。自分の世界を人に語るのは容易なことではありませんし、細かく話せばきりがありません。ここからはもう少し詳しく、私の性格や趣味を、恥をしのんで記したいと思います。性格についてはkの発言も取り入れてあります。よろしければどうぞ。
 まずは現実的なことから。いきなりですが、古風だとよく言われます。といってもぱっとしませんが、早い話が今の同年代についていけない、関心が向かないのです。考え方から服装、髪の色に至るまで、理解できないことがたくさんあります。これは親の育て方にもよるのでしょうが。大人から見れば真面目そうな感じがするようです。同年代の人には不気味だの時代遅れだの言われます。実際、茶髪は未だ理解できないような。はは。私は自分で男っぽいと思い込んでいるため、通学などはパンツルックです。マジメちゃんということですよ、表向きは。(笑)世間の方がだんだん変わってきて、私は古きよき時代の日本人なだけだと思っていたのですが、どうも違うみたいで。性格はさっぱり、面白いらしいです。表向きは。(笑)ちなみに関西人です。ここまでが普段の外向きの私の人となりです。これだけなら普通の人でしょう。
 さて、ここからが肝心なのですよ。まずは性格から。古風であるということともつながると思うのですが、世間に対しては冷笑的な気がします。背を向けているわけではありません。そして何よりも非現実的です。合わせて理想主義、夢想癖があります。空想の世界を渡り歩くのが好きというか。現実に生きていない人は大好きです。そして、行き当たりばったり、衝動的、気まぐれ。kには十分それが感じられるようです。また自分にしか興味がもてないということから、ある意味ナルシストであるのでしょう。この言葉にも色々な意味があるようですが。子どものように熱しやすく冷めやすいということもいえます。kによると、子どものように純粋で、あきれて見ていると、急に意地悪く大人のようになるので、二重人格だということです。酷いことを言う。(笑)私自身、自分で自覚しているのは、小心者、怠け者ということです。(笑)平凡な人は嫌いです。近頃では、この性格に下記の趣味の問題も合わせて、病的サークルと呼べそうな時期が訪れます。そうしますと友人などと過ごす日常的な場面に、その影響が見られたりするのです。たとえばこれは個人的なことですが、浪費癖がひどくなるとか(学生ですし、おまけにバイトは嫌なのでたいした額ではないですが)、急に奇怪な行動に出てkを困らせてしまうなど(これは悩みの種)。しかし、まだ自分でこうして冷静に判断し、分析めいたことができるだけ良いのですよ、多分。
 さあ、趣味の話に参りましょう。何から話せばよいのやら。私の基準でいう美しいものがとても好きです。音楽はクラシックがほとんどです。ショパンは一番のお気に入りです。私もピアノを習っています。装飾などではルイ王朝のバロック、ロココものからイギリスのジョージ王朝ものまでなど、古いものが好きです。美術はこれらの時代のものや、ルネサンス時代の物を好みます。というよりも私はこういう中世から、民主主義以前までの時代(笑)が好きなようです。ちなみに印象派以降はあまり理解できません。また服装などは先ほども申しましたとおり、今時の同年代のファッションは好きではないです。誰が何を着ようと勝手ですが、なぜか汚らしいような、いやらしいような気がします。失礼を。私自身は正統派が良いですね。ブランド物といわれるものも、よく見かけるようなものには大して興味が湧きません。だいたい、ブランド物はバイトして買うようなものじゃない、と私は思います。オートクチュールは格別ですが、やはり違うなと思わせる、それぞれのブランドの独特の美しさはとても好きです。とうてい着こなせるものではありませんが。あれらを着こなす外国のモデルは本当に美しいですが、もう少し品があれば申し分ありませんね。なにやら話がそれてしまいました。他に大まかに趣味の話をするならば、坂東玉三郎という女形にはとても惹かれます。舞台もよく観に行きます
