左派勢力も、議会制民主主義を「ブルジョア議会」と批判し打倒を目指す「反議会主義」(選挙では主に棄権を呼びかける)から、「議会とは演説を通じてブルジョアジーの欺瞞を暴露し、労働者の直接行動を煽動する場」と位置づけ独自候補を立てる「革命的議会主義」まで、様々な立場がある。
「議会を通じた平和革命」を標榜する社会党から分裂した党派や、いわゆる「市民派」は結成当初から選挙を積極的に活用し、議会内での多数派形成を目指している。
○日本労働党
「日本共産党(左派)」(毛沢東主義&親アルバニア系。「劇団はぐるま座」などの母体。「人民の星」「長周新聞」等を発行。山口県を中心に活動し、下関市に系列市議が存在。「反米愛国」を標榜し、全国各地で「原爆展」を開催)から分裂し、佐賀を中心とする九州で形成された「日本共産党革命的左派」と、神奈川で形成されていた「日本共産党革命左派」の反主流派(主流派は「京浜安保共闘」を通じて「連合赤軍」に合流)が合併し、「日本労働党」となる。
かつては毛沢東の「鉄砲政権論」に基づき、あからさまに暴力を肯定するような言動も目立ったが、現在はソフト化している。国政では中選挙区制時代に頻繁に候補者を立てていたが、現在は社民党の支援を中心とする活動となっている。社公民路線を肯定しており、社共共闘路線を目指していた共産党を「野党共闘の破壊者」と非難していた。
地方選挙では結党以来の地盤である神奈川・福岡両県の知事選や横浜市長選で候補者を立てており、共産党公認・推薦候補に迫る票を獲得している。また、関東や九州を中心に地方議員も多い(但し労働党公認ではなく無所属)。さらに、「自主・平和・民主のための広範な国民連合」(旧「左翼連合」)を結成し、野党共闘の要となることを目指している。
余談ではあるが、かつて「日本労働者党」という党派もあり、こちらも毛沢東主義系であった。労働者党は後に「建党同盟」と合併し、「労働者社会主義同盟」となっている。
○緑の党
三橋辰雄、対馬テツ子らを中心に、日本労働党青森県委員会より分裂し結党。毛沢東主義と津軽の民間伝承を基盤としたナショナリズムを融合した、独特の世界観を持つ。国際的には親中国、親北朝鮮、親ポルポト派。また、進化論を否定している。機関紙「日本新聞」には漢字に振り仮名が振られている。
選挙では参院選と地方議員選に出馬。国政選挙では当選者を出していないが、地方議員は大田区に区議が1名いる。政見放送は、党首対馬が子供番組のおばさんのごとく妙に明るい口調で聴衆に語りかけるものであった。主な政策は共産党批判と、「緑の党は女性の党」「エロ・グロ・ナンセンスに反対」などだった。
党名に反し環境保護活動は行なっておらず、むしろ他の環境政党には批判的。しかし海外の環境政党の動向を機関紙で紹介するなど、矛盾した行動も取っている。また、性病に感染した女性器の写真を機関紙に掲載し、猥褻物頒布罪で取調べを受けたこともある。
系列組織に劇団「荒野座」、歌声喫茶「銀河JOY」など。「銀河JOY」での非常に特殊な雰囲気のライヴは、雑誌やネットで頻繁にレポートされている。「緑フォーラム」という政治集会も頻繁に行なっている。かつては青森で「スーパーみちのく」も経営していた。
近年は「日本ボランティア会」を通じて、駅前等の街頭で頻繁に災害支援の募金・署名活動を行なっているが、募金は主に活動家の生活費に使われ、署名は「荒野座」「銀河JOY」公演の勧誘名簿として使われているという。いわゆる「募金詐欺」として、たびたび雑誌やTV、ネット等で注意が喚起されている。要注意である(かく言う筆者も連中に2千円ほど募金という名の献金をしてしまったことが・・・orz)。
○マルクス主義労働者同盟、社会主義労働者党
共産主義者同盟の最右派「共産主義の旗派」が全国社会科学研究会(全国社研)を結成。その後「マルクス主義労働者同盟」(マル労同)をへて、「社会主義労働者党」(社労党)に改称。選挙では4時間労働制、男女平等などを訴えた。また、原発推進、農産物輸入自由化推進、成田空港建設推進を訴えるなど、左翼としては異色の存在だった。
