命懸けの選挙戦


 1993年7月18日、第40回総選挙。この選挙は、リクルート事件、佐川急便事件などの汚職事件が頻発した事から、政党・政治家と財界との癒着を断ち切り、政治腐敗を防止せよという国民の要求の高まりを受けて行われたものである。

 当時の島根全県区は竹下登を始めとする自民党現職4人、候補者を1人に絞った社会党現職石橋大吉、一時は「よし子ブーム」と言われるブームも巻き起こした事もある共産党の有力元職中林よし子、「新党ブーム」の追い風で当選を狙う新党さきがけの新人錦織敦、「左派・護憲派・市民派」と見なされ社会党の公認を外された無所属新人阪本清が争うという激戦区であった。

 そんな中、突然見た事も聞いた事もない候補者が現れた。彼の名は南悦雄。政党から推薦・支持を受けているわけでもなく、いわゆる「地元の名士」というわけでもない。他候補の妨害目的で立候補する右翼というわけでもない。まさしく、全くの無名の新人である。

 島根という所は政治的にはやたらと保守・反動的傾向が強い。おまけに現職は、自民党は元首相、衆院議長、党機関紙局長、「地元の名士」、社会党は派閥の首領と、どの候補も有力政治家ばかりである。それ故、島根で組織も知名度もない候補が出る事は無謀な挑戦である事は言うまでもない。そんな選挙区情勢にもかかわらずあえて出馬した彼の事を注目せずにはいられなかった。

 選挙公報は手書きで、人工透析について書いてあるのだが、議員になって何をするのかと言う具体的な政策が見えてこない。第一印象は正直言って「何だこりゃ?」であった。選挙公報とは議員になって実現する政策、すなわち公約を書いてあるものとばかり思っていたので、かなり違和感をおぼえた。

 政見放送でもやはり人工透析について延々と訴えていた。そして、結局の所人工透析に関する苦労話以外については殆ど語られる事はなかった。

 ただ、余り良くない顔色でたどたどしい口調ながらも懸命に政見を読む姿、彼が最後に語った「皆さん、今回の選挙はしっかりいい人を選びましょう。自民党の政治を転換しましょう。」という言葉は、強く印象に残った。

 彼はなぜ勝てる見込みがほぼ全くない選挙に出馬したのか。それは確かに当選目的とは言えないが、単なる自己満足の為でもない。ただ、重病を抱え、なかなか思うように生活出来ないという状況、重病患者対策・福祉政策の不備など、社会的弱者切り捨ての矛盾に満ちた政治・社会、そして、そんな政治・社会を変えよう、そのために積極的に投票しようと、自ら立候補すると言う手段によって訴えたかったのである。ただそれを訴え、知らせるだけのために、莫大な供託金もなげうって、病気の体を酷使してでも命を懸けて立候補したのである。

 彼は結局1255票しか獲得出来ず落選、供託金も没収されてしまった。しかし、1度は自民党以外の保守政党により政権交代がなされた事(その政権の政策などが自民党と変わらなかった事はともかくとして)、そして現在、自民党やその亜流の政党・政治家による政治に対する強い批判・不満が広がっているという情勢を見ると、彼の行動は決して無駄ではなかったと言える。

 数ヶ月後、新聞地方面の「御悔やみの欄」に、ひっそりと「南悦雄(49)」の名が載っていた。彼はまさしく「命懸けの選挙戦」を戦い抜いたのだった。

(敬称略)

(文・水泡)


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