が。男が女に化けて、完璧な美をもってやり遂げてしまうということには、とても興味があります。多くの女性はあの外見の美しさに惚れ惚れしてしまうのでしょうが、私が良いと思うのは美しさもありますが、何より男が女装して女の仕草を真似るという動作です。そういえば、この坂東玉三郎を知った頃、私は、あのような美しいものは皆も当然好きなのだろうと思っていて、それが大きな勘違いであったことであったことに気づかされました。確かに女形という特殊な対象でしたが。これは極端な例ですが、同じ世代の友人達と良いと思うもの、美しいと思うものが全く合わないのです。こういう方は多くいらっしゃるでしょうが、私の場合は考え方や性格がこれに加わって、どこか普通じゃない、人には言えないことになっているのです。(笑)ああ、何なのでしょう。何不自由なく、素晴らしい両親のもとでまともに育ってきたはずですのに。そういえば、この頃親と子どもが友達、のような人が多いですね。私、これがすごく嫌です。私の親世代くらいからその下は言うまでもなく、年に合わない髪形や格好の女性も多いし。どうしてこんな話になったのでしょう。別に社会論の話がしたいわけではないのに。でもせっかくですから物騒で色褪せた現実について、私の思うところを申し上げましょう。冒頭でも述べましたように、私は現代社会にはついていけない者です。(笑)ええ、本当に茶髪が未だ理解できないのです。そしてあの流行。これは外見のことです。頭の良し悪しは置いておいて、上記にもありますように、現在私と同年代の多くの人びとがしている格好、化粧というのも嫌いです。どういうのがと言われても正確には言いにくいのですが、今の流行の先端を行くお洒落のつもりなのでしょうが、私にしてみれば必死で、どこか田舎くさく貧乏くさいのです。流行自体がそうなので仕方ないですが。きっとあちらから見ればこちらがそうなのでしょうが。こういう言い方は良くないのですが、美しさも品も感じられない、踊らされているだけのような感じがします。幸い私が今まで育ってきた環境やKを含めた友人達は私的な人ばかりでした。こういう価値観は私個人の問題だけではないのでしょう。そういえば価値観の話でも思うことは多くありますが、私はケチが大嫌いです。(笑)金銭感覚の話ですが、使う時は使う、思うとおりにするためには浪費もする、いわゆる非サラリーマン的で、まさしく商売人的なのです。築城のための破産などにはほど遠いですが。(笑)しかしこういう価値観は大事なものです。育った環境にもよりますが。こういう問題のために知り合ったばかりの人との付き合いが面白くなかったりすることもありますから。それでも私は自分の道を行きますけれど。やはり私は現代社会についていく気が全く欠けているのです。人は人、私は私ですもの。さて話題を元に戻して、これは趣味ではないのですが、私の世界では、いつもどこかで同性愛が関係しています。これは興味があるとかそういうのではないのです。もちろんあの少女達がはまるようなものは論外です。私自身はどうなのか全然わかりません。が人よりはその傾向はあります。疑われたこともあります。私は自分の愛した人ならば、性別などどうでも良いと思っています。それは友人関係にも言えることです。何しろ恋愛感情すらもったことのない私ですから、そのあたりはいまだ不明です。ルートヴィヒU世もそうですし、あと色々と・・。ああ、好きなものの話ばかりして嫌いなものの話も必要でしょう。このような私ですから色々とあるわけですが、まずは現実主義と平凡です。ある程度は必要ですし、結局今の私はまだこれでもあるのですが・・。他には図々しいことです。これは本人が気づかないから起こることなのですが。あとは精神的田舎もの。言いかえれば、鋭さや一歩進んだ隠れた気遣いが無いということ。かく言う私自身もまだまだですが、世の中には色々な人がいますから・・。あまり言わないでおきましょう。こういうことは言っていて気持ちの良いものじゃないですし。失礼を。
 最後に、私は映画を観るのが好きなのですが、中でもヴィスコンティは私の世界にしっくりきます。ヴィスコンティ自身の生き方にはとくに共感はしませんでしたけれど、あの映画の世界には魅了されました。ああそういえば、ヴィスコンティ自身ルートヴィヒU世に魅入られた一人ですね。随分長い話になってしまいました。お恥ずかしいことに・・。