右派・保守派のみならず、他の左派陣営をも「国家資本主義者」と批判。選挙で何度か候補者の重なった日本労働党に対しては、「あんな毛沢東盲従集団には絶対に負けられない」と特に対抗意識を燃やしていた。
2002年、「政党としての実態を欠く」として解党。「マルクス主義を学ぶ革命的サークル」として「マルクス主義同志会」に改組し、各地でマルクス主義に関する学習会を主催。
マル労同・社労党・同志会から分裂した党派として、「新しい労働者党をめざす全国協議会」(ワーカーズ)、「ワーカーズ・ネットワーク」(Workers)、「革命的社会主義運動・グループ95」、「イング・ネットワーク」、「赤星マルクス研究会」などがある。
社労党のインターネット進出は左派勢力の中では早く、主要政党の1つである日本共産党より早くサイトを開設していた。もっぱら日本国内で活動する党派にもかかわらず、サイトは日英両言語対応だった。さらに「まぐまぐ」でメールマガジンも出していた。因みに分派の「Workers」もほぼ同じ時期にサイトを開設しており、やはり左派勢力の中では非常に早い段階でネットに対応していた。
○マルクス主義青年同盟
毛沢東主義系の「共産主義者同盟マルクス・レーニン主義派」(共産同ML派、今井澄らが所属)が解体後、その一部らにより結成。戸田政康、穂積亮次(新城市長)らが所属。当初は党派名の後ろに「(準)」を付けた。
迷彩色の軍服に身を固め、赤いヘルメットと竹槍で武装し、街宣車でけたたましく「インターナショナル」などの労働歌を流しながら隊列を組んで行進するなど、異色の街宣活動で知られた。
1975年都知事選に、「マル青同政治連盟」として杵淵美和子を擁立。「今こそ、『国難』に内乱で対峙せよ」「諸君のもとに、今日は投票用紙を、明日は銃を与える!!」などと訴え、美濃部亮吉(当時の東京都知事、後に参院議員)の街頭演説への妨害活動等を展開したが、選挙管理委員会から「内乱罪適用の疑いがある」と注意され、有権者の支持も集まらなかった。同年、大学学生寮を襲撃し寮生を殺害、遺体を山中に埋める事件を起こしている。
その後戦術転換し、反ファッショを訴え対立党派の日本共産党へ共闘を呼びかけたが、共産党側は「暴力行為への反省が無い」と拒否。1988年、「民主統一同盟・フォーラム地球政治21(準)」と改称。1999年辺りから「『がんばろう、日本!』国民協議会」の別名を使用するようになり、現在は「がんばろう〜」が正式な団体名となっている。
現在は「改革保守」を掲げ、小沢一郎や松下政経塾出身議員など、新自由主義・新保守主義的政治家支持を打ち出している。また、「小泉構造改革応援団」と名乗り、「政権交代のあるアメリカ型保守2大政党制の確立を」とも訴えている。
○都政を革新する会
略称「都革新」。「杉並革新連盟」として発足し、後に現在の名称となる。
事実上「革命的共産主義者同盟全国委員会」(革共同中核派)と同一の組織であり、これまでに都議1名、杉並区議累計3名を輩出。新左翼系としては初の都道府県議となった元都議の長谷川英憲は、2000年衆院選にも出馬し、大田昌秀(元沖縄県知事、元参院議員)や青木雄二(元漫画家)、宮崎学(作家、通称「キツネ目の男」)らの支援を受けるも落選した。
中核派内での路線対立(労働組合活動での主導権獲得を至上命題とする多数派「労働戦線派」と、以前と同じく各種市民運動に参加する少数派「諸戦線派」)を反映し、議員辞職を迫られた「諸戦線派」の区議2人(うち1人は後に落選)は辞職を拒否し離党、「無所属区民派」を結成している。
なお、中核派は東京以外にも神奈川や大阪などで「市政を革新する会」「革新無所属」などの名称で地方議員を輩出している。「婦人民主クラブ」の分派「婦人民主クラブ全国協議会」や、「部落解放同盟」の分派「部落解放同盟全国連合会」の一部なども支持母体の1つとなっている。
○MPD・平和と民主運動、大衆党、市民の党
MPDは元「日本学生戦線」(日学戦)活動家で、毛沢東主義を掲げる団体「立志社」代表の斉藤まさし(酒井剛)らを中心に結成された。MPDは「Movement of Peace and Democracy」(「平和と民主運動」の英訳)の頭文字。呼びかけ人には田英夫(斉藤の舅)、横路孝弘、八代英太らがいた。
