健康と幸せを祈られてみたら・・・。 (神慈秀明会)


 1980年代頃から1990年代後半頃迄、「あなたの健康と幸せを御祈りさせて下さい」と手当たり次第に通行人に声をかけている人達を見かけた事は無いだろうか?

 筆者も彼等に何度か声を掛けられた。最初は気持ち悪く感じ、声を掛けられても「急いでるので・・・。」と振り切るだけだった。しかし、オウム真理教事件以来カルト関係に強い興味を持つ様になり、彼等についても非常に気になる様になっていた。彼等は一体何者なのだろう?好奇心がてら、思い切って祈られてみる事にした。

 その日も20代後半から30代前半位の女性が2人1組で駅前で布教活動をしていた。時間は夕方頃。わざと声を掛けられ易そうに、彼女等の近くをゆっくり歩いてみる。案の定声を掛けられた。

「あなたの健康と幸せを御祈りさせて下さい。」

「えっと、どんな風にすれば良いんですか?」

丁寧に御祈りのやり方を教えてくれた。御祈りは「浄霊」というとの事。祈られる側は頭を少し垂れ手を下に組み、祈る側は相手の垂れた頭に右手を翳す。そして互いに目を閉じ、祈る側が「明主(めいしゅ)様有難う御座います」と3回唱え、1分程度無言でその姿勢を維持する。そして時間が来たら再び祈る側が「明主様有難う御座います」と3回唱え、御祈りは終了する。御祈りが終わると教団の説明に入る。

「私達は神慈秀明会(しんじしゅうめいかい)。観音様を信仰し、浄霊を世界に広める団体です。」

聞いた事無ぇ団体だなぁ。観音(観世音菩薩)ってことは仏教か?しかし教団名には「神」が付いてるし、神仏習合なのかしら?彼女等の話が続く。

「今から一緒に道場に来て修行して下さい。」

「い、今からですか!?いや、今はちと用事もありますし、急に修行なんて言われても良く分かりませんし・・・。」

「では連絡先を教えて下さい。後日連絡します。」

いきなりの修行の誘いでかなりビビった。そしてうっかり自宅の住所を教えてしまった。独り暮らしだから同居人に迷惑を掛けるなんて事は無いが、当時カルト絡みの事件が頻発していたにもかかわらず随分軽率な行動であった。反省・・・。

 自宅を教えてしまった為、彼女等は自宅を頻繁に訪れるようになる。家に上げて居座られては困るので、「家の中は散らかってるので・・・。」と言い訳し、玄関で応対する。最初は彼女等が勝手に祈って自分は祈られるポーズを取ってボーッとするだけだったが、次第に「あなたも明主様のために祈って下さい。明主様に感謝の言葉を述べて下さい。」と、自分も「明主様有難う御座います」と唱えさせられる様になった。信じてもいない、それどころか存在そのものすらよく分からない「明主様」に対して「有難う御座います」と感謝の言葉を何度も唱える様強制される事を、段々鬱陶しく思う様になってきた。自分で蒔いた種とはいえ、良い加減何とかならぬか・・・。そうだ、取り敢えず彼女等の個人情報を掴もう。名前と連絡先を押さえれば、注意喚起や場合によっては法的措置もスムーズに行なえる。此れだ!

 てな訳で、当時関わっていた薬害患者支援の請願署名用紙に住所氏名を書いてもらおうと試みる。書いてもらえば個人情報を掴めて署名者数も増えて、まさに一石二鳥。

「そ〜だ。ついでと言っちゃ何ですが、健康と幸せを祈るという繋がりで医療関係の署名を御願いしたいのですが・・・。」

すると急に彼女等の表情は強張り、態度は豹変。

「何ですかこれは!?一体何をさせる気ですか!」

「いや、議会に提出する請願署名ですよ。住所と名前を書いて下さい。宗教者なら弱者を見捨てるなんて事はなさらないでしょう?ましてや健康と幸せを祈る宗教であれば医療や福祉の関係には熱心に取り組まれるのでは・・・。」

「危ないです!あなた、危ない集団の一員ですか!」

「いやいや、人助けが危ない訳無いですよ。あなたも宗教者なら少しでも人を助けたい、人の役に立ちたいと思いますよねぇ?」

「こういう目に会う人間は心が穢れている証拠です。私達は世界を根本から治しているのです。こんな紙切れは全く役に立ちません。浄霊以外では何も解決しないのです。」

「いや、ちょっと待って下さいよ。支援の対象になってる人には何ら落ち度が無いんですよ。穢れてるとか言って患者等を責めるだけで助ける気が全く無いんですか!?それでも本当に健康と幸せを説く宗教者ですか!?」

彼女等の「病気は患者の自己責任だから助けてはならない」と言わんばかりの発言に怒りを感じ、こちらの語気も荒くなった。それに恐れをなしたのか彼女等は一目散に逃げた。腹が立っていたので後は追わなかった。次の日から自宅訪問はピタリと止んだ。

 その後も何度か街頭で信者を見かけた。議論を試みるも、家に来られたときと同じようなやり取りが繰り返されるばかりであった。中には「何だ!」と怒鳴りつけてくる信者もいた。又、最初に会った信者2人を見る事は2度と無かった。

 神慈秀明会とは、世界救世教(略称「MOA」)を源流とする「手かざし」系宗教の一派である。随分後で知った事だが、「明主様」とは世界救世教教祖であり、神慈秀明会の信仰対象となっている岡田茂吉の事だという。観音信仰というのは嘘だったのだろうか?はたまた岡田茂吉を観音と同一視しているのだろうか?

 筆者が中学生の頃には、通っている中学校周辺にも出没し、登下校中の生徒にも布教活動を行なうので、教師が「怪しい連中だから絶対相手にするな!すぐ逃げろ!」と注意を呼びかけていたものである。出没場所は学校や駅周辺だけではなく、夕暮れ時に公営図書館周辺で帰宅途中の中高生を捕まえて布教活動をする年配の女性信者を筆者は目撃した事がある。強引な勧誘で信者や勧誘対象者が日常生活に支障をきたした事や多額の強制献金などが問題となった事、オウム事件以降街頭での宗教活動が好意的に見られなくなった事等もあってか、現在では街頭での布教活動もめっきり見られなくなった。彼等は今、何処で誰の「健康と幸せを御祈り」しているのだろうか・・・。

(文:水野 松太朗)


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