 私の将来の夢は、美しい男になってみるということと、映画を撮るということです。私は男性に間違えられることがあります。年頃の娘ならば泣きたいようなことでしょうけど、私はなぜか少し嬉しいのです。狂っているようですが、こんど生まれ変わってくるならば、絶対に男性が良いですね。別に性同一性障害というわけではありません。映画を撮りたいというのは漠然とした夢で(私の性格らしい)、とくに行動を起こしているわけではありません。だいたい私は自分がこのまま安定した将来を迎えられるとは少しも思っていません。(笑)本当は、私が本当に希望する将来とは、世界中を行き当たりばったりで訪れて、自分の世界の中で消え去ってしまうことです。同じ世界を共有できる人を伴って。今でも、お金があり、愛する家族がいなければ、すぐにでもそうしたいという衝動に駆られます。でもできません。ですからこうして現実に生きているのに、その現実はおかしなところで、汚いところでもあるのです。もちろん人間きれいなだけでは生きていけないことなど十分承知です。
 ああ、本当にとても真面目で現実的な話になってしまった。もっと幻想的な方へと話を向けるはずだったのに。まだ私はルートヴィヒU世のようにはなれないようですね。当然ですけど。(笑)ルートヴィヒU世のように現実逃避できるはずもなく、ただ思うように毎日を送っているのに何かがずれていて、再び現実から逃れようとするけれどできないことも良くわかっている。この繰り返しです。この繰り返しが無くなった先にあるものが、ルートヴィヒU世の世界なのでしょうか。しかしルートヴィヒU世は王であったゆえ、あのような生き方をすることが出来たのです。何かロマンティックな言い方になってしまいました。でも決してロマンティックな話ではないのです。趣味などを合わせて貴族的などと時々言われることがありますが、それはどこか違います。耽美主義と言われたこともあるけれど、それも違います。それはとても甘いでしょうね。ルートヴィヒU世もよくそういう言葉で飾り立てられるようですが、決してそうではないでしょう。「君がルートヴィヒU世を心に抱くのは、その行動や考え方、価値観、生き様がどこか自分に似ているからで、君は自分を見てるのではないか」、とKに言われていろいろ考えましたけど、決してそういうわけではないのです。たしかに何か感じるものはありましたし、共感も覚えました。それにその存在を知ってから今までの間に、いつのまにかその存在は大きな柱の如く私の心の中にそびえ立って、支え(?)となっていますが・・。Kは近頃、私がいつかルートヴィヒU世のようになってしまうのではないかと言っては、私の顔を覗き込んできます。(笑)
 さて、私の世界に共鳴してくださった方(これだけでは何も見えませんか)、いつでもメールをお待ちしています。一つだけわがままを言わせて頂きますと、性別は問いませんが、私以上の年齢の方にお願いします。またその上で他に、映画を撮るという話に興味のある方も是非どうぞ。こういう形でのやり取りは気の進まない方も多いと思います。私自身ここまで話しておいてそうですから。自分のことをこんな形でそれも長々と話すなど、本当に恥ずかしいことです。このような文面では奥深くにあるものは何も見えませんから、全てを語ったわけにはなりませんが。しかしそうでもしなければ何も見つかりませんから。恥をしのんで話しました。お汲み取り下さい。私は真剣に同じ世界をお持ちの方を探しています。私は自分に何も名前をつけておりません。あなたの思うようにお呼び下さい。どうぞよろしくお願いします。
 それにしてもここまで読んで下さった方はどれほどいらっしゃるのでしょう。(笑)呆れずに読んで下さった方は相当近いものがあるのではと思うのですが・・。
 私と魂を触れ合わせて下さる方をお待ちしています。それでは・・・。

 



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