その後、「大衆党」に改称。この間、田英夫が当時現職で自民党系の都知事だった鈴木俊一の支持を表明し、都議で大衆党党首の下元孝子が田に抗議して離党するという事態も起きている。「新党護憲リベラル」および「平和:市民」が結党されると、それらに吸収合併。
「平和:市民」解散後は「市民の党」として活動中。関東を中心に都県議・市区議を輩出するほか、堂本暁子(千葉県知事)や喜納昌吉(民主党参院議員)、嘉田由紀子(滋賀県知事)、川田龍平(参院議員)らの支援や、横浜市議会での日の丸掲揚への抗議活動などで話題となっている。
○新党護憲リベラル、平和:市民、憲法みどり農の連帯
1993年の小選挙区制導入の際、導入に反対した社会党の一部議員により院内会派「護憲リベラルの会」が結成。後にその会派と「大衆党」(旧MPD)を基盤に「新党護憲リベラル」が結党される。所属議員は田英夫、國弘正雄(通訳・翻訳家)、旭堂小南陵(西野康雄、講談師)、翫正敏(真宗大谷派僧侶)、三石久江ら。後に中尾幸則、金田誠一らが加入。政党助成制度には反対だったが、活動資金はもっぱら政党助成金に頼っていた。
1995年参院選の直前、自社さ連立政権への評価をめぐる対立が表面化。自社さ政権を「民主リベラル政権」と捉え、広範な「市民派」政党を志向する田ら「平和:市民」と、自社さ連立も新進党も「保守反動」と捉え、革新的な護憲派政党を志向する翫の「憲法みどり農の連帯」に分裂。
「平和:市民」は田、國弘、阿部知子(徳州会病院医師、「フロント(社会主義同盟)」活動家、後に代議士・社民党政審会長)らを擁立するが田以外落選し、解散。田は椎名素夫らとの院内会派「参議院フォーラム」代表となり、後に社民党に復党する。「連帯」は翫や星野安三郎(憲法学者、立正大学名誉教授)、小林忠太郎(農業経済学者、日本大学講師)、尾形憲(政治学者、法政大学名誉教授)、梅津慎吾(元「青年新党ディスカバリー」)、佐々木信夫(元「進歩自由連合」、現「新党地球の福祉」代表)らを擁立したが、日本世直し党やUFO党の得票をも下回る大惨敗だった。その後は翫らと共に、いいだもも(元「共産主義労働者党」)と尾形を共同代表に、さらに生田あい(元「共産主義者の建党協議会」)らを迎え、新社会党の支援や護憲・平和・環境保護等を訴える市民団体として活動を続けている。なお、翫は後に新社会党から衆院選にも出馬している。
「平和:市民」と「連帯」の分裂の際、庄幸四郎(ジャーナリスト)が「週刊金曜日」で「『連帯』は市民派を分断し、結集を妨害した」と主張するなど、特に「連帯」側へ非難が集まった。しかし翫は「政策を右傾化させ自民党に追従した田らにこそ分裂の責任がある」と猛反論した。因みに同選挙では上田哲のいるスポーツ平和党や、小田々豊(「原発いらない人びと」「希望」元候補者)のいる農民政党「いのちとみどりの市民・農民連合」も市民派と目されており、「市民派4分裂」と言われていた。
なお、当時社会党内で小選挙区制に反対した議員には、後に新社会党を結党する面々(矢田部理や岡崎宏美ら)や、西岡瑠璃子(98年参院選には共産党推薦で高知県選挙区より出馬)らがいる。また、93年衆院選で落選した元議員では和田静夫(元副委員長。後に新社会党顧問、自由連合常任顧問を歴任)、馬場昇(元書記長。後に9条ネット世話人)、上田哲(元教育宣伝局長。離党後「護憲新党あかつき」や「社会党」を結党)らがいる。
○新社会党、9条ネット
1996年1月、日本社会党の「社会民主党」(社民党)への党名変更とこれまでの路線転換(小選挙区制推進や自民党との連立政権など)に反発する議員・党員らにより「新社会党・平和連合」が結成。メンバーは矢田部理(委員長、弁護士)、岡崎宏美(副委員長、代議士)、小森龍邦(副委員長、代議士)、山口哲夫(書記長、元釧路市長)、栗原君子(副書記長、参院議員)。翫正敏(「憲法みどり農の連帯」共同代表、僧侶)や和田静夫(顧問、元社会党副委員長)らも参加。後に「新社会党」が党名となる。社民党は新社会党へ移籍した党員の離党を認めず、除名処分としている。
旧社会党の派閥で最左派の「社会主義協会」、さらにその中でも左派色の強い「坂牛派」の影響を強く受けており、「資本主義の枠内の社会福祉より、社会主義社会を」と訴えている。また、小森龍邦(元代議士、副委員長、委員長を歴任)が元書記長で現在広島県連顧問を務める部落解放同盟の影響も一定受けている。主な関連団体として全国労働組合連絡協議会(全労協)、日本社会主義青年同盟(社青同)、広島県教職員組合、「憲法を生かす会」など。
以前は政党交付金で潤沢な政治資金を確保していたが、相次ぐ落選で国会での議席が無くなり、交付金支給は打ち切られた。さらに2001年参院選での供託金や広告料等が高額となり、財政的には困難な模様。しかし、地方議員を200人前後(推薦・支持含む)抱え、千葉県長生村には党員の村長(共産党も支持)がいる。沖縄の地域政党「沖縄社会大衆党」は友党であり、候補者を立てない選挙では主に社民党候補を支援したり、共産党候補を支持したりしている。
2007年には「護憲を標榜する全政党の結集」を謳い、「平和を実現するキリスト者ネット」(キリスト者平和ネット)や環境政党「みどりのテーブル」関係者とともに「9条ネット」を設立。天木直人(作家、元外交官)、石川一郎(元山形県鶴岡市議、福祉団体理事長)、栗原君子(新社会党中央委員長、元参院議員)、小松猛(元愛知県豊明市議)、小山広明(元大阪府泉南市議)、ZAKI(野崎昌利、半農シンガーソングライター、「銭形金太郎」出演)、鈴田渉(大学院生、憲法学・平和学専攻)、成島忠夫(元三派全学連副委員長、不動産会社社長)、藤田恵(元徳島県木頭村長、みどりのテーブル徳島代表)、原和美(元神戸市議、新社会党兵庫県委員長)を擁立、川田龍平(大学非常勤講師)、服部良一(市民運動家、社民公認)、友近聡朗(元サッカー選手、民主・社民・国民新党推薦、世襲)ら社民党系候補を中心に推薦・支援をした。ZAKIが「アメリカのポチ(自民党)をぶっ倒せ!」と叫ぶ政見放送が話題となったが、川田と友近以外当選者を出せなかった。また、天木は選挙中から「当選したら9条ネットではなく『天木新党』として活動する」「日米同盟に与しない保守2大政党制を目指す」と発言していたことや、小山が「和歌山毒カレー事件」の被告人の冤罪救援活動を行なっていることを理由に「被告人が獄中立候補するのではないか」と主張した週刊紙報道などが物議を醸した。9条ネットは共産党・社民党にも参加を呼びかけたが、両党とも拒否した。9条ネットは愛媛は解散したが、それ以外の地域は現在も活動中。
その他、新左翼系では「革命的共産主義者同盟全国委員会」公認候補で「帝国主義・ソ連官僚主義打倒」と訴えた黒田寛一(後に「日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派」(革マル派)議長)、社青同解放派系で「議会にゲリラを!」と訴え、荒畑寒村や小田実、羽仁五郎、戸村一作らの支援を受けて出馬した高見圭司(「革命的労働者党建設をめざす解放派全国協議会」(労対派)最高指導者)、愛知を中心に活動する新左翼思想家で予備校国語講師の牧野剛などがいる。さらに、「神軍平等兵」を名乗り、昭和天皇へのパチンコ(投石器)での襲撃や皇族コラージュのポルノビラまきなどの過激な反天皇制活動や、映画「ゆきゆきて、神軍」「神様の愛い奴」などで有名な奥崎謙三、学生時代は「法政の貧乏くささを守る会」「全日本貧乏学生総連合」(全貧連)を、現在は「素人の乱」「貧乏人大反乱集団」を立ち上げリサイクルショップ経営やネットラジオ、そして「鍋闘争」などアナーキーな活動を行なう松本哉などがいる。
党派としては、中野重治(作家、元参院議員)も所属した親ソ連派の「日本共産党(日本のこえ)」(こえ派)もあった。こえ派は「平和と社会主義」と改称後活動が先細るが、上田卓三(後の社会党代議士、秘書に現自民党代議士の谷畑孝ら)など部落解放同盟の主流派に大きな影響を与えた。こえ派と共闘していた学生組織「民主主義学生同盟」(民学同)の多数派は、「民主主義的社会主義運動」(MDS)として無防備地域宣言条例制定運動などを推進している。